ウルスト村の戦い
翌日、シンたちはウルスト村の攻略に取り掛かる。
やり方は以前に攻略したギルボン村と全く同じやり方で、レオナ、エリー、マーヤの女性三人と、部隊の中から男十人を拉致してきた帝国人に扮させ、取引の為に訪れたと見せかけて村の中に入り込み、不意打ちするという作戦である。
作戦内容の再確認をした後、シンたちはゆっくりとウルスト村に向かって行く。
村へと続く道を歩きながら左右に目を凝らすと、そこには一面に雑草が生い茂った荒れた畑が無残な姿を晒していた。
所々、子供の背丈ほどにも成長している雑草たちに潜んでいるかもしれない敵を警戒しながら、ゆっくりと、且つ堂々と村へ近付いて行く。
ウルスト村は、外敵や魔物を防ぐために村全体を柵や壁で取り囲まれている。
村への入口も柵で塞がれているのが、遠目でもわかる。
入口付近に続々と人が集まってくるのが見え、更に近付くとシンの足元に数本の矢が突き刺さる。
当てるつもりでは無く警告の矢であることは明白で、シンは大きく手を振り両手を上げたまま一人村へと近付いて行く。
「そこで止まれ!」
柵から身を乗り出し、弓を構えている男が大声を上げた。
シンは言われた通りその場で足を止める。
「何者だ? この村に何の用があって来た?」
シンは手を降ろし、片手を腰に当てる。
その動きに、弓を構えている男たちはピクリと反応した。
「俺は傭兵団鷹の爪の団長のカラシだ。取引をしたい。年頃の女が三人と働き盛りの男が十人いる」
シンが名乗ると、弓を構えている男の元に別の男が駆け寄り、何か耳打ちをする。
「てめぇが、灼熱の獅子を襲った奴らか! よくもぬけぬけと姿を現しやがったな!」
なるほど、あの耳打ちをした男は先日片付けた傭兵団、灼熱の獅子の生き残りらしい。
「ああ、そうだ! 俺たちがその灼熱の獅子だとか言う傭兵団を倒したのは間違いねぇ。あのクラムジーとか言う阿呆が、道を通りたかったら戦利品を全て置いて行けなんてふざけたこと抜かしやがるから、片付けたまでよ!」
脇の下に冷たい汗が吹き出す。先日のクラムジーとの会話は、後ろに控えていた奴の部下には聞かれていないはずだ。傍で聞いていた取り巻きたちは、全員逃さず倒している。
シンはここで更に畳み掛ける事にした。
「俺たち傭兵は、舐められたらお終いよ。どうだ? 俺たちを雇わないか? あんな阿呆よりはよっぽど役に立つぜ?」
男たちは以前として弓を構えたまま、シンに狙いを付けている。
しばらく睨み合いが続いたのち、先程とは別の男が弓を構えている男に耳打ちをする。
「商品を見せて見ろ、話はそれからだ!」
いいだろうと返事をしたシンは、背を見せて後ろに下がると、レオナたちを伴って再び前へと戻った。
レオナたちを見た敵兵の口々から、囃し立てる言葉と共に口笛が吹き鳴らされる。
それらを聞いたレオナたちが顔を顰めると、敵は面白がって更に下品な言葉を投げ掛けた。
「エルフに獣人か……見てくれは、まぁまぁ……どうしますか?」
弓を降ろしつつ、男は後ろに控えるおそらくは奴隷商人であろう痩せ型で長身の男に、事の判断を仰ぐ。
痩せ型の奴隷商人が頷くと、男たちは弓を降ろして村の入り口を塞ぐ柵をどかしていく。
「おかしな真似をするんじゃねぇぞ……」
女子供が聞いたら、震えあがるような底冷えするような声と、つま先から頭の先まで舐めまわすような視線がシンへ突き刺さった。
「ああ、わかってる。おい、行くぞ! おめぇら、羽目を外し過ぎんなよ!」
シンたちはゆっくりと村へ入って行く。部隊の者たちが、自然な態度を装って村のあちこちへとばらけて行った。
「鷹の爪なんて傭兵団、聞いたこともねぇぜ」
未だ警戒を解かない敵に、シンは心中で焦りを感じ始めていた。
「俺たちは西の方を縄張りにしていたからな、俺もここら辺の奴らの事は知らねぇ」
「何で、西の方から態々このウルスト村に?」
痩せ型の奴隷商人が、胡散臭い笑顔を浮かべながら問い掛けて来た。
「ああ、それがよ、俺たちはギルボン村を起点として動いていたんだが、そのギルボン村が帝国の騎士団に襲われちまってな……もう西は駄目だ、他の傭兵団も幾つかやられたって話だぜ」
弓を構えていた男は、この奴隷商人を護衛する者たちの指揮官なのだろう。
この指揮官風の男と奴隷商人は、互いに目線を交わすとともに頷いた。
「疑ってしまって申し訳ない。ギルボン村を襲った騎士団と西の話、もう少し詳しくお聞きしたいのですが……」
相も変らぬ胡散臭い笑みを顔面に貼り付けながら、奴隷商人がシンの顔色を窺いつつ話しかけて来る。
「ああ、いいぜ。ただし、商談が済んでからでいいか? 食料と酒が欲しいんだ。何せ、ギルボン村がやられてから碌な物食ってないんでな……」
「ええ、ええ、構いませんとも! ここには酒も食料も十分にありますからその点はご心配なく。ただ……」
奴隷商人のもったいぶるような物言いに、偽装が見破られたかと思わずしかめっ面をしてしまう。
まだ部隊の配置が済んでおらす、仕掛けるタイミングでは無いと内心で舌打ちしつつ、ここは時間稼ぎを兼ねて強気で押し切ることにした。
「ただ……何だ? まさか俺の足元を見ようってんじゃねぇだろうな?」
シンに凄まれた奴隷商人は、手を振って違う違うと言いながらその身を震わせた。
「いえいえ、違うのですよ。ただ、少しばかり時期が悪うございましたなぁ……先日、大量の奴隷の取引があったばかりで、今この村には奴隷が有り余ってるんですよ。それで、お値段の方が少々崩れておりまして……どうか、その点はご了承いただきたく……」
「ちっ、ついてねぇぜ! だが、女は上玉だ! これには色を付けてくれるよな?」
「え、ええ、それはもう……」
シンは後ろから着いて来るレオナたちを振り返り見る振りをしながら、部隊が予定通り散開したことを確認すると、今までの不機嫌さがまるで嘘のような笑顔を浮かべながら、奴隷商人と肩を組んだ。
「ありがてぇ! そうこなくっちゃなぁ……では、取引開始といこうか!」
はしゃいだ振りをして、後ろに聞こえるようにと一際大きい声を上げる。
取引開始、これが作戦開始の合図であった。
シンは素早く短剣を抜くと、奴隷商人の乳下へ刃先を斜めにして刺し込んだ。
突然の事に奴隷商人は反応出来ず、えっという驚きの表情浮かべ、喉に込み上げてくる自分自身の血に咽ながら力なく地面に倒れ込むと、細かい痙攣を繰り返し息絶えた。
シンの発した合図と共に、村のあちこちから不意打ちを受けた敵の悲鳴や絶叫が上がる。
それらを耳で捉えたシンは素早く抜刀すると、すぐ横に居る指揮官風の男に斬りかかった。
斬りかかられた男は狼狽しつつも後ろに跳び退り、手に持っていた弓を投げ捨てると腰の長剣を抜いて両手で構えた。
シンは男の機敏な動きに油断ならぬものを感じて、周囲に気を配りつつ男と正対する。
男は大上段の構えを取り、シンは正眼の構えを取る。周りから聞こえる悲鳴や絶叫に焦れたのか、男は雄叫びと共に大きく踏み込んで長剣を力任せにシンの頭目掛けて振り下ろした。
男は己の膂力に自信があったのだろう。ごうと音を立てる力強い振りおろし、それによっておこされた剣風が半身になって躱すシンの身体に叩きつけられる。
シンは避けながら刀の刃先を横に寝かせ、すれ違いながら男の太腿を刃先でなぞるようにして斬り裂いた。
太腿を斬り裂かれた男は、その場でがくりと膝を付いた。シンは素早く振り返るとがら空きの後頭部に大上段から必殺の一撃を放つ。
その一撃によって頭蓋骨を割られ、小脳をそして延髄までも破壊された男は、悲鳴を上げる間もなく瞬時に絶命した。
指示を出す立場の二人を失った敵は脆くも崩れ去り、背を見せ逃亡を図ろうとするところを次々と討ち取られていく。
短い時間ではあるが、ほぼ一方的な殺戮の嵐が吹き荒れ、村中に咽せ返るほどに濃い鉄錆の臭いが満ち溢れた。
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