甘い見立て
死体を片付け戦闘の痕跡を消してきた別働隊が、ギルボン村にいる本隊と合流した。
「どうやら上手くいったようじゃな。どうした?」
別働隊を指揮していたゾルターンが、しかめっ面をしているシンの顔を覗き込むようにして問い掛ける。
「しくじったよ、爺さん。俺の見立てが甘かった」
眉を顰め渋い顔をしたまま、シンは苛立ちの舌打ちをする。
その険しい視線の先には、エリーの治療の順番を待っている人達の列がある。
「俺は攫われた人たちは奴らにとっては金になる商品だから、大事にはされなくとも手荒な扱いはしないだろうと高を括っていた」
先程まで復讐心によって突き動かされていた人々は、今や疲弊しきって誰もかれもが皆、地面にへたり込んでいる。
「逃亡する力を削ぐために、命を辛うじて繋ぐだけの最低限の食事しか与えなかったんじゃろうて。ふむ、ちと拙いのぅ……これでは身動きが取れぬわい」
「ああ……食料は豊富にあるが、一日二日で元気になるわけじゃねぇしな……怪我人も予想以上に多い、参ったぜ」
「あの様子だと、エリーの嬢ちゃんが頑張り過ぎて潰れてしまうじゃろうて。適当な所で止めさせないといかんな。街に使いを出して、伯爵に助けを借りるか?」
シンは溜息をつきながら、つま先で小石を強く蹴った。
その仕草により、傍から見ていても相当の苛立ちが見て取れる。
「それが、あと数日でこの村に攫った人々をラ・ロシュエルに運ぶための部隊が来るらしくてな……」
「む……すると今から街に使いを出しても間に合わぬな……」
シンに続いてゾルターンの眉間にも皺が寄った。
「もう一度だまし討ちするしかねぇが、相手の部隊の人数によっては厳しい戦いになるかも知れない……」
「移送するための部隊ならば、移送用の馬車を用意しているはず。何とかして村の中までおびき寄せて、これを奪うしかあるまい」
「正体が知れるまで、もう少し時間が稼げると思ったんだがなぁ……俺の考えが甘かった」
「まだそうと決めつけるのは早かろう。敵が思いのほか少ない可能性もあるのじゃから。ほれ、シンよ、お主は指揮官なのじゃからどんと大きく構えよ。初戦からそのざまでは、士気に響くわい」
「喜怒哀楽を面に出さずか……これが一番難しいな」
シンは自身の大きな両手で頬をパンパンと叩き、深呼吸をして気を入れなおすと、各部隊の指揮官を集め今後についての指示を与えた。
---
傭兵団の強さ、それは頭領の統率力や指揮能力も大事であるが、一番大事なのは数である。
兵数の多さは強さに直結する。多数の兵を養う事が出来る器量を持った頭領が、傭兵たちの世界で頭角を現していくことになる。
そういった器量良しの頭領を戴く名の知れた傭兵団は、今はラ・ロシュエル王国に雇われて正規軍と共に南方の小国や亜人たちの諸部族を攻めたてている。
帝国南部を荒らしまわっている傭兵団は、その主戦線から弾き出された弱小傭兵団であり、食い繋ぐために安い金で創生教や奴隷商人たちに雇われていた。
勿論そうなるように裏で手を回したのは、他ならぬラ・ロシュエル王国である。
食い詰めの傭兵団の行きつく先は大抵の場合、賊と決まっている。
大して戦力にもならぬ弱小傭兵団どもを雇うのは、金の無駄。だが、食い詰めどもを放置しておけば賊となり国に害を為すのは目に見えている。
上手くこれらの弱小傭兵団を活用出来ないかと考えた結果、帝国の南部へと送り込む事になったのであった。
傭兵団を帝国南部に送り込むことにしたラ・ロシュエル王国は、事が発覚しても国際問題にならぬように、王国が直接傭兵団を雇うのではなく奴隷商人や創生教に雇わせた。
こうしてワンクッション置けば、もし傭兵団が捕まえられたとしても、奴隷商人たちや創生教のせいに出来る。
帝国南部を荒らして兵力と国力を削げれば良し、たとえ失敗しても戦働きも出来ぬような半端者どもを始末出来ると考えていたのだった。
こう言った理由により、現在帝国南部を荒らす傭兵団の実力は賊に毛が生えた程度でしかない。
だが、シンはそういった実態を未だ知らずにいた。
---
「団長、来ました!」
早暁の闇に紛れて、このギルボン村に近付いて来る一団があるという。
兵に起こされたシンは、跳ね起きて各指揮官を集めて素早く指示を出す。
各指揮官は、部隊の兵を纏めて事前に打ち合わせた通りの場所へと散って行った。
「んじゃ、言って来るか。俺の演技が敵に見破られねぇように祈っていてくれ。あと、目印忘れるなよ」
心配そうに見詰めるカイルに、シンは軽く笑いかけてから、村の入口へと走り去って行った。
「止まれ! 何者だ!」
村の入口の脇にある茂みから、身を躍らせながら道の真ん中に飛び出したシンは、村に近付いて来る一団の先頭にいる騎兵に誰何した。
「俺たちはデュドネー様の部隊だ。奴隷を受け取りに来たぞ」
何度も来て慣れているのか、一団は薄暗い中を村に向かって真っすぐに近付いて来る。
「そうか……酒は持ってきたんだろうな?」
「ああ、たっぷり持ってきたぜ」
「よし、通れ」
ぶっきらぼうに答えるシンに対して、騎兵は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
シンと共に茂みから出て来た部下が、馬の轡を取って村の奥へと導いていく。
その部下の腕には、敵味方識別用に白い布が巻いてあった。
その後ろ姿を見送るシンの腕にも、同じように白い布が巻かれていた。
夜明け前のまだ薄暗い闇の中、シンはブーストの魔法を唱えて敵の数を見極めんとする。
――――騎兵の数は十二、馬車は八台、歩兵の数は今見えているだけで十八……少ない、御者や馬車の中に潜んでいる奴を考慮しても五十人もいないか……何とかなりそうだ! 来た時間も丁度いい。人目を避けるためにこの時間にしたのかは知らないが、こちらにとっても好都合だ。お互いの顔も良く見えなけりゃいきなりバレる心配も無い。
最後尾の馬車と騎兵が村へ入るのを見届けたシンは、部下に合図すると刀を抜いて村の中へと駈け出した。
合図された兵たちは、即席で作った柵を置いて村の入り口を封鎖する。
シンは最後尾の騎兵に近寄ると、声を掛けた。
「おい、ちょっとこれを見てくれ」
声を掛けられた騎兵は、怪訝な顔をしつつシンの差し出す手のひらを覗き込むが、薄暗くて良く見えない。
「暗くてよく見えねぇ、一体何だよ?」
「これだよこれ、良く見てくれ。値打ち物だと思うんだが……」
再び覗き込んで来た騎兵の胸倉を掴んだシンは、その首に刀を突き刺し抉った。
声を上げる事も出来ずに落馬した男は、苦しげに宙を掻きむしる。
男が落馬した音と嘶く馬の鳴き声を皮切りにして、戦いの火蓋が切って落とされた。
屋根の上から矢が降り注ぎ、無警戒で無防備な敵に次々と突き刺さる。
怒号と悲鳴、馬の嘶きをバックグラウンドミュージックにして、シンは手当たり次第に敵を斬りまくる。
敵の大半は、混乱の中で何が起こっているのかもわからずに命を落としていく。
最初の矢の洗礼を逃れた者たちが、家々の中に逃れようとするも、中で待ち構えていた者たちによって次々と物言わぬ骸へと変えられていく。
不意を突かれた敵は、殆ど抵抗らしき抵抗も出来ずに死に、あっけなく勝負は付いた。
「一人も逃すな! あと馬と馬車を確保しろ」
シンが刀を振りかざしながら指示を飛ばしていると、頭に白い布を巻いたゾルターンが、村の中央から駆けて来た。
「上手くいったようじゃの。馬車は全て確保したぞい」
「全員始末出来たかな?」
「流石にそれはわからん。馬車も手に入った事だし、準備が出来次第早々にこの場を去った方が良いじゃろうて」
シンは頷いて、声を張り上げてそれぞれの指揮官に指示を出す。
夜明けと共に一隊を周辺の偵察に行かせ、見張り以外の者全員で戦場掃除する。
集められた遺体は、いつものように穴を掘って埋めるのではなく家の中に投げ入れて家ごと火を点けて燃やすことにした。
「放って置いてアンデッドの巣窟になっても困るし、賊の根城になっても困るからな。残念だが、ギルボン村を焼いて行くことにする」
「そうじゃの、それがええじゃろ」
攫われてきた人々全員が馬車に乗って村を出て行く中、シンとゾルターンが、魔法で家々に次々と火を放った。
轟々と黒い煙が村中から立ち上り、その煙を背にしながら一行はギルボン村を後にした。
ブックマークありがとうございます!
まだ、ドス黒い色をしていますが、肘もかなり治ってきました。
連休と病欠の間に溜まってしまった仕事を処理するのに時間が取られ、更新が滞ってしまい申し訳ありません。
感想の返事と、修正も遅れてしまっており大変申し訳なく思っております。




