剣を向けるは全て敵也
シンたちの周囲からは、盛んに剣激の交わる音が起こり、他の者たちも未だ戦闘中であることが窺い知れる。
つま先から頭の先までジリジリとした焦燥感が怖気と共に流れて行くのを、シンは感じながら相手の隙を探すが、老練なクレメンスに目立った粗は見当たらない。
――――見た事のない剣術……ザンドロックとは流派が違うのか? ん? 見た事が無い? なるほどな……ならば!
シンは大胆にもクレメンスとの距離を詰めていく。一見破れかぶれにも見えるその行動に、クレメンスは何か裏があると感じてシンが進んだ分だけ後退りをして距離を保とうと試みる。
が、シンはそうはさせじと一気に走り込み、上段の構えから斜めに振り下ろす。
老練なクレメンスには、その斬撃を剣で受けるまでも無いと判断、半歩横に動いて躱すと一歩踏み込んで、シンのがら空きの首に必殺の一撃を打ち込まんとする。
――――竜殺しだのと呼ばれておるからどれ程の者かと思うたが、所詮は我慢の出来ぬ若造であったか……
勝利を確信していたクレメンスは、突如下から迫り来る銀光を目の端で捉え慌てて身を仰け反らせる。
だが一歩踏み込んでしまったが為に躱しきれず、喉仏に刺さった刀の切っ先は、そのまま上へと抜けて顎を割った。
致命傷を負ったクレメンスは、声も上げることが出来ずにそのままもんどりうって倒れると、喉を掻きむしるように手を動かしたあと、口から血の泡を吹いて絶命した。
「強かったぜ、爺さん。勝負を焦ったのは俺じゃない、あんただ。長期戦は体力的に不利だと思っていたからこそ、隙を見逃さずに打ち込んでしまった。もっと慎重にじっくり構えて、刀というものがどういったものか一皮一皮丁寧に剥いていかれたのならば、俺の負けだったかもな……」
シンが放ったのは、かの有名な剣豪の佐々木小次郎の十八番であった燕返し。
子供の頃、道場で竹刀を振り回して遊んでいた経験が、この土壇場で活きるとは何とも言い難いものがある。
この世界に来てからも遊び半分で練習はしていたが、ザンドロックから正式に騎士の剣術を学ぶにつれて長剣と刀の違いを改めて思い知らされ、有効なのではないかと以前より真剣に練習をしていた技の一つであった。
長剣と違い重心の位置や重量などから、刀の方が返しが圧倒的に速い。
どのような熟練の剣士だろうと、刀の返しの速さを初見で見破ることは難しいだろう。
それはクレメンス程の老練な騎士であっても例外ではなく、否、実戦経験豊富なクレメンスだからこそ引っかかってしまったのだ。
騎士として実戦経験の豊富なクレメンスは、刀を多少形の歪な長剣と判断し、今まで培ってきた経験を踏まえてシンを圧倒してきたが、それがいけなかったのだ。
シンは白髪のクレメンスを見て、最初力押しで片を付けようとした。その時に使った剣術は、ザンドロックより教わった帝国式剣術であり、帝国式剣術を熟知しているクレメンスに軽々とあしらわれてしまう。
力だけは尋常では無いが、シンの技術の未熟を知ったクレメンスは心の奥底に油断を産んでしまった。
その油断が、クレメンスの目を曇らせてしまったのだろう。
「爺、爺! よくも、よくも爺を!」
シンが周囲に気を配りながら、呼吸を整えていると馬車の中から一人の少女が剣を引っ提げて飛び出して来た。
既にこと切れているクレメンスに駆け寄ってその死に触れた少女は、落涙しながら立ち上がり長剣をシンへと向けた。
「女は斬りたくねぇ、剣を捨てて失せろ!」
吐き捨てるように言って、顎で少女の背後を指す。
「竜殺しのシン! オルナップ家の誇りに賭けて、父と爺の仇を討つ!」
その言葉を聞いて、シンは少女が絶対に退かない事を悟る。
「貴様を倒した後は、ヴィルヘルム七世の番だ! 私はお前たちを決して許しはしない!」
「よく言うぜ、てめぇの親父は欲望に駆られて要らぬ乱を起こし、国を売ろうとした大逆人。本来ならば一族郎党尽く死罪となるのを、陛下の慈悲により命を助けられたというのに逆恨みとは、恥を知らぬのか!」
その言葉を受けた少女は憤怒の形相で睨み付けた後、言葉にならぬ叫び声を上げながら剣を上段に構え、シン目掛けて突進して来る。
シンは刀を気持ち少しだけ柔らかく握りなおすと、少女の拙い斬撃を躱しざまに一閃、その首を刎ねた。
首を失った胴体はそのまま倒れ込み、切断面から流れ出す夥しい量の血が、乾き気味の大地に沁み込んでいく。
少女が討たれたのを目撃した敵たちは、目の前の相手に構う事無く次々にシンへと殺到しようとするが、隙を見せた瞬間、アンスガーらによって次々と討ち取られていった。
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「ありがとう、もう大丈夫だ。他の者を診てやってくれ」
エリーの治癒魔法によって、シンの傷口は全て塞がれた。
浅傷とは言っても数が多く、治癒魔法では失われた血液までは回復しないため戦闘が終わった後、軽い貧血による眩暈を起こした。
アンスガーらが、敵の生存者を少し離れた所に生えている木陰へと連れて行った。
その木陰から時折聞こえて来る苦痛の悲鳴と呻き声を聞きながら、シンたちは死体のアンデッド化を防ぐために首を斬り落とし、穴を掘って死体を埋めていく。
「どうだ? 何かわかったか?」
戦場掃除を終えたシンは、アンスガーらのいる木陰へと足を運ぶ。
木に縛りつけられた男は鼻と左耳を削がれ、その両手には一本の指すら生えてはいなかった。
「どうやらこの男はオルナップ男爵家に仕えていた騎士のようで、他に後ろ盾は無く彼らの単独の犯行のようです」
「そうか……他には?」
アンスガーは一瞬だけ言うかどうか迷う素振りを見せたが、シンが無言で先を促すと知り得た情報を全て話し始めた。
「シン殿が戦った老騎士の名はクレメンス。オルナップ男爵家の先代騎士団長を勤めた男で、引退してからは同家の執事として仕えていたようです。そして男爵が討たれた後、男爵の長女フリーデリケが復讐を望むとそれに力を貸し今回の犯行に至ったと……」
鼻を削がれたために、口を開けてひゅーひゅーと掠れた呼吸音を立てている男を一瞥し、用が済んだのならば慈悲を与えるように言い渡すと、シンは仲間の元へ戻ろうとアンスガーらに背を向けた。
敵の首魁とも言えるフリーデリケが、皇帝暗殺を仄めかすような言葉を発したからには、拷問をしてでも情報を聞き出す必要がありやむを得ぬ事だと、アンスガーらの行動を妨げるようなことは一切しなかった。
仕方がないとはいえ、拷問の現場を見るのは不快極まりなく、シンは足早にその場を立ち去った。
だが、仲間の元へと向かう足取りは重い。
――――剣を向けてきたとは言え、女を斬ってしまった……皆はどう思っているんだろうか? 人でなしと罵られてもしょうがないか……
戻ったシンを待ち受けていたのは、非難の言葉では無く、戦いの中で見せた剣技を称賛する声であった。
女を斬ってしまったとシンが落ち込んでいるのを、皆は不思議そうな目で見つめる。
「女子供であろうとも、剣を向けるは全て敵也。帝国と言うか、この世界の常識です。無抵抗の者を殺したわけではありませんので、何も問題ないのでは?」
レオナの言葉に、今更ながら日本との命に対する価値観の違いを感じたシンは、郷に入っては郷に従えの言葉通り、これ以上この件について悩むのを止めることにした。
後始末を終えたシンたちは、まだ他にも監視者がいることも考えて、当初の予定通り幾つかの街や村を訪れながら進むことにした。
次に向かうのはハウプトの街、そしてその次がハンクの故郷であるウスラ村である。
シンだけでは無くカイルもまた、何かと面倒を見てくれたハンクに会うのを楽しみにしていた。
これ以上血生臭い旅に、せめてこの先はならないようにと、沈んでいく夕日に向かってシンは心の中で祈りを捧げた。
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咳も治まってきて、楽になってきました。
春です。段々と温かくなってきました!
今年は残念ながらお花見には行けそうにありませんが、皆さんは私の分までお花見を楽しんで来て下さい。




