旅立ち
それから毎日、日中は訓練を続ける。
それも日を追うごとに実践的な訓練を積み重ね、来るべき時に備えて行く。
ハルに作ってもらった日本刀、天国丸は実に見事な作りで、生糸が無く再現不可能と言われていた部分は、ベルベットスパイダーという蜘蛛の糸を使用したとのことだった。
また刀身部分も地球産の鉄は入手不可能なことから、この惑星で産出される金属を幾つか混ぜた合金で作られていた。
刀身は蒼みがかった銀色が若干強めに輝いており、長さは二尺三寸、重さは一キロ半とほんの少し軽めで鍔は丸く装飾は控えめであり、だがかえってそのことが刀身の美しさをより引き出していた。
鞘はエルダートレントの太い枝を加工して作られており、黒く塗装されていた。
真一は一目で気に入り、早速手に取ってみるとまるで長年使っていたかのように手に馴染む。
まるで玩具を与えられた子供のようにはしゃぎ、早速訓練に精を出すのであった。
空いた時間に、資料室でこの惑星に放たれた異形の怪物達について調べる。
ハルが言うには野に放してから四千八百年程経っているものも多く、現在はどの様に進化や変化しているかわからない物も多いらしい。
だが真一は、一匹でも多くの情報を詰め込もうと訓練と睡眠以外はこの資料室に籠るようになった。
ちなみに真一が現在使っている言語は英語である。
これは銀河連邦が地球発祥であり、かって地球の国家群が統一された際に公用語を英語に定め、そのまま続いているためである。
銀河連邦標準語もしくは地球語と呼ばれており、この惑星パライゾも英語が主要語になっているとのことである。
真一は英語は苦手であったが、生体移行手術と同時に行われた情報転写手術により言語はまるで昔から使っていたかのように読み、書き、話すことが出来た。
この惑星で使用されている他の言語も覚えており普通に読み書きや話したりできるとのことだった。
――――あんなに勉強しても苦手だったのにこんなにあっさりと読み書きできるなんて……
今までの苦労は何だったのかと本人は複雑な心境であったが……
マナの使い方も順調に覚え、体内でマナを血管に流すようにイメージして一時的に身体能力を底上げするブーストや掌からマナを放出変化させるやり方で、火炎放射器のように炎を出したり出来るようになった。
真一は現代日本で見たものをそのまま脳内でイメージすることにより、この世界で一般的な詠唱によってイメージ力を高める必要が無く、誤作動防止のためにキーワードを唱えるだけで魔法を発動することが出来るようになった。
まだ使える種類は少ないが、これからの修練しだいで増えるだろうとハルのお墨付き貰うことが出来て魔法の習得にも熱を入れる。
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季節は過ぎ、瞬く間に五ヶ月が経ち、旅立ちのときがやって来た……
麻で出来た上下の上にストーンヘッドバッファローの皮を使用したジャケットとブーツを履き、腰には日本刀の天国丸、背には麻で作られたリュックを背負った真一は、ハルに別れを告げるべく中央管理室へ向かう。
リュックの中には、十日分の乾燥圧縮POP(これは水に浸せば元に戻る保存食)と水筒、そして砂金の入った手の平に収まる程の小袋、十粒程の小さな宝石のはいった小袋が入っていた。
その昔このテーマパークを作った科学者たちが傾倒した古典ファンタジーとは、地球のコンピューターゲームだったのであろうか? 僅かな資金と初期装備を与えられ強制的に本拠地から旅立たせる様は王道RPGを彷彿とさせるのだった。
真一はゲームをやったことがないので全然気が付いておらず、装備と金を与えられたことに深く感謝していた。
「ハル、長い間世話になった。色々とありがとう」
「シンイチ様の行く末に幸多きことをお祈り申し上げます。それと重要なお話がございます。本来であれば当星はテーマーパークでありご満足頂くまでお楽しみ頂いた後に元の身体に戻り、元の生活に戻る事が可能ですが、シンイチ様はそれが出来ません。また怪我や病気などで身体に障害が発生しても本来ならば元の身体に戻ることで死を回避できますが、シンイチ様はこの方法を取ることが出来ません。従ってそのボディの死はシンイチ様の死そのものとなりますのでその点はご注意くださいませ。
それとシンイチ様のボディは規格外としてはじかれて保存されていたボディであります。ボディ生産施設と管理AIは既に機能を停止しており、新たなボディを用意することが出来ませんでした。
半年間データを取り観察したところ、問題は起きておりませんし恐らく問題は無いと思いますが、潜在能力値などは測定できておらずそのボディがどの程度のポテンシャルを持っているかは不明です。万全の状態で当星をお楽しみ頂けないことを深くお詫び申し上げます」
「いいさ、一度は死んだ身だしな……こうやって生きているだけでもありがたいよ。じゃあ、ハル元気でな!」
真一は地上直通エレベーターに乗るとハルに向かって手を振った。
ハルは深々とお辞儀をすると、空中に半透明なパネルを出してエレベーターを操作する。
瞬く間に地上へと着いたエレベーターは真一が降りると、周りに溶け込むように巧妙にカモフラージュされる。
「うーん、そういえば地上は半年ぶりか……ここからは一瞬も油断できない。奴がいるかもしれないしな」
とりあえずハルが言っていた南東五十キロ程の所にあると言われる街を目指してみる。
と言ってもハルが最後にその地点を観測したのがおよそ三十年程前なので今もあるかはわからない、だが他に目指す場所もないので、取り敢えずそこに向かうことにしたのだ。
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バルチャーベアの襲撃に怯えながら足早に遺跡を後にすると、なだらかな丘陵が続いておりかつて歩いた密林と違い、一日でかなりの距離を歩くことが出来た。
日が暮れると保存食を食べ、野営地の周りに落ち葉や枯れ枝を撒き何かが接近してきても、音がしてわかるようにする。
丘の上に立つ巨木に背をあずけ、刀を抜き身で持ったまま浅く短く眠る事を繰り返し朝を迎えた。
疲れは殆ど取れなかったが、僅かであっても睡眠をとるのととらないのでは全く違う。
さらに半日ほど歩くと小川にぶつかり、その先によくわからない作物が植えてある畑を見つけたのであった。
農道に沿って歩いていくと、木の塀に覆われた村を見つけることが出来た。
そのまま塀に沿って歩き門の所に行くと、門の横から武装した二人の男が出て来た。
「そこの男、そこで止まれ! 何者か? このアリュー村に何の用で来たのか?」
真一は、初めてこの星の人間に会った喜びと緊張で額に汗を滲ませながら答える。
「旅の者だ、名はシンと言う。水と食料を売ってほしい」
真一は生体移行手術で姿が全身変わってしまった。
髪は黒のままだが瞳はアイスブルーで元の日本人に比べ、鼻は高く、彫りも深い。
整った顔立ちをしているが、身長は百九十センチに届かんばかりの高身長で、骨太肉厚の重厚な身体つきによって厳つい印象を受ける。
何処をどう見ても日本人には見えず、真一という日本語の名前が似合わないので前半分だけの シン と名乗るようにした。
新しい名前にしようかと考えたが、呼ばれた時に反応出来るか怪しかったので、それは止めておいた。
背の高い門番の方が武器を構えたまま、再び問いかけて来た。
「何処から来たのだ? お前一人だけか?」
その問いかけにシンは一瞬悩むが、転移のことは話さずにこれまでの旅の道筋を答える。
「平原を越え密林に入り、湖から川を下り遺跡を抜けてここに辿り着いた。食料の手持ちが少ない、それに長旅で疲れている。何処かゆっくり休める場所が欲しい」
門番たちはヒソヒソと内緒話をすると今度はせの低い太った男が、
「わかった、村に入ることを許可する。ただしおかしな真似はするんじゃないぞ! 俺が宿まで案内してやるから着いて来い」
と言って背を向けて歩き出したので、慌ててシンは男を追いかけ村に入る。
すれ違いざまに背の高い門番が、
「ようこそ、アリュー村へ!」
と言ったので軽く頭を下げると、村の中を珍しげに眼を泳がせながら先を歩く門番に着いて行った。