ギルボン村
夏草の青々とした濃い香りが肺に満ちていく中、シンたちは騎士団の衣を脱ぎ捨ててボロを纏う。
騎士団に偽装して、ワザと人目につく様に街の中を隅から隅まで練り歩くようにしてから街を出たシンたちは、しばらく街道を進んだ後に忽然とその姿を消した。
人目を避けつつ、レーベンハルト伯爵が用意した装備が隠されている場所に向かったシンたちは、指定された森の中で巧妙に隠されていた装備を見つけ、着替えると直ぐにその痕跡を消して立ち去る。
「最初の作戦目標は、ここから五日ほどの場所にあるギルボンという村だ。このギルボン村は元々は普通の農村だったが、ラ・ロシュエルのクズ共に襲われて滅ぼされた。今は悪徳奴隷商人たちが廃村となった村を塒にして、ここに一度方々から攫って来た奴隷たちを集めてラ・ロシュエルへと運んでいるらしい。間諜が持ってきた情報によると、村に潜む敵の数は三十から四十って話だ。いいか、情けは無用だ。まだ我々の存在を知られたくないから、全員逃さず殺す。ここまでで、何か質問はあるか?」
すかさずレオナが手を上げて発言の許可を求める。
シンが頷くとレオナは澄んだ美しい声で物騒な提案をする。
「全員逃さずというのは少し難しいですね。何か方法を考えないと……夜討ち朝駆けとか……」
「ああ、それについては考えてある」
シンはニヤリと笑う。それを見たカイルは、その考えが碌でも無いものであると本能的に察知した。
「まず部隊を二手に分ける。村に潜入する部隊と、村の出入り口を封鎖する部隊とに」
「村に潜入? 村そのものが敵のアジトだとすると、少々危険では?」
「そこでだ。レオナ、エリー、マーヤには攫って来た奴隷を演じて貰う。他にも数人、奴隷の振りをして貰う。俺たちは奴隷を売りに来た賊の振りをして、堂々と正面から村へ入る。疑われずに入っちまえば、後はこっちのもんだぜ」
まさか自分が奴隷の振りをさせられると思っていなかったレオナは、キョトンとした目でシンを見つめた。
そんなレオナに、シンは用意したドレスを広げて見せる。
「レオナ、作戦時にはこれを着てくれ。エリーとマーヤの分も用意してある」
あまり趣味の良いとはいえないどぎつい柄のドレスに、レオナだけでなくエリーやマーヤも頬を引き攣らせていた。
「囮にするような真似をしてすまねぇな。だが、村に攫われた人々がいる以上、時間を掛ける訳にはいかねぇ。人質にされちまうと手も足も出せなくなっちまうんで、一気に片をつけたいんだ」
真面目な顔をしたシンに頭を下げられてしまっては、承諾するしかない。
囮にされる三人の美少女たちは、肩を落として大きな溜息をついた。
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「おーい、おーい!」
シンは大声を出し、大きく手をふりながらゆっくりと徒歩で村へと近付いて行く。
左右にある茂みが揺れたかと思った瞬間、抜き身の剣を構えた男が数人飛び出し、シンを遠巻きにぐるりと囲んだ。
シンは両手を上げて敵意のない事を体全体で示しながら、男たちに話し掛けた。
「買ってもらいたい物がある。数は十人、その内女が三人。上玉だぜ?」
「今日取引があるなんて話は聞いてねぇ……てめぇは一体何者だ?」
男の中の一人が訝しみつつ値踏みするようにシンを見ながら、ドスの効いた声を上げる。
男の精一杯の強がりを見たシンは、おどけたように肩を竦めた。
「そりゃ知らねぇだろうよ、飛び込みだからな。俺らは、つい最近こっちに来たばかりだからな。だが、この場所を知っているってことは、そういうことだ。さっきも言ったように十人だけだが、上玉が三人いる。こいつらを売って、酒と食料を買いたい」
この場の指揮官らしき男が顎をしゃくると、手下の一人が村へと駈け出して行く。
直ぐに手下は戻って来ると、偉そうにふんぞり返る指揮官へと耳打ちをした。
「おう、ウチのボスがお前たちと取引するそうだ」
「そうかい、そりゃ良かった。部下と商品は少し離れた場所で待たせてる。村に酒はあるかい?」
「ああ、あるぜ……たんまりとな」
「そいつはいい、部下どもも喜ぶ。じゃあ、また後でな……」
シンが振り返り来た道を戻ると、道を塞いでいた男たちは道を開けた。シンは振り返りもせず、来た道を戻って行った。
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「作戦開始だ。討ち漏らしの無いように頼むぞ!」
シンの号令で奴隷村解放作戦は開始された。既に村の出口を塞ぐ部隊は先発している。
レオナ、エリー、マーヤの三人は、用意されたドレスに着替え、後ろ手に縛られている。
縛られている縄には切れ目が入れてあり、少し力を込めれば切れるようにしてあった。
シンを先頭にして賊に扮した部隊は、奴隷の振りをしたレオナたちを囲みながら、ギルボン村へと近付いて行く。
「へぇ~確かに上玉だ。エルフと獣人、そっちの嬢ちゃんも中々……そのまま村へ行きな、話は通してある」
先程の指揮官風の男が、クイッと顎をしゃくってシンを促した。
シンがニヤリと白い歯を剥き出しにして謝意を示すと、その顔を見た男は額に汗の玉を浮かべてたじろいだ。
村に入ってすぐの入口に、小太りの如何にも商人風の男が左右に武装した男たちを付き従えて待ち受けていた。
「ようこそ、ギルボン村へ……ほぅ、そちらが商品ですか。なるほど、なるほど。ところで、この場所を知っているとなると本国から来たのでしょうが、我々は何も聞かされてはおりません。本国の方で何かあったのでしょうか?」
シンは笑顔を浮かべながら内心で舌打ちする。このようなやり取りは想定外の事である。
長く続ければ何処かでボロが出てしまう、だがこのままだんまりを決め込むわけにもいかない……
「何だ、まだ連絡が来てないのか? 俺らの他にも幾つかの傭兵団がこっちに来るって話だぜ?」
「聞いてませんねぇ? ところであなた方の名前を教えて頂けませんか?」
この小太りの男は用心深い。シンは軽く握りしめた手のひらに汗を掻いた。
「俺たちは傭兵団、鷹の爪」
咄嗟に着いた自分の嘘に吹き出しそうになるのを必死に堪える。鷹の爪とは唐辛子のことである。
自分のネーミングセンスの無さに軽い失望を感じながら、相手の出方を覗った。
「鷹の爪? そのような名前の傭兵団は聞いたことがありませんねぇ……」
小太りの男の声に反応して、周りにいる男たちの手が剣の柄へゆっくりと伸びていく。
「ふっ、そりゃそうだろ。俺たちはハーベイから来たんだからな」
「ハーベイ連合からですと?」
「ああ、ハーベイがラ・ロシュエルを後押ししてるのは知ってるだろ? 俺たちゃその梃入れだよ。金だけじゃなくて人も遣わして協力したっていうな……まぁ、俺たちにはどうでもいいこった。金になればそれでいい」
小太りの男は隣の男とひそひそ話をし始める。時折漏れ聞こえる言葉には、迷いの影が見え隠れしていた。
シンの話の真偽よりも、連れて来た奴隷の方に強く興味を惹かれているのだろう。
「わかりました。鷹の爪の皆さんを歓迎致します。それで……あなたが団長でよろしいのでしょうか?」
「ああ、俺は鷹の爪の団長のカラシと言う。よろしくな……取り敢えず酒と食料が欲しいんだが」
「ええ、ええ、ありますとも。どうぞ、こちらへ」
シンは振り返って手招きをして、後ろに控えている部隊に村へ入るよう指示を出した。
部隊は村に入ると、奴隷を見張る者を除いて、思い思いに散らばって行く。
「おい、お前ら! あまりハメ外すんじゃねぇぞ!」
シンの声に隊員たちは、これまた思い思いの返事を返しながら自然な風を装って村のあちこちへと散らばって行った。




