聖剣返還交渉締結
「それにしても思い返せば思い返すほど、けったいな傭兵団だったよなぁ……」
「ああ、薄気味悪い奴らだった」
ハンクとハーベイは当時を振り返って見ては、身震いをする。
暁の先駆者を解散したハンクとハーベイは、迷宮都市カールスハウゼンを離れ南へと旅を続けた。
カールスハウゼンは帝国の中央付近にあるため、迷宮以外での冒険者の仕事はさほど多くは無い。
それならば辺境に行ってより実入りの良い仕事を求めた方がマシだと、昨今きな臭さを感じる南部へと移動する事にした。
南部の都市グリンデルンで欠員補充をしていた傭兵団に入り、ラ・ロシュエル王国へ奴隷を運ぶ奴隷商の護衛をする事となった。
「それがよ、俺たち二人が力信教徒だと知ると、創生教に宗旨替えしろと何度も迫ってきてよ……」
騎士や兵士、傭兵、冒険者など、荒事を生業とする者の多くは、力信教徒であることが多い。
ハンクとハーベイはその例に漏れず、敬虔な力信教徒であった。
「その話、詳しく聞かせてくれ」
二人にとっては取るに足らないつまらない話であったが、その話に真剣な表情をしたシンが喰いついてくるのを見て何かを感じたのだろう、必死に細部まで詳細に思い起こして見たままを伝えた。
「俺たちが護衛した荷物、つまり奴隷だが女子供が多かった。当時は借金奴隷だと思っていたが、考えて見りゃ全員をラ・ロシュエルに運ぶのはおかしいよな」
「ああ、確かにそうだ。それと奴らの剣術が、俺らとは違ってどこかで訓練を受けた……言うなれば上品な剣術だった。騎士や兵士崩れじゃないかと思う。あと、俺ら以外の全員が創生教徒だった。さっきも言ったけど、何度も改宗を迫られて剣呑な雰囲気になったがために、俺たちは傭兵団を辞めたのさ」
ハンクの言う上品な剣術、創生教徒、奴隷、ラ・ロシュエル……その繋がりからシンはその奴隷商と傭兵団が、昨今南部を荒らしまわっていて創生教徒が裏で糸を引いている無法者であると確信する。
シンがその正体を教えると、ハンクとハーベイは憤怒の形相を浮かべて、知らぬうちに悪事の片棒を担がされていたことを恥じた。
「ハンク、ハーベイ、最後にもう一度だけ聞くぜ? 俺と一緒に来るか?」
「ああ、俺は行く」
シンの最後確認にハーベイは二も無く頷いた。
「シン……俺は……」
「おいおいハンク、まだ村に未練があるとか言うんじゃないだろうな? 俺たちが帰って来てからどんな仕打ちを受けたか忘れたのか?」
ハーベイはハンクの両肩に手を置き、その身を烈しく揺さぶった。
「違う! 俺だってもうこんな村に居るのはこりごりだ。違うんだ……俺は……俺は、怖いんだよ……俺の、俺の判断の悪さからパーティを壊滅させてしまった……また判断を誤ってしまうんじゃないかと思うと
俺は……」
元々責任感の強い男なのだろう。シンはハンクの苦悩が我が身の事に思えて仕方がなかった。
シンとて何度も同じ思いを抱き、眠れぬ夜を過ごして来たことか……
「ハンク、リーダーは俺だ! そいつは譲れねぇ……舵取りは全て俺がやる。ハンクには俺が至らないところを助けてほしいんだが、駄目か?」
パーティメンバーの命を背負うリーダーにしかわからない苦悩。
それをわかっていて、シンは全て背負うと宣言した。ハンクの両目から涙がこぼれ落ちる。
「シン、すまない……ありがとう」
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翌日、村を後にした一行は、冒険者家業を隠れ蓑にしながら力信教総本山を目指して歩を進めていく。
ハンクとハーベイが村を去る事を決めても引き止める者どころか、見送りの者すらいなかった。
二人は村を出ると振り返りもせずに、馬車へと乗り込む。彼ら二人の中では、決別の儀式は当に済んでいるのだろう。
ハンクとハーベイに、今後の行動と計画を伝えるべくシンも馬車に乗り込む。
シン、カイル、ゾルターン、ハンク、ハーベイと男五人も乗ると馬車の荷台は多少窮屈さを感じずにはいられない。
「狭いな……カイル、御者台でエリーといちゃついてていいぞ」
そう言ってカイルの背を押して御者台へと追いやる。
カイルは頬を赤らめながら抗議の声を上げるが、ハンクとハーベイにからかわれて居心地の悪さを感じたのか、最後には折れて御者台へ移動した。
一方、シンから解放されたサクラは、自由を満喫していた。
馬車から遠く離れはしないが、自由に縦横無尽に駆け回り、レオナを背に乗せているシュヴァルツシャッテンにちょっかいを掛けたり、草むらに顔を突っ込んでは蟲などをついばんでいた。
「ゾルターンの爺さんにも話ておかないとな……先ず最初の目的地は力信教総本山、途中配達物を届けたりしながら目指して行くことになる。その次の目的地は、星導教の総本山」
「ちょっと待て、星導教の総本山はルーアルトだぞ。シン、お前ルーアルトに行ったら殺されるぞ!」
「そうだそうだ、お前ルーアルトのお偉いさんの首を挙げたはずだよな? それは幾らお前が強くても拙いと思うぜ?」
二人は口々に危険だと言い、シンの身を案じて止めろと言う。そんな二人を見て、ゾルターンは笑いながらシンに話しかけた。
「ほっほっほ、シンも馬鹿ではあるまい。手は打ってあるんじゃろ?」
「ああ、陛下が色々と骨を折ってくれている。もうそろそろのはずなんだが……それで、ここからが本題なんだが……星導教の総本山に行った後、俺たちは南部で賊になる」
「は?」
ハンクとハーベイは大きく口を開けたまま要領を得ない顔をし、ゾルターンは面白そうに相好を崩す。
「まぁ正確には、賊に扮してハンクたちが雇われたような悪徳奴隷商を叩き潰す」
「ふふふ、ふははははは……面白ぇ、やっぱお前は最高だぜ! 奴らは奴隷商と傭兵を語る賊なんだろ? なら遠慮はいらねぇな」
「村を焼かれ連れ去られた人々を救い出すわけか……よし、やろう!」
ハンクとハーベイ、二人の目に昨日までは見られなかった闘志の炎が燃え盛っている。
ゾルターンは、帝国の英雄が賊になると言うのが面白かったのか、ひぃひぃと笑い転げていた。
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その頃帝都では、ガラント帝国とルーアルト王国の間で聖剣返還の交渉締結を証明するものとして、両国主のサインの入った文書を交わすという、最終段階へと入っていた。
「一つお伺いしても宜しいでしょうか? 星導教の総本山に赴き宗旨替えをなされるのはどなたでありますのでしょうか?」
返還交渉が始まってから、帝都と王都を小間使いのように三往復もさせられたルーアルト王国の使者であるグリュッセルの顔には、濃い疲労の影が見える。
「ふむ、身内じゃ。それが何か問題でもあるのか?」
「い、いえ、左様でございますれば、我が国としても護衛に細心の注意を御払いすることをお約束致します」
馬鹿が、この男は二流どころか三流であると皇帝は内で評した。
搦め手からじわじわと退路を断ってから本音を引き出すのが交渉というものであろうに、いきなり素直に聞くとは愚劣極まりない。
愚王ラーハルトと宰相アーレンドルフによって粛清と左遷の嵐が吹き荒れたというが、その結果がこのような小物しか残らぬのでは意味がなかろう。
尤も、帝国にとっては僥倖であるがな……
渡された二通の羊皮紙に皇帝は目を通し、サインを書き加えて一通をグリュッセルへと返す。
取り交わした約定は至極簡素なもので、星導教の総本山に巡礼の一団を派遣するが、それに一切危害を加えなければ聖剣を返すと言ったものであり、もし約定を破れば聖剣は火山に投げ込み葬り去ると書かれていた。
巡礼者の数も名前も書かれていなかったが、そのことについてルーアルト側の追及は無かった。
グリュッセルは、アーレンドルフより皇帝の企んでいる所を聞かされていた。
――――馬鹿め、貴様の企みなど宰相閣下は全て御見通しであられる。ハンフィールドの鉱山が目的であろうが、そうはいかぬ。今の内に精々糠喜びしておくのだな。
病欠で休んでいる間に仕事が溜まってしまい、更新が遅れ申し訳ございませんでした。




