魔法武器
「おやっさん、グラッデンのおやっさん、客を連れて来やした~」
ホセが店の奥に届くよう大きな声を出す。
「うるさいわい! ホセじゃな、またツマラン客を連れて来たか!」
「今度の客は、おやっさんも気に入りますぜ! あっしが保証しやす」
「お前の見立てなんぞアテになるか! ツマラン客なら叩き出すからな!」
シンは二人のやり取りを見て首を竦める。
店主はドワーフだった。
背は低いが腕が子供の胴程もある。
店内には所せましとあらゆる武器が陳列されている。
その中に特に客に目を引かせるように二本の槍が壁に横倒しで上下に飾ってあった。
上に飾ってある槍は、槍さきから柄まで銀細工が緻密に施されており、武器だけでなく芸術品としての価値もありそうな美しい槍だった。
銀貨五十枚の値札が付いている。
もう片方は良く言って無骨、装飾の類は一切されておらず、もう片方の槍とは比べものにならないほど地味である。
槍先も少し厚みがありよく見ると何か紋様の様な物が彫ってあるように見えた。
値札は地味な槍の方がほんの少しだけ高い。
値札には銀貨六十枚と書かれていた。
シンは地味な方の槍を手に取り握りを確かめる。
流石に店内で振ることは出来ないが、重さを確かめたり刃の部分の厚みを確かめたりといじり倒していた。
「おい、若造……どうしてその槍を取った? 上の槍のが見栄えはいいぞ? それに値段も安い」
「ああ、店主どの、勝手に手に取ってしまい申し訳ありません。ええと、それは俺は貴族でも何でもないし恰好なんてつける必要ないんで……それに銀細工込みの値段でしょう? こっちは銀細工は無しで値段が上ということは武器としてはこっちのが上なんだろうなと思って……」
「ホセもたまにはまともな客を連れて来やがる。上の槍はお前の言ったように半分飾りだ、だがここではそっちのが売れる。武器を買いに来たのに半分美術品を買っていくんだぞ? 馬鹿ばっかりだ! 手に取ってる槍は穂先に高質化の魔法がかかっとる、当然武器としての性能はそっちが上だ」
シンは魔法がかかってると聞いて驚く。
「この槍の他にも魔法がかかってる槍はありますか? あるなら是非拝見させて下さい」
「あるにはあるが、若造……お前金持ってるのか? 当然値は張るぞ? うちはツケはやっとらんからな」
「もし気に入ったのがあれば、今日は無理でも近日中に用意するあては有りますので、よろしければ見せて頂けませんか?」
「どうやって金を作る? 犯罪で得た金は受け取らんぞ!」
「宝石が幾つかあります、それを売って金に換えます」
訝しげに店主がシンを上から下まで舐めるように見た。その眼が腰に差した刀に止まる。
「おい、おい! その腰に差した剣を見せてくれないか! 頼む!」
先程までの大柄な態度が嘘のようにシンに対して腰を低くして懇願する。
「え? ああ、いいですよ」
シンが腰から天国丸を鞘ごと外して店主に渡すと、店主は恭しく受け取る。
よく見ると微かに手が震えていた。
鞘を見て何度か頷き鞘から抜き刀身を見た途端、恍惚とした表情を浮かべた。
「ああ、これは、これは…………なんという…………惜しむべくは作り手の遊びがないことか……いやかえってこの方がいいかも知れん。これに美術品としての価値を持たせたら多くの血が流れるやも知れん。
それを危惧したのか? ミスリル銀と何の合金だこれは? 金属を何層にも束ねてある……成程……
内側に魔力を感じるぞ! これは……再生?! この金属は生きておるとでも言うのか!」
店主は客であるシンをほったらかしで一人で興奮し唸り、ブツブツと話している。
その様子にシンとホセは茫然とする。
やがて半時程も見た後、シンに刀を返す。
「眼福じゃった……魔剣じゃな……お主、魔法を使えるな……ミスリル銀を触媒として刀身に魔法が乗るようになっとる、恐ろしい技術じゃ。儂の店にこの魔剣を超えるものは無いぞ!」
「刀はこの天国丸で間に合っています。俺が欲しいのは長物とナイフです」
「いいじゃろ、その魔剣には劣るが魔法武器は幾つかある。着いて来い」
今度はホセが興奮しだした。
「あっしの目に狂いは無かった! 旦那はやっぱり只者じゃなかった……グラッデンのおやっさんが奥に客を通すのを初めて見やしたぜ」
シンは奥へと着いて行くと、そのまま裏庭に行けと言われた。
裏庭には試し切りの為の麦わら人形が立っている。
しばらくしてグラッデンが一振りの槍を抱えて来た。
「そういや、まだ若造の名を聞いておらんかったな。儂はグラッドン・デラクルーズだ」
「シンと言います。つい先日まで商隊の護衛をしておりました」
グラッドンは槍をシンに渡すと持って魔力を込めてみろと言った。
シンが魔力を込めると、槍先から微かな風が吹き出した。
そのまま突けとグラッドンが顎で麦わら人形を指す。
シンは促されるままに槍を麦わら人形に突き刺した。
次の瞬間、麦わら人形は槍が刺さった場所から渦のような突風が出てバラバラになってしまった。
あまりの事にシンは声が出ない。
「驚いたか? これが俺の最高傑作のブラッディー・ブリーズだ! もっとも風の魔力回路はエルフ製だがな」
「……凄いとしか言いようがない……名前も血の戦風……この槍にぴったりの名前だ!」
「金貨五十枚だ、作るのにそれくらいかかった。シンよ、お前に払えるか? そういえば宝石を売ると言っていたな。今持ってるなら出して見ろ、鑑定してやる。俺はドワーフだぞ、石のことならまかせておけ」
シンは袋から宝石を取出し見せる。
「……コランダムにベリル……ガーネット……ふむ、全部あわせりゃギリギリか……まぁええじゃろ。シン、これ全部となら槍を売ってもいい。どうする?」
シンは宝石の種類はわかるが価値はわからない、だがこの槍を手に入れられるならば宝石など惜しくは無かった。
「是非お願いします。この槍が手に入るなら宝石など惜しくはありません!」
「ふん、嬉しいこと言うじゃねぇか! 道具は使われてナンボだ、持って行きな! あとは、ほらよ! こいつも持ってけ。こいつは黒鉄鉱で作ったナイフだ、切れ味もいいし錆にも強い。切れ味が落ちたら持って来い、格安で研いでやる」
「ありがとう、感謝します!」
---
シンは興奮冷めやらぬ顔で店を後にした。
ホセはグラッデンからチップと言うには大金過ぎる金貨五枚を貰って目を白黒させている。
「だ、だ、だ、だ、旦那、旦那! アンタは俺の福の神だ!……これで商売が始められる! ありがてぇ、ありがてぇ! ウチの家内が路上で串焼きを売ってるんですが、この金があれば屋台が買えます。旦那、ありがとうごぜぇます!」
まるで拝むように感謝の言葉を連ねてくる。
「よかったな、俺はもうスッカラカンだ。ギルドに行くから何処にあるかだけ教えてくれ。ここで別れよう」
「いえ、いえ、最後までご案内させて貰いまっせ! こっちでさぁ!」
---
「ここがギルドになりやす。旦那、宿へのお帰りは大丈夫で?」
「ああ、道を教えて貰ったから大丈夫だ、今日は色々とありがとうな」
「とんでもない! 旦那には感謝しておりやす。今度は串焼きを買いに来てください、旦那ならたっぷりとサービスしますよ!」
「ああ、必ず買いに行くよ。それじゃまたな」
ホセと別れるとギルドの扉をくぐって行く、どのような仕事があるのか? シンは槍を大事に抱えながらギルドの受付へと歩いて行った。