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帝国の剣  作者: 0343
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義勇兵団ヤタガラス解散す

 初詣に行ってきました。

 皆さんはお正月を満喫しておられますか? 自分は大好きな餅を好きな時に好きなだけ食べれて幸せいっぱいです。

 凱旋の軍が門を潜ると、地鳴りと錯覚しかねない程の大きな歓声が帝都の空に響き渡った。

 南門から入った凱旋軍は、諸侯の軍を先頭にして一旦宮殿前の広場まで進み、その後東門へと抜けて帝都郊外の宿営地へと向かう。

 凱旋パレードで皇帝の警護を任される栄誉を賜ったのは、傭兵団ヤタガラスであった。

 流石に髭を剃り身綺麗にはしているが、装備も不揃いで華麗さには程遠い。

 だが、皇帝が事前に送り込んだ工作員の吹聴したヤタガラスの活躍を知る帝都の民衆は、その不揃いの野暮ったい風体の男たちに一際大きな歓声を浴びせた。

 傭兵団ヤタガラスは義勇兵団ヤタガラスとして語られており、装備不揃いの恰好もかえってその益荒男ますらおぶりを示すように民衆は感じており、帝国最強の男たちなどと持て囃し引っ切り無しに花を投げ入れられるに至っていた。

 

「いつの間にか傭兵じゃなくて義勇兵になっちまったな」


 シンが髪に刺さった切り花を指で掬い上げながら、並走する副団長のヨハンに笑いかける。


「まぁ事実ですし……傭兵団は敵を欺くための方便であって、本質は志願兵の集まりと言っても良いでしょう。しかしこれ程の出迎えを受けるとは思いもよりませんでしたな」


 シンは、ああと短く返事をする。このヤタガラスの人気ぶりは半分は皇帝によって作られたものではあるが、他の団員たちも嬉しそうに笑っているのを見て、真実は伏せておくことにした。

 歓声をあげる民衆たちに不埒ものが居ないか注意しながら見回していると、一際大きな声を上げている二人の少年が目に映った。

 大声を上げながら飛び上がりはしゃぐ弟子たちに、片手を軽く上げて答えると再び皇帝に害をなさんとする者が居ないか目を光らせる。


 やがて宮殿前の広場に到着したヤタガラスは、そのまま皇帝を守るようにして凱旋軍と別れ、宮殿へと入って行く。

 事前に聞かされていない団員たちに、僅かな動揺が見られるが、団長であるシンや副団長、中級指揮官の指示に従い中庭へと足を進めた。

 全員が中庭へと入り、整列すると設けられた檀上に皇帝とシン、副団長のヨハンが現れる。


「傭兵団ヤタガラスもとい義勇兵団ヤタガラスの諸君、卿らの働きによって帝国は勝利を収めることが出来た。余は卿らの働きに必ず報いることをここに宣言しよう。ご苦労であった。ささやかではあるが、感謝の気持ちを込めてこの場で祝宴を開こうと思う。料理と酒も直ぐに用意させるので十分に楽しんでいってくれたまえ」


 この場にいるヤタガラスの人数は当初の三千人では無く、二千三百人程。

 凱旋パレードに参加出来ない重傷者が約百名ほどいて、その者達は宿営地で治療を受けている。

 凡そ二割の者が戦死しており、軽傷者は数えきれない程いた。

 だがその顔には悲痛の趣は無く、事を成し遂げた満足感を伴った誇り高い笑顔が浮かんでいる。 

 皇帝の次に団長であるシンが前に進み出ると、皆の笑顔は消え顔には戦場で見せた精悍さが瞬時に現れる。


「傭兵団ヤタガラス、いつの間にか義勇兵団になっちまったが、今日この時をもって団を解散する」


 多数の給仕の者たちによって団員に酒杯が配られていく。

 全員に配られたのを見届けた後、シンは酒杯を掲げ叫んだ。


「帝国の勝利とヤタガラスの栄光に、そして散って行った勇敢なる戦友たちにこの酒杯を捧げる。乾杯!」


 男たちの雄叫びが雲一つない青空へと吸い込まれていく。

 皆一息に杯を飲み干した後は、我先にと用意された料理と酒に群がって行った。


「いやはや、陛下の御前だというのに……すっかり傭兵らしくなってしまって」


 そう言ってヨハンは額に手を当てて嘆くのを、皇帝は手を叩いて笑っている。


「部隊というのはそれを率いる将の気質を受け継ぐと言う。誰かさんの薫陶が行き届いておるのだろう」


 そう言ってシンの肩を叩きながら皇帝は笑い転げた。

 シンは憮然とした表情で眼下に広がる料理や酒の奪い合いを見つめた後、その将たちはそれを率いる皇帝の気質を引き継いでいるのさ、と負け惜しみを言った後で料理を取って来て骨付き肉に齧り付く。

 皇帝はシンが無造作に差し出す皿から骨付き肉を掴み、手と口元を汚しながら同じように齧り付いた。

 近侍の者が不作法を咎めると、皇帝は笑いながらこう言った。


「今日ここは傭兵団ヤタガラスの祝宴場であるから、傭兵団の流儀に合わせることとする」


 それを聞いた周囲のから歓声と笑い声が湧き起こり、皇帝を見る目に敬愛の色が強く現れた。

 午前中から始まった祝宴は夕刻まで続き、日が暮れる前に宿営地へと向かうべくヤタガラスは宮殿を後にする。

 南門の所でシンは副団長のヨハンに指揮権を預けると、購入したのに自身は殆ど寝泊まりしていない自宅へと向かって行った。



---


 時は少し遡る。凱旋パレードが行われる朝、シュヴァルツシャッテンに餌を与えていたレオナは餌に手を付けずどこかソワソワと落ち着かない様子を見せる愛馬にシンの帰還を感じ取った。


「サクラが帰って来るのが嬉しいのね、帰って来たら一杯遊んであげなさいな」


 そう言って首筋を優しく撫でると、シュヴァルツシャッテンは喉をゴロゴロと雷のように鳴らし目を細めた。


「パレードだ、凱旋パレードが行われるぞ!」


 邸宅の中からクラウスの興奮した声が納屋まで聞こえて来ると、レオナの顔にも穏やかな笑みがこぼれ落ちる。


「カイル、パレード見に行こうぜ! 師匠も参加してるだろうし行こうぜ!」


 クラウスはカイルの手を引っ張り今にも走り出さんとしていたが、カイルはやんわりと断った。


「クラウス落ち着いて、そりゃ僕も見に行きたいけどレオナさんを置いて行くわけには……」


「あら、私の事は気にしないで行ってきなさい。もう戦争は終わったし、おかしな者が私に近付いてくることもないでしょうから安心していいわ」


「全く男の子ってこういうの好きよねー、レオナには私が付いているからあなたたちは行ってきてもいいわよ」


 エリーが濡れた手をエプロンで拭きながら厨房から表れてそう言うと、待ってましたとばかりにクラウスが玄関へとカイルの背を押してパレードへといざなう。


「エリー、サンキュー!」


 クラウスは白い歯を見せ満面の笑みを浮かべながら礼を言う。

 対するカイルは済まなそうな表情を見せながらも、パレードに気が引かれているのが見て取れる。


「はいはい、とっとと行った、行った。スリには気を付けるのよ」


 まるで二人の母親のようだとレオナは思ったが、それを言うとエリーが落ち込むと思い口の中に押し留めた。

 二人を送り出した後、エリーはにやけた顔でレオナに近付いて来る。


「さて、シンさんが帰って来るとわかったし、出迎える準備をしますかね」


 そう言ってレオナのブロンドの髪を手で掬い上げる。

 朝日に煌めく髪は最高級の金糸を彷彿とさせ、エリーの口からは感歎の溜息が漏れ出した。


「う~ん、偶には違った髪形にした方が驚くかも……上に纏め上げるか、それともサイドに流してみようかしら?」


 人の髪をいじくりまわしながらブツブツ言っているエリーに、髪形なんていつも通りで構わないでしょうと言うとエリーは血相を変えた。


「何を言っているの! おしゃれをして出迎えれば、それほどまでにして待っていてくれたのかって思うじゃないの! あ~もう、レオナは見てて勿体ないのよね。自分の価値を全く理解していないし、それに磨かなくても光る玉だからって安心してちゃ駄目なのよ!」


 エリーの剣幕に思わず身を竦ませる。


「いい、シンさんは凄い手柄を立てたのよ? これからばんばんと、見合いだの結婚だののお誘いが来ることになるかも知れないのよ。うかうかしてると何処の誰だかわからない女に掻っ攫われちゃうかも知れないのよ?」


 まさかあの無骨なシンに惚れる女などいないだろうと、自分の事を棚に上げて考えていたが、言われてみれば一冒険者時代と、現在とでは状況が変わってきていることに気が付き、急に不安が押し寄せて来る。


「だから少しでもおしゃれしてアピールしなきゃ駄目なのわかった?」


 硬い表情を浮かべるレオナの両肩をエリーは後ろから力強く掴むと、レオナの自室へと背中を押すようにして向かうのであった。



---


「エリーには悪い事しちゃったなぁ」


「ん? エリーが行って来いって言ったんだからいいだろ。喰うか?」


 クラウスが露店で買った齧りかけのリンゴをカイルに差し出すが、カイルはそれを手で制して断る。


「後でお土産でも買って行かないと……エリーの好きなサフランティーでも買って行こうかな」


「んなもんいらないだろ、食べ物とかは買いだめしてあるしさ! そんなことより早く行こうぜ、なるべく見晴らしのいい場所を取らないとな!」


 元気いっぱいといったクラウスの背中を見てカイルはこう思った。こいつは絶対にモテないだろうと……

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