話題の中心はあの男
エックハルト王国の王都ロンフォードは、武を尊ぶ国柄が示す通り無骨で重厚な巨大な城壁が、そのままシンボルとなっている城塞都市である。
帝国も武を重んじる気質ではあるが、それでもエックハルト王国に比べれば多少の芸術を楽しむ気風がある。
飾り気も何もない実に味気のない城門を潜り、衛兵の臨検を受ける。
流石に王都での臨検は徹底しており、引き連れて来た一個中隊の内の三個小隊は城外での待機を命じられた。
帝国の一個小隊の定員は五十人、その小隊が四つで中隊、中隊四つで大隊と言った風に定められている。
なぜ一個小隊の定員が五十名なのかと言うと、一番爵位の低い士爵の平均動員数が、凡そ五十名だったことに由来する。
であるからにして、百五十名が城外にて指定された場所で待機する事となる。
護衛のためのエックハルト兵に囲まれ、王宮へ案内されている間に幾度となく王都を守る衛兵たちとすれ違った。
規律正しい動きで巡回する衛兵たちの装備は、使い込まれてはいるものの手入れは行き届いているのが見て取れる。
ヴァイツゼッカー子爵とラングカイト準男爵は、どのような些細な情報でさえも帝都に持ち帰るべく、盛んに周囲へと目を光らせていた。
余所の国の兵が王都を訪れるのが珍しいのか、民衆たちは戸を開けて飛び出してきては使節団をもの珍しそうに眺める。
幾人かが帝国の旗であると叫ぶと、大通り沿いにまるで凱旋パレードの如く人が集まって来る。
子爵をはじめとする使節団はその様子に戸惑いながらも、どうやら敵意を持っての行動では無いと知って平静を保ちつつ王宮へと足を進めた。
民衆たちのざわめきに耳を傾けてみると、どうやら使節団に竜殺しのシンがいるのかどうかを確認しているようであり、自国の英雄の名がこのエックハルト王国にまで知れ渡っているのを誇らしく思うのと同時に、その理由が何故なのかわからず困惑した。
集まった民衆たちは風に靡く帝国旗を見て、使節団を隅々まで舐めるように見回し、その中にシンの姿がない事を知ると、皆一様に肩を落として落胆の色を表した。
ヴァイツゼッカー子爵はそんな民衆たちの期待に応えられない事を、少しだけ申し訳なく思いながらも民衆たちの様子などを具に観察して行く。
特に目を引いたのは成人前の子供たちで、皆一様に腰に一振りの剣を履いていた。
帝国でも護身のために子供でも短剣を身に着けていることが多いが、ここまであからさまに武をアピールすることは無い。
帝国との文化風習の違いに若い子爵は、色々と感銘を受けながら王宮の門を潜った。
王宮に通されたヴァイツゼッカー子爵とラングカイト準男爵は、待たされる事無くホダイン三世との会見に臨むことが出来た。
玉座の間には左右に文武百官が居並び、玉座に鎮座する王の横には王太子のパットル王子が寄り添うように立っていた。
若い王子の姿をチラリとだが確認したヴァイツゼッカーとラングカイトは、すぐにその理由を王子の教育であると察した。
跪いたヴァイツゼッカー子爵とラングカイト準男爵が名乗りを上げた後、儀礼的な挨拶の応酬から会見は始まった。
子爵はが今回の使節団の目的は、国境を接したことによる挨拶とパットル王子の立太子を祝うためであると述べると、ホダイン三世は玉座に深く腰を掛けたまま鷹揚に頷いた。
「遠路遥々ご苦労である」
王の言葉の後に、傍らに控える政務官が献上品の目録を読み上げる。
ただの挨拶と言うには多すぎる献上品の量に、僅かだが廷臣たちの間から声が漏れ始める。
それもそのはず、本来の献上品の他にルーアルト王国が持ってきた献上品をそっくりそのまま上乗せしたのである。
言わば二ヵ国分の献上品の量に王をはじめ、エックハルト王国の並居る廷臣たちはある勘違いをした。
たかが挨拶というだけでこれほどの献上品を用意するとは、内乱や戦役で疲弊しているはずの帝国の力は自分たちが思っているほど弱まってはいないと。
ガラント帝国の若き皇帝ヴィルヘルム七世は軍事には疎いが、こういった駆け引きは得意であり、今回の外交もこの一事だけで成功したと言っても良い。
実際には国の立て直しを図っている帝国と、エックハルト王国の実力はそれ程大きくは離れていない。
実力が拮抗していると知られれば、今後の外交交渉の難度は跳ね上がってしまう。
今まで隣国のその隣と言う事で、間者は潜り込ませていてもそれ程力を入れて情報収集はしていないのを見て取った皇帝は、最初にハッタリをかますことにしたのだ。
これが図に当たり使節団が帰った後でホダイン三世は、帝国に対する考えを大いに改める事になる。
目録を読み上げると、互いに祝辞を交わしあう。
帝国側からはパットル王子の立太子を祝し、エックハルトからは皇太子アルベルトの生誕を祝う。
ホダイン三世は後日正式に祝いの使者を送ることを約し、和やかな雰囲気の元で他愛も無い雑談へと移っていく。
幾つかの言葉が交わされた後、ホダイン三世はパットル王子に目配せをし、王子も会話に参加する事を許可する。
自らをして、これが教育の場であると知る王子の言葉と表情はぎこちなさと固さが多分に含まれている。
「竜殺しのシン殿のお話を是非お伺いしたい」
王子の発言は、事前に王と取り決めていた物であり、まだ子供っぽさの抜けきらぬ王子の無邪気な質問の振りをして帝国のキーマンとも言うべくシンの情報を集めようというものであった。
ヴァイツゼッカー子爵とラングカイト準男爵、というより皇帝ヴィルヘルム七世はこのような質問がされることをある程度は予想しており、どこまで話して良いかを子爵と準男爵に教えてあった。
「我らが特別剣術指南役の事でありましょうか?」
子爵の返答にパットル王子は怪訝な顔をする。
「特別剣術指南役? 失礼ながらシン殿の武名は我が国に於いても鳴り響いております。それが何故、正剣術指南役では無く特別剣術指南役なのでしょうか?」
良い質問だと、ホダイン三世は心の内で息子を褒め上げつつも、表面上は平静を保ち無言で成り行きを見守る事にした。
「はっ、我が帝国の特別剣術指南役であるシンは、他にも皇帝相談役と巡察士の役を授かっておりますれば、剣術にだけ専念という訳には行かず、従って特別剣術指南役とされているのであります」
「なるほど、では剣術指南役は他に居ると……竜を倒し、暴将ザギル・ゴジンを討ち取るシン殿を差し置いて剣術指南役を引き受けたのは一体誰なのでしょうか? 宜しければその名をお聞かせ願いたいものです」
「はっ、現在帝国に於いて剣術指南役を引き受けたるのはザンドロック・クリューガー子爵であります。この者はシン殿とに試合にて勝ちを得るほどの豪の者で、その実力はシン殿も高く評価されております」
竜殺しが敗れたと聞き、王子は動揺した。控える廷臣たちの間からも小声が漏れている。
嘘か真か定かではないが、あの竜殺しを凌ぐほどの剣の達人の存在に、帝国の人材の厚さを感じた廷臣たちは驚きを隠せないでいる。
「ふむ、それは剣の試合の話であろう。確かシン殿は魔法も達者であると聞く、実戦ではどちらが上なのか……」
今までむっつりと黙り込んでいたホダイン三世が、目を細め口元に微笑を浮かべながらヴァイツゼッカー子爵へ語りかける。
ザンドロックとの試合が模擬戦であると知り、更にシンが魔法を使える事を知っている事に二人は驚くと共に、エックハルト王国の諜報の力を侮ることを決して出来ない事を知る。
この質問の次に来るのは恐らく……
「はっはっは、両者とも本気で戦った訳でも無いのにわかろうはずも無いか。だが、魔法剣とやらを使えるシン殿の方が有利ではないか?」
そら来たと、ヴァイツゼッカーとラングカイトは内心で身構える。
「父上! 魔法剣とは一体何でありましょうか?」
まずは、シンに対して興味津々であるパットル王子がその言葉に喰いついた。
余は知らぬ。知りたければ自分で聞くが良いと、ホダイン三世は顎を僅かに動かして王子を促す。
上手く自分の子供を使うものだとラングカイトはホダイン三世の王としての手腕を褒めると共に、子供を出汁として使うやり方には、どうしても好感を抱くことが出来ない。
この王を相手取るにはまだ若いヴァイツゼッカー子爵では、まだちと荷が重かろうと思い、自分が変わる事に決め、今まで一言も発しなかった口をついに開くことにした。
ブックマークありがとうございます!
戦闘、しばらく無いです。御免なさい




