護衛
親子改名の件がひと段落すると、シンは台所に行き魔法を使って即座に湯を沸かせた。
エリーがそのお湯を使い手際よく茶を注いでいき、二人でお茶を配り終えるとハイデマリーが怖ず怖ずとした口調で話しかけて来た。
「あ……あ、あの、私たちはこれからどうなるんでしょうか……」
「心配しなくてもいい、君たち親子の身柄は私が預かることになっている。まずは体力を回復させることを優先しなさい。ああ、そういえば自己紹介がまだだったな……私の名はシン、帝国特別剣術指南兼相談役を仰せつかっている」
それから皆順番に自己紹介をし、その後でハイデマリーを休ませるためエリーが赤子のローザが寝ている部屋に案内した。
エリーが再び応接室に戻ってくると、丁度レオナが光の精霊スプライトを再召喚しているところであった。
「本当に便利よね。レオナは大変だろうけど、おかげで蝋燭や油代がかなり浮かすことが出来るんだもの。シンさんの魔法も同じでお湯を沸かすのに薪を使わなくていいなんて、本当にうちのパーティはすごいわぁ」
「エリーの治癒魔法のがすごいけどな……魔法は本来こういう事に使うのが一番だと俺は思っている。ただどうしても冒険者となると、攻撃魔法ばかりが持て囃されてしまうが……」
煎れたての熱いお茶を飲みながら、ゆっくりとした時間が流れそうになるのを慌ててレオナが止める。
「シン様、帰宅途中に何があったのかをまだ聞いてはおりません。一体何があったのですか?」
弟子たちもハッとしたような顔をして、シンに視線を向けた。
「ああ、宮殿からの帰りに十人くらいかな? ゴロツキどもに襲われた。二人斬って一人捕まえて衛兵詰所に行って引き渡して来たんだ」
シンの姿を見ればピンピンしているので誰も無事かとは聞かなかった。
弟子たちはゴロツキと聞いただけで何人束になってもシンには勝てないだろうと、逆にゴロツキどもに憐れみを感じてさえいた。
「本当にゴロツキなのでしょうか? 暗殺者の可能性は?」
「やり方が素人丸出しだったし、剣の腕も無きに等しかった。暗殺者の類ではないと思う」
そんな中レオナだけがシンの身を案じ、僅かな傷でも負ってはいないかとシンの身体中に視線を這わせる。
その視線をくすぐったく感じたシンは、大丈夫だ問題無いと言ってレオナを安心させた後、今回のハイデマリーの件と襲撃者の件についての自分の考えを述べ始めた。
「ハイデマリーの件だが、諜報の網には掛かっていたのに逮捕拘禁されなかったのはどうも変だ。 陛下と宰相が言うには俺を貶める策謀ではないかと言っていたのだが……陛下の元に諜報から情報が上がってきていなかったそうだ。途中で誰かに報告が握りつぶされた可能性があるとも言っていた。そちらは陛下に任せるとして、襲撃者との関係性があるのかどうか……取り敢えず用心して今日から交代で見張りを立てようと思う。迷宮のときみたいにな」
シンがそう言うと皆が頷いた。
「明日、ハイデマリーとローザの身の回りの物などの調達をするとして、レオナとエリーは買い物と護衛を頼む。そのために今日はもう体を休めてくれ。男三人で交代しながら今夜は過ごす。俺、カイル、クラウスの順に四時間交代にしよう」
その後、交代で見張りを立てたが何事も起こらずに朝を迎える事になった。
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皇帝は再び夢の世界に戻ろうとする意識を、欠伸を噛みしめながら押しとどめていた。
「朝早くから宸襟を騒がす無礼万死に値しますが、どうか臣をお許し願いたく……」
「よい、何事か? 簡潔に申せ」
眠りを妨げられたうえに、侍従長ヘンドルフの礼儀作法に則った回りくどい言い回しに皇帝は苛立ちを覚える。
「はっ、昨晩のことでありますが、特別剣術指南殿が何者かに襲われた模様。幸いにして特別剣術指南殿は無事であり、二人を斬り一人を生かして捕えたとのことであります」
「なにぃ!……昨晩のことと申したな、それがなぜ今朝になって報告するのだ?」
皇帝は一気に眠気が吹き飛ぶほど驚き、シンが無事と知って胸を撫で下ろす。
だがその目は細められ、鋭い眼光を放ち始めた。
「はっ、それにつきましてはどうも様子がおかしいのです。今宰相閣下がこの件について詳しくお調べしておりますが、衛兵からの報告が素直に上がってきていない節があるとのこと……」
「つまり、この宮殿におる何者かが妨害しているというのだな」
「今の所、断言は出来かねますがその可能性が高いと宰相閣下も申しておりました」
皇帝は窓の外に目をやり、暫しの間無言を貫き思考を巡らしていた。
「敵は焦っているようだな……今からいう者を呼んで参れ。ただし、内密にな」
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家の中に腹を空かせたローザの盛大な鳴き声がこだまする。
ハイデマリーやシンが抱き上げ必死に宥めようとするものの、空腹が相手では効果の程は全くといってない。
カイルとクラウスにお乳を分けて貰うためベティナ夫人を呼びに行かせたが、もうしばらくは掛かりそうだった。
ハイデマリーが自分の乳をローザの口に含ませるが、栄養状態の良くないハイデマリーの乳房からはローザがいくら吸っても母乳が出ず、再び泣き声を上げだした。
ベティナ夫人が来てたっぷりとお乳を吸った後は、背を叩かれゲップをさせたその直後にはもう夢の住人となっていた。
再びカイルとクラウスに婦人を送らせ、自分たちの朝食の準備をしようかとしていたその時、門からシンを呼ぶ声が聞こえて来た。
「団長! 団長はおられますか?」
「馬鹿者、もう剣術指南殿は団長ではないぞ!」
「あっ、いけねぇついうっかり……傭兵の頃のクセが色々と抜けなくて」
「しっかりしろ、そんなことでは勅命を果たせぬぞ!」
シンが玄関を開け、門へと赴くとそこには先の戦いで共に戦ったヨハン・フォン・ハルパート、フェリス・ルートン、アロイス・クルーマーの三人が立っていた。
「剣術指南殿、御無沙汰しております」
そう言って傭兵団ヤタガラスの頃に副団長を務めていたヨハンが頭を下げる。
続いて後ろの二人も笑みを浮かべながら同じように頭を下げた。
「おいおい、どうした? ご無沙汰ってほど時は経ってないぞ」
「はっ、この度陛下より勅命をお受けしまして、今日から我ら三人が護衛を務めさせて頂きますので、よろしくお願いいたします」
「何? 護衛だと?」
「昨晩、何者かの襲撃を受けたと聞き及んでおります。陛下は大層ご心配なさり我々を遣わしたのです。本来ならばもっと人数を配するべきなのですが……陛下子飼いの我ら以外、信用出来ぬと……宮殿内に敵がいるとおっしゃられまして、剣術指南殿にも用心せよと」
任務の話が口から出た途端に三人の表情が引き締まる。
「まぁ犯人はわかっているんですがね……」
そう言ったのはフェリス、赤毛の甘いマスクをした武人というより俳優然の男は口の端に笑みを浮かべた。
「このフェリスは以前は諜報の任についておったのです。私は地方で長らく軍人をやっておりましたが、アロイスなどは元は街の衛兵をやっておったりと、陛下の子飼いは様々な出身や特技を持っているものが集まっているのです」
と、ヨハンが言う。
「某も衛兵時代のツテを使い調べてみましたが、報告は手順通りに上がっているのです。だが、宮殿に行った途端に伝達があやふやになってしまっているのです」
無口で重厚な雰囲気を纏うアロイスが珍しく自分から話し始めると、ヨハンとフェリスは驚きの表情を浮かべる。
「よし、中で詳しい話を聞こう。きな臭い事件に巻き込んでしまって済まない。助力感謝する、何もないが取り敢えず中に入ってくれ」
シンは先の戦いでの頼りになる部下を送ってくれた皇帝に感謝した。
三人はシンの後に続いて門扉をくぐり、玄関前に繋がれた山羊に奇異の目を向けながらも家に入った。
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皆さんもうがいと手洗いを忘れずに、お気を付けて




