死神の覚悟と半妖精の欲望
「……アレクシア嬢と会って頂きたい……」
父親を殺され仇と恨んでいるであろう娘に、会ってほしいと言ったローレンスの顔には、色々な複雑な思いが張り付いていた。
「ああ、いいぜ。会おう」
ローレンスは一瞬、我が耳を疑った。間髪を置かずに返答したシンの顔を、まじまじと見る。
そこには恨みつらみを真正面から受け止めようとする、覚悟の決まった顔があった。
「…………感謝する!」
銀獅子ジョージ・ブラハムの娘、アレクシアはこの宿の別室に居ると言う。
シンは覚悟が揺らがぬ内に会うべく、ローレンスに導かれてアレクシアの居る部屋へと向かう。
――――何を言われる事やら……恨みごとか? 当然だな、俺だって逆の立場であれば恨み言の一つも言うだろう。それなのに何故俺は会おうと思った? 贖罪のつもりか? だとすれば傲慢極まりない男だな、俺は……俺は…………誰でも良いから知って貰いたかったのかも知れない……人殺しとしての俺の素顔を……
扉を開けて部屋に入ると淡い栗色の髪をした少女が一人、毅然とした態度で立ち上がり頭を下げた。
シンは少女の正面までつかつかと歩き、背筋を伸ばし名乗りを上げる。
「ガラント帝国特別剣術指南役兼相談役のシン、まかり越し仕った」
「ジョージ・ブラハムが娘、アレクシア・ブラハムと申します」
睨み付けるでもなく、罵声を浴びせるでもなく、だが落ち着いた声色には深い悲しみの影があった。
青い瞳を見れば、それは僅かにではあるが、冬の湖の水面のように揺らいでいる。
ローレンスが両者を促し、二人はテーブルを挟んで向かい合って席に着く。
アレクシアの座った椅子の斜め後ろに、ローレンスは直立不動の姿勢で立った。
「父の……ジョージ・ブラハムの最後をお聞かせ下さいまし……」
シンは深い悲しみを湛えた青い瞳を今一度見つめた後、一度両の眼を閉じ、再び開くとスードニア戦役でジョージ・ブラハムと相まみえたところから、淡々と静かな口調で語り始めた。
その話に嘘や誇張は無く、思い出したる事実のみを飾らぬ言葉でただただ話す。
シンの言葉には、言い訳も自己正当化も、相手を貶める言葉も無く、返ってそれがアレクシアの悲しみを深く呼び起こした。
アレクシアは恨み言一つ言わずに、ただ黙ってシンの話に耳を傾けた。
「父は……父は、今わの際に何か申しませんでしたか?」
「あなたの名前ともう一人、女性の名前……そして一言……」
最後の言葉は聞かずとも、娘であるアレクシアにはそれが何であるかがわかってしまう。
今まで堪えて来た涙腺は崩壊し、髪を振り乱して泣き崩れた。
その姿を見たシンは遣る瀬ない気持ちとなり、その心に亀裂がはしる音を聞いた気がした。
――――国のためだ戦場の習いだのと御託を並べ自己正当化しようとも、人殺しは人殺しなのだ。俺は、これで良かったのだろうか? 抑圧され続けて来た日本での生活から解放され、己が欲のままに振る舞って来ただけなのではないか? 最初の殺人を犯す前に、自ら命を絶つべきではなかったか? 一層のこと狂ってしまえば楽になるのかも知れん。
過去に戻る事は出来ない。この生き方を選んだ以上、これからも誰かの父を、兄弟を、夫を、恋人を殺すのだろう。
――――惑星パライソ……天国とは名ばかりの地獄か……この地獄から脱け出る方法がが無いなら、その地獄のルールに則って足掻き、生き延びてやるまで……そう覚悟を決めたはずだ。俺と関わり死んでいった者、俺が殺した者たちの魂を喰らう俺は……死神だ! ならばこれからも徹底的に利己的に生きて、それら全ての魂を喰らいつくしてやる! そして俺はこの惑星に、俺の生きた傷跡をしかと刻みつけてやる!
全てを話し終えたシンは席を立つと、振り返りもせずに部屋を去った。
「何故でしょうか……あの方を恨みはしても、憎む気にはなれません……」
「それはおそらく、彼の者が単なる殺戮者ではなく思い悩み傷つく、一人の人間であるからでしょうな……」
アレクシアとローレンスはそれっきり口を噤み、シンの出て行った扉をいつまでも見つめ続けた。
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シンの心の変わり様に、最初に気が付いたのはレオナであった。
毎朝欠かさず行っている訓練、今は敵国内で金鷹騎士団の目もあるため必要最低限しか行わないが、素振りや基本動作の確認だけは必ず行う。
レオナの耳に聞こえて来るシンの素振りの音が、以前とは違う気がしてならない。
迷いや戸惑い、それらのように目に見えない物までもを断ち切るような、そんな音色を奏でている気がしてならない。
誰にも見られぬように辺りに気を配り、誰も見ていない事を確認したレオナは、目尻を下げて口角を吊り上げる。
――――欲しい、何をしてでもあの人を手に入れたい。その為には……その横に並ぶためになら私は魂だって悪魔に売り渡しても惜しくは無い……
自分を初めて負かした男が、より強くなった事に確信めいたものを感じたレオナは、自身もその横に並び立つべく研鑽により一層の力を入れる。
虐げられ何も与えられず、何も欲しなかったレオナが初めて持った欲望らしき欲望。
その初めて抱いた欲望に火が灯った時、どこか醒めていたモノクロの人生が色鮮やかに息づきはじめた。
その後、シンたちは金鷹騎士団の護衛の下、然したる障害も無く星導教総本山への、表向きは巡礼の旅を続ける。
途中で寄る街や村では、黒い死神シンを一目見ようとする人々で何処もごった返した。
だが先の街と同じく……否、更に凄みを増したシンの姿に、集まった人々は声も無くただ見送るだけであった。
ルーアルト王国に入って十三日、遂にシンたちは星導教総本山の麓にある街、ノーザラードンへ到着した。
街の入口でシンたちを出迎えたのは、以前に帝国新北東領で任務を共にしたアヒム司祭であった。
彼は多数の完全武装した神官戦士たちを引き連れており、その神官戦士がシンたちを取り囲み護衛の役を金鷹騎士団と交代する。
以前からそういう取決めだったのだろう。金鷹騎士団は混乱することなく神官戦士たちに護衛の役を譲ると団長ローレンスの指揮の元、街の要所で守りを固めるべく小隊ごとに別れて方々へと散って行った。
アヒムはまずレーベンハルト伯爵と挨拶を交わし、次にシンの元へとやって来た。
「お久しぶりですと言うほどではありませんか……シン殿、ノーザラードンの街へようこそ。宿の準備が整っているので、先ずは旅の疲れを癒し、翌日に総本山へ向かうとしましょう」
シンは頷いてアヒムに全てを委ねることにした。用意された宿は、教団の持ち物だと聞かされていたが、今まで泊まって来た貴族用の宿に勝るとも劣らない高級な作りをしていた。
不思議に思ったシンが、アヒムに尋ねるとここはやはり貴族や王族が泊まるために作られた宿だと言う。
護衛によって行動を逐一監視されているとはいえ、敵国の騎士団ではなく星導教の神官戦士たちに変わった事により、少しだけではあるが緊張を解いて心身を休めることが出来た。
翌日、アヒム司祭に導かれて総本山の門を潜った。そこには、力信教の時と同じような光景が広がっており、道の左右に居並ぶ神官司祭たちは、シンの姿を見るなり次々に跪いて行く。
今回シンと共に来て神託を見るのは、ハンクとハーベイ、そしてマーヤの三人。
レオナやカイル、エリーとゾルターンは、麓の街であるノーザラードンで買出しなどを任せており、今回は同行していない。
カイルは最初、シンに付いて行くことを主張したが神託の内容は前と変わらない事もあり、無駄な時間を過ごさせるよりは見聞を広げた方がマシだと考え、異国の文化や風習に肌で触れてくることを勧めたのだった。
それでもごねるカイルにシンは、自由に動けない自分に代わって色々と見て来て欲しいと頼むと、カイルは師の期待に応えるべく張り切って街へと繰り出して行った。
エリーにカイルの面倒を見るように頼んだシンは、レオナにも同じような事を言って送り出し、手の空いているゾルターンにレオナの事を任せることにした。




