古都アンティル
目の前にそびえ立つ巨大な城壁に、シンの心は激しい高まりを感じずにはいられなかった。
一つ一つ石を積み上げて作られて居る様は何となく日本の石垣に近いかもしれない。
石の表面も荒く無骨だが、それがかえって重厚な威圧感を醸し出していた。
聞けば目の前の城壁は第三城壁で中に第二、第一と城壁があるらしい。
人口の増加と共に外側に新たな城壁が築かれてきたのだ。
西側にある中央門には入城待ちの馬車の行列が出来ていた。
ここまで来ると流石に賊の心配も無く、護衛達の間にはしっていたピリピリと雰囲気も無くなっていた。
シンが城壁を見上げていると程なくエドガーがやって来た。
「シン、お前これからどうするんだ? もし良ければこのまま俺の元で護衛を続けないか?」
シンは考える。
この提案は非常に魅力的ではあるのだが、まだ見た事のない土地に行くことは出来なくなる。
若い探究心を抑えつけてやっていけるかどうかは自信がなかった。
「…………ありがとうございます。折角のお誘いですが、やはり自分は色々な所に行き色々な物を見てみたいのです」
「ふふっ、そう言うと思っていたさ。俺がこの仕事に就いたのは三十越えてからだ、若いうちは色々経験した方がいい。もし、気が変わったらいつでも声を掛けてくれベテラン待遇で迎え入れてやるからな。あとな、いいか……命を粗末にするなよ、戦いの中でも冷静さを保て……お前は剣の腕は申し分ない、視野を広く持つんだぞ!」
「色々教えを頂き感謝してます。今の言葉、肝に命じておきます。ありがとうございました!」
「ああ、じゃあ達者でな。門の中に入ったらマイルズさんから給金貰うの忘れるなよ!」
そう言うとエドガーは笑いながら商隊の最後尾の方へ去って行った。
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門の前に着いたのは朝だったが、中に入る頃には昼になっていた。
商隊の荷物に対する物品税の対応に時間がかかったのだ。
中に入るとすぐにマイルズさんに呼ばれた。
「ここまで護衛ご苦労様でした。これが報酬です、ご確認下さい」
護衛の報酬は一日当たり銀貨三枚である。
だがシンは新米なので一日当たり銀貨二枚となる。
アリュー村を出て十五日、計算すれば銀貨三十枚のはずである。
確認すると銀貨が五十枚入っていた。
「マイルズさん、報酬が多いんですが……」
「シンさん、あなたは新米だから一日当たり銀貨二枚が報酬です。それで三十枚、今回は賊に二度襲われました。荷物に被害が無く、無事撃退出来ればボーナスを出すのが決まりなのです。その分が二十枚となります。不服ですか?」
「と、とんでもない! 貰い過ぎではないかと思っただけです!」
「いえいえ、シンさんが賊を多く打ち倒したことは皆が知っていますし妥当な報酬ですよ。どうぞお納め下さい。恐らくエドガーから誘われたと思いますが、どうです? 私の元で護衛を続けませんか?」
「申し訳ありませんが……エドガーさんにもお断りしました。私は旅をして色々な経験をしたいと思っております。身に余るありがたい申し出ですが、お断りさせて頂きます」
「うんうん、生き方を決めるにはまだ若い。わかりました、ですが気が変わったらマイルズ商会にいらして下さい。シンさんなら何時でも歓迎しますよ」
「ありがとうございます。もし機会があればその時はよろしくお願いします。色々とありがとうございました」
笑顔でマイルズさんと別れ、シンはアンティルの大通りを一人歩き出す。
まずは宿の確保、それから鍛冶屋に行って武器を見たいな前から考えていた長物が欲しい、あとナイフも。
それからは……そうだ皆に聞いたギルドに行ってみよう。
聞いた話では日本の職業案内所みたいな感じらしい。
どんな仕事があるか見ておこう。
第三門の内側は新市街、物価は安いが治安はあまり良くは無い。
先程も浮浪児のような子供にぶつかられてどさくさに紛れ懐をまさぐられたのだった。
幸い懐には何も入れてなかったので助かった。
第二門が商会などが多く宿の値段もそれなりにする。
第一門は貴族や金持ちが住む場所である。
新市街の宿は大部屋の所が多いく、宿は第二門のが良さそうである。
鍛冶屋も第二門のが良さそうである、武器は一番金を掛けねばならない所だ……粗悪品を掴まされると命に関わる。
第二門をくぐり適当な宿を探していると中年の男に突然声を掛けられる。
「ちょいとそこの旦那、旦那、何かお探しですか? お手伝いしますぜ? ただし銅貨二十枚頂きますがね。どうですか? アンティルなら隅の隅まで知り尽くしてますぜ」
一瞬迷ったが、シンは頼むことにした。
その際に少し報酬を上乗せした。
宿だけで無く他も案内してもらう積りで。
「よし、頼もうか。俺はシン、傭兵だ。銅貨三十枚出す、ただし俺も職を探し中なのでこれ以上は出せない。まずは宿だ、個室の所がいい。どこかいい所はないか?」
「旦那! ありがとうごぜぇやす! あっしはホセと申しやす。紹介屋を生業としておりやす、必ずや御眼鏡に適う宿に案内致しやす。では、着いて来てくだせぇ」
満面の笑みを浮かべてホセと名乗る男はシンを手招きし先導する。
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「紹介屋ってのはどんな仕事だ?」
シンは気になったので聞いてみた。ホセは顎に手を添えて話し出す。
「紹介屋てぇのはですねぇ、例えばお客さんからまず御代を頂いたあと、案内をします。例えば今回のように宿を探してる場合、案内した宿をお客様が気に入って宿泊して頂ければ宿からチップを貰えます。
商店なんかだと案内した商店で旦那が物を買って頂くとチップが貰えるって寸法ですわ」
ホセに案内された宿の名は森の恵み亭という程々の大きさの宿だった。
「ここなら個室ですし、料理も美味いですよ。お~いお客さんを連れてきましたぜ~」
しばらくして中から若い長身の男が出て来た。
「ホセか、ご苦労さん。いらっしゃい、うちは朝、晩飯付きで一日銅貨五十枚。お湯がいるなら大ダライ一杯銅貨二枚だよ。どうするね?」
銅貨五十枚か……アリュー村の倍、まぁ都会だから妥当な所かもな
「わかった、とりあえず三泊お願いする。裏に井戸かなんかあるのか?」
「ああ、裏庭に井戸があるよ。洗濯なんかはそこでするといい、勿論無料さ! 三泊だと銀貨一枚と銅貨五十枚だね」
「ホセ、ここに決めるよ。案内ありがとう」
ホセは満面の笑みを浮かべシンに礼を述べた。
「へへ、旦那毎度あり! で、他にどこか御用は御有りですかい?」
「そうだなぁ……武器を見たいんだが……」
ホセは少し首を傾げ考え込む。
「わかりやした、知り合いにいい腕の鍛冶屋がいるんでまずはそこに行きましょう!」
「任せる。主人、銀貨二枚でお釣りを頼む」
「毎度あり、部屋に案内しよう。ホセ、約束の一割だ」
宿の主人はニコニコ顔でホセに仲介料を払う。
「へへ、毎度!」
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宿に荷物を置きホセの案内で第二門内を歩く。
「森の恵み亭は西地区にありますが、今から行く所は北地区になりやす。ちょっとばかし歩きますがその鍛冶師は旦那の期待に応えてくれるだけの腕はありやすよ。そこの鍛冶屋の主人はドワーフでして……ただ少し頑固なところがありやして、気に入った客にしか業物を売らねぇんです。まぁ、旦那なら大丈夫だと思いやすが……」
「俺は異国から旅をして来たが、ドワーフには会ったことは無い。そういう意味でも楽しみだな」
「もう少しでさぁ、旦那!」
槍とナイフにどれだけ金を出せるか頭の中で計算しつつ、ホセの後ろを着いて行く。
北地区の北門からは離れた裏通りにその店はあった。
客の出入りはなく、一見すると営業中かどうかわからない。
店の名前はグラッデン・ハンマーと看板に書いてあった。
「ここでさぁ、旦那!質は保証しますぜ!」
シンはホセに促されて暗い感じの店内に足を進めるのであった。