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帝国の剣  作者: 0343
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二剣


 衆人環視の中、シンは大きく深呼吸をしてから腰に差した刀、天国丸を静かに抜き構える。

 一度首を振り、周囲の確認をしてから体内のマナを循環させ、指先から天国丸へと集めて行く。

 

 ハーゼ伯爵は再び魔眼の魔法を使い、一瞬たりとも見逃さずと言わんばかりに目を見開いてシンの動きを注視する。

 弟子のカイルも同じく、瞬きもせずに師匠を見つめていた。


 天国丸にマナが集まり刀身から淡い光が溢れだすと、シンは気合いと共に刀を振り下ろした。

 落雷のような轟音が響き、カイルやハーゼ、ザンドロックを除いたほぼ全員が耳を抑え床に伏せる。

 土煙と共に小石が周囲に飛び散って当たった者が悲鳴を上げるが、怪我をした者はいなかった。


「ふぅ……」


 土煙の中からシンが姿を現すと、カイルはすぐさまシンに駆け寄り、師の両手の無事を確認する。


「大丈夫だ、手加減したしあの時のようにはならないさ」


 カイルは安堵の溜息を吐き、シンが放った魔法剣がもたらした抉れた地面を見る。


「師匠これは……迷宮でゴーレムに撃った……」


「そうだ。あの時は加減がわからず、更にサクラのスピードを利用したからな、両腕がいかれちまったがあれから色々試してようやくものに出来た。考え方は今までの魔法剣と同じさ、集めたマナを薄く鋭く放出して空を裂くか、マナの塊を地面に叩きつけるように放つかの差だな。ただマナを溜めるのに時間が掛かるのと、マナの消費が大きい。これらを克服していかないとな……まぁ二人でじっくりやっていこう」


「はい!」


 シンが刀を納め、周囲を見回すとハーゼとザンドロック以外の者は皆、耳を抑え地面に伏せていた。

 立っている二人も目と口を大きく開き、驚愕し、わなわなと小刻みに震えている。

 恐る恐ると言った感じで段々と伏せていた人たちが立ち上がり、抉れた地面を見てどよめいた。


「シ、シン……お前は今何をしたのだ? 雷でも落としたのか?」


 皇帝が微かに震えながら問うと、否とシンは横に首を振った。


「魔法の元とでも言いましょうか、そのマナを剣に集めて地面に叩きつけたのです」


 ハーゼ伯爵以外は魔法の素養が無いために、今一つわからないと言った表情を浮かべる。

 皇帝はハーゼに補足説明させようと思ったが、そのハーゼは目を大きく見開いたままブツブツと何事か呟いている。


「竜殺しは本当であったか! ……貴公……その技は魔法が使えれば誰でも出来るのか?」


 ザンドロックの両目はシンの目を真っ直ぐに捉え、その両手はきつく拳を握りしめ微かに震えていた。


「理論上は出来る。だが、剣の道と同じで一朝一夕にとはいかない」


「……そうか……魔法が使えるなら出来ると言う事だな……」


「しかし、そんなに驚くことか? 魔法使いがいるのだから既に誰かがやっていたりはしないのか?」


 シンが不思議そうに首を傾げていると、ハーゼがその疑問に答えた。


「シンよ、お主のように両方達人と言うのがまず滅多におらぬのじゃ。例え剣と魔法の両方が使えても才能というものはどちらかに偏るもの。ならば得意な方を極めようとするのが普通じゃからな。儂を見ればわかるじゃろうて、魔法は使えるが本格的には使えぬ。ならばと思い剣の道を進んだのじゃ」


 シンとハーゼが話している横で、ザンドロックは剣を抜き見様見真似で思いっきり地面に剣を叩きつける。

 甲高い音がして剣先が折れ、地面に転がる。

 見れば、ザンドロックは手首を痛めたのか蹲り苦痛の喘ぎを漏らしている。


「おい、言っただろう! 一朝一夕には出来ぬと……やろうとしたってことはザンドロック卿、卿も魔法が使えるのか?」


 暫しの沈黙の後、僅かだが使えると返答があった。


「よし、場所を変えよう。先程の応接室で話そう」


 一行が応接室に向かうと、遠巻きに見ていた者達が、シンの魔法剣がもたらした抉れた地面の周りに集まって驚嘆の声を上げた。

 竜殺しは本当だった、竜殺しは魔法使いでもあったのだと。


---


 応接室に戻ると各自に茶が配られ、皆それを飲み一息入れる。

 

「ザンドロック卿、魔法はどの程度使えるんだ?」


「……指先から僅かに炎が出る程度だ……」


 魔法の才能があまり無いことを知られるのが屈辱なのか、その顔は険しく頭は下を向き微かに震えている。


「放出系の魔法が使えるのか、そりゃ凄いな。ザンドロック卿、取引だ」


 そう言うシンの顔は他の者が見ればただの笑顔にしか見えないが、弟子のカイルにはそうは見えない。

 ――――何か良くないことを考え付いた顔してる……


「……取引だと?」


 怪訝な顔をしてザンドロックは、シンを睨んだ。


「そうだ。俺が卿に魔法剣を教えるから、卿は俺に帝国の剣術を教えてくれ」


「シン、良いのか? あれほどの技、秘技ではないのか?」


 皇帝は驚きの形相でシンに問う。

 皇帝だけでは無い、部屋にいる者全員が驚きの表情でシンを見ていた。


「魔法剣は、伯爵の話通りなら俺とカイル、あとはレオナが使えるか……でも、レオナのは精霊魔法だからちょっと違うんだよな……まぁ、三人しか使えない。確かに隠しておけばそれはそれで、いざという時に有利かもしれないが、技術の向上と発展を三人だけでやってもたかが知れている。もしザンドロック卿の様な剣術の名手の意見も聞けたなら、更なる発展と向上があるかもしれない」


 そこで一旦話を区切ると、皇帝の方を向いてから再び話し始めた。


「俺が魔法剣を使えるようになったのは偶然、地竜を倒した時に開眼した。その後、神に会って話を聞き、この魔法剣こそ来るべき世界の危機に対抗出来るすべのひとつであると思い、研鑽を積んで来たんだ。何百年後に役に立つかは知らないが、技術を確立して後世に残せればと思っている」


 神という言葉に怪訝な表情を浮かべるヘンドリックとザンドロックに、皇帝はシンが持ち帰った神託の石の件をかいつまんで話す。


「なんと……まさか……にわかには信じがたいが、創生教の司祭がそのような事を話していたのを聞いたことがある。その時はとんだ世迷言と思っていたが……ザンドよ、留守は儂が預かろう。帝都に行け、そして剣術指南として陛下にお仕えせよ」


「父上、いくら陛下のお言葉と言えども今の話をお信じになるのですか?」


「それをお前の目で確かめて来いと言っておる。それに恐らく話は真実であろう。先の戦いで帝国にだけ教団が力添えをしたのがその証拠じゃ」


 ヘンドリックの有無を言わさぬ強い口調に、ザンドロックは口を噤まざるを得ない。


「……わかりました。陛下……不肖、このザンドロック、剣術指南役をお受け致しとう存じます。それとシン殿、某に魔法剣をご教授願いたい」


「うむ。ザンドロックよ、卿が提示した望みの内の一つは叶えた。残りの二つも出来る限り早急に叶えようぞ。どうか剣術指南として、帝国の再編に力を貸してほしい」


「ははっ!」


 ザンドロックは皇帝の元に歩み寄ると跪き、臣下の礼をとった。

 皇帝の許しを得て立ち上がったザンドロックはシンに対しても跪こうとする。


「おいおい、止めてくれ。ザンドロック卿には剣術を教えて貰うから俺の方が弟子になるのだから」


「だが、シン殿は魔法剣の師に当たる」


「俺は平民だが、卿は貴族だぞ。膝を折る必要はないだろう。それに俺は卿より年下であるし」


 シンは十九歳、ザンドロックは三十二歳である。


「いや、シン殿は某より先に剣術指南役に就いている。言わば先任であれば……」


「よしてくれ、あとシンと呼び捨てでいい。敬称を付けられると背筋が痒くなるんだ」


「ならば俺のこともザンドと呼んで欲しい」


「わかった、ザンド。これからよろしく頼む」


 両者は立ち上がり握手をする。

 その日の夜はクリューガー家総出で皇帝以下を持て成し、翌朝夜明けと共に皇帝はレーデンブルグの街を発った。

 まだ権力基盤がしっかりとしていない今、長くは帝都を留守には出来ない。

 しかも病気と偽って出て来たのだ。長引けば要らぬ野心を抱く輩が現れるかもしれないのだ。


 行きと違い、帰りは馬車が一台多い。

 ザンドロックも準備もそこそこに着いてきたのだ。

 馬車の中にはカイルが同乗して、道中ザンドロックに体内のマナの巡回のさせ方を教えていた。

 ちゃっかりハーゼ伯爵も同乗しており、同じように修行に励んでいる。

 ハーゼ曰く、あのようなものを見せられては、血が騒いでしまいどうにもならぬとの事であった。


 シンはサクラの綱を随伴の他の騎士に預け、皇帝の馬車に同乗して帰りの話し相手を勤める。


「なぁシンよ、お主一人で来てもザンドロックを説得出来たのではないか?」


「どうかな? 領土の事とか俺じゃその場で決められないし、やっぱりエルが要るだろ。それに……これは切っ掛けなんだよ」


 その言葉に流れる外の景色をぼおっと見ていた皇帝は、正面に座るシンに目線を合わせる。


「切っ掛けとは?」


「今回の件、ザンドロックに二度も使者を送り、それも三度目は皇帝自ら出向いてまで求めた事は、帝国中に広まるだろう。在野に隠れている賢才、異才たちは色めき立つことだろう。そこまでして有能な臣を集めているのかと……ならば我も我もと世に出てくると思うぜ」

 

 シンの言葉を聞き、皇帝は宰相が言っていた言葉を思い出す。

 鬼才……シンがもし帝国の生まれでこの国の事に精通していたならば喜んで宰相の座を明け渡すと。

 だが悲しいかな、シンは帝国の生まれでは無く、その風習、制度、地理、産業、その他諸々を知らない。

 皇帝は逆にそれが功を奏しているのかも知れないと考えていた。

 帝国の古いしきたりに縛られない自由な発想。

 帝国を改革するにはうってつけの才であると。



---


 その後もシンとザンドロックは互いに教え合う関係となり、二人は数々の技を編み出し後世に残す。

 魔法剣を使い竜殺しと称されるシンと、それに打ち勝つ程の剣術の冴えを見せるザンドロック。

 二名の剣術指南は二剣と称され、やがてその名は帝国を越えて諸外国まで鳴り響くこととなる。

 

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