デート 其の二
シンがカイルとクラウスを自室に引っ張り込んでデートについて思案を巡らせていた頃、レオナの部屋ではレオナとエリーが、これまた同じようにデートの計画を練っていた。
「で、何を着て行くのか決まっているの?」
エリーの問いかけに、きょとんとした様子のレオナ。
見る見るうちにエリーの表情が険しくなっていく。
「まさか、あんたその格好で行くつもりじゃ無いでしょうね?」
そう言って、勝手にレオナの部屋にあるクローゼットを開けると、明後日のデートに着て行く服を探そうとするが、中にあるのは普段着と稽古着のみでドレスやワンピースなどは影も形も無い。
ああ、失望の声を上げガックリと肩を落とすエリーを、レオナは不思議なものを見るような眼差しを向ける。
「念願のデートよ、デート! おしゃれしないでどうするの?」
胸倉を掴まんばかりの勢いで詰め寄って来たエリーに、レオナはたじたじとなり思わず後退る。
レオナは自分が悪いのだろうと思いつつも、何がいけないのかが今一つわからない。
子供のころ母親から教わった事、騎士団に入ってから習った事、このふたつにデートに関するものは無かった。
母親と騎士団の教え、この二つがレオナの学んだ全てであり、実家では除け者扱いされ騎士団ではハーフエルフ故に差別されてきたレオナには、そういったことを教える存在はおろか、友人の一人すらいなかった。
見た目がしっかりしているために、このように時折見せる非常識な言動や行動に、周囲の者は度々驚かされてきた。
「ああ、どうしよう。もう今からじゃ仕立ても間に合わないし…………そうだ! 私のを仕立て直せば……レオナ、私の部屋に行くわよ!」
有無を言わさずレオナの腕を自慢の力でガッチリと掴み、エリーは自室へ引き摺りこんだ。
間取りは同じなのに、自分と違って女の子らしい部屋にレオナは目を剥いて驚く。
いつの間に買ったのか壁に銅鏡が備え付けてあり、開けっ放しになっているクローゼットには、無数のワンピースが吊るされている。
ぼぅと鈍いランタンの明かりに照らされた室内は、瞬く間に服の試着室へと早変わりした。
レオナは銅鏡の前に立たされ、エリーは次々とクローゼットからワンピースを取り出しては宛がっていく。
「う~ん、これは駄目ね。いつも着ている革鎧が薄緑だから、緑色っぽいのは全部却下ね…………」
されるがままのレオナは、次々と出て来る服に驚き、目を回しそうになる。
「これか、これよね……一番いいのは相手が何を着て来るのかがわかればいいのだけれど……後でカイルにそれとなく聞いて見るとしましょうか、取り敢えずこれが私は良いと思うわ」
春らしい淡い桃色のワンピースを当てられて、レオナは恥ずかしそうに身をよじった。
「少し派手じゃないかしら? その……足も出ているし、私には似合わないかも……」
自分より少しだけだが、細い足をしているレオナに軽い嫉妬の視線を浴びせながら、エリーはそんなことはないと声を荒げる。
「後は、アクセサリーよね……あ、あのサークレットは駄目だからね。装備と装飾品は別でしょうが!」
迷宮で手に入れて、シンにも似合っていると言われお気に入りだった障壁の輪と言う名のマジックアイテムを却下されたレオナは、肩を落とした。
「明後日、と言う事は一日間があるのよね……よし、明日は朝から東地区の市場に行くわよ! 取り敢えず今からこのワンピースを仕立て治すわ。一回着て見てくれる?」
レオナは言われた通りにワンピースを纏うため、今着ている普段着の上下を脱ぎ、脱いだシャツとズボンを綺麗に折りたたんでいく。
「改めて見るとあんた足細いわね……うわ、腰もほっそいわねぇ~」
エリーは自身の身体と見比べ、軽い自己嫌悪に陥りそうになるも、胸だけは勝っていることを確認して何とか踏み堪える事が出来た。
レオナは同性とはいえ、まじまじと身体を見られる事に抵抗を感じ、耳の先まで真っ赤になっている。
渡されたワンピースに袖を通すと全体的にダボつきがあって、かなり詰めなければいけないことがわかった。
エリーは待ち針を要所に差し、脱いだワンピースを受け取ると糸を通した針を口に加えながら、縫い目を解いたり鋏を入れたりして切り詰めていく。
「レオナ、前から聞きたかったんだけどシンさんのどこが好きなの?」
突然の質問に、レオナは咄嗟に上手く言葉を紡ぎだすことが出来ない。
「ど、どこがって……強いところ……」
その答えにエリーは、はぁ? と怪訝な表情を浮かべた。
「だって、私が全力で戦ったときも軽くあしらわれてしまったし、それに迷宮でも……」
レオナはシンの容姿は、さほど気に留めてはいなかった。
シンはそこそこ整った顔立ちをしている。ただ、野獣のようにギラついた目つきのせいで、強面になってしまっており、笑ったりして目を閉じれば年相応の顔立ちに見える。
ただ最近は、頬の傷跡が鋭い目つきと相まって更なる凄み増しており、より一層凶悪な顔つきになっていた。
だが何故か赤子や幼児には人気があり、泣いてぐずる赤子もシンに抱かれてあやされると、途端に泣き止み笑い声を上げるのが不思議であった。
「あたし、シンさんに最初あった時絶対に殺し屋か何かの裏稼業の人だと思ったわ……」
身も蓋も無い言い様にレオナも思わずクスリと笑った。
「私は最初、詰まらない人なら斬って逐電しようと思ってたの。でもあの人は強かった。本気なんか全然出さなくても私を軽くあしらうほどに……私は母に精霊魔法を教わり、近衛騎士団に入ってからも弛まず訓練をして、騎士団でも大抵の者には勝てる自信があったのよ。その自信をいとも簡単に打ち砕かれて、私が呆けているとあの人は何故か私の頭を撫でたの。負けた悔しさと、なんだか懐かしいような気持ちが混ざって思わず泣いてしまったわ。それからかしら、何故かあの人のことが頭の中から離れなくなったのは……」
剣術の勝負に負けて惚れるというのがエリーにはわからなかったが、その話をするレオナの僅かに上気した顔を見て本気の恋だと知り、縫い物をしている指先に熱が籠る。
「まぁ何にしても最初が肝心よ。明日、買い物がてらに色々と廻って見ましょう」
---
一晩中悩み眠れぬ夜を過ごしたシンは、付き合わされ欠伸を連発している弟子二人と共に、朝の稽古に励んでいた。
身体を動かしている間は、余計な事を考えずに済む。
その日の稽古は普段よりも激しく、段々と熱の入ったものになっていく。
それにつき合わされるカイルとクラウスは、文字通り悲鳴を上げた。
シンが腕組をしながら唸っているのを見て、自室に引き上げようとすると待てと声を掛けられる。
その内に眠気が襲い船を漕ぎ出すと、ぽかりと目覚まし代わりの理不尽な拳骨を浴びせられた。
「カイル、何とかしろよ! このままじゃ身が持たないぞ!」
クラウスの目には隈が出来ており、パーティで一番精神的にタフなこの男が弱音を吐くなんて……と、カイルは驚きその顔を見つめる。
だがその思いはカイルとて同様、何とかせねばと頭を捻るが良い思案は浮かんでこない。
「そうだ! いいこと思いついたぜ。フェリスさんだよ、あの人に聞けばいいんじゃないか?」
「名案だよ、クラウス。あの人ほどの適任者はそうそういないよ!」
その甘いマスクを活かし、数々の浮名を流している二枚目で優男然としたフェリスの顔を思い出す。
彼ならば帝都で今流行りの場所や店なども知っているだろう。
二人は互いの顔を見て頷くと、取り敢えず今朝の稽古を乗り切らねばと、寝不足の身体に鞭を打った。
ブックマーク、ありがとうございます。
桜の季節になりました。皆さんは御花見に行かれるのでしょうか?




