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帝国の剣  作者: 0343
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勲功授与式典


 勲功授与式典までの間、シンは出来る限り外出を控えた。

 外部との連絡は護衛の三人が務め、シンは久しぶりに弟子たちとみっちりと鍛錬に励むことが出来た。

 その様子を見たヨハンたちは、内容の濃さとカイル、クラウスの強さに舌を巻く。


「流石、剣術指南殿の御弟子さんですな……正直これほどまでとは思いもよらず、いささか驚いております」


 ヨハンの言葉に、フェリスとアロイスも同様に頷いている。


「ああ、こいつらは貴族の子弟などとはやる気からして違うからな。それに迷宮で数多あまたの実戦を経ている。成人したてでここまで戦える者はそうは居ないと思う」


 シンの言葉に三人は驚きを隠せない。

 この少年たちと迷宮に潜り、最下層まで行き無事に生還した事実に声を出すことも忘れてしまう。


「クラウスは近衛騎士養成学校の一次試験を突破している。次の試験が受かれば騎士見習いとして国に仕える事になる。何れはお前たちの部下になるかも知れんが、その時は適当にしごいてやってくれ」


「はぁ~、俺自信無くしちゃうな。俺が十五の時はとてもじゃないがあれほどまでに戦う事は出来なかった。若いからこれからもどんどん伸びるんだろう? まいったね」


 フェリスが肩を竦めながら言うと、他の二人も同意するように肩を竦めて見せた。

 護衛たち三人は弟子たちにとってもいい刺激になったらしく、三人とも騎士位を授かっており、特にクラウスは憧れの籠った眼差しを向けていた。


 

 食事時など皆が集まったときに三人が話す戦の話には、カイルとクラウスは勿論の事、レオナまでが喰いつき、銀獅子との一騎打ちの話を聞いた後は三人とも興奮のあまり頬を赤く染めていた。


「恥ずかしいからやめてくれ、あれは俺の負けだ。剣技では完全に劣り負けていた、勝てたのは相手が焦ってくれたから……つまりまぐれさ」


「今更恥ずかしがっても遅い気がしますが……帝都の劇場では銀獅子との一騎打ちのくだりが今一番人気だそうで……」


 ヨハンがニヤリと笑いながら言うと、シンは両手で頭を抱え悶えた。

 娯楽の少ないこの世界では、演劇は最高の娯楽の一つである。


「また劇かよ! せめて本人に許可くらいは取りに来いよ!」


「俺たちもチョイ役だが劇に出て来るんだぜ。すごいだろ?」


 フェリスがカイルとクラウスに胸を張り自慢げに言うと、隣りに座るアロイスがやれやれといった顔をする。


「フェリスがその演劇を観に行きましてね、自分の役の俳優が赤毛でないのを劇団に抗議したらしいんですよ。そのせいか帝都のどの劇団もフェリスの役は赤毛の役者が務めることになったとか……まったく……」


 ヨハンがそう言うと、フェリスは更に胸を張ってこう言った。


「おかげで赤毛の役者たちから感謝されたんだぜ。それに内容もきちんと正してきたから、最初の頃のドタバタ劇から大分マシになったんだ。感謝して欲しいね」


 シンが大人しくなったカイルとクラウスを見ると、二人で何かひそひそと話している。

 ――――こいつらまた劇を観に行く気だな……笑われるのは二度と御免だ。観に行ったら破門にすると言おう。


「今度皆でその劇を観に行きましょう!」


 レオナが立ちあがりそう言うと、カイルとクラウスだけでなくエリーまでが賛同する。

 シンはそれを見てがっくりと肩を落とし諦めるしかなかった。




---



 その後何事も無く日は経ち、勲功授与式典の日がやってくる。

 式典会場の宮殿内の広場は武装した騎士たちが取り囲み、雲一つない晴天であるにも関わらず、物々しい雰囲気に包まれていた。

 これらの騎士は、皇帝が自分に従う貴族たちから臨時に召集した者たちであり、何れも武に長けた者たちである。

 会場だけでなく、帝都の至る所にそれらの騎士や兵は配されており、何か変事があればすぐさま対応できるようになっていた。

 本来ならばそれらを行うはずである近衛騎士たちの姿が見えないことに、参加者たちの一部は疑問を抱いていたが、参加する大多数の貴族がそのことについて話題にも上げないために、内心ではおかしいと思いつつも表面上は何事も問題は無いかのように取り繕っていた。


 シンが式典会場に着きそれらの騎士たちを見ると、見知った顔が多数見える。

 それらは先の戦で傭兵団ヤタガラスに参加した騎士たちであった。

 彼らはシンが近くを通ると目礼や会釈をし、シンもそれに答える。

 かつて共に戦った騎士たちは、若年とはいえシンの戦術、指揮能力、武勇に敬意を抱いており、それらは周囲に伝播することによってやがて軍そのものが畏敬の念を抱き始める。


 軍楽隊の喇叭ラッパが鳴り響き、厳かな雰囲気の中、式典は始まった。

 列席する貴族たちは非武装で、武装を許されているのは警備の騎士、皇族、そしてシンのみである。

 シンが帯刀を許されたことについては、先の逆臣討伐の件もあり貴族たちから左程批判は出なかった。

 腰に宝剣グリューン・ドンナーを履いた皇帝が、宰相や近侍を伴って現れると、列席する貴族たちは襟を正して跪いた。

 皇帝の片手が上げられ、宰相の号で貴族たちは再び立ち上がる。

 

「これより勲功授与を行う」


 皇帝の傍らに控える宰相が数歩前に出て声を張り上げると、貴族たちの視線は嫌でも勲功第一であろうシンに向けられた。


「勲功第一位は特別剣術指南兼相談役のシン! 前に出られよ」


 シンは護衛のヨハンに教えられたとおりの礼儀に則った動作で、前へと進み出る。

 皇帝は椅子から立ち上がり、近侍の差し出す羊皮紙を広げて勲功者の功績を述べた。


「……よってこの者を勲功第一位とし、恩賞を授ける。異存はあるか?」


 貴族たちからも非難の声は一言も上がらない。

 だが、列席する者達の中で当の本人がただ一人それに対して異を唱えた。


「恐れながら申し上げます。某の功は正確な情報をもたらした諜報と、補給と準備があったからこそであります。序列をつけるなら某の功はその下が相応しいと思われます」


 勲功第一の者が異を唱えるなどとは、前代未聞のことであった。

 多くは高らかに己の功を語り、より多くの恩賞を賜ろうとするものであるが、シンのやったことはまるで逆、しかも直接武勲を上げていない者の功績を自分より上と称するなど、ありえないことであった。

 会場は騒然とし、それを聞いていた護衛の騎士たちにも動揺があらわれる。


「鎮まれ、鎮まれ!」


 宰相が何度か声を上げてようやく会場は静謐を取り戻す。


「シンよ、卿のことゆえに何か考えがあってのことであろうが、勲功第一位は揺るぎない。それは諸将も認める所である。だが何故、卿より諜報と補給の方が上だと言うのか? 理由を聞かせよ」


 そう言うと皇帝は再び椅子に座りなおす。

 シンは跪いたまま己の考えを淡々と述べた。


「まず諜報ですが、敵の情報も無く戦に臨めばどんな名将智将も勝つことは出来ないでしょう。戦に於いては先ず情報ありき。次いで補給と準備ですが、これを無くして軍を維持するは不可能。これらがあってこその武勲であれば、自ずと勲功の序列が定まると言うものです」


「単に謙遜しているわけではないのはわかった。ふ~む……此度の戦、言われてみれば納得。敵に間者として危険を顧みずに潜み情報を送り続けたブナーゲル男爵をはじめ、諜報の活躍は目を見張るものがあった。

更にはシンの考えた野戦陣地構築の下準備として、短い期間で麻袋や斧、鍬をかき集めた役人たちの活躍無くしては勝利は無かったことも事実……よかろう、だが卿の勲功は一位。これは譲れぬ。そうだな……諜報や補給と言った事柄と武勲とは別に賞することとする。武勲の勲功第一位を卿としその他の勲功の一位をブナーゲル男爵と致す」


「はっ、そういうことでありますれば謹んで賜りたく存じます」


 皇帝は再び立ち上がり羊皮紙に書かれた恩賞の目録を読み上げる。


「特別剣術指南兼相談役のシン。先ずは卿の軍務卿としての任を今日正式に解く。そして新たに巡察士の役に就けることとす。先の戦に於ける恩賞として金貨一万枚、そして黒竜兜こくりゅうとうを授ける」


 会場に先程よりも大きなどよめきが起こり、再び宰相が声を張り上げて鎮めようとする。

 列席する者たちは金貨に驚いたのではなかった。

 その後に皇帝が言った黒竜兜、この国の国宝の一つをシンに授与することに驚いたのだ。

 

 黒竜兜、それはこの帝国を建国した初代皇帝の一の家臣であるバルタサル・フォン・ヴォルトが身に着けていた物であり、黒竜の鱗と角を使った中央大陸に於いて二つとない希少な兜である。

 バルタサルの死後、帝室に納められ以後、国宝として保管されていたのだが、再び臣下に下賜されることはないであろうと言われていたものである。

 シンの着ているスケイルメイルの黒竜の幻影は、この兜にあやかって作られた品でありこれも国宝級なのだが、それを遥かに上回る歴史的価値を持った品の下賜に、列席の者たちは度胆を抜かれたのである。


「卿は銀獅子との戦いに於いて兜を失ったと聞く。なのでこれを贈ろうと余は思うがどうか?」


 近侍の者が微かに震えながら持ってきた兜を皇帝は受け取り、シンに近付くとその頭に被せた。

 兜の価値を全く知らないシンは、黒竜兜を見て鎧と同じ色なのを見て、また黒か……と思っただけですんなりとそれを受け取った。


 シンが兜を被せられた瞬間、会場の至る所から大きな歓声が上がった。

 列席した者は歴史的瞬間に立ち会った興奮に誰もが声を上げざるを得ない。

 今まで歴代皇帝が誰にも授けなかった黒竜兜を授けると言う事は、その経歴から授けた者を一番の家臣と言うに等しい。

 皇帝ヴィルヘルム七世とシンを初代皇帝とバルタサルの再来であると、皆が口々に呟き、初代皇帝のもたらした栄光ある帝国の偉業が再び蘇り、更なる繁栄をもたらすのだと二人に喝采を浴びせた。 


ブックマークありがとうございます。

最近携帯に詐欺まがいのメールがよく送られてくるようになりました。

皆様も詐欺に引っかからないようにご注意下さい。

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