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帝国の剣  作者: 0343
121/461

三顧の礼 其の一


「で、そのザンドロックって人は強いのか?」


 真昼間から酒を飲むわけにはいかない二人は、冷めたお茶を口に含む。

 冷めていても茶葉が良いからか、上品な香りは損なわれず舌と鼻を大いに楽しませてくれる。


「余は直接は知らぬが、ハーゼの爺の話では相当な使い手だという。剣だけでなく槍、弓どれを取らせても一流だと申しておったな」


 剣だけでなく武芸百般に通じていると聞き、シンはザンドロックを是が否にも剣術指南として迎え入れるべきだと主張した。


「シン、お主の特別剣術指南から特別の文字を削るというのはどうだ?」


 皇帝としては二度も使者を出したのに、了承しないザンドロックが気に入らない。


「それは駄目だな、俺の使う武器である刀は特殊だ。帝国全軍を刀にするなら兎も角、そんなことは無理だろう? 掛かる費用は天文学的になるだろうし、習熟するまで軍が使い物にならなくなっちまう。ザンドロックが評判通りの男か、一度その目で確かめればいいじゃないか」


「それは余に、ザンドロックに会いに行けと申しておるのか?」


「そうだ。俺の故国の隣の国の古い昔話にこんな話がある……」


 シンは三国志の三顧の礼のエピソードを語り、臣下は集めるもので集まるものではないと説いた。

 現に今、皇帝がやっている近衛騎士養成学校がそうではないかと。

 シンは表情を軟化さててきた皇帝にトドメの一言を放つ。


「小旅行みたいで面白そうじゃないか、俺も行くぞ」


 最近政務で籠りがちだった皇帝は、この一言で折れた。


「よし、そうと決まれば善は急げだ。明日出発しようぜ」


 強引にスケジュールまで決めると、皇帝も段々と乗り気になってくる。


「そうだな……政務もひと段落ついておるし、まぁよかろう。同行者は、ハーゼを連れて行くとして……」


「あまり大人数で行くのは拙いぞ、お忍び感覚で少なめにな……」


「わかっておるわ、多くても二十人以内におさめよう。問題は宰相たちをどう説得するかだが……」


 皇帝は宰相を呼び、ザンドロックの元にお忍びで向かう事を話すが、矢張り素直に首を縦には振らない。

 後は言い出しっぺにやらせようと、宰相を説き伏せる役をシンに丸投げした。

 皇帝のしたたかさに内心で舌打ちしつつ、先程皇帝にも話した三顧の礼の話をする。


「なるほど…………ふ~む、まぁいいでしょう。陛下が野に異才、賢才を求めているという宣伝にもなるでしょうし……ですが、くれぐれも用心を怠らぬように。家を取り潰した貴族や解雇した近衛騎士、それにその縁者と陛下には敵が多いこともお忘れなきよう」


「わかっておる。シンも着いて来るのだし、他にも腕の立つものをそろえて行くつもりだ」


 こうしてザンドロックに会いに、クリューガー準男爵領へと行くことが決まると、各自準備に取り掛かる。

 クリューガー準男爵領は帝都のすぐ側にあり、馬車で凡そ三、四日のところにある。

 この立地の良さがある意味で災いし、祖父であるゲルハルトが宮殿を追われるだけでなく格を下げられたのは、召上げられた領地を狙ってのことではないかとも言われている。


「陛下が留守の間、御病気と言う事にでもしておきましょう。病名は……そうですな……酒毒に当たったとでもしておきましょうか」


「まぁ、それらは宰相に任せるゆえ、よきにはからえ」


 後に皇帝はこの時の自分の言葉に対し、激しく後悔をすることになる。

 酒毒に当たって伏せたと周りに思われた皇帝は、宮殿に帰って来てからしばらくの間、一滴の酒すら口にすることが出来なくなったのだ。

 皇帝の健康を心配した皇后が、料理人などにまで徹底的な管理体制を敷き、宮殿への酒の出入りを厳しく監視した。

 一日の終わりに酒を嗜むのを日課としていた皇帝は、激しく落胆した。

 酒が飲めぬだけでなく、不味い健康茶のような物まで飲まされるに至って遂に癇癪を起こし、相談役のシンを暇を見ては呼び、愚痴をたれるのであった。


 

---


 鉛色をした雲の下を一台の馬車と、それを取り囲むように配された重装の騎兵たちが、帝都東地区の大通りをひた走る。

 ハーゼ伯爵家所有の馬車が、帝都東の城門を抜け東北東への街道に出たのは朝日が昇ってすぐの早朝のことだった。

 生憎と朝日は直ぐに厚い雲の中に隠れ、薄暗くいつ降りだすかわからぬ天気となってしまうが、延期は出来ない。

 馬車の中には皇帝とヴァルター・フォン・ハーゼ伯爵、その息子で侍従武官長のウルリヒ、侍従長ヘンドルフ、そして特別剣術指南役であるシンの弟子のカイルの五名であった。

 シンはというと、最後方を完全武装状態で龍馬のサクラに跨り警戒しながら追走している。

 皇帝をはじめ、平民であるカイルからすれば雲の上の存在である人々に囲まれて身の置き所がなく、端で縮こまっていた。

 昨晩シンと交わした会話を想い返しては、師匠と共に小旅行に行けると喜んでいたことを後悔していた。


「そなた……カイルと申したな、道中の護衛確り頼むぞ」


「は、はいっ! お、お任せ下さい!」


 背筋を伸ばして返事をする少年に対し、馬車の中の大人たちは優しげな眼差しを向ける。

 その後も皇帝の方から色々と話しかけ、シンとの出会いや厳しい訓練の話をし、さらに迷宮のでの話をすると皇帝を始め大人たちの目つきが変わった。


「そなたはもう立派な戦士なのだな。子ども扱いしてすまなんだ、許せ」


 カイルは片腕というハンデを背負いながらも迷宮最深部まで行き、無事に生還しているのだ。

 シンが言う通り、そこらの騎士より役に立つかもしれないと皆はカイルの見方を変えた。


「カイルよ、そなたの故郷の村が今現在どうなっておるかシンから聞いておるか?」


 皇帝の問いに頷いたカイルは、シンに言われていたことを話す。


「はい、知っております。村はスケルトンなどのアンデッドが居て討伐の騎士団が二度追い返されたことも……師匠は僕……いえ、私に一人で戦う機会を下さいました」


「なっ!」


 その言葉を聞いた侍従武官長のウルリヒは思わず声を上げてしまう。

 驚いたのはウルリヒだけではない。

 皇帝を始め、馬車の中にいる者全員が目を見開いてカイルを見た。


「話に聞いた村の中央を守る、一際大きい強力なスケルトンはおそらく私の父の成れの果てだと思われます。賊に村が襲われ皆殺しの憂き目にあったとき、村人達を供養してやることが出来ず、傷ついた身一つで逃げる事しか出来ませんでした。彼らの彷徨える魂を、現世の苦痛から解き放つ機会を頂いたことに深く感謝いたします」


 そう言って頭を深々と下げるカイルの右手には、シンがカイルの為に腕の良いドワーフの鍛冶師に拵えさせた刀、岩切が握られていた。


「その手に持つ剣は、シンと同じ刀か? 拝見させて貰っても良いかな?」


 ハーゼ伯爵の目がカイルの持つ岩切に注がれる。

 カイルは頷くと、岩切をハーゼに渡した。

 ハーゼは早速渡された岩切を舐めるようにして見て行き、鞘から刀身を解き放った。

 蒼白い刀身が僅かに光を放っていて、反射して煌めく光は清涼感を感じさせる。

 岩切は刀身だけでなく鍔や鞘も大人しめではあるが、極め細やかな装飾が施されており、武器としての美しさを芸術品の域まで高めていた。


「おお、これはこれは……」


「父上!……これは……」


 武人二人が感歎の声を上げるが、皇帝と侍従長にはうわべの美しさ以外の良さがわからない。


「爺、ウルリヒ、その刀はどうなのだ?」


「陛下、これは見事な一品でございますぞ! ミスリル銀をこれでもかと言うほどにふんだんに使っており、それだけに飽き足らず様々な希少金属が練り込まれているかと……金属の価値だけでも金貨数百は下りますまい。いやはや眼福、眼福」


 鞘に納めた岩切をカイルに返すと、ハーゼは閉ざした瞼に指を当て、瞬きすら忘れていた両の眼を瞼の上から解きほぐす。

 武器としての性能はわからないまでも、その価値を聞いた皇帝と侍従長は驚きの表情を浮かべて、カイルの手に収まった岩切を見た。


「それほどまでの武器をシンが渡すということは、そういうことなのであろうな……カイルよ、そなたの手でウォルズ村を解放し死者の霊を慰めよ」


「はっ!」


 再び背筋を伸ばして返事をするカイルを見て、大人たちは微笑を浮かべながら思う。

 この少年ならば、やるかも知れぬと。


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