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帝国の剣  作者: 0343
163/461

ゾルターン老


「私、決めたわ! レオナ、一緒に布団を買いに行きましょう!」


 翌朝の朝食の時のエリーの突然の言葉に、食事をする皆の手が一時止まる。

 そういえばと、以前よりカイルが自慢げに話す布団のことを、羨ましがっていたのを思い出した。

 現在のメンバーの中で布団で寝た事があるのはシンは当然として、一度だけだがカイルの両名のみである。

 レオナは一応貴族の令嬢ではあるが、妾の子で母親共々迫害を受けて屋敷を追い出されていたために、布団で寝た事は無かった。

 帝国では布団は一組金貨数枚はする高級寝具であり、庶民には手を出しづらい物である。


「なんだ、突然……そうだなぁ……エリー、無駄遣いするな。布団は俺が買ってやるから」


「え?」


 皆の視線がシンへと注がれる。


「安心しろ、全員分買ってやるから。カイル、後でヘンデル商会に行って布団を全員分、え~と八組か……いや、来客用にもう二組位あったほうがいいな……全部で十組、注文してきてくれ。代金は国に預けてある報奨金から引いてもらうように頼んでくれ。俺も陛下に話しておくから」


 ヘンデル商会とは皇室御用達の商人であり、シンの馬車とカエデとモミジの馬二頭もそこで買ったものである。

 大規模な商会で、特殊な物でもない限り大抵の物は手に入るだろう。


「は、はい。でも、いいんですか? 布団十組って凄い金額になりますけど……」


「構わない。わら葺ベッドよりは布団で寝た方が疲れは取れるからな」


 レオナもエリーもぽかんと口を開けたまま固まっている。

 クラウスは首を傾げ、布団って何だ? と小声でカイルに聞いている。


「エリー、それとレオナもちゃんと貯金しとけよ。結婚資金、必要だろ?」


 結婚という言葉を聞いた二人は、顔を赤らめもじもじと身悶えを始める。

 戦いに於いては男顔負けの勇ましさを見せる二人も、普段は年相応の少女である。


 後日布団が搬入され、それが全員分あるとわかると執事のオイゲンとその妻エルザは驚愕した。

 何処の世界に使用人の分まで布団を買う者がいようか? 大貴族の使用人でもわら葺ベッドが普通である。

 幸いにして手入れの仕方はエルザが心得ており、エルザとハイデマリーに布団干しなどは任せることにした。


「凄いフワフワ、もう起きたくない」


 エリーは早速敷かれた布団に飛び込み顔を埋めて、その柔らかさを堪能している。


「むふ、むふふふふ」


 一方のレオナは可笑しな笑い声を上げながら、ゴロゴロと何度も布団の上を転がっている。

 クラウスは布団に寝転がって数分後には寝息を立て始め、カイルはもう二度と味わえないだろうと思っていた布団の感触に、喜悦の涙を流していた。

 ハイデマリーは自分用の布団の上でローザを遊ばせており、自身も手触りと柔らかさにうっとりとした表情を浮かべている。

 一番年下でありながらも、このように時折見せる若妻の様な色気を感じて、シンはごくりと生唾を飲み込むことがしばしばあるのだ。

 シンは慌てて、視線を布団の上を這いずりまわるローザへと移した。


「ローザも大きくなったら自分の布団買おうな」


 布団の上を楽しそうに這い這いするローザを見るシンの目尻は、これまで見た事も無いようなほどに垂れ下がっていた。

 これほどまで全員が喜んでくれると知っていたら、もっと早く買っていたことだろう。

 自身もそうだが、わら葺ベッドに誰も不平不満を言う事が無かったために、気が付かなかったのだ。

 翌日、全員が布団の心地良さのあまり寝坊をし、シンは皆から謝られることとなった。


 

---


 ザンドロックが魔剣である竜の舌を賜った日の翌日、シンは再び宮殿へと足を運んだ。

 例の魔法剣の事をどこからか嗅ぎつけて来たエルフの老魔術師、ゾルターンと会うためにである。

 勝手知ったる何とやら、いつもの応接室に居ると知ると案内を受けずに真っ直ぐに向かった。


「おお、、シンよく来た。こちらがゾルターン老だ」


 部屋に入ると皇帝は立ち上がってシンを出迎える。ゾルターンもそれに倣い立ち上がり会釈した。

 

「ゾルターンと申す。竜殺しの活躍の噂はかねがね……今日は陛下に無理を言ってシン殿をお呼びたてした次第、許されよ」


 シンはゾルターンをまじまじと見る。身長は老人であるのに巨漢であるシンより少し低いくらい、顔には深い皺が刻まれてはいるが、目は強い輝きを灯しており、そのせいか精気に溢れているように見える。

 髪は新雪のように真っ白で、エルフの一番の特徴である耳は先が尖っている。

 ゆったりとしたローブに包まれているその姿は、正に魔法使いといったところであろう。


「それはお耳汚しを……シンと申します」


 皇帝に促され二人は向かい合って席に着く。


「ゾルターンはな、亜人嫌い先代に嫌われて宮殿を追い出されたのだ。シン、帝都に亜人は少ないだろう? それは先代が亜人追放令を出したせいでな、全く愚かな男よ……」


「確かに、普人種ばかりで亜人種はドワーフなどが僅かに……あとは仲間のレオナくらいしか……そういうことだったのか」


「うむ、勿論今はそのような馬鹿げた法令は撤回しておるが、亜人たちに警戒されてしまっておってな……昔の賑わいを取り戻すのはまだまだ先の事だろう」


 皇帝は先代皇帝を少年の頃から父と呼んだことは無い。

 皇帝は先代の無能さに呆れるばかりでなく、憎んですらいたのだ。

 先代がしっかりとまつりごとを行っていれば、叔父が要らぬ野心に駆り立てられることは無く、弟たちもその毒牙に掛かることは無かったはず、また臣民にも要らぬ犠牲を出さずに済んだはずであると。

 

「先代が行ったこととはいえ、ゾルターンにも詫びねばならぬ……許せ」


「いやいや、陛下が頭を下げる事はありますまいよ。愚か者は愚か者に相応しい末路を遂げました。それにより、皆の溜飲も少しは下がっておりましょう、何れ元のように種族に関わらず笑えるようになりましょうぞ」


 先代皇帝は表向きには病死となってはいるが、弟のゲルデルン公爵に毒殺されたことは、証拠は無きにしろ疑いようも無い事実である。

 ゾルターンの言う、愚か者に相応しい末路とは兄弟相争った末に殺されたこの事を言っているのだ。

 先代皇帝に対し完全に礼を失した発言であるが、現皇帝ヴィルヘルム七世はそれを咎めなかった。

 それほどまでにゾルターンを始め、亜人たちは先代皇帝に対して怒りを抱いているのを知っていたのだ。


「では本題に入らせてもらうと致しましょう。シン殿、儂に魔法を見せて頂きたい」


 ゾルターンの隣に座る皇帝を見れば、皇帝は肩を竦めて目で済まぬと詫びている。


「いいでしょう。でもここでは……場所を変えましょう」


「では、中庭へ参るか」


 皇帝は鈴を鳴らして近侍を呼ぶと、中庭の人払いを命じると共に、近侍の者達と近衛に中庭の警備も命じた。

 三人は中庭へと歩きながら魔法について話し合う。

 ゾルターンがシンに、普通の魔法は使えるのかと問う。

 使えると言うと、どのような魔法かと聞かれ炎系の魔法だと答えると、ゾルターンは更に根掘り葉掘り聞いてきた。

 炎弾ファイヤーボールは使えるのかと聞かれたシンは、撃ったことは無いがおそらく使えると答える。

 その答えが興味を惹いたのか、やってみてくれとせがまれると、シンはこう答えた。


「おそらく出来るとは思うが、先ずは手本を見せてくれ。それを見てやるかどうか決める」


「良かろう。先ずは儂が炎弾の魔法を見せよう。陛下、よろしいですかな?」


「構わぬが、両者ともあまり中庭を荒らさぬように頼む。特に母上の手入れしている薔薇は傷つけないようにな。うっかり傷つけでもしたら、後が怖いのでな」


 シン、ゾルターンとも承知と、頭を下げる。

 中庭に着くと、近侍と近衛騎士以外は人払いされていた。

 ゾルターンとシンが魔法を撃つと知った彼らは、警備もそこそこに二人の様子をチラチラと覗っている。


 ゾルターンが前に出て炎弾の詠唱を始めると、振りかざした杖の先にバスケットボール程の炎の塊が姿を現した。

 それほど長くは無い詠唱の後、炎弾は勢いよく撃ちだされ数十メートル先の地面に激突した瞬間、激しい爆発音と共に地面を抉り、多量の土砂を巻き上げた。

 爆発光と微かな熱風を顔に受けて中庭にいる者達は皆、手で顔を覆って目を細める。

 爆煙が晴れた、炎弾の命中した地面を見ると、焦げ跡の付いた地面は大きく抉れ周りには土砂や小石が散乱していた。


 次はシンの番だとゾルターンの目が告げる。

 シンは、ゾルターンと入れ替わるように前に進むと、ゾルターンが命中させた地面の横を見据えて手にマナを集め出した。

 









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