賊部隊、始動
シンが帝国に役を返上して下野したとの報は、驚くほどの早さで周辺各国へと伝えられた。
それと同時に、シンは魔法剣の真理を極めるために武者修行の旅に出たのだという出所不明の噂話も、各国へと流れて行った。
シンの進退と民草へ流れている噂話に、多少の疑念を感じながらも飛びついたのは、エックハルト王国であった。
エックハルトの国王であるホダイン三世は、これを機にシンを召し抱えることが出来ないかと思い、接触を図ろうとした。
召し抱えられずとも、噂話が本当かどうか確かめる必要があるので、間諜を帝国に送り込むことにした。
帝国はこの動きを素早く感知し、エックハルトといま現在も激しく争っているルーアルト王国の者に、エックハルトはシンを召し抱えて魔法剣を自国に取り入れ、ルーアルトとの戦いを有利に導こうとする腹積もりだと吹き込んだ。
事実その通りであり、直ぐに裏が取れたルーアルト王国はそれを防ぐために、帝国に送り込まれたエックハルトの間諜を排除するべく動いた。
こうして帝国内でエックハルトとルーアルトの間諜は激しく争い、それを潜り抜けてシンに接触を図ろうとした者も、影やシン自身によって消されていった。
召し抱える事が出来ないのなら、いっその事暗殺するべきではないかと言う声が、両国の一部の者たちから上がったが、それは実行されなかった。
両国の首脳陣は、まだ魔法剣はシンのみが使えると思っており、その技をこの世から消してしまう事に未練を感じていたからである。
弟子など他の者も魔法剣を体得しているという話はあるが、その魔法剣を使用したと思われる痕跡を確実に残しているのは、今の所はシンだけであることから、両国の首脳陣はシンのみを注視していた。
そうこうしているうちに、シンの消息は途絶えがちになり、やがて完全に途絶えた。
両国の首脳陣はさて置き、民衆たちの反応はどうであったか?
この度の進退について様々な憶測と噂が飛び交い、これも両国の間諜たちの攪乱に一役買っていた。
仇敵が帝国を去ったと聞いたルーアルトの民は喜び、帝国の民衆はあたら有能な臣にあっさりと去られた皇帝の器量の無さに落胆した。
だが、シンが魔法剣を極めるために武者修行の旅に出たという噂が流れると、皇帝に対する誹謗はたちまちの内に消え去り、シンが今どこで何をしているかという事に、民たちの関心は移っていった。
ここでも様々な憶測や噂が流れ流され、これにも両国の間諜たちは振り回される結果となる。
シンたちは主要街道を逸れ、途中の街や村には一切寄らずに野宿を繰り返しながら、南部へとひた走っていた。
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「整列!」
周りの者より一段良い武具を身に纏っている指揮官風の男が叫ぶと、百名の武装した兵たちは一糸乱れぬ動きで速やかに列を成していった。
縦十名、横十名、等間隔で並んだ兵の先頭は現役の騎士、若しくは遊歴の騎士であった。
先頭に立つ騎士たちが、その後ろに並ぶ九人の兵を指揮する。
檀上からその部隊を見下ろしていたシンは、その部隊の練度の高さを垣間見てニヤリと白い歯を僅かに見せる。
ここは南部の外れにある都市の一つであるバートミンデンの街。この街を治めるのはレーベンハルト伯爵であり、今シンの眼前にいる部隊はレーベンハルト伯爵が用意した者たちである。
シンはまず檀上で名乗り挨拶をした後、檀上を降りて先頭に居る騎士たちを集めた。
「この中で馬術に優れているのは誰だ? 二人名乗り出てほしい」
そう言われた騎士たちは互いに顔を見合わせる。僅かな間の後で、おずおずと二人の騎士が手を上げた。
「二人には、伯爵様や騎士団との伝令役を頼みたい。細やかな情報伝達が、これからの戦いの鍵を握ると言っても過言では無い。大役だぞ、二人ともしっかり頼む!」
伝令役では武勲に恵まれないため、とかく騎士たちは軽視するきらいがある。
そこでシンは、まず最初にこの部隊の特異さと、作戦における情報伝達の重要さをこんこんと説き、伝令役は大役であると言う事を騎士たちに植え付けた。
兵の中にも馬術が得意な者は居るのかも知れないが、騎士ならば文字の読み書きとごく簡単な算術が出来る事と、騎士という名誉称号により伝令先の兵たちにも一目置かれ、事がスムーズに運ぶことを考慮した結果、兵の中から伝令役を募ることを諦めた。
二人が抜けた指揮官ポストには、ハンクとハーベイを充てることにした。
兵の指揮など出来ないと言う二人を、シンは半ば無理やりに言いくるめる。
「ハンク、暁の先駆者と対して人数は変わらないだろうが、何も千人、一万人指揮するわけじゃ無いんだから……九人ならパーティの延長みたいなもんさ。それとハーベイも、長年ハンクの指揮ぶりを間近で見て来たんだから出来るはずさ」
もし無理だったら交代させるからと、二人にそれぞれ九人の兵を率いさせた。
いくらシンが連れて来たとはいえ、いきなり見ず知らずの者が指揮官ポストに就いては、兵たちも動揺するだろうと思い、この二人を指揮官に添えた理由を全員に説明した。
「みんな聞いてくれ、俺たちは賊に扮することは皆も知っているな? 俺たちは今後、村や街においそれと姿を見せる訳にはいかないので野宿だし、時と場合によっては深い森の中に身を隠したりする必要性があるかも知れない。そうなると必然的に魔物との遭遇も高まって来るだろう。そこでこの二人の知識と経験が、役に立つ。この二人は、対魔物戦闘のエキスパートだ。俺も迷宮でこの二人に、対魔物戦のイロハを教わった。この二人は騎士ではないが、指揮官として扱うように」
きちんとした理由があり、それを話すのが帝国の英雄である以上、反対する声が上がりようがない。
「よし、それと俺のパーティの碧き焔が同行するが、これは俺が直々に指揮するものとする。何か質問はあるか? よし、では俺たちは騎士団としてこの街を出る。そして街から離れた所で、今の装備から賊っぽい恰好に着替えて姿を晦ます。最初の作戦目標は、その着替えが終わってから話す。以上だ、早速行動に移るぞ。いいか? 街の中では全員騎士団らしく振る舞え」
指揮官と兵たちが慌ただしく出発の用意をする中、シンは自分に付けられている影たちを集めた。
集められた影の人数は二十名。その殆どが、カイルやクラウスと変わらない年頃の少年少女たちであった。
シンを信頼して見つめる四十の瞳。この若者たちを危険の真っ只中に送り込むことに対し、シンは己に対し激しい憤りを感じずにはいられない。
無意識の内に握った拳に力が入る。シンは大きく深呼吸をして、自身の身を焦がす己に対する怒りの炎を、今だけは鎮静化させることに努めた。
「よし、皆いい面構えだ。いいか、お前たち! 決して命を粗末にはするなよ」
影の少年少女たちは、その言葉に驚いた。間諜の命など、高貴な身分から見れば使い捨ての道具に等しい。
訓練でもそう教えられてきた彼らは、シンの言葉に困惑し戸惑いの表情を見せた。
「お前たちはこの作戦で得た知識や経験を、後々に伝えて行かねばならない。影は発足したばかりの組織で、ベテランなんぞ殆どいない。だったらベテランを育てるしかないよな?」
シンの言葉を聞いた彼らは、生唾をごくりと飲み込んだ。
つまりシンはこう言っているのだ。生き残って経験を積んで、お前たちが影の幹部になっていくのだと……
「戦闘行動は極力禁止、行動は必ず二人一組で行え。お前たちの主な任務は索敵、情報伝達だ。戦闘技術を試したくてうずうずしてるかも知れないが、今回は我慢しろ、影の戦い方は賊っぽくねぇからな。戦い方を見られて、変に勘繰られるのは避けたい。お前たちはとにかく生き残れ、生き残って経験を積みそれを下の者へ伝えるのを一番の目的とせよ」
血気盛んな年頃の少年少女たちを、こんな安っぽい言葉で抑えることは出来ないだろうと思っていたが、それでもシンはその安っぽい言葉を口にせずはいられない。
この作戦が終わった後、いったい彼らは何人生き残っているだろうか?
最悪の情景を脳中に思い描いてしまったシンは、それを振り払うかのように首を振ると、影たちに指示を出し、自分も出発の用意をし始めた。
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精密検査をして、薬を変えたら腫れが治まってきました。
一番ひどい時は下は手首、上は二の腕まで色が変わり腫れ上がってしまい、片腕だけアンバランスに太くなってちょっと笑ってしまいました。




