童貞を捨てる
タイトルの意味は、軍隊などで初めて人を殺した事に対するスラング的な意味の言葉です。
タイトルを見てピンク色の想像をした方々ごめんなさい。今すぐに脱いだパンツは履いてください。
荒い呼吸音と共に吐き出す息は白い……
小雨の降りしきる中、剣戟の音が鳴り響く。
靄がかかり視界が悪い中、シンは二人の賊と対峙していた。
一人は先が欠け歯がノコギリのように刃こぼれした長剣を持ち、もう一人は歯の部分が金属製の鍬を持っている。
賊と言うよりは一揆に参加した農民といった出で立ちであり、剣の構えも腰が引けていてる。
だが油断は出来ない。
手にしている獲物には血がこびり付いているし、殺しを厭わないどす黒い血走った目をしている。
長剣の男が後ろに回り込もうとする、そうはさせじとシンも動くが鍬を持った男が牽制してきて鬱陶しいことこの上ない。
槍の間合いに攻めあぐねていた二人が遂に焦れて左右斜め前から二人同時に吶喊してきた。
長剣の男が大上段に剣を振り上げてがら空きの腹に槍を突き刺し手首を捻ると同時に、槍から手を放し後ろにバックステップする。
すると直前までシンのいた場所にうなりを上げて鍬が振り下ろされた。
素早く刀を抜き正眼に構える。
ちらりと長剣の男を見るが倒れて動く気配は無い、手ごたえはあったので生きていても重症だろう。
鍬の男は大上段に構え雄叫びを上げながら鍬を力いっぱい振り下ろしてきたが、シンはそれに対して剣道の抜き胴で応じた。
男は突っ込んできた勢いのまま地面に倒れこむ。
周囲を見回すと粗方決着が付き生き残った賊が背を見せて逃げ出していた。
初めて人を殺した……シンの身体が微かに震える。
殺らなきゃ殺られる、そんな事はわかっている。
だが出来れば人殺しはしたくは無かった。
甘いんだろうな、非情にならなきゃいけないんだろうけど、俺にそれが出来るだろうか?……この世界で生きるならば過去の常識や倫理感など捨て去らねばならないだろう。
外套のフードを被り直し息を吐く。
白い息が出ると同時に体が震えたが、それが寒さによるものかそれとも初めて人を殺したことによる恐怖によるものかはわからなった。
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「よう、無事だったようだな。流石にいい腕をしているな二人を相手にして危なげない戦いぶりだったぜ」
エドガーが口の端に笑みを浮かべながら近づいてきた。
「こいつらは多分、隣のソシエテ王国の農民だろう……去年から飢饉が酷くて今年もこの様子だとダメだったんだろうな……こりゃ一荒れあるかもな」
「食うに困って賊になったってことか……一荒れあるってどういうことだ?」
「言っちゃ悪いがここら辺は辺境でソシエテ王国からは離れている、こんなとこまで賊となった食い詰め農民が出てくるってことは相当数の賊が国のあちこちに跋扈してるってことだ。大規模な掃討の軍が動いてもおかしくはない。賊とのひと戦があるかもな」
「そういえば昔、傭兵だったそうだな……傭兵の感ってやつか?」
「まぁな、ああそれと自分で倒した奴の持ち物は戦利品として好きにしていいぞ。あとこれで首を刎ねて、穴を掘るからそこに死体を放り込んでくれ、頼んだぞ」
そう言って手斧を渡されるとシンはキョトンと一瞬放心してしまった。
「放って置くと彷徨える死者になるだろ? シン、お前の国では死体の首を刎ねないのか?」
「……ああ、全部燃やしちまうからな。そうか、これがこの国のやり方か……」
「燃やすってすげぇな、贅沢なやり方だぜ。そう、これが一番手っ取り早いのさ。じゃあ頼んだぜ」
シンは倒した二人の身体をまさぐってみるが、案の定何も持ってはいなかった。
言われた通りに手斧で首を刎ねる。
嫌な感触が手に残り、吐きそうになるが唇を噛んで堪えた。
胴と首が街道脇に掘られた穴に無造作に放り込まれていく、シンは周りに合わせるように感情を殺して後始末を行った。
雨脚が多少強くなってきたが、行商は出発する。
着いていくシンの顔色は悪く、表情だけでなく全体的に暗い雰囲気を醸し出していた。
更に追い打ちを掛けるように悪いことは続く……アリュー村で買った槍の穂先が折れてしまい使い物にならなくなってしまったのだ。
戦利品は得られず、武器も失い大赤字であった。
落ち込んでても仕方がない、前向きに考えるようにしなければ……抜き胴が綺麗に決まったな、剣道を真面目にやっていて助かった。
でも過信は禁物だ、今回は相手が防具を付けていない素人だから決まったんだしな。
無事にアンティルに着いたら貯金を切り崩してでも質の良い槍を買おう。
最悪、槍でなくてもいいが長物は欲しい。
夕方になり雨が上がって少し冷やりとした風が吹く中、野営の準備を始める。
雨に濡れて冷えた身体を温め、戦闘での疲労を回復させるためにいつもより少しだけ豪勢な汁物を作ると調理係りの男は息巻いていた。
アリュー村を出て五日目、後二日歩けばウェク村という所で賊に襲われ足止めくらった。
簡易かまどからスープのいい匂いが漂ってくる、腹が反応して大きな音をならし始めた。
「敵襲! 敵襲ーーーーーー!」
シンは慌て抜刀する。
見通しの良い街道の前後から賊らしき集団が投石をしつつ迫って来た。
街道左手にあった背の高い草むらに隠れていたらしい。
「訓練通りにやれ! ウェイン、後ろは任せる一班が前、二班が後ろ、残りは荷物を死ぬ気で守れ!
シン、お前は俺と前に出るぞ!」
エドガーが大声で指示を出すと、多少混乱してた護衛達も落ち着きを取り戻し、それぞれの役目に就く。
「了解した!」
さすがに正面からぶつかるのは怖い! だが荒事で身を立てると決めたからには逃げることは出来ない……
あっという間に距離が詰まり乱戦になる。
シンは向かってきた男に小手打ちを仕掛ける!
「ってーーーーーー!」
無意識の内に剣道の掛け声が出る。
いとも簡単に小手が決まる、小手を鋭くだが軽く打っただけで愛刀の天国丸は恐るべき切れ味を示し、賊の手首はボトリと地面に落ちる。
目の前の賊が剣を落とし手首を抑え悶絶してるのシンは見てトドメを刺すか迷っていると、
「迷うな、殺れるときは躊躇わずに殺れ! 甘さは捨てろ、死にたくなければな!」
横からエドガーが槍で手首を抑え悶絶している賊に槍を突き刺す。
「すまん、肝に銘じる。もう大丈夫だ!」
シンは覚悟を決め次の敵に向かう。
日本での灰色の人生よりは例え血の色であっても色の付いた人生のがマシだ! この世界で生きるということは生半可なことじゃない、覚悟を決めろと自分に言い聞かせた。
次に相対した賊は粗末な棍棒を振り回してきた、わざと何度か振らせて間合いを見ると素早く面打ちを仕掛ける。
賊は反応出来ず棒立ちのまま額を割られ仰向けに倒れる。
「ヒューっ! 見込んだ通りいい腕をしていやがる……よしシンそのまま切り込め、後ろは任せろ。さっさと数を減らして戦意を削ぐぞ!」
「わかった、後ろを頼む!」
次に正面に現れた男はシンに対し明らかに怯えていた。
雄叫びを上げると賊は背を向けて逃げ出すが、容赦せずにその背中に踊りかかり袈裟切りにする。
怯え立ち竦んだ賊を情け無用とばかりに切り捨てていく……最初の男を含め六人ほど切り捨てるとやっと賊が逃げ出して行った。
「シン、ちょっと来い……これを見ろ」
エドガーは賊の死体にナイフを突き刺すと腹を裂き、胃を取り出す。
何かを教えてくれるのだとわかっていても見ていて気持ちのいいものではない。
更に小さく縮んだ胃を裂き、内容物を調べ始めた。
「縮んだ胃に草と土が入ってる。飢えに耐えられなくて雑草や土を食ったんだろう。シン、気が付いたか? こいつらが俺たちの後を着いて来ていたのを……本来なら夜襲を仕掛けるつもりだったんだろうが
こいつらは飯の匂いを嗅いで我慢が出来なくて襲ってきたんだ」
「もしかしてここで野営をして飯の準備をしたのは賊を焙り出すためなのか?」
「正解だ、この先に行くと見通しの悪い隘路になる。最初に仕掛けて来た時に敵の死体を調べたら痩せすぎているのを見て、その時も腹を裂いて調べたんだ。これと同じく雑草と土が胃から出て来た。装備も悪いし統制も取れていないのがわかったからマイルズさんと相談してここで賊を始末することにしたのさ。
このまま後をつけられてこの先の隘路で襲われたら面倒だからな、あとこれを見ろ」
エドガーが指差す死体を見ると肩に焼印が押されていた。
「この焼印は農奴の証しだ、農奴に学なんかねぇ……というより言葉を話すのがやっとだろう。緻密な作戦なんか立てる頭もねぇし、まぁ言うなら動物と一緒さ。腹が減ったら我慢が出来なくて飛び出してくるのはわかってたからな」
「勉強になった、感謝する」
「なぁに、いいってことよ。お前の剣で俺は楽させてもらっているからな」
シンは剣の腕だけでは無く、視野を広く持ち様々な経験を積まねばならないと改めて思う。
「よし、それじゃ死体を片づけたら飯にするぞ! まだ夜襲の可能性もあるから警戒の人数をいつもより増やす。あと二日の辛抱だ、明日は難所越えだから気を抜くなよ!」
エドガーは方々に指示を飛ばしながらマイルズの方へ歩いて行った。
それを見てシンは思う。
俺もいつかはあのように人を束ねる立場になるのか? それともこのまま一剣士として進むのか?
今後の自分のあり方について、深く考えさせられるのであった。
未熟なこの作品をここまで読んで下さり感謝です。
どんな些細なことでも良いので、感想や評価を頂けると今後の参考と励みになります。
誤字、脱字の指摘も大歓迎です!これからもがんばっていきますので今後ともよろしくお願いします。
本当に読んでくれてありがとうございます。