星砕き
店主が奥から持ってきたそれは、一目見ただけでわかる程に異質な存在感を示していた。
陽光を受けながらも禍々しく黒光りするナックルダスター、それを見た一同は声も上げずにただただその凶悪なフォルムに見惚れてしまう。
「竜殺しの旦那、これがウチの店……いや、恐らく帝都で最高のナックルダスターですぜ」
呆然と見惚れている皆を見て、店主は誇らしげに胸を張る。
「こいつは一体何だ? 何で出来ている?」
シンは手に取り、様々な角度から眺めて見るが素材が何であるか全く想像が付かない。
「こいつが作られたのは、今から凡そ三百年前。頭のおかしい一人のドワーフが、最硬の金属を作り上げようとしたんですわ。ありとあらゆる希少鉱石を溶かして混ぜて出来た物で剣や斧などの武器を幾つか作ったらしく、その時の余り物でこいつを作ったって話ですわ」
「つまり、複数の希少鉱石を溶かした合金ってことか……それでこんな混ぜすぎた闇鍋みてぇな色なのか……」
闇鍋というものが何かわからなかったが、店主はその通りだと頷いた。
「本当に硬いのかこれ?」
店主は物言わずシンの手からナックルダスターを取り上げ床へ置くと、壁に飾ってあった売り物である上質な黒鉄鉱製の長剣を取り出して鞘から剣を抜き、気合いと共に打ち下ろした。
澄んだ金属音が鳴り響き、店主はナックルダスターを拾い上げると、シンに先に剣を見せる。
剣の刃は欠けており、その刀身にも薄く亀裂が生じていた。
次に渡されたナックルダスターを手に取る。驚くことにナックルダスターに細かい傷一つ無く、最初に見た輝きを保ち続けている。
「こいつは驚いたぜ! 一体どうやってこんな硬い金属を加工したんだ?」
帝国に名の知れた竜殺しのシンの驚いた顔を見た店主は、鼻高々と言った風にそのナックルダスターにまつわる薀蓄を語り出した。
「このナックルダスターの名は星砕きと言って、先程言ったあるドワーフの気まぐれから作られた一品ですわ。こいつをどうやって作ったのかは定かでは無くて、今まで幾人もの鍛冶師たちが同じものを作ろうとしたんですが成功した者は居らず、ならばこの武器を溶かして他の武器に作り替えようと試したのですが、幾ら熱してもビクともしねぇんですわ。え? 何で他の武器に作り替えようとしたのかですって? そりゃ、旦那もおわかりでしょうがナックルダスターは使い手を選ぶ……言い換えるならば、使いにくい武器だからでしょうぜ。え? 今まで売れ残っていた理由ですかい? それはナックルダスター自体が、サブウェポンとして少しだけ需要があるくらいで、そんな物に金貨三百枚も払う酔狂なお方が居なかったからですよ」
店主のある種の期待が込められた目に、シンは苦笑しつつ購入の意志を伝える。
それを聞いた店主は大喜び。大枚叩いて仕入れたものの武器の性質から売れずに残り続けた不良在庫が売れた上に、竜殺しのシンが自分の店で武具を買ったと来れば、これ以上にない宣伝となるからだ。
「買うけど多少はオマケしてくれよ。上質なナイフを一振りと脚甲を付けてくれないか?」
「それくらいならお安い御用で……お支払いはいつも通り国の方へ回しても?」
「ああ、国に預けてある俺の貯金から引いてもらうように言っておく」
「へへーっ、毎度あり! では早速ナイフと脚甲を御持ちしますんで……」
店主は再び店の奥へと消えていく。
金貨数百枚の買い物をまるで野菜か何かでも買うかのように気軽に買うシンに、店員たちは驚愕の表情を浮かべる。
一方、レオナとエリーは半ば呆れ、カイルはもうそんなシンに慣れているのか平然としている。
禍々しい黒一色のナックルダスター、星砕きを手渡されたマーヤは、この店内の誰よりも驚き呆然とした。
「俺は戦いに関する物は出来る限り最高の物を用意する主義でな……金があるのにケチって命を落とすなんて馬鹿馬鹿しいだろ? 最高の装備を身に纏ってそれでも敵わず死んだとすりゃ、そりゃしょうがないと諦めもつくしな……ここが終わったら、レオナ、エリー後を頼む」
店主が持ってきたナイフを受け取り、その質の良さに満足したシンは皮製のホルダーを買ってナイフをマーヤへ手渡す。
「マーヤはもう拳闘奴隷でも、姫巫女のボディガードでもなく冒険者だからな。冒険者はいざという時の為に複数武器を持っておくものなんだ」
次々と手渡される武具にマーヤは混乱する。幼いころに攫われて奴隷となり、泣き声が五月蠅いと声帯を切られて、挙句の果ては使い捨ての拳闘奴隷とされ、姫巫女に買われるまでは人のぬくもりを知らずに育ったマーヤ。
そんな自分を受け入れ、更には強くなる術を教え、高価な武具を与えてくれたシンは一体何なのか?
手渡された武具とシンの顔を交互に何度も見るが、益々混乱に拍車が掛かるだけで、答えは浮かんでこない。
エリーに金貨を数枚渡して買い物に行かせ、マーヤの旅支度の用意をさせる。
「余ったら三人で美味しい物でも食べて来い。んじゃ俺たちは用があるから、ほらカイル……行くぞ」
エリーはシンが、ただ女の買い物に付き合いたくないだけで、用事など嘘だとその考えを看破していたが、お釣りで美味しい物を食べて来ても良いと言われたので、許すことにした。
上機嫌のエリーとレオナに手を引かれて、未だ途惑うマーヤも市場へと消えて行った。
「師匠、用事って何ですか?」
カイルの純粋さにシンはあきれ顔で答える。
「はぁ? 用事なんかねぇよ。女の買い物は長いだろ? 何だお前、着いて行きたかったのか?」
エリーとのデートを思い出し、カイルはブンブンと力強く首を横に振った。
「だろ? レオナもなぁ……長いんだよな……スパっと決めちまえばいい物を、いつまでも悩みやがるんだよ……」
あれ以来、度々レオナとデートを重ねるようになり、上機嫌で帰って来るレオナと憔悴しきったシンの姿をカイルは何度も目にしていた。
二人は同時に大きな溜息を吐く。
「で、どうしましょう?」
「そうだなぁ……クラウスでも冷やかしに行くか……」
特に目的も無い二人は、授業を受けているであろうクラウスの居る学校へ向かって歩き出した。
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シンたちが学校に着くと、校庭で剣術指南役のザンドロックが生徒たちと組み打ちをしているのが見えた。
「脇が甘い、もっと動け!」
木剣でぴしゃりとわき腹を打たれた生徒は、呻き声を上げながら後ろへ下がって行く。
シンとカイルは暫く離れた所で稽古を見ていたが、それに気付いたザンドロックに呼ばれ、仕方なく傍へと近付く。
「何だシン、来てたのか。今日はお前の授業は無かったはずだが、一体どうした?」
シンがただの暇つぶしだと答えると、ザンドロックは薄笑いを浮かべつつもっと他に行く所があるだろうにと呆れた。
「来たからには手伝え。良かったな、諸君! 竜殺しのシンが直々に相手をしてくれるそうだぞ!」
半ば生ける伝説と化しているシンと稽古が出来ると聞いて生徒達から歓声が上がる。
その中で一人だけ悲鳴を上げた者がいる。そう、クラウスである。
朝の鍛錬で散々揉まれたのに、何で学校でまでと肩を落として嘆くクラウスを見て、シンの嗜虐心に火が灯った。
「クラウス、いっちょ揉んでやるから前に出ろ」
指名されたクラウスに級友たちの羨望の眼差しが突き刺さる。
手と首を振って拒絶するクラウスに、シンは時間が惜しいと一喝。
シンの厳しい声の中に何かを感じたクラウスは、覚悟を決めて前に出て木剣を構えた。
「行くぞ!」
「応!」
結果はわかりきっていたが、クラウスは何度倒されても起き上がり剣を構え、果敢に立ち向かっていく。
シンは学校で教わる騎士の剣では無く、足を踏み、ひっ掛け、蹴りを放ち、体当たりをするなど、敢えて泥臭い戦い方でクラウスを厳しく攻め上げた。
一頻り終わったところで、生徒たちに向かってシンは今の戦い方について説明する。
「諸君、諸君らの敵は騎士や兵士だけではない。賊や傭兵、時として冒険者など、様々な敵と戦う可能性を忘れてはならない。今みたいな泥臭い戦い方にも慣れておかないと、簡単に命を獲られちまうからな。注意するように!」
疲れ果て、地面に大の字で横たわるクラウスにカイルは駆け寄って、肩を貸す。
「カイル、すまねぇ……無様な所を見せちまったな……」
「いいや、それより随分と腕を上げたね。師匠が時々、本気の打ち込みをしているように見えたよ」
その言葉を受けたクラウスは、くすぐったそうに口許を綻ばせた。
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