生き延びるために……
「まぁ何となく想像が付きますが、何があったのか聞いてもよろしいですか?」
ああ、と短く答えたシンはフェリスに、襲い掛かって来たキュルテン準男爵を返り討ちにしたことを話した。
「やっぱりねぇ……これはどうするかな……団長、カーンの周辺は数千の兵で封鎖されてましてね、更に一万から二万の兵が団長を探しているって話しで……」
「ヨハンの本隊は何人いる?」
「ここにいる私たちを含めて百騎しかおりません」
フェリスはお手上げとばかりに肩を竦めて見せた。
「突破は無理か……となると、相手が諦めるまで潜伏するか、あるいは敵の頭を叩くかだが……」
圧倒的な兵力差に絶望するかと思えば、そうではなく積極策すら匂わせるシンの言葉に、フェリスは笑みを浮かべたが、カイルや他の騎士たちは絶句した。
「団長、場所を変えませんか? 私たちの部隊の周りにはディーツ侯爵が遣わした監視がうろちょろしてるので……村はもう安全なんですよね? だったら一時的に村に身を隠しませんか?」
「ん? お前らは俺の支援に来たのだろう? 監視をつける? ひょっとして侯爵は俺がここにいるのを知らないのか?」
「ええ、何かきな臭い感じだったので、私たちの任務はウォルズ村の魔物を倒すってことにして、団長のことは伏せてあります。それでも帝都より遣わされた私たちは目障りなのでしょう。私らがおかしな動きをしたら侯爵に報告するように監視を派遣したものかと」
「よし、まずは村に移動しよう。そこで詳しい話を聞かせてくれ」
シン達は朝食の用意を中断し、焚き火の後に土を被せて痕跡を消した後、ウォルズ村へと移動した。
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約二年前に賊の襲撃を受けたウォルズ村は、三分の一ほどの家屋が焼け落ちてしまっていた。
無事に残った家屋も荒れ放題で痛んでいるが、その中に幾つかの使用に耐えられる家を見つけ、一先ずはそれらに分散して身を隠すことにした。
「それにしても俺一人を捕えるのにしては、ちと大げさ過ぎはしないか?」
家の中にいるのは碧き焔の面々と三人の司祭、そしてフェリスの八人。
フェリスが率いて来た騎士達は、遮蔽物を巧みに利用しながら分散して見張りに就いている。
「いやいや、貴族ってのは面子を何よりも大事にします。侯爵家ともなれば尚更の事、その面子に泥を塗られたと思っている侯爵はそれこそ血眼になって捜索しているはずです。まぁ探しているのは侯爵の部下で、侯爵本人は城塞都市ハスルミアを一歩も動いていないそうですがね」
三司祭の一人、星導教の司祭のアヒムがおずおずと手を上げて発言する。
「前に言っていたように、私がルーアルトに赴いて教団の総本山の庇護を受けるのはどうでしょうか?」
その言にシンは頭を振った。
「その案はあの時は使えたかもしれんが、今となっては厳しい。二万の兵が方々に散って網を張っているとするならば、それに一度も引っかからずにルーアルト国境まで移動するのは無理だろう。主要街道は全て封鎖されていると見るべきだろうし、街や村に近付くことすら危険だと考えねばならない」
「ならば、我々司祭のみが一度帝都に戻り、教団や皇帝陛下に事のあらましを伝えて応援を乞うのはどうか?」
トラウゴットの言にもシンは首を縦には振らなかった。
「あの場に居合わせた人間は全て、ディーツ侯爵に口封じされる可能性がある。官位を授かっている俺でさえ消そうとしている相手だ、教団の司祭とて関係なく消し去ろうとするだろう」
シンはフェリスの方を向き、侯爵の人となりや、その取り巻きの貴族の事や率いている兵力など様々な事を質問する。
「そうですねぇ……侯爵は一言でいうなら傲慢で吝嗇、ただし自分は贅を好む。取り巻きは西部の貴族の中で有力な伯爵が二人と侯爵の血縁の子爵が一人、それと団長が斬った侯爵の甥のキュルテン準男爵が、主立った面子でしょうか。後の有象無象は、西部の貴族だから仕方なく付き従っているだけで、今頃陛下はすでにその様な弱小貴族を引き揚げさせて帝都で一人一人に会って皇家への忠誠を誓わせている所かと……」
「離間工作か、だが弱小貴族を幾ら抱き込んでも大した力にはなるまい?」
「そこまでは……陛下の真意は私にはわかりかねます。それで兵力なんですが、各地に分散させたためハスルミアには数千しか兵が居ないとか……」
シンは目を瞑り顎に手を添えて考える。
――――離間工作か……ん? ひょっとしてエルは最初からディーツ侯爵を切り捨てるつもりだったのか? エルがここ新北東領に密偵を送り込んでいないはずが無い。侯爵の悪事の証拠も当然掴んでいるはず。ここで俺が動くとあいつの計画を潰してしまうかもしれない……だが、このままでは何れ殺されてしまう……どうする?
「二人の伯爵ってのはどんな奴なんだ?」
「コンディラン伯爵とローレヌ伯爵ですか? 二人の仲は悪いです。つい昨年もお互いの領地に跨る鉱山の所有権を争って小競り合いをして、侯爵が仲裁したほどには。二人が侯爵の取り巻きをしているのは、別に侯爵に恩義があるわけではなくて、ただ相手を負かす為に力添えを求めてのことかと……」
「やれるかな? いや他に良い思案があるわけでもなし……うーん」
シンは独り言をブツブツと呟いた後、再び思考の海を彷徨い出す。
「それにしても、どこでその様な知識を? あなたはただの騎士ではありませんね?」
フェリスを見るレオナの目つきは険しさが多分に含まれている。
ここは素直にレオナの疑問に答えることが最善と感じたフェリスは、種を明かして見せる事にした。
「いや、実は私は陛下直属の諜報部隊なんですよ。まぁ今は近衛と兼任なんですがね。いやぁ、諜報部隊に配属された時に帝国の大貴族の事は頭に叩き込まれたんですわ、名前、容姿、性格、血縁、紋章、その他色々とね……」
「なるほど、納得が行きました。もう一つだけお聞かせください。あなたは本当に皇帝陛下が何を考えて、あなた方を送り込んで来たのか知らないのですか?」
目を細めたレオナの印象はキツイ美女そのもの。
美女に言い寄られるなら未だしも、詰問されるのは勘弁願いたいフェリスは、レオナの問いをはぐらかすことなく答える。
「そうですね……確証はありませんが、南部で何か厄介ごとが起きたみたいで、その対処に団長の力を借りたいみたいでしたが……それで、一日でも早く帝都に帰還させるために我々が送り込まれたみたいです」
「そうですか……」
そっと視線を緩めたレオナを見て、フェリスは安堵の溜息を吐いた。
――――とんでもない美人なのに食指が動かないのは、女である前に戦士であり、それが前面に出過ぎているからなんだろうな……惜しい事だ。
一方のシンは心の中で自問自答を繰り返していた。
――――どうする? そりゃ生き延びるためならあえて死地に飛び込む覚悟は出来ている。だが、これから行う事は直接その手で殺めるよりも、はるかに残酷で汚い行為だ。お前にそれを行う覚悟はあるのか? ……だが、それをやらねば俺は死ぬ。俺だけじゃない、皆殺されるだろう……ならば、何も迷う事はない。
この惑星に来て、この惑星で生きると決めた時から覚悟はしていたはずだ、どんなことをしてでも生き延びると……
「フェリス、ディーツ侯爵が遣わした監視、何とか全員を生かして捕えられないものかな?」
レオナやエリー、アマーリエと美少女を見比べて心の中で総評していたフェリスは、シンの突然の問いかけに素っ頓狂な声を上げた。
「は、はい? いったい何をするつもりですか? まぁ出来るか出来ないかと言えば、出来ますが……流石にこの人数では無理です。ヨハンやアロイスにも協力して貰わないと」
「そうだな、済まんがフェリス、一度本隊に戻って今の状況を伝えてきてくれ。それと監視の捕獲の件もな」
了解、と言うや否やフェリスは外へ飛び出し部下を集め、すぐさま馬に飛び乗って本隊へと駈け出して行く。
「全員聞いてくれ、ディーツ侯爵の監視に見つかるわけには行かないのでしばらくの間、土地のお清めは中断する。それと、済まないがこの家から出ないようにしてもらいたい。エリー、馬車は上手く隠してあるか? あと馬を適当な厩舎にでも繋いでおいてくれ、レオナは龍馬を頼む」
「うん、大丈夫だと思う。幌を畳んで納屋に入れてあるから。馬は任せて!」
「了解です、龍馬はこの家の厩舎に繋いでおきます」
「すまんな、頼む。カイル、向こうに見つからないような場所から見張ることは出来るか?」
「はい、何カ所か外から見えにくい所があります」
「では見張りを頼む。侯爵の監視を無事に捕えることが出来たら、その後の計画を話すからそれまで待ってほしい。では、行動開始してくれ」
三人が家を出て行くのを見届けた後、シンは司祭たちにも迷惑を掛けると頭を下げた。
それから金盥に水を張り、そこに直接火炎放射の魔法を当ててお湯を沸かし始める。
シンが魔法を使うのを初めて目の当たりにした三司祭は驚き、しばし口を開けて呆けてしまう。
そんな司祭たちを横目にしながら、シンは中断された朝食を摂るべくてきぱきと準備をするのであった
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