疑似レールガン式抜刀術
「カイル、怪我をエリーに治してもらえ」
カイルは自分の身体を見回すとあちこちに擦り傷が出来て、その傷口から僅かに血が滲みだしているのに気が付いた。
「この程度の傷、問題ありませんよ?」
大丈夫、へっちゃらですと元気よく答える弟子に、シンは忠告をする。
「カイル、この世には目に見えない程小さい身体に悪さをする生き物がいてな、傷口をほったらかしにしとくとそこから体の中に入って来て、熱が出たり死んだりするんだ。それともう一つの理由は、血の臭いだ。僅かでも血の臭いをさせていると、鼻の効く魔物が寄って来る原因になる。用心に越したことは無い。俺もお前の次に治してもらうからそれも伝えておいてくれ」
師であるシンの言葉を聞いて、カイルは自分の不明を恥じた。
ここは安全な街の中では無いのだ。少しでもリスクを減らすために、用心に用心を重ねなければならないのだと。
「はい、わかりました。生意気言って御免なさい」
「いや、いいさ。その場で疑問を口にして、解決するのはそれはそれで重要なことだからな」
疑問や不満を放って置いて、後になってわだかまりの原因となるのは良くない。
それにきちんとした理由があれば、弟子たちは従ってくれるとシンは信じていた。
「さて、治療が終わったら夜は明けていないが少し移動するぞ。虎の死臭を嗅ぎつけて魔物が来るかもしれないからな。数キロ程進んでから休憩、朝食にしよう」
「そうですね。出来るだけ早めにこの場を離れた方が良さそうですね。隊列は夜目の効くシン様が先頭を、私が殿を務めます」
レオナがシンの考えに同意を示す。
そのやり取りを遠目に見ていた星導教の司祭であるアヒムが、近付いて来てシンの治療を申し出て来た。
「話は聞かせて頂きました。聖戦士殿、私の治癒魔法で治療致しましょう。戦闘の跡からは出来るだけ素早く離れた方がよろしいでしょうから。ささ、時間は貴重です。遠慮などなさらずに」
シンはアヒムの申し出を感謝して受けることにした。
「全身に擦り傷ですか……他に怪我はありませんか? 骨折やねん挫も治せますよ? それにしても一体何と戦われたのですか?」
「ああ、敵は大きな一角虎だった。強敵でね、カイルと二人掛かりでやっとの思いで仕留める事が出来たよ」
「はい? 一角虎を二人で? また、御冗談を」
聖戦士殿は冗談が上手いと笑うアヒムに、シンは治癒魔法を全身に浴びながら証拠の品であるレオナが胸に抱いている角を指差す。
「ほら、あれが証拠だ。死体もまだあるだろう、見に行くか?」
指差された角を見て、シンの言っていることが本当であるとわかったアヒムは、顔にダラダラと脂汗を滲ませながらブツブツと独り言を言い出した。
「信じられん……まさか、まさか……普通なら数十人掛かりで倒す魔物を……いや、しかし……それだから神も……やはりこの御方は……」
アヒムの反応を見たレオナは、これが一般的な反応であり自分は間違っていないかったとわかると、規格外の強さを誇るシンを見ながら大きな溜息をついた。
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「師匠のお話を聞いて、雷の仕組みは大体わかりました。電気? というのも何となく……でも磁石とか磁界とかが今一つ自分は理解が出来ません」
「俺も専門家じゃないからな、おおざっぱにしか知らないんだ。魔法剣に関しては二人で気長にやって行こうぜ。焦っても良い結果は産れないだろうからな」
「はい!」
まだ夜が明けておらず、隊列を密にして夜道をゆっくりと歩いて行く。
警戒をしながら、シンはカイルの質問に自分がわかる範囲を丁寧に教えていく。
カイルと共に御者台の上で同じように聞いていたエリーは、手綱を握りしめながら頭を抱えていた。
「二人が何言っているのか、全然わからない! 雷と剣がどう結びつくのか想像もつかないわ!」
頭を抱えて身悶えする様に、二人は苦笑する。
数年後カイルはこの時の事をヒントにして、シンと二人でとんでもない剣技を開発することとなる。
錬金術師や魔法使い、名うてのドワーフの鍛冶師たちを巻き込んで、資金をつぎ込み特注のミスリル製の鞘を作り上げた。
その鞘には仕掛けが施されており、カイルがマナを流し込むと鞘の内側に魔法回路を組み込んだ二本のレールが、言うなればレールガンの様に作用し刀を押し上げ、それによって抜刀速度を飛躍的に上昇させることに成功した。
だが取り扱いが非常に難しく、流すマナの量もきちんとコントロールしなければならないので、カイル以外に扱える者が居らず、従って量産はされていない。
シンですら繊細なマナのコントロールに四苦八苦するほどで、それを容易く行うカイルはマナのコントロールにおいては師であるシンを凌ぐと言っても過言では無い。
シンはマナの通る道を広げる事に長けていて、カイルはその道を絞ることに長けていたのだ。
この抜刀術を体得したカイルは、一対一の真剣勝負において常勝無敗。
目にも止まらぬ稲光のような速さの抜刀術の使い手として、雷光のカイルと呼ばれるようになる。
この頃から、時折カイルは天賦の才の片鱗を見せ始めるようになっていく。
歩き始めて一時間もすると夜が白み始めて、すぐにそれは美しい朝焼けに変わっていく。
「よし、休憩と食事にしよう。カイルはそのまま見張り、エリーは朝食の準備を、俺は馬の手入れをするから、レオナは龍馬に餌を頼む」
司祭たちも協力し、朝餉の支度が開始される。
シンは馬車を引く二頭の馬に労いの言葉をかけながら、藁束を使って脚をマッサージし、体の汗をふき取り身体と鬣にブラシをかけていく。
気持ちよさそうに嘶く二頭にはシンが名前を付けていた。
栗毛の馬には鼻面に楓の様な模様があるので、名前をカエデと付けた。
もう一頭の鹿毛の馬の名はモミジ。
両方とも雌馬で、性格は従順で優しいが龍馬を前にしても怯まない胆力も備えている。
二頭とも飼って日は浅いが、パーティメンバーに懐いており、特に世話をするシンとエリーには格別の親愛をみせるようになっていた。
馬車から桶を出して水を汲み、飼い葉の用意をして二頭に与えてる。
一方の二頭の龍馬、サクラとシュヴァルツシャッテンはレオナが用意した干し肉を奪い合うようにして貪り食っている。
交代で見張りをしながら朝食を摂る。
今朝のメニューは、表面にチーズを載せて軽く火で炙った黒パンに、塩で味付けした何だかよくわからない葉野菜のスープ。
春と言っても朝は若干冷え込むので、温かいスープは有り難い。
炙っても硬い黒パンを無理やり食いちぎると、溶けたチーズが糸を引く。
ふとアマーリエを見れば一生懸命上品に食べようとするものの、硬い黒パンに梃子摺っていた。
アマーリエも最初の頃にあった険は取れ、最近は仕事も積極的に行うようになっていた。
この旅を通じて何かしらの心境の変化があったのだろう、拙いながらも一生懸命に取り組もうとする姿に皆の態度も段々と軟化していくのだった。
「もう少し進めば賊と遭遇する確率も飛躍的に下がるだろう。だが今度は魔物に襲われる危険度が高まるため油断は出来ない。引き続き警戒を怠らないように頼む」
シンの言葉に皆が頷く。
食事を終えた一行は街道をゆっくりと北上して行く。
シンとレオナも龍馬を降りて、手綱を引きながら共に歩く。
龍馬は瞬発力に優れるが、持久力に乏しい。
いざという時の為に体力を温存させておかねばならないのだ。
シンが馬車に並んで歩いていると、カイルは疲れが出たのかうつらうつらと船を漕ぎ出していた。
「エリー、落ちないようにカイルを頼む。少し寝かせてやってくれ、膝枕でもしてな」
からかい半分、笑いながらそう言うシンにエリーは頬を膨らませるが、言われた通りにカイルの頭を自分の太腿に乗せる。
睡魔に抗う事を放棄したカイルは、幸せそうな笑みを浮かべながら寝息を立て始めるのであった。
喉の調子も良くなってきました。
インフルエンザ完治するまで自宅待機です。
診断書を書いてもらったのですが、値段が高くてびっくりしました。




