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帝国の剣  作者: 0343
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治安維持第二次派遣軍後始末


 帝都を発ったシンと入れ違いに、新北東領治安維持第二次派遣軍が任期を繰り上げて帝都へと帰還した。

 帰還したコンディラン、ローレヌ両伯爵を始めその主立ったる者たちは、速やかに逮捕拘禁され厳しい取り調べを受けることになった。

 その結果、ディーツ侯爵を始めとする新北東領治安維持第二次派遣軍の数々の悪事が露見し、ディーツ侯爵家は廃絶の上、領地と財産没収、一族皆死を賜る事となった。

 総指揮官であるディーツ侯爵家の件が終われば、次はその下の両伯爵の番である。


「コンディランよ、他に何か申し開きはあるのか?」


 皇帝の発する短い言葉に、居並ぶ文武百官たちは、真冬の凍てつく風よりも遥かに冷たいものを感じて、その背筋を震わせた。

 そんな中、新北東領治安維持第二次派遣軍副指令が一人、後ろ手に縛られたコンディラン伯爵は首を垂れ、元々血色の悪い肌をさらに青ざめさせながら、ブツブツと小声で総指揮官のディーツ侯爵と、同格のローレヌ伯爵、そして特別剣術指南役兼相談役のシンの非を鳴らした。


「卿の主張はわかった。我が直轄領での無断の徴税の件、一度目は総司令ディーツめの指示であるとはいえ、貴様はそれを諌める立場であるにも拘らず迎合した。更に幾らローレヌ伯爵の妨害があったとはいえ、余に断りも無く二度も民たちから食料や物資を徴発したことについては、最早呆れるを通り越してしまったとしか言いようがない。本来なら貴族の犯罪は罪が確定しておるならば、爵位を慮り自裁を許すのが習わしであるが、これはもうそのような生温い事を言っていられるような事件では無い。コンディラン伯爵、卿の爵位は剥奪、領地財産は全て返上し一族は流刑、卿自身は死罪とする」


 厳しいように思えるが、これでもかなり事情をくみ取り皇帝は譲歩したのであった。

 皇帝直轄領で二度までも勝手な徴発を行ったにしては、軽すぎる程である。

 本来ならば反逆罪と見なされて、一族郎党皆殺しにされてもおかしくは無い。

 

 コンディランは酸欠の金魚のように口をパクパクと開閉させたが、その口からは声は出ず、掠れるような音を発するのみであった。

 やがて力なく床に突っ伏すと、背後から衛兵に捕まれ引き摺られるようにして謁見の間から姿を消した。


 コンディラン伯爵の次は、同じく新北東領治安維持第二次派遣軍副指令のローレヌ伯爵の番である。

 ローレヌ伯爵はシンがディーツ侯爵を討った後、派遣軍の中枢の指揮権をコンディラン伯爵が握ったと知り憤慨した。

 合流するようにとの命令も無視して、ローレヌはコンディランの勢力を削ぐためにカーン周辺に兵を展開し、帝国本土から送られてくる食料他、物資の全てを派遣軍全体が受領した風を装って自身が全て接収した。

 まさか味方を飢え死にさせるようなことをするとまでは考えが及ばず、これにコンディランが気が付いた時にはもう遅かった。

 食料を奪うべく一戦しようにも兵は飢え、最早戦どころの話では無く、やむを得ず二度目の徴発をせざるを得ない状況へと追い込まれた。

 この行為が決定的となり、皇帝の勅令による新北東領治安維持第二次派遣の引き上げと、それに代わる第三次派遣軍が決定された。

 第三次派遣軍指揮官は、第一次の指揮官であったエミーリエ・ブルング伯爵が再び赴くこととなった。

 帝都に戻って来た第二次派遣軍の主立った指揮官や貴族たちは、次々と逮捕拘禁され罪を調べられて順番に裁かれていく。

 調べれば調べる程に、第二次派遣軍の醜態が明るみになり、途中で引き揚げさせた西部の弱小貴族と南部の貴族たち以外の殆どが、何らかの悪事に手を染めていた。

 これについて皇帝は、容赦のない判決を下す。大多数の貴族たちが爵位を剥奪され、領地と財産を没収され、死を賜った。

 これについて当時の貴族たちの間からは、当然であると非難の声はただの一声も上がってはいない。

 民衆たちは悪徳貴族たちの悪事を暴き、次々に葬って行く皇帝に拍手喝采を送った。

 

 この件について皇帝は、半分成り行きとはいえシンに感謝をせずにはいられない。

 増えすぎた貴族家の調整と、それにより圧迫されていた皇帝の蔵入地の改善を同時に行う事が出来たのだから。

 皇帝の蔵入地が減り、皇帝と貴族たちのバランスが崩れ、貴族たちの発言力が皇帝を上回りつつなっていたからこそ、ゲルデルン公爵のような男の野心に火を点けてしまったり、不平貴族たちが反乱を起こしたりとやりたい放題されて来たのだ。

 皇帝は二度と以前のような状態にはさせぬと、与えられた機会を活かして徹底的に自分に反する貴族たちを、廃していった。


 元々短期で粗野な性格のローレヌ伯爵は、唾を飛ばしながら猛然とディーツ侯爵、コンディラン伯爵そしてシンの非を鳴らした。

 それが受け入れられずに、コンディランと同じように死を命じられると、身体全体を怒りと屈辱に染めながら、あろうことか皇帝に対して非難を浴びせかけた。

 これには列席していた諸侯も驚き、結果を想像して皆が顔面蒼白となる。


「ふん。なるほど……卿の余に対する発言と態度を見ると、要するに反逆の意志ありと言う事であるな……宰相、ローレヌの一族の流刑を死罪へと変えよ。卿の望み通り反逆罪を適用する」


 やはりと、列席した貴族たちは心中で大きな溜息をついた。

 だがこれはローレヌ伯爵自身の短慮が招いた結果であり、新たに下された刑に対しての異議はおろか同情の声の一つも無かった。

 一族郎党皆殺しの宣告を受けて、やっと自分が何をしたのかを悟ったローレヌは、皇帝に慌てて縋り寄りながら言い繕おうとするも、屈強な衛兵たちに取り押さえられ文字通り引き摺られながら謁見の間から姿を消した。


 数日後、帝都にある大広場で、新北東領で無法を働いた者たちの公開処刑が行われた。

 貴族や騎士、指揮官、兵を問わず刑に処された者の数は百七十一名。最初は熱狂的に処刑を支持していた民衆たちも、それら罪人たちから流れ出た大量の血の匂いに、終いには咽せかえって顔を顰める羽目となった。

 

 ディーツ侯爵家、コンディラン伯爵家、ローレヌ伯爵家と言う、帝国西部貴族たちの頂点に君臨する三家を失った帝国西部は、拠り所を失った大多数の貴族が皇帝に靡き、それにより支配を取り戻すことに成功した。

 災い以って福となすと言ったところであるが、皇帝の気は晴れない。

 それは、シンの処遇についてである。

 確かにシンのやったことは越権行為であり、非難を受けるに値する。

 だが結果から言えば、帝国に巣食う奸悪を取り除いてくれたに他ならない。

 シンと散々話し合った結果ではあるが、やはりシンに罪を着せる事には抵抗を感じずにはいられなかった。

 恐らく避けることが出来ないであろう創生教が発する聖戦の前に、シンは少しでも帝国に有利にするために敢えて官を辞すると言った。

 その計画は賊となり創生教の荘園を襲い、攫われた帝国の民を取り戻し、創生教の非を鳴らす。

 自国の民を攫われても帝国軍を今動かすことは出来ない。それは、聖戦の発動を早める結果となってしまうからである。

 賊が勝手にやっていることと言ってシラを切り、時間を稼ぎつつ、シンがもたらすであろう証拠を叩きつけて帝国の世論をラ・ロシュエルと創生教総本山憎しと言った方へと誘導し、帝国を一丸とせねばならない。

 更にシンは、ラ・ロシュエル王国の領土拡張政策に脅かされている、周辺の亜人たちと共闘すべきだと主張している。

 これには皇帝は首を傾げざるを得ない。何故なら、先代が帝国からの亜人の排除を是とした政策を執っており、亜人たちは帝国に対して良い感情を抱いてはいないからである。

 お互い切羽詰まった状況であるし、帝国人でない自分が行けば話くらいは聞いてもらえるのではないかと、シンは自分が使者になるとまで言い出していた。

 聖戦が発動されるまで後一年か、二年か……それまでにやらねばならぬことは多い。

 帝国軍の再建、シンが作らせている数々の品の増産、そして個々でラ・ロシュエルに抵抗している亜人の氏族たちをまとめ上げ同盟を組む件。そして忘れてはならないのは、近年急速に勃興してきたエックハルト王国についてである。

 エックハルト王国には、聖戦時にこちら側に付かなくても最悪、敵に回すような事だけは避けねばならない。

 最低でも傍観者を決め込んで貰うようにしなければならない。

 ラ・ロシュエル王国、そして恐らく参戦して来るであろうルーアルト王国、ソシエテ王国とそこに更にエックハルト王国まで加わってしまうと、帝国に一分の勝算も無くなってしまうであろうことは、誰の目にも明らかである。

 帝国を取り巻く厳しい状況に、皇帝は人知れず今日も一人頭を悩ませ続けていた。

 

ブックマーク、評価ありがとうございます!


騎士ケルヴィンはどうしたかって? それは後日に判明します。

小物に相応しい末路が、彼を待ち受けています。

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