デート 其の三
朝の稽古終わるとシンは何軒か貸し服屋を訪ねた後で、聖剣の返還交渉の途中経過の様子を聞きに宮殿へと向かった。
クラウスは近衛騎士養成学校へ、カイルはフェリスを探しに街へと繰り出した。
カイルのフェリス探しは難航を極めた。何せフェリス本人が神出鬼没であり、当所なく彷徨っていても見つかるとは思えなかった。
カイルは夜は酒場になる食堂に顔を出し、看板娘たちにフェリスの行方を聞いて回ったが、誰一人としてその居場所を知らなかった。
花売りの少女たちに聞いて見るが、矢張り誰も知らない。カイルの手には話を聞いてもらう代わりに買った様々な花が握られている。
「はぁ~どうしようこれ……そうだ! エリーに渡そう、そうしよう」
これ以上探しても無駄だと悟ったカイルは、師の役に立てず失意の内に帰宅する。
一方、シンはと言うと……
「ぶぅわっははははは、余を、余を笑い殺す気か! ぷっ、ぶわっはっは」
皇帝に面会を求めていつもの応接室で待っていると、伴も連れずに一人で現れた皇帝に、シンは帝都のデートスポットは何所かと聞いて見た。
無骨なシンの口からそのような言葉が出てくることに一頻り驚いた後、皇帝は膝を叩いて笑い出し、終いには床に崩れ笑い転げまわった。
シンの般若のように目が吊り上がり真っ赤な顔を見て流石に悪いと思ったのか、皇帝は立ち上がり佇まいを整えながら、今度は親身になって相談に乗った。
「そうだなぁ……余やお主には退屈極まりないであろうが、やはり演劇が良いであろう。あれならば、ただボーっと見ているだけ良いし、その後の食事の際にも話題に出来よう。何? 着て行く服が無いだと? う~む、お主は大柄ゆえ、そこいらの貸し服屋に合う大きさの服はそうそう無かろう。よし、余が一肌脱ごうではないか」
シンは自分ではどうにもならない事がわかっていたので、いっそのこと皇帝に全てを任せて見る事にした。
皇帝は鈴を鳴らして近侍の者を呼ぶと、幾つかの用件を伝えた。
「少し時間が掛かるだろう、その間に色々と情報のすり合わせをしておこうか」
聖剣返還の交換条件として、星導教の総本山に巡礼の使節団としてシンが隣国ルーアルト王国へと赴くのは、交渉がこのまま順調に行けば一月後には、出発出来るであろうとのことであった。
「この生活も後一月か……」
弟子たちと稽古に励み、友であるザンドロックと互いを高め合う。そして今のように、とりとめのない話をしながら皇帝ヴィルヘルム七世と午後のお茶を楽しむ生活。
心身ともに充実した、かけがえのない黄金の日々。命を脅かされる事も無く、ただひたすらにかけがえのない時間の中に、このままどっぷりと浸っていたい気持ちになる。
カステラのような菓子に舌鼓を打ち、香りのよいお茶を二人で楽しみながらも会話は続くが、その内容は様々であり、さらにはあちらこちらへと話が逸れていく。
「デートのお相手は誰だ? まぁ、大凡の見当は付くが……」
口の端に見え隠れする好奇心からによるものである笑みが、シンには癪でしょうがない。
「……レオナだ……」
「そうか、やはりな……う~む、正に美女と野獣としか言いようがない。ははは、拗ねるな、余に任せておけばきっと上手く行くはずだ」
本当かよ? と猜疑の目を向けるシンに、皇帝は笑って言い放つ。
「お主よりは、余の方が色事には長けていよう。あまり自慢にはならぬがな……」
ノックが鳴り響き、近侍の者が扉越しに声を張り上げる。
皇帝の許可の声が飛び、扉を開けて中に入って来たのは宮仕えの被服職人で、その後ろに数名の女中の姿がある。
「すまぬが急ぎの仕事だ。明日までに一着服を作って欲しい。出来るか?」
跪いた職人と女中たちはそのままの姿勢で即座に、仰せのままにと返事をする。
皇帝が早速取り掛かって欲しいと起立させ、寸法を測るように命じる。
巻き尺を取り出した職人は、当然のように皇帝の寸法を測ろうと試みる。
「ああ、すまぬ。言葉が足りなかったな、許せ。今日は余の服では無く、このシンの服を一着作って欲しいのだ」
跪いて詫びようとする職人を、手で制した皇帝は作る服の種類や素材について、あれこれ細々と言い付ける。
「前にそなたに作って貰ったお忍びの時に着る服、あれよ。あれをこのシンにも作って欲しい。お忍び用であるから最高級の生地は駄目だ。だが、そこはかとなく上品な作りで、それでいて庶民に溶け込めるような作りで頼む」
そこそこ高級だけど庶民的とか、無茶ぶりし過ぎだろうとシンは心配になったが、職人は慣れているのか顔色一つ変えずにシンの身体に巻き尺を当て、女中はそれを補佐する。
一通り採寸を取り終えると、職人たちは慌ただしく部屋を辞していき、入れ違いに近侍の者が入って来て皇帝に耳打ちをする。
「シン、服は明日の朝お主の家に届けさせる。受け取った服を着て、ブルスト劇場に行け。全ての手配はしておいたから安心するが良い」
「何もかも任せてしまってすまない。この借りは何れ返す」
気にするなと、皇帝は午後の政務を執るべく執務室を後にする。
その去り際に見せた少年の様な笑みが、シンは何処か引っ掛かりを覚えて一抹の不安を抱いた。
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「エリー、はい、これ」
カイルの差し出した花束を、目を瞬かせながら受け取ったエリーは、忽ちに笑顔を浮かべカイルの頬に口づけをする。
「でも、急に花なんてどうして?」
花売りの少女たちから、フェリスの行方を聞くために買ったとは言えず、どうしようかと口篭もってしまうが、その姿をエリーはプレゼントに慣れておらずに恥ずかしがっていると勘違いし、それ以上深く追求されなかった。
ほっと胸を撫で下ろす仕草さえも、花束を受け取って貰えるかどうか心配だったのかと、好意的解釈をされてしまい、カイルは罪悪感に苛まれてしまう。
そうこうしているうちにクラウスが帰って来て、カイルの腕を引っ張って自室へと引っ張って行った。
「で、どうだった? フェリスさんから色々聞いてきたか?」
カイルは肩を落として事の次第を話す。
「そうか、それであの花束が……エリーが本当の事知ったら、お前殺されるぞ」
クラウスは自分の首に指を当てて、横に動かしながら言う。
「…………クラウス、言うなよ。絶対に言うなよ? 言ったらどうなるかわかるよね?」
そんなクラウスにカイルは笑みを返すが、口は笑っているのに目は全く笑っていない。
脅しに屈して怯えるように頷いたクラウスは、話を変えて学校で色々な情報を仕入れて来たと自慢げに胸を張った。
「皆口を揃えて劇が良いと言っていた。意味はよくわからないが、何せ楽だとも。後で師匠に提案してみようぜ」
カイルは頷きながら、今回の罪滅ぼしにエリーを劇に連れて行こうと考えていた。
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その頃レオナは、仕立て直したワンピースに袖を通し、昼の内にエリーと一緒に買って来た幾つかのアクセサリーを合せていた。
幾つか候補を絞ってはみたものの、最終的にどれにするのか迷い、着けては外しを繰り返す。
「あんた、まだやってたの? いい加減に決めなさいよ」
花束を花瓶に移し、自室に飾り終え上機嫌のエリーがノックも無しに扉を開けて入って来る。
「だって、どうれがいいのか決められなくて…………」
ベッドの上に並べられたブローチを相手に、睨めっこを繰り返すレオナに対し、エリーは溜息を吐く。
「どうせシンさんも、普段着に毛の生えたようなもんだろうし、あんまり気張り過ぎても引かれるわよ?」
「もう、そんなこと言ったら尚更わからなくなっちゃうじゃない!」
やれやれしょうがないなと、エリーはブローチを手に取りレオナの胸に当てて行く。
ブローチの次は腕輪、髪留めと夕食を挟んで夜遅くまで、二人は明日に備えてあれこれと言い合いながら選んでいった。




