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帝国の剣  作者: 0343
205/461

シン、野に下る


 個人的にも国家的にも、急ピッチで戦の準備が進められていく。

 シンは有刺鉄線や撒菱などの他にも、いくつかのアイデアを思いついていたが、その多くは諸事情により断念せざるを得なかった。

 まず最初に断念したのはクロスボウなどの機械弓で、この世界でも再現可能かどうかと言われると、再現は可能である。

 弓より余程早く習熟できる機械弓は、徴兵した農民などを素早く戦力化出来る利点がある。

 また、伏せ撃ちが出来るのも弓と違い便利な所であるが、曲射が苦手と言う欠点もある。

 だが何よりも、断念しなければならない最大の理由は、構造の複雑さであった。

 この世界の工業は、すべて手工業である。構造の複雑な物の量産体制を整えるのは困難であり、また品質のバラつきが大きいと言う問題が生じてしまう。

 地球でも、イングランドの長弓部隊とフランスの機械弓の部隊が交戦したとき、イングランド側の圧勝で終わった。

 これは構造の複雑な機械弓に故障が頻発したのと、連射速度の差によるものであった。

 農民を戦力化出来る機械弓は喉から手が出るほどに欲しいが、大量生産出来ず、故障も頻発するであろうことを考えると、その開発生産に費やす労力を他に回した方が良いだろう。

 ならば銃はどうだろう? 機関銃などは兎も角として火縄銃やマスケット銃ならばと考えはした。

 だがこれも、二つの大きな理由で断念せざるを得ない。

 一つは機械弓と同じ理由、生産の問題。シンはこの世界で火薬を見た事がなかった。

 銃の前に火薬から入らねばならない。聖戦まで残された時間は最大に見積もって三年とのこと……とてもではないが間に合いそうもない。

 二つ目の理由は、この惑星パライソの管理AIのハルである。リゾートテーマパークとしてテラフォーミングされたこの惑星は、過去現在に至るまで管理AIのハルによって維持されている。

 シンがハルに武器を所望したところ、銃は作れないと言っていたのを思い出した。

 惑星を改造出来る程の科学力を有しながら、銃が作れないはずがない。

 この中世をモチーフとしている世界に、何らかの制約を課していると見るべきであろう。

 もし、シンが銃を作ろうとしたり、完成させたりしたならば、管理AIのハルが制作の妨害やシンの排除をしてくるかもしれない。

 相手は地球では考えられない程の高度な人工知能であっても、プログラムを優先させる機械であり人間では無い、用心するに越したことはないだろう。

 結局のところ、構造が簡素であり現状の技術や設備で大量生産可能な物というのは、殆ど無きに等しかった。



---



 シンたちが帝都に戻ってから一月が経った。

 皇帝は、南部の取りまとめ役であるレーベンハルト伯爵から準備が整ったとの報を受けると早速行動に移った。

 レーベンハルト伯爵の準備に加え、帝国の間諜の長であるブナーゲル子爵も多数の間諜を帝国南部とラ・ロシュエル王国に潜り込ませている。

 また、設立されて日が浅い影の者も、多数がシンの指揮下に入る予定であった。

 間諜と影の差は何か? 共に敵地に潜り込み情報を集めるまでは同じである。

 だが影は暗殺から要人護衛と、間諜よりも武に偏った組織であり、その点が今までの間諜と一線を画している。


 

 翌日、文武百官が招集され、玉座の間に整列する。

 この日、皇帝より先の新北東領における一連の事件に対する処罰が、正式に発表された。

 本人は既に死亡しているが、ディーツ侯爵は爵位、領地共に召上げ、彼に組した貴族たちも同様の処分を受けた。

 また、ディーツ侯爵亡き後に指揮権を引き継いだらコンディラン伯爵も、既に処刑済みであり仕置きも済んでいるが、ディーツ侯爵と同様に爵位と領地の召上げられた。

 ディーツ侯爵亡き後、コンディラン伯爵と西部の実権を手にするために争う姿勢を見せたローレヌ伯爵は、皇帝に対して吐いた暴言により反乱の意志ありとして爵位と領地召上げだけでは済まずに、一族郎党全てが誅殺された。

 そして最後に越権行為をしたシンに対する処罰が言い渡される。


「状況的に仕方のない部分があるとはいえ、越権行為であるのは事実。特別剣術指南役と巡察士の役を解くものとする。なお、相談役はそのままとする」


 これは厳しいと、居並ぶ廷臣たちの間からざわめきが起こる。


「不服か?」


 玉座に座る皇帝は、眼下に跪くシンに直接声を掛けた。

 

「はっ、大いに不服で御座いまする」


 シンの言葉に玉座の間はたちまちに凍りついた。

 皇帝とシンよりも廷臣たちの方が動揺し、額に玉のような汗を滲ませている。

 先程までのざわめきは瞬時に収まりを見せ、今や誰一人として声どころか咳の音すら立てない。

 皇帝とシンの発言は、すべて事前に決めておいた演技である。

 それを知るのは一握りの者たちであり、居並ぶ廷臣の多くはその事実を知らされてはいない。


「この処分を不服と申すか……どこに不満があるのか聞かせよ」


 皇帝の静かな怒気を含んだ声に、廷臣たちは背筋を震わせた。

 

「はっ、処分が軽う御座います。致し方なき状況とは言え、与えられた役を大幅に逸脱する越権行為するという大罪を犯しました。さらに大逆人とは言え、陛下の御許しも無く臣を切り捨てたことは許される事ではありませぬ」


 シンの言葉を聞いた廷臣たちは、ただただ驚き困惑した。

 何処の世界に、自分に科せられた処罰が軽すぎると言う者が居ようか? 普通は逆ではないか?

 皇帝も演技ではあるが、毒気を抜かれた振りをする。


「何? 処分が軽いと申すか?」


「はっ、平素より陛下の御厚情を頂いていながらのこの失態、そのような軽い処分では示しがつきませぬ。特別剣術指南役、巡察士、相談役全ての役をお返し致します」


 玉座の間に長い沈黙が訪れる。


「その目、決意は固そうであるな……よろしい、辞めたいと申す者を引きとめはせぬ。何処なりと去るが良い」


 皇帝は、わざとらしく大きな足音を立てて不機嫌さを表しながら、玉座の間を去る。

 皇帝の足音が完全に聞こえなくなるまで、シンは跪いて首を垂れ続けていた。

 シンが立ち上がると、居並ぶ廷臣の中から幾人かが、自分が執り成すので考え直す気はないかと詰め寄って来た。


「私は流れ者ではありますが、武人としての誇りがあります。地位にしがみ付いたなどと笑われることに堪えられませぬ。また、罪を犯したのは事実であり、自らを厳しく罰せねば気が済みませぬ。御好意は感謝致しますがご遠慮させていただきます。では、これにて御免」


 シンは足早に玉座の間を立ち去る。

 その足で、近侍たちの控えの部屋に行き、陛下に別れの挨拶をしたいと申し出た。

 その申し出はあっさりと許可が下り、いつもの応接室で余人を交えず面会する事となった。


「ぷっくく、シン、見たか? 皆アホ面を浮かべておったわ。自ら厳罰を望む者など、長い帝国の歴史の中でもお主だけであろうな」


「跪いていて見える訳ないだろう。でも、その様子だと引っかかってくれたみたいだな。それじゃ、俺は早速行動に移るぜ」


 背を向け部屋を出ようとするシンに、皇帝は待ったをかける。


「待て待て、シン、お主が道案内役として利用したケルヴィンとか言う騎士の事がわかったぞ」


 皇帝に促されるままに椅子に座り、皇帝自らが煎れたお茶を口に含みながらシンはケルヴィンについて聞いた。


「それがな、本人はもうこの世には居らぬ」


 ディーツ侯爵の居る城塞都市ハスルミアまでの道案内、そして侯爵への取次ぎと言う功を立てたケルヴィンは、調子に乗って更に功を立てるべくコンディラン伯爵の周辺に探りを入れた。

 このままでも士爵位は確実だが、自分はたかが士爵ごときで終わる器では無いと、欲をかいたのが運の尽きであった。

 元々武芸一辺のケルヴィンの不慣れな間諜働きは、直ぐに伯爵に気取られてしまう。

 さらに運が悪いことに、丁度ローレヌ伯爵との争いが起ころうとしていた矢先の事であり、伯爵はケルヴィンがローレヌの手先ではないかと疑って始末したとの事であった。

 欲をかいて主人を裏切ったケルヴィンは、更なる欲によって身を滅ぼした。

 第二次治安維持派遣軍が帰還した際に姿を現さなかった時点で、そんなことだろうと思っていたシンは、大した感慨を抱くことなく、淡々とした表情のまま皇帝にお茶のお代わりを所望した。

 

 


 

ブックマーク、評価ありがとうございます!


痛みは薬のおかげで大分落ち着きましたが、熱が下がらず困ってます。

でも意識ははっきりしていて、左手は動く……ならば書くしかない!

物語はお待ちかね? の盗賊編の始まりです。今後ともお付き合いのほど、よろしくお願いします。

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[一言] 哀れケルヴィン! もう少し出世するところが見たかったです! それから落ちて欲しかったりします!
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