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帝国の剣  作者: 0343
135/461

一角虎


 空を見上げれば満点の星、地球ではお目にかかれない程の星の大河が、漆黒の夜空に瞬きながら流れている。

 蒼白い巨大な月が放つ光を夜露が受けて反射する様は、神秘的で幻想的な空間を作り上げていた。

 美しい大自然に囲まれたシン達一行は、その美しさを十分に堪能することは出来なかった。

 賊や魔物の夜襲に備えて五感を研ぎ澄ませ、不測の事態に備える。

 焚き火も煙が上空に立ち上らないように、木の枝の下で焚き、煙を枝葉に当てて霧散させる。

 二十メートル先、十メートル先には踏んだ時に音がするようにと、円を描くように落ち葉や枯れ枝でラインを引いている。

 気休め程度にしかならないが、生存確率を僅かでも上げるためには労力は惜しまない。

 現在時刻は午前三時ごろ、あと二時間もすれば朝日が昇り始めるだろう。

 焚き火の番をしているのはシンとカイル、そしてアマーリエ。

 シンは焚き火で沸かしたお湯を使って、タンポポの根を干した物を焙煎したタンポポコーヒーを煎れてカイルとアマーリエに配った。


「ありがとうございます。苦いけど体が温まるなぁ」


 カイルはタンポポコーヒー独特の渋みと苦みに顔を顰めながらカップを傾ける。

 一方のアマーリエは一口飲んだ後、この世の終わりのような表情を浮かべていた。


「うう、に、苦いです……」


「眠気覚ましには丁度いいだろう。クラウスなんか、タンポポ丸ごとそのまま喰うもんな。あれは俺も流石に真似は出来ん」


 カイルはしょっちゅう道端の野草をむしっては、口に放り込んでいた親友の顔を思い出して低い笑い声をあげる。


「信じられません……これがあのそこいらに生えてるタンポポだなんて……」


「確か何かしらの薬効があったが……ああ、便秘解消と母乳の出が良くなるとかなんとか……家に帰ったらハイデマリーに飲ませてみるか。ローザは元気にしているだろうか……心配だ」


 真剣な顔をして赤子のローザの心配をするシンを見て、カイルは思わず吹き出してしまう。


「きっと苦いって嫌がりますよ……慣れて来るとまぁ味わい深いけど……それにしても師匠は物知りですね。これも師匠の故郷の知恵なんでしょうか?」


 物知りと言われてもその知識のほぼすべてが、地球の偉大な先人たちの知恵であり、それを無断借用しているにすぎないシンはどうもしっくりこない。

 


「まぁな……偉大な先人の知恵だ。これも書物で知ったことだしな」


 故郷の話になるとシンは途端に口数が少なくなる。

 一年と少しの間行動を共にしているカイルは、別の話を振ることにした。


「師匠でも、怖いって思う事はありますか?」


 カイルの問いにアマーリエも聞き耳を立てる。


「当たり前だろ! 戦いの前は何時でも怖いよ。いや、戦っている最中だって怖いな」


 「「えっ!」」


 カイルとアマーリエの声が重なる。


「お前ら俺を何だと思っているんだ? 俺だって人だぞ、怖いに決まっているだろうが……だけどな……」


 シンはおもむろに腰から愛刀を引き抜くとその刀身を月光に翳した。

 元々ほんのりと蒼白い刀身は、月の光を受けてさらに蒼く輝いていく。

 誰もが目を奪われるような美しい煌めきから、カイルもアマーリエも目が離せない。


「俺にはこいつしかない。恐怖に打ち勝つために毎日欠かさず剣を振る。そうやって自信を付けるやり方しか俺は知らない。それに……本当の恐怖は別にある……それに比べれば戦いの際の恐怖なんぞ屁でもねぇさ」


「本当の恐怖?」


「ああ、カイル……お前はその身で知っているだろう? 大切な人を失うという恐怖を……」


 ああ、とカイルは静かに瞳を閉じて俯いた。


「後な、俺はこうも考えているんだ。恐怖を捨ててはならない、と。怖いから日々鍛錬に励むし、怖いから知恵を巡らせる。恐怖はそういった行動の原動力になりえると思っている。だからといって恐怖を感じて竦み上がっては駄目だ。そうだなぁ、上手く言えないが恐怖を受け入れて上手に付き合っていくという感じかなぁ」


「……恐怖を受け入れる……ですか?」


「ああ、何を怖いと思うかは人それぞれ故に、これは自分で試行錯誤して見つけて行くしかないと思う。俺はやっぱりこれだな」


 シンは再び刀を頭上に掲げ、その刀身を月明かりに照らす。


「剣だ。どんなに怖かろうとも剣を振り続けて行くしかない。そう決めた。…………カイル! 静かにみんなを起こせ、何か変だ。アマーリエは怯えずにゆっくりと静かに馬車の中へ避難しろ、いいな」


 異変を感じ取ったのはシンだけでは無かった。

 龍馬と馬たちが落ち着きなくソワソワとし始めている。

 カイルは声を出さずに頷くと、すぐさま行動に移る。

 それからしばらく遅れて、アマーリエが指示通りに馬車へとゆっくりと歩き出した。

 悲鳴を堪えるためであろうか? 口に両手を当てギクシャクとした動きではあるものの、危急の際に指示通りに動いてくれたことにシンは安堵した。


「シン様! 何事ですか? 賊の夜襲ですか?」


 レオナが腰の剣に手を掛けたまま、足音を立てずに小走りで近づいて来る。


「いや、違うな……この感じ、見られているな……」


 シンの首筋がチリチリとした違和感を発する。


「カイル、夜目が効くのは俺とお前だけだ。二人でやるぞ、エリーいるか?」


「うん、私はどうすればいい?」


「エリーは何時でも馬車を出せるようにしておいてくれ、レオナはその援護とサクラとクロちゃんを頼む」


 二人は低い声で了承の意を唱えると、即座に身を翻して与えられた指示に従った。

 シンとカイルが魔法を唱え、夜目を効かせると数十メートル先に二つの光点が、ゆらりゆらりと揺らめきながらゆっくりと近付いて来るのがわかる。


「松明? いや違うな……魔物か……もう少し近づかなきゃ姿がわからん」


「し、師匠、あ、あれは一角虎ホーンドタイガーです! なんで、なんでこんな所に……」


 カイルの足はガクガクと震え、その震えが声にまで現れている。


「角の生えた虎か……どんな魔物だ? 教えてくれ」


 震えるカイルの背をポンと軽く叩く。

 ただそれだけの行為であるが、不思議とカイルの震えを止めた。


「僕も見るのは初めてですが、父さんから聞いたことがあります。父さんたち狩人の最大の強敵だと……でも、普段は森の奥深くに居て、こんな平地に姿を見せる魔物ではないはずなんです」

 

 なるほどな、とシンは一人納得した。

 恐らく難民や賊が森に雪崩込んで森の食料が減ったために人を襲い始めた。

 人の弱さと肉の味を覚えた一角虎は、人を求めて森を出て来たのだろう。


「向こうは俺たちを喰う気満々だ。やるしかない、俺が正面を受け持つ。カイル、援護してくれ! 来るぞ!」


 ゆらりゆらりと近付いていた赤い光点は、突如スピードを上げて一直線にこちらに向かって来る。

 シンは両手で死の旋風を構えて、真っ向から迎え撃つ姿勢を見せた。

 筋肉に力が漲り剣を振りかぶった瞬間、一角虎はシンの手前僅か五メートルほど前で急制動を掛けて止まった。

 ――――ちっ、この野郎! 人間との戦いに慣れてやがる。こいつは強敵だぜ……

 

 振りかぶった剣の一撃を予測し、肩すかしを食らわした一角虎は爛々と赤く輝く瞳をすぅと細めると、シンの周りを弧を描くように回り込もうとする。

 シンは振りかぶった剣を脇構えにしながら、一角虎の動きに合わせて地面に足を滑らせていく。

 口から落ちる涎が月光の光に照らされるのを見て、あまりの気味の悪さに睾丸が縮む。

 シンの隙の無さに苛立ったのか、一角虎は口を大きく開け放って雷鳴のような雄叫びを上げた。

 背後から龍馬の鳴き声と馬の嘶きが聞こえ、それを静めるエリーとレオナの声が耳に届いたその瞬間、突如一角虎は目標を変え、横にいるカイルの方へ飛び掛かった。


「カイル! 躱せ!」


 咄嗟の事に反応しきれなかったカイルは、シンの言葉を聞いてから慌てて身を捻り躱そうとするが間に合わない。

 シンは大慌てで足にブーストの魔法を全開に掛けて、横っ飛びにカイルと一角虎の前に身を投げ入れた。

 間一髪、割り込むことに成功はしたが、巨大な体躯から繰り出された体重の乗った前足の振り下ろしを死の旋風の腹で受けたシンは、剣を弾き飛ばされながら真後ろに勢いよく吹き飛ばされた。

 

 

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