穏やかな日々……そして新たなる旅立ち
バルチャーベアを倒してから三日が経った。
シンは毎朝、朝日が昇る直前に起き朝食まで刀を振るい練習に勤しむ。
朝食後は村の自警団の訓練に混じり槍の使い方を学んでいた。
自警団の連中は荒事が本職ではなく、槍の腕も素人に毛が生えた程度。
それでもズブの素人のシンよりは幾分かマシであったので、シンは教えを乞い槍の修練に励んだ。
村で唯一の鍛冶屋で槍を一振り買った。
出来栄えは悪く銀貨五枚とかなり高いが、これは仕方がない。
鉄鉱石の取れない辺境の村では鉄はある意味黄金に等しい程の貴重品である。
農具に、調理に、その他にも様々な物や場所で鉄は必要とされるからだ。
今朝もシンは自警団の訓練に参加させてもうため村はずれに足を進めた。
すれ違う村人達はシンに陽気に挨拶の声をかける。
それにシンも笑顔で挨拶を返しながら今後の事を考えていた。
訓練場に着くとシンの周りに子供達が群がってくる。
シンは槍を教えてもらう代わりに剣道の基本的な動作などを教えていた。
皆に混じり槍を振るう、子供達にも頭を下げ教えを乞うシンを見る村の大人達は暖かい眼差しを向ける。
この村だけかなのかこの国がそうなのか、昼食を摂るという概念は無く基本的に食事は朝と晩の2食であった。
間に腹が減れば間食を取るが貧しい辺境の村ではそれすら稀であった。
午後からは薬師のレジー婆さんの元で、薬学や薬草の知識を学んだ。
レジー婆さんに着いて村の外まで薬草を取りに行き、どの様な所でどの季節に何が生えているのか、採取の仕方や保管の仕方、すり潰したり炒ったりと加工の仕方まで実に丁寧に教えて貰った。
バルチャーベアの肝は何になるのかと聞いたら、滋養強壮の薬に最適だと教えてくれた。
夜は村唯一の宿屋兼酒場で軽く酒を嗜む。
常にシンの周りは人だかりが出来る、女将がシンのおかげで酒がいつもの何倍も売れると上機嫌だ。
そんな中、ダンに古都アンティルへの行き方を尋ねると知る限りの情報を余すことなく教えてくれた。
「アンティルか、来月になれば行商が来る。今は十一の月のひい、ふぅ、みぃ……十二の日だから
行商は三日滞在するから……毛皮の出来上がる頃に行商に混じって村を出れば丁度いいかもしれないな。行商はアンティルから村々を回って来るんだ。ここアリュー村が終着点で、ここから折り返してまた別の村々を回りながらアンティルへ戻るのさ。これに護衛として同行するのが一番安全で確実にアンティルに着ける方法だと思うぞ」
「そうか、ありがとう。でも、俺は今まで行商の護衛なんてやったことがない。護衛として雇ってくれるだろうか?」
「はは、シン程の腕があれば問題ないさ、最近は道中で賊に襲われることが稀にあると先月来た時に言っていたから雇ってくれるさ。というかバルチャーベアを倒したって言ったら、逆にお願いされるくらいだぜ?」
「なら安心した、明日からも訓練と勉強に精が出せるな」
「真面目だなぁ……その真面目さが強さの秘訣なのか?」
「訓練は身を入れてやれば必ず体が答えてくれると俺は信じてる。それが自信になり力になると。だから日々鍛錬あるのみさ……」
「俺も負けてられねぇな、シンを見習って明日も一丁やってやるか!」
こういった風にアリュー村での穏やかな日々は続いて行った。
シンはこの村をすっかり気に入ってしまい、何度か定住することも考えた。
だが、若い探究心がシンを駆り立ててもいた。
決めたぞ! まずは古都アンティルに向かう。
そして何れは王都に向かいそれからのことは着いてから考えよう。
頼んでいたバルチャーベアの毛皮で作った外套が出来上がった。
黒く硬い毛皮は触り心地は悪いが、防刃性に富み防具としても優秀である。
また流石に毛皮だけあって防寒性も優れ、冬になるこれからの季節に活躍すること間違いなしである。
背が高く重厚な身体で尚且つ厳つい顔をしたシンが着込むと全身から凶暴な雰囲気が漂う。
ダンなどはその姿を見て熊人間だ、などとのたまい大爆笑していた。
そして日は流れ、行商がやって来た。
月に一度三日の間、村はお祭り騒ぎかと言わんばかりに活気づく。
シンも行商の持ってきた品を見て目を楽しませていると、ダンに行商の護衛の責任者であるエドガーを紹介された。
「おう、お前さんがバルチャーベアを一人で倒したって言うシンか……俺はエドガー、護衛の取りまとめ役をやっている」
「一人じゃない、そこのダンが手伝ってくれなければやられていた」
「随分と謙虚だな、大半の奴は手柄を上げるとおおげさに吹いて回るんだがな。後で行商のまとめ役のマイルズさんに紹介しよう。最近は賊が多くてな腕の立つ奴は歓迎だ、よろしく頼むぞ。賃金については後でマイルズさんと話し合ってくれ、それじゃまた後でな」
エドガーはシンの肩を叩き白い歯を見せ笑うと酒場の方へ向かって行った。
「な、大丈夫だったろ? シン程の腕なら何の心配もないさ。ただ最近は賊がよく出るらしい。道中安全とは言えないかもしれない……その点はすまない」
ダンが申し訳なさそうに言うが、シンはダンの肩を叩き
「それならば問題ないさ、何たって俺の腕はダンのお墨付きだからな!」
そういって笑うと、ダンも釣られて笑い出した。
その後、行商のまとめ役のマイルズさんの使いがやって来て夜に酒場で色々と話をしたいと言ってきたので了承した。
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夜、酒場でマイルズと賃金と行商の行先と道筋などについて話し合う。
シンは行商の護衛は初めてだし、旅人だがこの国の土地勘は無いことなどを言った。
「まぁ問題無いでしょう、護衛の長のエドガーは優秀ですし。それにお聞きした話ではお一人であの凶悪なバルチャーベアを退治なされたとか! 腕の方も問題無いどころかこちらも心強い限りです。食事は朝、晩こちらが用意しますので……」
「バルチャーベアは俺一人で倒したわけじゃないです、この村のダンが手伝ってくれました。
それと賃金ですが、見習いと同じで構いません。その代り、護衛に関する事やこの国に関する事などを教えて頂きたいのですが……」
そうシンが申し出ると、マイルズの目が一瞬細められた気がした。
「いやはや、エドガーから聞いていましたが、いたずらに功を誇らない所か技術や情報の価値を知っておられる。わかりました……私も商人ですので腕のいい人間を安く雇えると言うなら文句はありません。
その代わりにエドガーに面倒を見るように言っておきましょう。エドガーは護衛の長をやる前は傭兵で各地を転々としていたらしいので、彼からなら有益な話が聞けるとおもいます。それも私から言っておきましょう。では、契約と良き出会いに乾杯!」
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行商が出発する朝がやって来た。
ダンを始め、村長や自警団の面々がシンを見送りに来た。
「シン、本当にありがとうな、道中の無事を月と星の神アルテラに祈ろう!」
「いや、ダン……お前がいなければ俺は死んでいたかもしれない、こちらこそ感謝している」
ここでこの国の握手の仕方を教わった。
まずお互いの手を握るのは地球と一緒である。
その後でその上にまず身分の高い者か年長者が手を乗せる。
先に両手を塞ぐ事、これは上位者の度量を示す行為らしい。
最後に身分の低い者や若輩者が手を乗せて2度程振って握手が終わる。
ダンとシンは互いの手を握った。
それから気まずい沈黙が流れる……どちらも相手が年上だと思っていたので先に手を乗せようとはしない。
「シン、お前いくつだ? 俺は十九歳だが……」
「ああ、この前十七歳になった」
「なにぃ、お前年下だったのか、俺より五歳は年上だろうと思っていたぞ!」
「老け顔で悪かったな、お前だって十九歳には見えんぞ!」
ダンが手を先に乗せシンが乗せて握手が終わると互いに肩を叩き笑う。
「元気でな、近くに来たら村に是非寄ってくれよ」
「ああ、ダンも元気でな。近くに来たら必ず寄らせてもらう」
居心地のいい村だった。
決して裕福ではない。
村人の心は厳しくもありも優しくもある。
年老いて余生を過ごすならこんな村もいいかも知れないな……村人達の別れの声を聴きながらシンは行商と共に街道をゆっくりと歩き始めた。