軽騎兵隊、北進す
「何故だ? 何故見つからん!」
城塞都市ハスルミアの一番良い部屋を執務室としているディーツ侯爵は机を叩きながら、報告を上げて来た騎士を睨み付ける。
睨まれた騎士は、恐縮し汗を拭う振りをしながら報告を続ける。
「はっ、城塞都市カーンへの街道は全て封鎖しております。ですが、巡察士の一行が現れたとの報告は何所からも上がってきておりませぬ。どうも、潜伏しているようで……何が目的かはわかりかねますが……さらに捜索範囲を広げるとなると、人手が足りません。増員の手配をお願いしたく」
「わかった。早急に手配する。他には?」
「帝都より軽騎兵百騎ほどの部隊が、城塞都市カーンを経て街道を北進中とのことです。皇帝陛下直々の命令書を持参した近衛の部隊であり、現地指揮官では新北東領への侵入を阻むことが出来なかったと……」
「なぜそれを先に言わぬ! 奴等の目的は?」
侯爵は再び机を叩き立ち上がると、身を乗り出すようにして騎士に問い詰めた。
「はっ、命令書を拝見したところ、どうも北の辺境の村に巣食う魔物を退治するようで……」
「なに? 魔物? 北の辺境の村だと? その村の名は?」
騎士は持参した地図を机の上に広げると、ある一点を指差した。
「このウォルズ村という廃村が目的地のようで……」
「うん? このような辺境の廃村に何がある?」
地図を睨みながら侯爵は首を捻る。
「それが……第一次治安維持派遣軍が、この村に巣食う魔物の退治を試みたところ二度に渡って撃退されており、その報告に業を煮やした皇帝陛下が麾下の精鋭を送り込んだようで」
「ちっ、目障りだな……だが数名なら未だしも、百騎ともあれば全員を消すのは難しい上に不自然さが付きまとう。ここは様子を見るのが良いか……いや、むしろ支援してさっさと引き揚げさせた方が良いな。よし!」
眼前に控える騎士に、騎兵十騎を支援という名のお目付け役として派遣するよう命令すると、侯爵は椅子に座りいつもの悪癖である爪を噛みだす。
――――近衛の方は良いとして、巡察士は何処にいるのか? あれだけの騒ぎを起こしておいて、カーンに逃げ帰らぬとは矢張り内偵が目的か……拙いな……こうなっては何としても捕捉撃滅し、すべてを消しさらねばならぬ。
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皇帝の命により帝都より発した軽騎兵隊は、城塞都市カーンを抜け新北東領を北へ、一路ウォルズ村を目指してばく進中であった。
「よし、休憩だ! そこの小川で人、馬共に水分を補給する」
軽騎兵百騎を率いるのは、皇帝の近侍を務めるヨハン・フォン・ハルパート。
かつてスードニア戦役にて、シンの元で傭兵団もとい義勇兵団ヤタガラスの副団長を務めた男である。
偵察に出ていたフェリス・ルートンが戻ってくると、アロイス・クルーマーを呼んで地図を広げて協議に入る。
「ヨハン、どうやら俺たちは監視されているらしいぜ」
美男の俳優が舞台で行う演技ような、ニヒルな笑みを浮かべながらフェリスが言う。
アロイスは、フェリスが戻って来た方向に視線を向けると短く舌打ちした。
フェリスが、アロイス共に、先の戦役において義勇兵団ヤタガラスの中級指揮官を務めた者達である。
フェリスは二枚目で、どことなく軽薄さを感じさせるが、機転と配慮に富み偵察や諜報などという裏方仕事にも、嫌な顔一つ見せずに真面目に取り組む見た目と実情の異なった、面白味のある男である。
一方のアロイスは、極端に無口で滅多に感情を表に表さない。
付き合いの長いヨハン、フェリスは何となくわかるものの、他人には何を考えているのか想像もつかないことが多く、敬遠されがちである。
戦士としても指揮官としても優秀で、寡黙さは戦場に於いては功を奏し、危機に瀕しても変わらない顔色は兵たちを安堵させるのに役立つ。
「まぁ帝都から派遣された俺たちは、ディーツ侯爵からすれば邪魔者以外の何者でもないだろうからな。だが、おかしくはないか? 大規模な賊が出たという報告は聞いていないのに、カーンを出てから警備が厳重すぎる」
ヨハンが広げた地図の上に指を這わせ、検問や軍の駐留所があった場所を指で叩いて行く。
「それだがどうも貴族が一人、賊に殺されたらしい。その犯人を追っているため、あちこちに網を張っていると先程の検問の兵から聞いた。それがな……聞いて驚けよ、賊の名前は竜殺しのシンだそうだ。首に金貨百枚の報奨金が掛けられているらしいぜ」
「何! 団長が賞金首だと? 馬鹿な、ありえぬ!」
普段は無口で無表情なアロイスが眦を上げ目を怒らせて叫ぶ。
その姿に、ヨハン、フェリス共に驚きを隠せない。
「落ち着けアロイス、珍しいじゃないかお前が激昂するなんて。シン殿は巡察士の役に就いておられる。大方の予想だが、不正の現場を見られた貴族がシン殿にちょっかいでもかけて、返り討ちにでもあったとかそんなところだろう。それで、殺された貴族の名はわかるか?」
「名前はわからないが、どうやらディーツ侯爵の一門らしい。それで血眼になって捜索しているみたいだ」
ヨハンの問いに、フェリスは首を傾げながら答えた。
「どうする?」
アロイスの極端に短い言葉には幾つもの意味が込められている。
このままシンと合流するのか、部隊の一部、あるいは全軍を引き上げて陛下に報告し指示を乞うのか。
付き合いの長いヨハンとフェリスは、言外に込められたそれらを読み取った。
「先ずはシン殿と合流する。シン殿から詳しい話を聞いてからだ。ここから先は、少しペースを上げよう。引き続きフェリスは偵察を担当、アロイスは殿を頼む。賊はこの騒ぎでなりを潜めるだろうが、魔物はそんなの関係なく襲って来る。行先は辺境で、これから先は益々魔物の影が濃くなってくるはずだ。注意して進んで行くぞ」
ヨハンの決断にふたりも同意して頷いた。
「しかし、団長と関わってから人生面白くてしょうがねぇ。陛下の御側仕えも悪くは無いが、団長のあの平穏とは無縁な生き方には憧れちまうぜ」
「フェリス、団長では無く巡察士殿だ。不本意ではあるが、一部卿の考えに同意せざるを得ない」
はしゃぐフェリスを、アロイスが窘める。
それらを見て、ヨハンは深い溜息をついた。
――――まったく困ったものだ……何が一番困るのかは、自分も全く同じ考えだからだ。シン殿には何か人を惹きつける魔力のような得体の知れないものがあるに違いない。でもなければ、危険に自ら率先して飛び込んでいってしまう自分の説明がつかないではないか……
休憩を終えた軽騎兵隊は、再び目的地であるウォルズ村を目指して進んで行く。
それを丘の斜面に身を顰めながら、遠くから見ていた数人の影があった。
「奴等、街道を北進するつもりのようですね」
「うむ、今の所おかしな動きは無いな。奴等の持っていた命令書の通りに、そのウォルズ村とやらを目指すようだな」
「どう致しますか? 侯爵様の御命令通り奴等と合流致しますか?」
「いや、まだ様子を見よう。合流するのはいつでも出来る。それこそウォルズ村に着いてからでも良いのだ」
「わかりました。では引き続き距離を保ちながら追跡とのことで……」
指揮官らしき男が鷹揚に頷くと、指示を受けた男は距離を空けて待機している仲間に命令を伝えに行く。
男たちの姿には共通点があった。
全員が騎士であること。
全員が腰に長剣を履き、片手に槍を持っている事。
全員が盾や鎧、身に着けている装具などのどこかしらに家紋が施されていること。
共通なのはそこまでで、さらに細かく観察すれば、一見同じような見た目にも差異があるのがわかるだろう。
装飾されている家紋は全員がばらばらで隊長らしき男にはディーツ侯爵家の家紋が施されていた。




