暁の先駆者の最後
「おい、ハーベイ!」
友の不躾な願いを止めるべく、ハンクが伸ばした手をハーベイは打ち払う。
「ハンク! 俺たちはこの村を出るときに誓ったよなぁ……何でもいい……何でもいいから、自分たちの手で何かを掴みとってみせるってよぉ……だけど今の俺らには何もねぇ、まだ俺たちは何も掴んじゃいねぇのさ!」
涙ながらに訴えるハーベイの真剣な眼差しに、ハンクは唇を噛みしめながら拳をきつく握りしめる。
「いいぜ。元からそのつもりだったからな……」
シンのあっけらかんとした答えに二人は驚き、大きく目を見開いた。
「ほ、本当か? 本当にいいのか?」
ハーベイは信じられないといった表情を浮かべ、シンが頷くと大声で雄叫びをあげ、歓喜に震えながら再び涙を両目に浮かべた。
「シン……」
ハンクが何か言おうとするのを、シンは手で制して二人を椅子に座らせた。
「先ずは飯だ。それと二人には聞きたいことが山ほどあるんだ、どうして暁の先駆者が解散したのか? 話し難いとは思うが、メンバーの安否だけでも教えてほしい」
「長くなるぜ……」
「構わんさ、夜はまだ始まったばかりだしな」
なら……と、ハンクがぽつりぽつりとパーティ解散に至るまでの話をし出すと、皆は黙って耳を傾けた。
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「ハーベイ、どうだ? 敵の気配は」
「何もいねぇさ……」
ぶっきらぼうな口調で返すハーベイの機嫌は、すこぶる悪い。
「迷宮に外の事を持ち込むな、命を落とすぞ」
「うるせぇな、わかってるよ! よちよち歩きの素人じゃねぇんだぞ、てめぇの仕事はしっかり果たすさ……心配するな。それよりハンク、お前の方こそ大丈夫か?」
迷宮に入ってからこの方、ハンクの眉間から皺が取れたことは無い。
どっちが持ち込んでいるんだか……ハーベイは、ハンクの肩を叩く。
現在、冒険者パーティ暁の先駆者は迷宮都市カールスハウゼンにある、試練の迷宮第四層を探索していた。
以前は単に迷宮と呼ばれるか、悪魔の口などと呼ばれていたが、シンが最下層で神に会いその神託を授けられた事から、現在は神の試練を受ける場として試練の迷宮と呼ばれるようになっていた。
シンたち碧き焔が、カールスハウゼンを去った後も暁の先駆者は迷宮に潜り続け、数多くの依頼をこなして冒険者として、まず成功と言って良いだけの成果を得ていた。
だが金を稼げば稼ぐほど、メンバー間の考えの違いが浮き彫りになっていく。
ハンクとハーベイは、更なる名声と冒険を求め、ヨーヘンら他のメンバーはある程度の財を築きあげたところで冒険者から足を洗いたがるようになった。
迷宮が好きで荷物持ちを続けているグラントは、パーティ内に産れつつある亀裂が決定的な物になる前に、リーダーのハンクが決断を下した方が良いと忠告する。
ハンクは悩み、苦しんだ。村を出て八年、冒険者パーティ暁の先駆者を結成して六年、まだまだやれるのではないかと思いつつも、仲間たちが安定した生活を望んでいることを無視出来ずにいる。
それはハンクだけでなくハーベイも同じであり、まだ何も成し得ていないと夢を追う二人と、一攫千金に思いを馳せて冒険者になった他のメンバーとの間に、埋めがたい溝が出来ていることを感じてしまったハンクは、パーティの解散を宣言する。
ヨーヘンを始め一攫千金組が、最後に第四層の地図を完成させてその地図を売って金に換えようと提案する。
ハンクとハーベイ、グラントも冒険者生活を断たれることになるので、手持ちの金は多いことに越したことは無く、その提案に乗ることにした。
そしてバーティ最後の探索が始まる。暁の先駆者がこの迷宮に潜るのは、これが最後。
であるのに、半分ピクニック気分のヨーヘンらと、いつも通り慎重に慎重を重ねているハンクらとの間に早くも悶着が起こり始める。
最後なのだから要らぬ揉め事を起こすなと、年長者のグラントに諭されて、表面上は落ち着きを見せたがハンクは危険を感じて、引き返すことを提案する。
だが、これにヨーヘンらは反発。最終的に多数決で、更なる深部へと進むことが決まってしまい、第四層の奥へ奥へと足を進めることになる。
斥候のハーベイが、槍を構える。その姿を見て、全員が即座に戦闘態勢を取った。
ハーベイの鼻腔に流れて来る微かな獣臭が、敵の存在を告げている。
「何だ? 敵か?」
ハンクが音を立てずに小走りで近づきハーベイの顔を見ると、ハーベイは何も言わずに通路の奥をじっと見つめている。
「嗅いだことのない匂いだ……見ろよ、匂いを嗅いだだけで鳥肌が立っちまったぜ。ヤバイ奴かもしれねぇぞ」
ハンクは先程より慎重に、音を立てないように後退りしてメンバーたちに敵の存在を告げる。
戦うか退くか? ハーベイの様子を見るにハンクの感も退いた方が良いと感じていた。
グラントもこれで最後なのだから無理をして命を落とす事は無いだろうと、ハンクの考えに賛同するがヨーヘンらは欲をかいてその敵の情報を得て、金に換えるべきだと一歩も退かない。
そうこうしている内に、近付いてきた敵となし崩し的な戦闘へと突入せざるを得ない状況に追い込まれてしまう。
通路の先から現れたのは、空中に浮かぶ赤い二つの光の玉。
それは大きな足音を立てながら、徐々に徐々にと近付いて来る。
松明の明かりが捕えた敵の姿を見て、全員は絶句して身を震わせた。
牛頭魔人、あのシンが苦戦したと言っていた怪物。既に敵はこちらを見つけて、戦意をあらわにしている。
「やむを得ない、戦闘準備! グラントさん、匂い玉の準備を。ハーベイ、出過ぎだ、下がれ!」
他の誰よりも早く自分を取り戻したハンクは、次々に指示を出していく。
メンバーたちはその声に反応して、次々に戦闘態勢を整えていく。
その後の戦闘は、悲惨だった。牛頭魔人の強さに怖れをなしたヨーヘンらは、あろうことか命惜しさに戦っているハンクとハーベイを見捨てて逃げ出してしまった。
残ったのは荷物持ちのグラントのみ、ハンクとハーベイの頭に絶望の文字がよぎった。
だが、牛頭魔人は何を思ったか、背を見せて逃げ出したヨーヘンらを猛スピードで追いかけて行く。
大小多数の手傷を負っていたハンクとハーベイは、背を見せて走り去っていく牛頭魔人を追撃する事は出来ず、グラントの手を借りながら急ぎその場を後にした。
あれ程結束していた仲間の裏切り、金は人をこうも変えてしまうのかと、ハンクとハーベイは逃げながら涙を溢す。
全員で戦えば、やり方によっては勝てない敵では無かったはずだ。
その後も幾多の危難を乗り越えて、地上へと帰還したハンク、ハーベイ、グラントは宿でヨーヘンらの帰りを待つが、一日過ぎ、二日過ぎても戻って来ない。
ギルドに捜索の依頼を出して、なおも彼らの帰還を待つが遺体はおろか、情報すら得られず一月後にギルドの規定に従い、死亡と扱われて捜索は終了となった。
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「……うそ……だろ?」
話を聞いて言葉にならない呻き声を上げたあと、絞り出すかのように呟いたシンに対して、ハンクは本当さと、自嘲気味に呟いた。
あれ程までに息の合ったパーティが、裏切りによって崩壊するなど、シンは認めたくは無かった。
シンだけでは無い、カイルもレオナもエリーも信じられないといった顔をしている。
「本当さ、僅かな小銭を稼ごうと欲張った結果がこのザマさ……俺たち暁の先駆者は引き際を誤ったのさ……」
「グ、グラントさんは、グラントさんはどうしたんだ? まだ荷物持ちとして迷宮に潜っているのか?」
「いや、グラントさんは引退したよ。あの人は今、得た金を使ってカールスハウゼンで酒場を開いてマスターやっているぜ。何でも、結婚して奥さんの腹の中に子供がいるとかなんとか……命の恩人だし、せめてあの人だけでも幸せになってもらいたい」
それを聞いてほっとしたシンは、グビグビと音を立てながら、ワインの注がれたジョッキを飲み干しながら世話になったグラントさんの幸せを胸の内で祈った。
「それから冒険者を辞めた俺たちは、傭兵になった」
ハンクとハーベイも忌々しい思い出を吹き飛ばすかのように、荒々しく酒を呷りがら話を続けた。




