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帝国の剣  作者: 0343
144/461

ウォルズ村解放作戦開始


「あれがウォルズ村か……」


 村を一望出来る小高い丘の上から、中の様子を覗う。

 透き通るような青空に浮かぶ大きく厚みのある雲が村の上を流れると、たちまち村は暗くなり廃村の寂しさが増していく。

 カイルは記憶の中にあるかつての活気づいた村と、眼下に望む寂れた廃村とを比べ、ただ静かに声を上げずに泣いていた。

 打ち壊され、焼き払われた家々。

 雑草が生い茂った畑。

 村の中央を走る石畳の道にも、草木の新芽がちらほらと姿を現していた。

 それらを見るカイルの胸中には、廃村となっても変わらぬ所を見ては懐かしさを、そしてもう誰も住んでいないのだという現実に絶望を抱いていた。

 シンは黙ってカイルの肩を叩く。

 カイルは右腕で涙を拭い、シンの顔を見つめ黙って頷く。

 レオナとエリーはその様子を静かに後ろから見守っていた。


「現在のウォルズ村に残るスケルトンの数は凡そ四十体。二度の騎士団の攻撃により大幅に数を減らしている。カイルの話だと村人の数は百二十人あまりだったらしいから、戦力が三分の一に減少したってとこだな。なお、ゴーストなどの数は不明だ。その他に、村の中央広場を守るボスがいる」


 碧き焔の面々は横並びになって村を見下ろしながら、シンの説明に耳を傾け、カイルの指が差し示す場所を注視する。


「ボスは村の中央を離れないらしい。そこに近づく者だけを攻撃するとのことだ。このことにより、騎士団は被害を出してまで無理に討伐するのを諦めたみたいだな。作戦は簡単、俺とレオナ、エリーがボス以外のスケルトンを倒し、後はカイルに任せる。何か質問は?」


「はい、質問!」


 エリーが手を上げた。


「なんでしょう? エリー君」


「隊形はどうするの?」


「俺が先頭のワントップ、レオナが左後ろでエリーが右後ろ、カイルは最後尾で出来る限り力を温存でどうだ?」


 シンはしゃがみ込んで地面に木の棒で図を描きながら説明する。


「私は左後方担当ですね。一人当たりのノルマ十三、四体ですか……囲まれなければ問題なさそうですね。了解しました。何時開始しますか?」


「朝飯食って休憩後したら始めよう。昼までに終わらせる予定でいる。午後からは遺骨の収集と埋葬に取り掛かりたい。全てを三日以内に片付けるつもりでいるんだが……」


「多分大丈夫でしょう」


 レオナのお墨付きを得たシンは安堵し、朝食の準備に取り掛かるように指示を出す。

 今日の朝食は大麦のリゾット。

 消化が良く、エネルギーに即変換される穀物を主体とした、胃に優しい献立を選んだ。

 腸詰肉と豆、ジャガイモを具として入れ、塩とバターで軽く味付けする。

 エリーとレオナが鼻歌を歌いながら調理するのを、他の者達は匂いに釣られてくるかもしれない魔物に備えて周囲の警戒に当たる。

 二交代で朝食を摂り終えると、これまた二交代で休憩を取った。

 武器の手入れをしながら、シンはカイルに話しかける。


「カイル、村の中央を守る魔物のボスは相当の手練れだと聞き及んでいる、十分に注意しろよ。それとな……色々思う所があるだろうが、戦いに集中しろ。そして魔物を倒すことを躊躇うな、俺たちが倒さなければ永遠に彼らは地上を彷徨うことになる。俺たちが、いや、お前が村人や父親の怨念という鎖を断ち切って魂を解放してやるんだ」


「はい、ご心配なく。そのために僕はここへ帰って来たのです。終わらせますよ…………」


 カイルは大きく息を吸い込んで、後の言葉を飲み込んだ。

 ――――あの時に戦う事も、村人たちを救うことも、弔う事も出来なかった不甲斐ない自分の過去にけじめを着けて、僕は未来さきへと進みます。

 

 師であるシンに命を救われてから約二年。

 村の事を思い出さなかった日は無い。

 悪夢にうなされる事もしばしばあり、その度に己の無力さを思い知らされてきたのだ。

 それも今日で終わりを告げるであろう予感が、カイルの胸中に芽生え始めていた。


---


「おらぁあああああッ!」


 シンの振るうグレートソード、死の旋風がつむじ風を巻き起こしながら、スケルトンを数体まとめて吹き飛ばしていく。

 シンは村に入った最初の戦いから、ブーストの魔法を掛けて全力で飛ばし続けていた。

 気合いが入っているのは、何もシンだけでは無い。

 レオナもまた、小柄な子供のスケルトンを見て胸が張り裂けそうな思いを堪えながらも、全力で倒していく。

 日頃は後ろで控えめにしているエリーでさえ、積極的に前に出ては次々とスケルトンを戦鉾を振るって粉砕して行く。

 カイルはそれら倒されていくスケルトンを見て、一人一人誰なのかがわかってしまい悲痛に顔を歪めた。

 ――――あの斧を持っているのは樵のクリフさん。あの杖を振りかざしているのはジェフリーじいさんだ。あの子は四軒隣のベティ、あの人は……

 唇を噛みしめて、流れ落ちそうになる涙を堪える。

 シン達三人は、決してカイルには指一本触れさせまいと、最初から全力で戦い続けていた。

 その心意気に応えるためにも、カイルは前に出ず力を温存し続ける。


「予定より数が多い、気を抜くな! 村の入口で暴れてれば向こうから勝手に向かって来る。村人たちが姿を見せなくなったらカイル、お前の出番だ!」


 次々と現れる村人の成れの果て……その大半は素手だが、中には鍬や斧や杖、数は少ないが剣や槍を装備しているものもいる。

 スケルトンの大きさもまちまちで、大柄な成人男性であったであろうものから、腰の曲がっている老人だったと思われるスケルトンや、小柄な子供のスケルトンなどが混じっていた。

 スケルトンには生前の技能や技術が僅かながら残る。

 なので軍人のスケルトンなどは手強く、このために戦の後の戦場掃除は特に念入りに行われる。

 今相手にしているのは元村人のスケルトンであり、同じスケルトンでも脅威度は低い。

 剣や槍を持っているのは、自警団やそれに類する者達の成れの果てであろうか?

 シン達にとって敵と呼べるのはこの者達くらいで、後の老人や女、子供のスケルトンは油断さえしなければ、さしたる脅威では無い。

 このような者達に、いくら派遣した騎士団が人数が少ないとはいえ、後れを取るだろうか?

 シンを始め全員がそうとは思えなかった。

 ならば、騎士団が破れた理由はただ一つ。

 それは村の中央に君臨するボスによってであることは明白である。


「日中で良かったな、エリーの苦手な幽霊ゴーストは出ないみたいだぞ。そろそろ数が減って来た、カイル準備しろよ」


 足元には大小様々な骨が散らばり、村の中央を走る石畳の上を白く舗装していく。

 

「これでラストだ、隊列変更! カイルをトップに、レオナ、エリーは側衛、殿しんがりは俺が務める。よし、前進!」


 最後のスケルトンを剣の腹で吹き飛ばして壁に叩きつけて四散させ、シンは新たに隊列の変更を命じる。

 素早く各々が配置に就いたのを見届けてから、前進の号令を発した。

 まだ残っているスケルトンがいる可能性を考慮に入れ、注意深く物陰や家の中などを覗いつつ、ゆっくりと村の中央に向けて前進していく。

 やがて目の前がひらけて行き、村の中央の広場へとたどり着いた。


「……父さん……」


 カイルの声に反応したかのように、広場中央に陣取る一際大きなスケルトンはカイルと正対するように向きを改めた。

 カイルの目から一筋の涙がこぼれ落ちる。

 生前の父とは大きさは違うが、その身に纏っている服の切れ端は間違いなく父の物だ。

 傷一つない美しい頭蓋骨の両目のくぼみには、青い炎が揺らめき、その両手には、髑髏しゃれこうべを繋ぎ合わせて作られた大きな棍棒が握られている。

 シンを始め、全員がそのただならぬ気配に背筋を震わせる。


 カイルは皆が見守る中、一人前に出てゆっくりとスケルトンへ歩みだした。

 声帯も無い骨だけの身でありながら、スケルトンは空気を震わせるような大きな雄叫びを上げる。

 その声は少し離れた場所にいる三人の司祭の耳にも届いたほどの声量で、近くにいたシン達は堪らず両手で耳を塞ぐ。

 そんな中でカイルだけは、雄叫びを物ともせずに右手をで愛刀、岩切の鯉口を切って腰を落とし抜刀の構えを取っていた。

 咆哮を終えたスケルトンの両目が、カイルに照準を合わせる。

 帝国北東の辺境で、一風変わった世にも珍しい親子の戦いがまさに今、切って落とされようとしていた。

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