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帝国の剣  作者: 0343
15/461

俺は俺の敵を討つ!

 

 シンはバルチャーベアの話を聞いて考える……

 自分には鍛冶などの職人としての技術もなければ、商人に必要な資金や人脈もない。

 あるのは幼少の頃から学んだ剣道だけ……結局は荒事の世界に身を置くしかない。

 そんな自分がここで怖気づいてやっていけるのか? 中央管理施設で対バルチャーベアの疑似戦闘も散々やった。

 上手くマナを使ってブーストの魔法を使えば倒せない敵ではないはず……いや倒せる敵である。


「ダン、俺はバルチャーベアに関して多少の知識がある。協力出来ると思うが……」


 ダンは目を大きく見開き驚く、いやダンだけではなく周りにいた村人達もみな口を閉じてこちらを見ていた。


「シン……バルチャーベアだぞ! 領主様の騎士十人でも手こずるんだぞ、本気か?」


「まぁ、取り敢えず村長の所に行って話を聞いて見ようぜ。現場を見ないことには何もわからないからな」


「わかった、頼りにしていいんだな? シン、感謝するぞ! 急いで村長の元に向かおう」




---



 村の中央には無数の松明が煌めいており、遠目から見れば祭りのようにも思えた。

 その中心に村長がいるが、松明の明かりに照らされたその顔は暗く青ざめている。

 村人と村長がバルチャーベアの対策を話し合っているを、シンは後ろの方で黙って耳を傾けて聞いていた。


「とりあえず領主様の騎士団に来てもらうしかない……我々には荷が重すぎる問題だ」


「今から騎士団に来てもらうのは時間が掛かりすぎる、どんなに急いでも一月は掛かる! その間に村がやられちまうぞ!」


「そうだ! そうだ! それに騎士団に払う金はこの村にはねぇ、金を払えなきゃ来ちゃくんねぇぞ!」


「……これ以上税を上げられたら、ウチはお終いだ……もう村を出るしかねぇ!」


「待て、早まるな。棄民は下手をすれば死罪だぞ、慌てるな何か手はあるはずだ」


「ギルドに依頼を出すのはどうだ?」


「それこそ無理だ、時間もかかるし報酬だってやっぱり払えない。それにバルチャーベアだなんて言ったら大半の奴が怖気づくだろうよ」


「何か打つ手は無いのか…………」


 村人達の間に大きなため息と諦めの沈黙が訪れたとき、ダンが前に出て声を上げる。


「みんな聞いてくれ、ここに協力者がいる! シンと言うが、こいつはバルチャーベアに詳しいらしい。

まずはシンの話を聞いて見ようじゃないか!」


 ダンに促されてシンは村人をかき分けて、村長の前に出る。


「シンです。バルチャーベアにはこの村に来る前に一度遭遇してます。恐らく奴の縄張りを表すであろう爪痕も見ました。まずはバルチャーベアの現れた現場を見せてください。バルチャーベアは鳥目なので昼行性、夜には動き回りません。だから今のうちに現場を見たいんですが……」


「ダン、こいつは何者だ? 協力者と言ったが……」


「こいつはシン、遠い国から旅をして来たらしい。今日の昼にこの村に来たんだ。こいつは色々な魔物に詳しい、きっと役に立つはずだ!」


 村長や村人たちはシンを値踏みするように見る。


「わかった、夜は安全なんだな? 現場は村の外れにある畑を荒らす害獣を追い払うための監視小屋だ。

案内するから着いて来てくれ」


「わかった、みんな松明と武器を忘れないでくれ。血の臭いで他の魔物が来る恐れはあるからな」


 十分程であろうか? 村を出て畑に沿って歩いた先にくだんの小屋はあった。

 シンは松明を持って爪痕があると言われていた扉に近づき調べると、過去に森で見た爪痕と同じ様な痕があった。

 地面を見ると大きな足跡が残っており、更には血の滴る犠牲者の遺体を引きずった跡が残っていた。


「遺体は見つかったのか?」


「ああ、と言っても食い荒らされていて殆ど……だがこの先、百メートル程進んだところで発見した」


 爪痕をもう一度調べると、小屋の壁面に黒く硬い毛がほんの僅か付着していた。

 ――――マーキングかな……だとするとまたここに来るな。

 シンは壁に僅かに残っている硬い毛を手に取り、村長に見せる。


「奴の毛だ、奴はここに爪痕と体を擦りつけ匂いを残した。ここの縄張りを主張している。縄張りの見回りに必ずまたここに来る」


 シンの言葉に村長をはじめ村人達の顔は青ざめる。

 そんな中村長は、ボソボソと語り始めた。


「バルチャーベアは滅多に森から出てくることはないが、一度人の肉の味を覚えると人ばかり襲うようになると何十年も前に聞いたことがある…………」


 シンはその言葉を聞き、ハッと一つのことを思い出した。

 ハルが言っていた、元の佐竹真一の身体の時にバルチャーベアに襲われ瀕死の重傷を負ったときに、左腕を切り飛ばされていたと。

 そして俺を救出してバルチャーベアが逃げる際に、その切り飛ばされた左腕を咥えて持ち去ったと…… 

――――いや、まさか同じ個体ではあるまい……でも村長の話を聞いた後だと、もしかしたら奴かも知れない。俺が俺の敵を討つか……なんだか笑えてくるな……


 思いと裏腹にグツグツと煮えたぎるような闘志が湧いてくる。

 シンは一通り辺りを調べたあと、どう戦うか考えていた。


「シン、どうだ? 何とかならないか? 出来る事があるなら何でも言ってくれ」


 ダンが、村の入口で会ってから今までに見た事の無い、真剣な表情で問いかけてくる。

 シンはダンの顔を見た後、視線を動かして小屋の屋根を見つめながら答える。


「バルチャーベアはまたここに必ず来る。バルチャーベアの弱点は毛の生えていない頭と首だ……毛に覆われている身体は毛が硬いくせにしなやかで、更に皮の下の脂肪が厚くて刃や矢が通りにくい。弱点は体の割に細く硬い毛に覆われていない首だ、首を落とすしかない! 俺に考えがある。だがこれには協力者が必要だ……」


「何だ? 何をすればいい? 出来る事なら何でもする、遠慮せずに言ってくれ!」


「俺が屋根から奇襲をかける。それで奴を殺れればいいがもし仕留めそこなったら時に、奴の気を引いて欲しい」


 村人達は互いに顔を見合わせるが、誰も名乗り出ない。

 無理もない、誰だって命は惜しいのだ……だが、そんな中ダンが一人進み出てくる。


「よし、俺がその役を引き受ける! シンに頼んだのは俺だし、俺も村の役に立ちたいからな」


「わかった、ダン……頼むぞ! それじゃ朝までに作戦と準備をしよう」




---



 朝もやの中、巨大な怪物のシルエットが近づいてくるのをシンは屋根の上から息を潜めて見ていた。

 顔や身体には匂いを消すために、余す所なく泥を塗っている。

 これは小屋から離れた所で身を伏せているダンにもやらせていた。


 周りの朝もやが晴れはじめ、バルチャーベアの身体がはっきりと見えるようになる。

 バルチャーベアは小屋に近づくと、ある一点の匂いを首をのばして嗅ぎ出す。

 そこには夜のうちバルチャーベアの匂いの上からシンが自分の身体を擦りつけ、匂いの上書きをしていた所だった。


 ――――今だ!


 愛刀である天国丸を抜き、屋根の上からバルチャーベアの伸びた首目掛けて切りかかる。

 だがバルチャーベアは異変に気が付いたのか、僅かだが首を竦めた。

 毛皮を切り裂く感触が手に伝わるが、肉を深く斬ることは出来なかった。

 ――――切ったが手ごたえが浅い、しくじったか!


 つぎの瞬間、つんざくような悲鳴が辺りに響く。

 思わずシンは耳を塞ぐと、慌てて距離を取った。

 バルチャーベアを見ると頭頂部から左目にかけて刀傷が縦にはしり血がしたたり落ちている。

 残った右目がシンを捉えるや否や、猛然とした勢いで突っ込んで来て鋭い爪を風切り音を立てて、振るってくる。


「っつ……!」


 ――――速い! ブーストして能力の底上げをしてないと、とてもじゃないが躱せない。いやブーストしていてもギリギリ……早く終わらせないと拙い!


 だがバルチャーベアは休むことなく左右の爪を高速で薙ぎ、振り、払う。

 まるで爪の暴風が襲いかかるかのようで、辛うじて死角になった左側に回り込むことでシンは躱し続けることが出来た。

 ――――お前があの時の奴かは知らないが、逆の立場だな。左目を失った気分はどうだ? 左腕を切り飛ばすかわりに首を刎ねてやる!


 だがバルチャーベアの猛攻は続き、付け入る隙が全く無い。

 段々とシンは焦り始めた。

 どこまでブーストの魔法を維持出来るか試したことは今まで無く、ブーストを使い続けられる残り時間がわからない。

 魔法が切れたらこの爪の乱舞を躱すことは不可能だろう、隙を作らせようと大声を上げたりフェイントをかけたりするが、バルチャーベアは猛り狂っているように見えて中々に冷静で慎重だった。


 シンが焦り攻めあぐねていると、突如として隙が生まれた……いや、ダンがバルチャーベアに仕掛けて隙を作ってくれたのだ。

 けたたましい雄叫びを聞き、脚の震えが止まらなかったダンは歯を食いしばり両足を叩いて気合いを入れ静かにゆっくりとバルチャーベアの背後に回り込む。

バルチャーベアとシンが睨み合い動きが止まったその瞬間、ダンは飛び出しバルチャーベアの尻を槍で突いた。

槍は硬い体毛と厚い脂肪に阻まれ深く刺さらず致命傷にはならない、だが隙を作るには十分であった。

バルチャーベアは長い首を伸ばして後ろを覗う。

シンはこの好機を逃さない、一瞬ではあるが首ががら空きであった。


「でやぁあああああああ!」


 裂帛の気合いと共に首目掛けて袈裟切りに天国丸を振るう、恐るべきことにバルチャーベアが反応して反撃してくる。

 シンの顔目掛けて巨大な爪を振るう、シンは僅かに顔を仰け反らせ躱すがそのせいで踏み込みが僅かに浅くなる。

 ――――しまった、体を崩された……だが!


 不完全な踏み込みではあるが、力任せに刀を振り切る。

 手ごたえはあった……だが又しても首を刎ねるほどのものではない。

 シンは落胆するが、戦意は衰えてはいない。

 一度後ろに大きく距離を取り、再びバルチャーベアに相対すると、鳴き声ではない笛を吹くような甲高い音ががして、首から勢いよく血が噴き出した。

 一歩二歩とシンに向かい足を踏み出すが、足取りは段々と弱くなりやがてその巨体が地面に倒れこんだ。その間にも休むことなく首から出血は続き、地面に血だまりが出来始めていた。


 ――――太い血管と気管を切ったのか、運がよかった……あのまま続けていたら負けていたかもしれない。やはり訓練と実戦は違う……

 バルチャーベアの身体が小刻みに痙攣し、命の灯が消えようとしている。

 近づこうとするダンを手で制して、用心を重ねて完全に息絶えるのを待つことにする。

 どれ位時間が経ったであろうか? シンはダンに槍を借りバルチャーベアの右目を突き、反応が無いことを確認するとそこでやっと大きく息を吐いた。


「はぁ~~~、終わった…………ダン助かったよ、ありがとう」


 ダンは声をかけられて、やっと目の前の現実を受け入れることができた。


「すげぇ、すげぇぞシン! 本当に倒しちまった、すげぇ、すげぇよ! たった一人でだぞ、騎士団ですら手こずる化け物を、すげぇよ!」


「いや一人じゃない、お前が隙を作ってくれなきゃとてもじゃないが倒せなかったさ」


 そんなシンの声がダンには届いておらず、赤く興奮した顔で


「村のみんなを呼んでくる、すぐに戻ってくるからな!」


 と言うと全速力で村に駆けて行った。

 シンは少し離れた場所に精も根も果てた様子で座り込むと、朝日を浴びて瑞々しく輝く作物をぼんやりと眺め続けた。

 しばらくするとダンの案内で、村人達が荷車を引いて駆けつけて来た。


「こりゃ驚いた、ダンが慌てて村に駆けこんできたときは肝が潰れたが、まさか一人で倒してしまうとは……とにかくお前さんのおかげで村が救われた、村を代表して礼を言わせてもらう。ありがとう、本当にありがとう」



---



 その日の夜は村はお祭り騒ぎになった。

 シンは村に帰ると真っ直ぐに井戸に向かい、顔と体に塗りつけた泥を落とし、天国丸の手入れをする。

 そして村人達に疲れたので休ませてほしいと言うと、宿の二階に上がり部屋でまるで泥鮒のように睡眠を貪る。

 夕方になり目が覚め、宿の二階から下の酒場に降りると歓声が鳴り響く。

 何事かと見回すと村人が集まり、酒と料理が用意されてシンが起きてくるのを待っていたようだ。

 代わる代わる村人達に礼を言われ、料理と酒を勧められる。

 村人達がはしゃぎ騒ぐ中、ダンが真剣な顔で話しかけてくる。


「シン、本当にありがとう……シン、もしよかったら……よかったらでいい、村に残らないか?」


 シンは少し考えた後、首を振る。


「ありがとう。申し出は嬉しいが俺はまだ旅を続けたいんだ、すまない」


「いや、いいんだ。多分そう言うだろうなと思ってたんだ。忘れてくれ。それと革職人のトマソンと薬師の婆さんが話があるそうだ、聞いてやってくれないか?」


 ダンに案内され、まずは革職人のトマソンの話を聞く。

 話の内容はバルチャーベアの毛皮を譲って欲しいという内容だった。

 これでジャケットなどを作ればいい防具になるらしい、そこでシンはある取引をする。

 毛皮で外套を作って欲しいと、余った分は好きに使って構わないと言うと二つ返事で引き受けてくれた。

 出来上がるのに三週間ほど時間が欲しいと言われ、シンは了承した。


 次は薬師の婆さんで名前はレジーと言った。

 なんでもバルチャーベアの肝が薬になるため譲って欲しいらしい。

 ここでもまたシンは提案をする。

 肝は譲るが、その代わりに薬草などの知識を教えて欲しいと。

 勿論、秘伝の法は教えてくれなくても良いので、教えてもいい範囲だけ頼むと言うとこれも快諾を得ることが出来た。


 ――――外套が出来るまでのいい時間潰しが出来たな。あとは……

 

 一人考え込んでいると、村人に背を叩かれ酒を勧められる。

 酒は美味いとは感じなかったが、勧められるままに飲むとその内に酔い、気が付いたら朝をベッドの上で迎えていた。

 誰かが運んでくれたのだろう、その誰かに感謝しつつシンは今さらながらに湧いてきた興奮に身を包まれていた。




                 俺は俺の敵を討ったぞ!






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