騙し討ち上等
ギルボン村に火をかけてから後にした、シンもといカラシ率いる傭兵団鷹の爪は、バートミンデンの街に伝令を送ってレーベンハルト伯爵麾下の騎士団に出向いてもらい、助け出した人々を騎士団に預けると、何処かへと姿を晦ました。
騎士団は計画通りにバートミンデンの街を夜間に密かに出発し、傭兵団鷹の爪から救出者を託されると、今度は堂々とバートミンデンの街に帰還し、街はちょっとした凱旋パレードの体を成した。
勿論これは、街に潜む敵の間者に対しての策であり、ギルボン村を襲い攫われた人々を救い出したのは伯爵麾下の騎士団だと思わせるためである。
この世界は日本と違い、自らの功績を隠したり謙遜したりと言ったことは無く、むしろ大声で自らの功を誇り万人に認めさせるのが普通であった。
それもそのはず、この世界のモデルは中世の封建社会である。
特に成り上がろうとする者たちには、謙遜は美徳として捉えられるような事は決して無く、逆に誇張するのが当たり前の世界であった。
だから人々は、堂々と凱旋してきた騎士団を見て、彼らこそが攫われた人々を救い出したと信じた。
謎の部隊がギルボン村に巣食う悪党を成敗して、人々を救出したなどと言う話を聞いても、誰も信じなかったであろう。
この世界の何処に、手柄を立てたのにそれを誇示しない者がいるものかと……本当にそのような謎の部隊がいるのなら、それこそ伯爵に自分の力を売り込みに来るはずであると。
当然、敵の送り込んでいた間諜も引っかかった。
シンはこの世界の常識を、ただ逆手に取っただけである。
周りの者たちは、この発想を天才的だと褒めそやしたが、当人はそうは思っていない。
この世界と違う世界から来たために、常識の根本的な違いがあっただけだと自覚していた。
それ故に、シンはいつも怯えてもいた。他人が褒めるような天才ではない自分が敗れるとしたら、本物の天才に出合ったときか、自身が調子に乗った時であると。
「そこだな、おそらく間違いないだろう。それと、彼らはどうした?」
シンは街に戻った影が、諜報から受け取った報告書に目を通すと、用済みになったそれを魔法で燃やし灰へと変えた。
「はっ、救出者は既にバートミンデンを出て、伯爵様のお膝元のレンドリッヒへと向かっております」
救出者たちの幾人かは、別れる際にこのまま着いて行き協力したいと申し出たが、シンはそれを断った。
協力したいのであれば、伯爵が義勇兵を集めるのでそれに参加し、軍事訓練を受けるようにと諭した。
足手纏いは要らぬと言われたと思った彼らは、皆一様に拳を握りしめ唇を噛んで悔しさを全身で示しながら、騎士団と共にバートミンデンの街へと去って行った。
「そうか……報告ご苦労、これからもよろしく頼む!」
そう言われた二人の影は、一瞬だけ嬉しそうな顔をして、再びバートミンデンの街の方向へ走り去って行った。
ブナーゲル子爵配下の諜報が手に入れた幾つかの情報を精査した結果、ギルボン村の他にも敵の補給基地と化している村が発見された。
それらの村には幾つかの特徴があった。まず辺鄙な田舎であること。そしてここ数ヶ月の間に、その村に向かった行商が行方不明になっていることなどである。
このように荒れた世界なので、行商が賊や魔物に襲われて行方不明になることは多い。
だが、シンや諜報の者たちが目を付けた村は、あからさまに不自然な点が多々見受けられた。
何と言っても最大の不審点は、その村に行った行商がただの一人も戻って来ない点である。
シンも過去にやったことがあるが、行商には当然護衛が付く。
いくら途中で魔物や賊に襲われようと、生存者がただの一人もいないと言うのは、ちょっと考えられない。
それも一度ならず、複数回そのような事があるとすれば、何かあると考えるのが普通である。
シンは次のターゲットをここから更に南東にある、ウルストの村に決めた。
「問題は、このウルスト村に行くまでに他の傭兵団に会う可能性があるってことだよな……」
シンは羊皮紙に書かれた地図を眺めながら、一人ごちる。
敵の傭兵団に出合った場合、どうするか?
「ハッタリかますか、正面から打ち破るか……まぁ、出たとこ勝負ってところか……」
相手の事が何もわからないのでは、策の立てようも無い。
それは相手も同じであるから、その点は五分五分ではある。
兵数的にも、敵と大きく差が開くような事は無いと踏んでいた。
何故なら、敵地に潜むのに大部隊では目立ってしまう。
それに、食料の問題もある。従って動きやすい数十人から、多くても二百人に満たない数だと予想していた。
数十人程度の差ならば、戦い方次第で幾らでも補う事が出来る。それにゾルターンの強力無比な魔法の存在も頼もしかった。
取り敢えず出会った敵の数が多い場合と、同数の場合、敵の方が少ない場合どうするかだけを考えて、件のウルスト村へと向かった。
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「おい! てめぇら何処の者だ! ここいら一帯は、俺たち灼熱の獅子の縄張りだぞ!」
ウルスト村まで、あと二日という所でシンたちは敵の傭兵団に遭遇した。
敵の傭兵団……灼熱の獅子と名乗る彼らは、シンたちの方が数が多いのを見て精一杯の虚勢を張る。
「待て待て、ここでやり合うつもりはねぇんだ。俺たちはこの先にあるウルスト村で、食料と酒を手に入れたいだけだ。まぁ、タダで通せなんて言わねぇよ、耳寄りな情報と引き換えってのはどうだ?」
シンはカイル一人を伴って前に進み出る。
相手との距離は約三十メートル……相手は武器を構える一方で、シンたちは敵意が無い事を示すかのように、獲物から手を離していた。
しばらくして、数人の男たちが武器を構えたまま前へと進み出て来た。
「俺はこの灼熱の獅子を率いるクラムジー様だ。てめぇは一体何者だ?」
「俺は傭兵団鷹の爪を率いるカラシだ。さっきも言ったが、ここを通してくれるなら耳寄りな情報を教えてやるぜ」
「鷹の爪だぁ? 聞いたこともねぇぜ、何処の田舎の傭兵だ?」
「聞いたことがねぇのはお互い様だろ、その台詞そっくりそのまま返すぜ」
シンは最初からのにやけ顔を崩さず、半分人を食ったような笑い声を上げる。
それを見たクラムジーは、怪訝な顔で鼻を鳴らした。
「やる気はねぇってことかよ……それで情報ってのは何だ? 教えろ!」
半ば怒鳴るようにしてシンを恫喝し、この場のイニシアチブを握ろうと試みるがそれは失敗に終わった。
「通してもらうのが先だ。俺たちはここより北西から来た。あっちで何が起こっているのか知りたくはないか? 特に騎士団の情報とかよ?」
むっつりとした表情のクラムジーの眉が、上向きに揺れる。
喰いついたと見たシンは、更なる追い討ちを仕掛けた。
「俺たちが何故、ウルスト村を目指すのかも教えてやるぜ。それと俺たちはこの場所には興味がねぇ、村で補給したら別へ行くから安心しろ」
クラムジーは少し考えた後、武器を下げた。
「……いいだろう、ただしおかしな真似をしたら承知しねぇぞ!」
「わかっている、こんな所でお互いに潰しあったって銅貨一枚の儲けも出ねぇ。おい! お前たち、そのまま脇を通して貰え」
シンは後ろを振り向いて部隊に指示を飛ばす。
指示を受けた部隊は、ゆっくりぞろぞろと灼熱の獅子の脇を列を成して通って行く。
「おい! さっさと情報を聞かせろ! つまらねぇネタだったらタダじゃ済まさねぇぞ!」
唾を飛ばしながら吼えるようにがなり立てるクラムジーに、シンは表面上辟易した風を装いながらカイルと共に近付いて行く。
「おう、聞いて損はしねぇよ。ウルスト村と同じ役割をしていたギルボン村ってのを知っているか? そこがレーベンハルト伯爵麾下の騎士団にやられた。俺たち鷹の爪はあっちを縄張りにしていたんだが、騎士団が勢いづいちまってなぁ……」
「何! ギルボン村が騎士団にやられたって噂は、やはり本当だったのか……」
クラムジーの呟きを聞き、シンは敵の情報伝達が思いのほか早いことに驚く。
「ああ、俺がバートミンデンの街に送り込んでいた手下が手に入れた、騎士団御用達の地図がある。幾つかの村の名前が記されているが、多分俺が思うに奴らが次に向かう目的地じゃねぇかと……」
部隊はゆっくりと灼熱の獅子の脇を通り、通過した前半分は灼熱の獅子の背後へと回り込み始めていた。
「何? どれ、見せろ!」
シンはクラムジーに更に近付き、懐に手を差し入れた。
「ほら、これだよ。受け取れ!」
シンが羊皮紙と一緒に取り出し放たれた苦無は、クラムジーのがら空きの喉に吸い込まれるようにして刺さっていった。
苦無が刺さった次の瞬間、シンは抜刀しクラムジーに止めの一撃を放ち、刎ねられた首は宙へ高々と舞い血の尾を引きながら地面を転がって行った。
カイルも後ろから飛び込み、クラムジーの後ろに控えている護衛の一人を、瞬く間に血祭りに上げる。
「この縄張りは俺たち鷹の爪が頂くぜ!」
シンの名乗りを合図に、傭兵団鷹の爪に扮する部隊の全員が雄叫びを上げながら灼熱の獅子へと襲い掛かる。
団長同士のやり取りで、争わずに話がついたと思い気を緩ませていた灼熱の獅子は、泡を食って碌な抵抗もせずに斬りたてられ、逃げ散って行く。
中には武器を捨てて降参する者もいたが、そんなことはおかまいなしと容赦なく次々と討ち取られていった。
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