POP
真一が固唾を飲んで身構えていると、ハルは淡々と喋りだした。
「まずシンイチ様のオリジナルボディの件ですが、当施設に収容された時点で左腕欠損、右側第一肋骨~第七肋骨の骨折、右肺が押し潰されており機能完全消失状態。左頭部の裂傷は左脳に達しており、左脳の約八十パーセントを修復不可能な程の損傷状態。左眼球破裂により左眼球の欠損、他にも大小無数の擦過傷と打撲が全身にありオリジナルボディでの生命維持は不可能と判断し、生体移行手術を行った次第であります。一つお伺いしたいのですが、シンイチ様は当星に着いてからお体に何か変調の様なものはございませんでしたか?」
真一は少し考え、思い当たることを話す。
「そういえば、常に息苦しい感じがしたような……それも日を追うごとに苦しくなってきたけど、まともに食事や睡眠を取ることが出来なかったしそのせいかと…………」
ハルが空中に細く白い指を滑らせると、そこに半透明のスクリーンが現れた。
そこには恐らく人間の肺であろう映像が映し出される。
「今映っているのが、古代地球人の肺で御座います。そしてこちらが当惑星の人類種の肺で御座います」
真一がスクリーンに映る肺を見比べてみると、微かな違いが見てとれた。
「当星の大気成分の中には古代地球にはない物が含まれており、古代地球人がこの物質を取り込みんでも体が受け付けずに変調をきたし、やがて緩やかに全身を蝕んでゆき死に至ります」
真一はハルの言葉に驚き、幾つかの質問を投げかける。
「それじゃ、あの化け物に襲われてなくても何れは死んだってこと?」
「そうなります。大体十日程で身体が耐え切れなくなり死に至ったと推測されます」
――――危なかった……
額から冷や汗が滲み出るのを感じつつ次の質問をすることにした。
「その地球に無い大気成分とは?」
「当星の大気に含まれている成分、我々はマナ或いは魔素と呼んでおります。当星の生物はこのマナに対して完全に適応しております。人類種は勿論のこと、生物によってはマナを体内で蓄えたり循環させたりすることで特殊な能力を発動することが出来ます」
「マナ? あのファンタジーでよく聞く? それに特殊な能力?……一体どんな……」
「個体差はありますが、一例を挙げますとマナを体内で巡回させて一時的に力を上昇させたり、放出させ様々な元素等と組み合わせて自然現象を人為的におこしたりといったことが可能です」
真一は驚きの連続にもはや軽く眩暈を感じそうになる。
まるで魔法じゃないか…………そういえば地球のファンタジーを再現とか言ってたが、まさか魔法だなんて!
「俺も生体移行手術を受けたってことは、使えるのか? 魔法が?」
「その事についてもお話し致します……結論から言えば使えます。ですが使えるようになるにはトレーニングが必要となります。それとシンイチ様の生体移行手術は少し特殊でして、まず古代地球人の生体移行手術は本件が初で御座います。自我と記憶の転写を行いましたがスキャンの結果、未だ精神と体にほんの僅かですがズレが発生しております」
「ズレがあるとどうなるんだ? まさか死んだりするのか?!」
「いえ、死に至ることはありえませんが、反応速度の低下や先に述べましたマナの扱いにおいて些か問題が起こる可能性があります。ですが、これはある程度の期間適切なトレーニングをすることにより治療可能と診断されております」
「そのトレーニングとは一体どんな?」
「極めて原始的ではありますが、運動と瞑想が有効であると考えられます」
「…………原始的?…………つまり動けば体の方が、瞑想すればマナの方の異常が治るってこと?」
「結論を言えばそうなります。……少しお時間の方がかかり過ぎてしまったようです、休憩を兼ねて食事を取ることを提案致しますがいかがでしょうか?」
そう言われて真一も軽い疲労を感じていたので申し出を受けることとする。
「食事は直ちに用意出来ますが、お取りになられますか?」
真一が無言で頷くとテーブルが割れ、金属のようなトレーが上に灰色の得体の知れない物体を乗せてせり上がってきた。
「これはパーフェクト・オールインワン・ペースト、銀河標準食……通称POPと申します。これ一食で必須栄養素を全てと摂ることが事が出来る、非常に優れた食品で御座います。これを開発したケイン博士は第一千二百五十六回銀河アカデミー賞の二十三部門において受賞されており、その機能性と効率化により銀河の革命児の異名を取るほどの名声を得ました」
長くありがたい説明もあまり耳には入らず、真一は目の前の物体を食うか食わざるか葛藤の最中にあった。
まず、色が悪い……灰色のペーストという時点で食欲減である。
だが先程の水の件もあり、味は期待出来るのかもしれないと思い付属のスプーンで掬って食べてみる。
「んんっ!」
真一は目を白黒させながら口の中の物体を吐きだそうか飲み込もうか迷い、目の前のハルがこちらを凝視しているのに気が付き飲み込むこととした。
不味い、あの水とは大違いだ……まず口に入れるまではペースト状で柔らかいのに、口に入れた瞬間弾力を増し噛みごたえがあるグミのような食感に変わるのが気持ち悪すぎる! 味は色んな味が混ざり過ぎて訳がわからない。
ハルがその様子を見て、再び薀蓄を垂れ始める。
「ケイン博士は栄養バランスだけではなく顎の筋肉の発達と維持もお考えになられ、普段は輸送や保管に適したペースト状で、食べるときには顎の筋肉に適度な負荷が掛かる硬さに変わるように御つくりになられました。開発の歴史は苦難の連続で……………………」
真一は折角用意してくれたのだからと思いPOPを平らげたが、正直言ってもう二度と食べたくはなかった。
だが、不意にハルの発した言葉に真一は一瞬で気が遠くなった。
「シンイチ様には当施設自慢のPOPを三食必ず食べて頂きます、術後の回復にも必要な栄養素がすべて含まれておりますので必ず三食出された分だけ摂取いていただきますようお願い申し上げます」
三食すべてPOPを平らげろと聞いた真一は、口をだらしなくぽかんと開けてしばらく現実逃避にはしってしまうのであった。




