表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝国の剣  作者: 0343
139/461

押し通る


 シンたち一行がゆっくりと関所に近付いて行くと、道を塞ぐ兵たちの中から槍斧ハルバードを持った者が数名進み出て来る。

 街道の左右の草原には馬車を取り囲まんとするように、これまた数名の兵が抜き身の武器を携えて包囲の輪を作り上げようとしていた。

 ――――妙な動き方をする……これではまるで馬車を襲う賊ではないか……

 検問を守る帝国兵のおかしな動きを見て、シンの眉間に皺が刻まれる。

 帝国兵に気付かれぬように静かにブーストの魔法を唱え、五感を強化し様子を探ろうとする。

 それと同時に、後方にハンドサインを出した。サインの内容は警戒態勢、戦闘準備。

 それを見たカイルは強化魔法を師匠のシンが行ったように、帝国兵に気が付かれないように静かに唱え、刀の鯉口を切った。

 馬車の後方を守っていたレオナも、帝国兵のギラついた視線をその身に感じて警戒心を高めていた。

 

「エリー、気を付けて。師匠の言うように何か変だ。濃い血の臭いが前の方から漂ってきている……」


 カイルもまた強化魔法で五感を強化し僅かな情報も逃すまいと、その五感をフルに使って周囲の様子を探っていた。


「な~んかさ、兵士たちが私を見てニヤついてるのよね~まぁ、私が可愛いくてお近づきになりたいってのはわかるけど、あの目は絶対にそれだけじゃないわよね。気持ち悪い目、まるで獣みたい。ううん、獣の方がマシね、あいつらと一緒にしたら獣に失礼だわ」


 いつにないエリーの毒舌に、カイルは思わず顔を覗き込んでしまう。

 警戒を解くなとエリーの瞳に言われ、カイルは再び気を引き締めなおして臨戦態勢をとる。


「おい、下馬せんか! 後ろに控えるお方をどなたと心得るか! 帝国治安維持派遣軍総指揮官ディーツ侯爵様の甥のキュルテン準男爵様であらせられるぞ!」


 シンは言われた通りに龍馬から降りる。


「下郎が、頭が高いわ!」


 降りたシンの腹に、兵士が突きを放つ。槍斧の石突がシンの腹に刺さり……はしなかった。

 ブラックドラゴンの鱗を用いて作られた鎧、黒竜の幻影はその強固な防御力を如何なく発揮して、容易く突きを跳ね返した。

 だが鎧の下に綿入れを着ているとはいえ、衝撃を完全に殺すことは出来ずに腹に軽い衝撃を感じて、シンは僅かに顔を顰める。


「ここを通りたかったら一人銀貨五枚支払え、馬は一頭につき銀貨三枚で許してやろう」


 突きをものともしないシンに向かって、男は虚勢を張り無駄に大きな声を張り上げる。


「何? 一人銀貨五枚だと? 法外な値段だな、それに治安維持派遣軍が税を取りたてることは禁止されているはずだが?」


「黙れ! ここ新北東領では俺たちが法だ! お前たち下民は素直に従っておれば良いのだ、わかったか!」


 クズが……一々相手をするのも疲れるので、さっさと正体を明かして先を急ごうと思い、シンは名乗りを上げた。


「俺の名はシン、皇帝ヴィルヘルム七世陛下から巡察士の役を仰せつかる者だ。陛下より直々に授かった任務を遂行すべく帝国新北東領に参った。道を開けて頂きたい」


 皇帝の名を出されてシンを取り囲む兵達は、僅かに怯みを見せる。


「これが、陛下直筆の任務の指令書だ」


 シンは肩掛け鞄から一通の羊皮紙を取出し兵達に見せる。

 兵は陛下のサインなど見た事が無く、真偽の判断が付かない。

 シンの手からひったくる様に羊皮紙を奪うと、後ろに控える絹の服を着た、おそらく準男爵であろう人物に羊皮紙を渡しに行った。

 その間も残った兵はシンの左右を囲み、槍斧を構え続けている。

 

「ふん、手の込んだ事を……陛下の御威光を利用しようとする小賢しい賊めが! 構わん、殺せ」


 キュルテン準男爵の命令に、部下たちは戸惑いを隠せない。


「よ、よろしいのですか? その指令書がもし本物だとすれば……」


 キュルテンは即座に自分の命令に従わないことに苛立ち、進言する部下の胸倉を乱暴に掴んで唾を飛ばしながら罵倒する。


「おい、何故口答えをする! 貴様らは黙って私の命令に従えば良いのだ!……ただし女は生かして捕えろ、良いな」


 そう言って指令書を地に放り投げブーツの踵で踏み潰すと、馬車の上で手綱を握るエリーに情欲に塗れたどす黒い視線を投げかけた。


「そういうことらしいぜ? お前たち運が悪かったな。それじゃあ、とっとと死ねや」


 シンの左で槍斧を構えていた男が、薄ら笑いを浮かべながら突いてきたのを最低限の動きで躱し、躱しつつも槍斧の柄を掴んでそのままの勢いで右にいる男に向かって放り投げる。


「は?……え?……ゴフッ……」


 シンの右で槍斧を構えていた男の胸には、槍斧の穂先が深々と突き刺さっており、口から血の泡をブクブクと吹きながら仰向けにどうと倒れ込んだ。

 自分の突き出した槍斧が味方に刺さり、何が起きたのか理解できずに呆けている男の首筋に、シンは刀で抜き打ちの一撃を放って容易く首を刎ね仕留める。


「巡察士は時として極めて限定的ではあるが、皇帝代理としての権限を持つこともある。その事は知っているだろうな? それを知っていながら帝国の官に金をせびり剣を向けるとは、これは帝国に対する反逆に他ならない。素直に道を開ければ良し、邪魔をするなら成敗するが如何に?」


「殺せ! みだりに陛下の名を持ち出す賊徒どもを生かしておくな、掛かれ!」


 キュルテン準男爵は多少もたつきながら、腰の剣を抜き放ち掛け声と共に切っ先をシンへと向けた。


「そうかよ! 戦闘開始だ、容赦はするな! カイルは左、レオナは右、エリーは馬車と司祭を守れ!」


 馬車の荷台でやり取りを聞いていた三司祭は、突然の戦闘開始に慌てふためいた。

 まさか味方であるはずの帝国軍が襲い掛かってこようとは、露ほども考えてはいなかったためにトラウゴットもアヒムも咄嗟に動くことは出来なかった。

 アマーリエに至っては何事が起きたのかわからぬまま呆けていたが、怒声と剣戟の交わる音が聞こえて来ると目を瞑り両手で耳を塞いで床に伏せ、手足を引っ込めた亀のように動かなくなった。


 カイルは師の声と共に勢いよく馬車を飛び降り、言われた通り左の街道脇に展開していた帝国兵に刀の柄に手を掛けたまま、猛然と突っ込んで行く。

 カイルを少年、しかも片手しかない事を見知った帝国兵の一人が、侮りの籠った緩い突きを放つ。

 それを悠々と避けたカイルはすれ違いざまに抜刀し、がら空きになった首筋に刃を滑らせるようにして斬りつける。

 斬られた頸動脈から大量の血が吹き出し、辺り一帯に血の雨を降らせていく。

 濃い血の臭い嗅ぎながら武器を構えたまま呆けている帝国兵を見回し、次の獲物を決めると口の端を僅かに吊り上げながら走り出した。

 返り血を浴びた少年が武器をかざし、笑みを浮かべながら迫り来るという異常事態に怯えた兵たちは、我武者羅に槍斧や剣を振り回すが、カイルはそれらを避け、弾き、一人、また一人と血祭りに上げて行った。

 

 レオナはシンの声を聴くと、愛馬シュヴァルツシャッテンから降りて剣を抜いた。

 抜かれた剣は夜空に浮かぶ月光のような淡い光を放ち、その光はレオナの美貌をより一層引き立てる。

 シュヴァルツシャッテンに馬車の後ろを守る様に命じると、自分に見とれている帝国兵たちにゆっくりとした歩調で近付いて行く。

 近づいてくるレオナを見て我に返った兵たちは、レオナの顔をしげしげと見つめ舌舐めずりをする。


「おい、抵抗せずに大人しく捕まるなら命だけは助けてやってもいいぞ」


「そうそう、俺たちは優しいからな。優しく優し~く可愛がってやるぜ」


 男たちの下卑た笑い声が街道に響き渡る。

 レオナはまるで意に介せずといった表情で、片手を突き出して小声で何かを呟くと、笑い声を上げていた男の一人が、突然大きく後ろに吹き飛んだ。

 

「な、しまった! 魔法使いだぞ、距離を詰めて魔法を使わせるな!」


 ――――あれが指揮官か……ならば!

 兵たちが動き出す前に、レオナは風の精霊シルフの力を借りてその身に宿すと、音も立てず軽やかな足取りと恐るべきスピードをもって、指揮官の前へと躍り出た。

 指揮官や兵たちの目には、まるでレオナが瞬間移動をしたかのように映り、唖然として声すら出ない。

 剣を引き素早く狙いを定めると、口を開けて馬鹿面を晒している指揮官の喉に鋭い突きを放つ。

 レオナの愛剣モーントシャインは、その名の通り月光の輝きを放ちながら一筋の閃光と化して、指揮官の命を絶ち切った。

 剣を引き抜いて、刀身に着いた血を大仰な動作で振り払う。

 指揮官の両手が喉を掻きむしるような動きをしつつ地に倒れると、またしても瞬間移動をしたとしか思えない速さで距離を詰めては、動揺する敵兵たちを次々に片付けていった。

次の話はちょっと過激な表現があると思いますので、ご注意ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ