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帝国の剣  作者: 0343
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最初の救出


 奴隷の品定めは村の中央の広場で行う事になった。

 小太りの奴隷商人に言われるままに、シンたちは村の奥へと進んでいく。

 シンたちはきょろきょろと辺りを見回すが、物珍しさからであろうと思ったのか、文句を言って来る者はいなかった。

 村の中央に着き、レオナたちが一列に並べられていく。

 その姿を見た者たちの口から下品な嘲笑や口笛が発せられ、エリーは思わず俯いて顔を顰めた。


「ほぅ、中々の上玉ですねぇ」


「ああ、じゃあそろそろ始めるとするか!」


 レオナたちに目が釘付けとなっている奴隷商人の背後にシンは立つと、その後頭部を力いっぱい殴りつける。

 鈍い音と共にぐるりと白目を剥いて奴隷商人は崩れ落ちる。その音を皮切りとし、あちこちで悲鳴や絶叫が上がり始めた。

 シンも腰の刀を抜き奴隷商人を護衛していた敵を二人、たちまちの内に斬り伏せる。

 レオナは切れ目の入っていた縄を引きちぎると、味方から愛剣を受け取り颯爽と手近の敵に斬りかかった。

 マーヤも素手のまま猛然と敵に躍り掛かり、そのしなやかな身体を使って敵を打ち倒す。

 だが、マーヤはタイトなスカートが動きにくいのか、自慢の鋭い犬歯をもって裾を噛み切り両手でもってスカートを引き裂いた。その縦に裂けたスリットから覗く長く美しい脚に見とれた敵は、エリーの振るう戦槌によって、熟れきった南瓜を地面に叩きつけたような音を立てながら、頭の上半分を吹き飛ばされ息絶えた。

 奇襲は成功を収め、不意を突かれた敵はその大半が剣を抜く間もなく倒され、早々に戦意を喪失した敵は我先にと逃走し出す。

 まだ自分たちの情報を敵に知られたくないシンたちは、一人も逃さぬよう追撃の手を緩めない。

 逃げる敵を追うシンたちの耳に、村の正面入り口に続く道の先から爆発音が鳴り響いて来た。それは村を包囲する部隊を指揮する、ゾルターンが放った炎弾によるものであった。

 シンは村から逃げ出す敵を殲滅するべく配置した部隊の総指揮を、ゾルターンに任せていた。

 戦場で人を従わせるには、実力や実績を示す他ない。現在の碧き焔で実力、実績共に万人が認める者は、シンの他は賢者と名高いゾルターンしかいない。

 今後、戦いを重ねて行けばそれぞれの実力の程が周囲に知れていくのであろうが、結成したばかりであるこの部隊を統率するには現在の所、いま現在の実力や過去の実績を持ってするしかない。

 ゾルターンもその事を良く分かっており、このシンの決定に異を唱えるような事は無く、別働隊の指揮を素直に引き受けたのであった。

 短く一方的な戦いが終わり、剣戟の音や悲鳴や絶叫が収まり、各部隊の指揮官が指揮下にある部下の名前を呼んで、点呼を取る。

 軽傷者数名程度の損害で敵の殲滅に成功したシンは、エリーに負傷者の治療を任せ、他の者には見張りと戦場掃除を命じ、自身は最初に殴って昏倒させた奴隷商人の襟首を掴んで井戸まで引き摺って行く。

 井戸から水を汲み、気絶している奴隷商人の顔に叩きつけるようにして水を掛けること数度、目を覚ました奴隷商人の首筋にナイフを突きつけ、尋問を開始した。


「よぅ、お目覚めのようだな。素直に喋れば俺はお前を殺したりはしない。わかったら知っていることを全て素直に話せ、いいな?」


 奴隷商人は震えながらずぶ濡れの顔を青ざめさせ、コクコクと何度も頷いた。


「よし、先ずはここで集めた奴隷は何所へ連れて行かれる? それとこの村は傭兵団の補給基地的な役割を担っているはずだ。物資の補給が次に来るのはいつだ? あとこの近辺で活動している傭兵団の名前と規模を話して貰おうか」


 仲間を売ったら自分の命が危ぶまれるのか、奴隷商人は首を左右に振って四つん這いのままシンから逃れようと後退りをする。

 往生際の悪さに苛立ったシンは、奴隷商人の顔に幾分か手加減をした拳を突き立てた。

 折れた前歯と鼻血が飛び散り、僅かに遅れて悲鳴が上がり奴隷商人は地面に叩きつけられた。

 奴隷商人の股間から放たれる糞便とアンモニアの匂いに顔を顰めながら、シンは尋問を続けた。

 シンが奴隷商人から情報を聞き出している間、掃除を終えたレオナたちはあちこちの家に監禁されている攫われてきた人々を解放して廻る。

 救い出された人々は碌に食事も与えられていなかったのか皆やせ細り、手には縄を通すために穴が開けられその傷口の多くは膿んで異臭を放っていた。

 若い女性たちの身体には激しい凌辱の痕があり、その痛々しさに皆面を伏せた。

 救い出された人々は、最初はシンたちの姿を見て怯えたが、エリーが怪我人の治療を始めるとやっと自分たちが助け出されたという実感が湧いたのか、口々に感謝の言葉を述べた。

 

「い、い、命だけは、命だけはどうか……」


 尋問を終えて、必要な情報を聞き出したシンは、必死に哀願する奴隷商人の襟首を掴みその身体を引き摺りながら再び村の中央へと戻って来た。

 

「安心しろ、俺は約束は守る。俺がお前の命まで取ろうとは思っていない」


 シンの言葉を聞いても、奴隷商人は泣きながら必死に命乞いを続ける。

 村の中央の広場では、エリーが額に大粒の汗を浮かべながら怪我人の治療を続けていた。

 取り敢えず一通りの治療を終えたエリーは、疲労困憊でその場で息を荒げながら地面に大の字に寝そべった。

 治療を終えた人々に、レオナたちが弱った身体に合った食事を与える。人々は味気のないであろう食事を涙を浮かべながら争うように平らげていった。

 シンは食事を終えた人々の前に、奴隷商人を放り投げた。


「おい、もうお前に用は無いから逃げていいぞ」


 そう言われた奴隷商人は、四つん這いのまま地を這うようにしてその場から離れようとするが、直ぐに多数の人影に取り囲まれてしまう。


「は、話が違う! 命は、命は助けると!」


「人聞きの悪い事言うんじゃねぇ……俺はお前を殺さないと言ったが、他の誰かが殺すのを止めるなんて約束した覚えはねぇな」


「そ、そんな……ぎゃっ!」


 どこから持ち出して来たのか、奴隷商人を取り囲んだ人たちの手には鉈や斧、剣や包丁などが握られており、奴隷商人はその原型がわからなくなる程まで切り刻まれて息絶えた。

 家族や恋人、親友を殺されたり攫われたりした人々の怒りや復讐心が、死した奴隷商人の身体に叩きつけられる。

 ひき肉のようになったその姿を見たシンに、憐憫の情は微塵も浮かんでは来なかった。


「そのぐらいにしておけ、復讐の機会はまだある」


 シンの言葉を聞いた人々は、手から武器を地面へと落とし嗚咽する。

 村のあちらこちらから聞こえる人々のすすり泣く声が、シンの耳朶に長く残り続けた。

 

 


---



 このギルボン村に捕えられていた人々の数は男女合わせて三十四人。

 この三十四人の中に老人や幼い子供は居ない。その理由は奴隷としての価値が低いために、捕まっても連れて来られずに、その場で殺されてしまったからであった。

 本来ならば彼らを連れて一度バートミンデンに戻る手筈であったのだが、シンはその予定を変更してしばらくこのギルボン村に留まる事にした。

 奴隷商人から聞き出した情報では、あと数日もすれば捕えた人々を移送するための部隊がこの村を訪れることになっている。

 シンはこのまま村に残り、この移送部隊を叩き潰すことに決めた。

 作戦は至って簡単、村の中まで移送部隊を招き入れて叩くというものである。

 傭兵団の補給基地的な役割も担っていたこの村には、酒や食料もまだたんまりと残っている。

 部隊と救い出した人々が数日程度この村に留まっても、何ら問題は無い。

 シンは皆に作戦を説明し、救い出した人々にも協力を求めることにした。

 作戦を聞かされた彼らは、その全員が手に武器を持って立ち上がり、進んで協力を申し出てきた。

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