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帝国の剣  作者: 0343
126/461

その男、多忙につき……


 帝都に戻ったシンは多忙を極めた。

 近衛騎士養成学校の授業の特別講師として、新たに剣術指南役に任命されたザンドロックに魔法の稽古をつけ、自身も剣術の稽古をつけてもらう。

 また、カイルの故郷であるウォルズ村を占拠するアンデッドの討伐の準備、更には邸宅の留守を預かる者がハイデマリーとクラウスの二人だけでは心配なので、人を雇うことにした。

 だが、中々に良い人材というのは見つからない。

 

「エルじゃないが、戦争中のが楽だったな……」


 ぼやきながら帝都のギルドに向かい、住み込みで働いてくれる執事と家政婦の募集をする。

 募集するにあたり、シンは一つだけ条件を付けた。それは生活困窮者であること。

 皇帝に反旗を翻した貴族たちに雇われていた使用人たちが、使えていた家の取り潰しで多数路頭に迷っている。

 それらを一人でも救うべく、近衛騎士養成学校の寮で雇用したりと色々しているのだが、それだけでは当然追いつかない。

 身寄りのある者、若者は再就職も何とかできるが、身寄りの無い者や年老いた者は住むところも追われて、文字通り路頭に迷っている。

 エゴだと言う事は十分に承知しているが、それでも一人でも多く救ってやりたい。

 そんな思いから、シンは自分で雇う他にも、方々に口を利いてまわり職の斡旋を行っていた。

 無論これは帝都だけであり、広い帝国全土で行った訳では無い。

 封建社会で貴族がそれぞれの土地を治めている以上、帝国全土の失業者をどうこうする権力は皇帝ですらない。

 故に皇帝の権力の及ぶ範囲の、さらにシンが動くことの出来る帝都のみでこの活動は行われていた。

 ――――自己満足っちゃ、自己満足なんだがな……心のどこかで何らかの形で、戦争に対する責任を取りたいとでも思っているのか? だとしたら傲慢極まりない無いな……


 軽い自己嫌悪に陥りながらも、シンは目まぐるしく動き、多数の失業者を救った。

 自分も、執事の経験がありその妻も給仕として貴族に仕えていたという、老夫婦を雇った。


「私の名はシンと言います。お二人には住み込みで働いて頂きたいのですが、よろしいでしょうか? それと幾つか聞きたいことがあるのですが……」


 ギルドの一室を借りて、ギルド職員が薦めてきた老夫婦と対面する。


「私の名はオイゲンと申します。横にいるのは妻のイルザで御座います。本日は私どものために、貴重な時間を割いて下さりありがとうございます。住み込みでとのお話ですが、妻と共に是非にお願いしとう御座います。お恥ずかしいお話でございますが、長年仕えていた家から解雇を申しわたされまして……今は安宿暮らしで御座います。この年になりますと、中々次の仕事にありつけませんので、頭を悩ましていた次第であります」


「確か、ギルドの話によると息子さんが居らしたはずでしたが……」


「はい、息子も同じ家に仕えておりました。ですが矢張り解雇を申しわたされ、今は革職人に弟子入りしております。何分まだ見習いとのことで、息子夫婦とその子供だけで生活するのがやっとの状態で、私たちが押しかければ忽ちに生活が困窮しますので……その……」


 シンは手で話を遮り、非礼を詫びた。


「立ち入った事を聞き、申し訳ない。息子さんが無事に暮せていればそれでいいのだ……事情は了解した。給料等に不満が無ければ、今日から働いてもらいたいがよろしいか?」


 老夫婦は互いに顔を見合わせ、喜びと安堵の表情を浮かべた。


「はい、早速宿を引き払って参ります。ご主人様、今後ともよろしくお願いいたします。」


「いやご主人様って言われてもな……俺も平民だからさ、そう硬くならず名前で呼んでくれ」


「わかりました。シン様、とお呼びすれば宜しゅうございますか?」


 シンは頷くと席を立ち、老夫婦を伴ってギルドを後にした。



---


 

 道すがらオイゲンには執事を、妻のイルザには給仕長をしてもらう事にして、借宿であった安宿を引き払い荷物を持って自宅へと向かう。

 主に荷物を持たせることをオイゲンは頑なに拒否し、往復してでも自分で運ぶと言うのを、シンは時間が惜しいと言い自分も荷物を持って行く。

 シンが購入した邸宅は、貴族にとっては狭いがそれでも館として十分な広さはある。

 更に庭が広く、厩舎や訓練場を作ってなおも余りある広さがあり、敷地内に新たに建物を建てるだけの広さを有していた。

 家に帰ると二人を皆に紹介し、空いている部屋ならどこでも好きに使って良いとだけ言うと、再び慌ただしく自宅を出て行った。

 次にシンは注文していた馬車とそれを引く馬を受け取りに、帝都の郊外へと向かって行く。

 


---



「ああ、旦那様。お待ちしておりました。ご注文の馬車と、龍馬に慣れている馬を二頭、ご用意させていただきました」

 

 郊外の牧場にて、シンを見つけた商人が揉み手をして、営業スマイルを浮かべて近付いて来る。

 帝都より徒歩で一月程掛かるカイルの故郷に向かうのに、日程の短縮と食料と物資の運搬用にと馬車と馬を購入した。

 差し出された羊皮紙にサインをして、商人に再び手渡す。

 請求先は皇帝で、先日与えられた褒美から引いてもらうようにしてある。

 馬車はシンの要求通り、華美な装飾などは施されずに質実剛健といった風に造られており、積載量も満足の行く仕上がりであった。

 

「何かご不満な点がございますでしょうか?」


「いや、満足いく仕上がりだ。感謝する、また何かあったときは頼む」


 この商人は皇室の御用商人の一人で、今回のシンの注文を受けて、その注文額の倍ほどの身銭を切って特別に馬車と馬を用意した。

 一見すると大赤字であるが、竜殺しのシンの注文を受けたと言う評判をこの商人は買ったのだ。

 その事はシンも知っている。高々金貨十枚で、これ程の馬車と馬をそろえる事は出来ないだろう。

 商人の心遣いに感謝を、そして内心ではそのしたたかさに賛辞を送り、馬車に乗って再び自宅へと向かった。


---


 馬車を引いて帰ったシンは、馬車をレオナに預けると再び自宅を後にする。

 次に向かったのは近衛騎士養成学校。午後から実技の授業に顔を出すことになっていた。


「何でこんなに忙しいんだ! 全く……早い所帝都から出た方がいいな、こりゃ……」


 ぶつくさと文句を垂れながら学校の校庭に行くと、授業を受ける生徒たちが既に並んで待っていた。


「待たせて済まない。では、これより授業を始める。その前に、怪我を防ぐために体を温めて解す。これは実技の授業の前には必ず行うように」


 そう言ってラジオ体操を始めると、生徒達は口を開けて茫然とする。

 剣術を教えて貰えると意気込んで授業に臨んだのに、彼らから見ればへんてこな動きの踊りを踊る様に言われたのだから無理もないだろう。

 生徒達の中で、シンと共に普段からやっているクラウスだけがラジオ体操を行っていた。


「……教官殿、この様な踊りでは無く剣術を教えて頂きたいのですが……」


 見るからに育ちの良さげな少年が、前に進み出てきて抗議の声を上げた。

 美しく良く手入れされた金髪の少年の目には、嘲りの色が濃く浮き出ていた。


「もう一度だけ言うから良く聞け、怪我を防ぐために体を温めて解すための運動だ。やらぬのならば結構、これ以上教える事は無い。今すぐこの学校を去れ」


 生徒達もそう言われてしまってはやるしかない。

 口々に文句を呟きながらも、ラジオ体操を始める。

 体操が終わると今度は股割りを教える。


「次は股割りだ。これは関節を柔らかくして可動域を広げるのが目的だ。怪我の防止にもなるから、各自真剣に確りと行え。十六番……じゃなかった……クラウス、前に出て実演しろ」


「はい!」


 クラウスが前に出て股割りを行うと、その体の柔らかさに驚いた生徒達の口から驚嘆の声が溢れだす。

 女生徒の一部から気持ち悪いとの声が上がり、それを耳にしたクラウスは落ち込み、家に帰ってからカイルに愚痴をこぼした。


 生徒たちをペアにして股割りをやらせると、あちこちから悲鳴が上がり、それを耳にした他の教官たちが校庭へと駆けて来た。


「特別剣術指南殿、これは一体……」


 何も問題は起こっていないと手を振って、笑うと目の前で行われている股割りの効果を他の教官たちにも教えた。


「なるほど……我々も何かを行う前には体を解しますが、ここまで本格的にやったことはありませんな」


「身体が柔らかいのは色々と有利になりますから、継続してやらせた方が良いでしょう」


 ラジオ体操、股割りと続いて今度はランニングである。

 剣術を教えて貰えると思っていた生徒達はげんなりとしていた。


「これを毎日、三ヵ月続けて貰う。先ずは体力と体作りからだ。やり遂げるのも、途中でやめるのも自由だが、この程度こなせないようではものになどならん。今日の授業はこれまで、解散!」


 そう言って校庭を後にしたシンは、今度は宮殿へと向かう。

 相談役として、皇帝に夕食と晩酌の伴をするようにと仰せつかっている。

 宮殿に入ると、先ずは皇后陛下に取り次いでもらいアルベルト皇子との面会の許可を貰った。

 アルベルト皇子を腕に抱いてあやし、皇子が疲れて眠った後で、嫌々ながら皇帝の愚痴を聞く。

 

「シン、ブナーゲルを諜報機関の長にしようと思うのだがどう思う?」


「いいんじゃないか?」


 投げやり気味に答えると、皇帝は酒杯を呷りクダを巻く。


「ふん、お主も変わったな。前は誘っても全然来なかったくせに、アルベルトが産れたら頻繁に顔を見せるようになった。全く、どいつもこいつも……」


 シンは面倒くさいと思いながらも、酒杯に注がれた酒を一気に呷ると拗ねた皇帝を宥める事にした。

 


 

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