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帝国の剣  作者: 0343
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近衛改革


「この子が例の……」


 応接室へとヨハンたちと向かう途中、ハイデマリーとその胸に抱かれているローザと廊下ですれ違う。


「ああ、そうだ。……ハイデマリー、怯えなくてもいい。この三人は護衛だから安心してくれ」


 シンがそう言うとハイデマリーは僅かな逡巡ののちに頷いた。


「へぇ、俺と同じ赤毛かぁ。たしか女の子だっけ? こりゃ将来美人になること間違いない」


 フェリスはハイデマリーに抱かれて眠っているローザを覗き込むように見て、相好を崩した。

 後ろを歩く寡黙なアロイスの目も優しげに細められる。


 応接室に入ってそれぞれ席に座ると、レオナがお茶を運んでくる。

 レオナが気を利かせて退出した後、シンは早速フェリスが言っていた犯人は誰かを聞いた。


「犯人は近衛騎士団長マッケンゼンとその息の掛かった近衛騎士です」


「また近衛か、近衛騎士ってのは普通は誰よりも帝国や皇帝に忠義を尽くすものじゃないのか?」


 シンは呆れ、溜息をつく。


「その通りではありますが、今の近衛は帝国の長きに渡る貴族主義の弊害で腐敗しきっております。近衛の大部分は貴族の次男坊や三男坊などで、コネと賄賂で近衛に入団しています。入団の可否を決めるのは近衛騎士団長であり、そのために賄賂を騎士団長に送るのが慣習となってしまっているのです」


「悪しき慣習だな、歴代の皇帝は是正しようとは思わなかったのか?」


 シンの問いにヨハンが答える。


「つい昨日まで貴族の発言力は強く、皇帝陛下といえども簡単にねじ伏せる事は出来なかったのです。が、剣術指南殿が活躍された逆臣討伐や、先のいくさにおいての反乱軍討伐などで陛下に敵対する貴族を多数間引くことが出来ました。そのため、今が改革する絶好の機会だと陛下はお考えになられているのです」


 シンが日本人の感覚でつい音を立て茶を啜ると、三人は不思議なものを見る目で見つめて来る。


「ああ、すまん。この国では不作法だったな、つい故国の癖が出てしまった。許してほしい」


「いえ、お気になさらず……で、近衛騎士団長がなぜこのような無謀浅慮を起こしたかというと、今月末に開校する例の近衛騎士養成学校、これに危機感を抱いたためのようで……要するに今後は試験の結果をもって近衛騎士入団の可否が行われるとなると、自分に賄賂が全く入って来なくなります。そこで推進者の一人である剣術指南殿をまつりごとの中枢から除き、多数の貴族の後ろ盾の元に陛下に計画の中止を求める腹積もりだったようで」


 ヨハンは一度言葉を切り、お茶を口に運ぶ。


「剣術指南殿をどうにかしようとしてた矢先に、戦が起こってそれどころではなくなってしまった。しかも、剣術指南殿が大手柄を立てて以前より立場も発言力も大きくなるおそれを抱いたマッケンゼンは焦りに焦った。さらに追い打ちを掛けるように、陛下が中断されていた学校の開校を、急ぐよう指示をだしたとなればもう気が気では無いと……」


 シンが何気なく発言した学校……この一言がこれ程までに大事になるとは思いもよらない事であった。

 ――――旧来の権益を侵された貴族の恨みを買ったということか……


「それで、陛下はどう対応するつもりなのだろうか?」


「それにつきましては陛下より直接お聞きになられた方がよろしいでしょう。我々も概要は知らされておりますが、細部の詳しいところまでは知らされておりませんので。今日なり明日なり、剣術指南殿が都合の良い時に宮殿に連れてくるようにと」


「わかった、今から直ぐに向かうとしよう」


---


「シン、無事で何よりだ。お主が襲われたと聞いて心配したぞ」


 いつもの応接室で皇帝はシンの肩を叩きながら笑う。


「すまん。それで俺を呼んだ理由はなんだ? 近衛騎士団長のことか?」


「それもある。が、紹介したい者がいてな……今、人を遣わせて呼びに行かせたので少し待つとしよう」


 誰であろうか? 紹介するというのだから面識のある人物ではないだろう。

 しばらくの間、皇帝とシンは歓談して過ごす。

 二人とも近頃は何かと問題が起こりささくれ立った神経が、ゆっくりとではあるが鎮まって行くのを感じていた。

 近侍の者が一人の老人を連れて部屋に入ってくると、皇帝の顔が歓談から謀議の顔へと変貌していく。

 白髪に染まった老人ではあるが、身体は筋肉質でがっしりとしており背筋は伸びていて、年齢による衰えを感じさせない。


「シン、紹介しよう。この者は先々代の近衛騎士団長であったユルゲン卿。ユルゲン卿、こいつが今帝都を騒がせている竜殺しのシンだ」


「おお、おお、噂に違わぬ猛者の風格。確か剣術指南殿でしたな、ユルゲンと申す。以後、よしなに」


 そう言って頭を下げ、好々爺といった風に振る舞ってはいるが、その皺に挟まれた細い目は笑ってはおらず、シンを舐めまわすように観察し値踏みをしているようであった。


「シンと申します。こちらこそよろしくお願いいたします」


 武人を装い短く返礼したのち、皇帝に促されるまま二人は席に着いた。


「ユルゲンは先程も申したが先々代の近衛騎士団長でな……急遽力添えをしてもらうために遥々帝都まで来てもらったのだ」


「近衛騎士団長と言っても一年にも満たずにその任を解かれてしまい、その肩書で呼ばれるのは心苦しい限りで御座います」


 ユルゲンはそう言って笑うが、皇帝はユルゲンの言葉を否定するかの如く首を振った。


「ユルゲンは昔、近衛騎士団長に就任した時に近衛の不正を正そうとしてな……結果、貴族どもに煙たがられ地位を追われてしまったが、余は子供心にその立派な行為に感銘を受けたのだ。余は父上に解任の取り消しを直訴したが、子供の戯言と相手をしてもらえず、悔しい思いをした」


「あの時のことは鮮明に覚えております。先代の機嫌を損ねれば皇太子を廃されるやも知れぬと言うのに、無茶をなされて……臣はあの時の御恩を返さずに黄泉路へ旅立つわけには参らなくなりましたわ」


 そう言って皇帝を見る目は、先程と違い真に好々爺たる慈愛の籠った眼差しであった。


「あの時は何も出来なかったが、今は違う。シン、来週に勲功授与の式典を行う。そこで現近衛騎士団の解散と新たな近衛騎士団の結成を行おうと思っている」


 この国では式典というのは波乱を捲起す物なのか? シンが訝しげな表情を浮かべているのを見たユルゲンは言葉足らずな皇帝の言の補足をする。


「剣術指南殿、某の他にも過去に近衛の不正を正そうとして近衛を追われた者たちや、陛下のお考えに賛同する者たちなどが帝都に続々と集まっておる。それらの者達を基幹とし、ゆくゆくは学校の出身者たちを配して新たな近衛を作り上げるつもりじゃ」


「それは了解したが、彼ら現職の近衛が素直に言う事を聞くだろうか?」


 そのシンの問いに皇帝は手のひらに拳を当てて、不敵な笑みをこぼす。


「皇帝の命に従わぬのなら成敗するまでよ、第一あのような者どもをのさばらせておけば、いつ寝首を掻かれるか知れたものでは無い。先手必勝、叩けば幾らでも埃が立つ身ゆえ、解任の理由に不自由はせんわ」


 ――――なるほど、確かにな。皇帝の近衛アレルギーと陰では揶揄されているが、新しく近衛を作ればそれも払拭されるか。守るべき家族が増えた事もあるし、いつ牙を剥くかわからぬような不確定要素は出来るだけ排除しておきたいのだろうな。


「ああ、それとなお主の戦功に対する恩賞が決まった。ふふふ、爵位ではないから心配するな。まぁ内容は当日まで楽しみにしておれ」


 皇帝はシンが腰を浮かし、何か言う前に手で押しとどめた。

 その後は式典の時にどう動くか、またその後の計画などを三人で、途中から宰相が加わり四人で、昼の軽食を挟み夕方近くまで計画を練った。


皇帝の許しを経て、アルベルト皇子と会い、きゃっきゃと声を上げて喜び、疲れ果て眠るまであやした後、皇帝の夕食の誘いを断り護衛の三人を伴って完全に日が落ちる前に用心しながら帰路に着いた。

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