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帝国の剣  作者: 0343
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凱旋の途

 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

酉年ということでいつになるかはわかりませんが、鳥に関する何かを作中に出そうかと思っています。

 皇子生誕に湧きあがる帝都に戦の終結が宣言され、侵略者を打ち破りそれに内通していた反乱軍を成敗したとの報が伝えられると民衆たちは口々に皇帝を讃え、連日祭りのような騒ぎがあちらこちらで巻き起こった。

 帝都に伝えられた情報には皇帝とシンのはかりごとが多分に含まれている。

 まず反乱軍討伐の際の大きすぎる損害だが、これは遅参した諸将が功を焦り皇帝の制止を聞かずにフュルステン城に攻め込んだとの情報を流し、損害が大きいのは諸侯自身の失態のためであると民衆に信じ込ませた。

 無論、帝都だけでは無く帝国の方々に工作員を派遣して、同様の話を流布させている。

 今共に帝都に凱旋途中の諸将たちは、帝都に着いて初めてこの話を知るだろうがその頃にはこの工作員が流布させた噂話は、事実として民衆の間に定着しているであろう。

 更にシンは散々嫌がったが、シンを英雄に祭り上げる事で民衆の耳目を損害から逸らすということも同時に行っていた。

 皇帝が考え出したこの謀の内容はえぐみを多分に含んでおり、シンは有効だと頭では分かっていても素直に頷くことは出来ない。

 だが、後世の帝国を憂いて必死に頭を下げる皇帝の姿を見て、幾つかの条件提示をし、渋々ながら首を縦に振った。

 

 皇帝はフュルステン城攻城中にシンと様々なことについて意見を交わしていた。

 皇帝ヴィルヘルム七世が後世において評価されるところは、偏にその革新性にあった。

 皇帝は過去にシンから祖国の話を聞いた際に、帝国を遥かに上回る先進性に密かに目を付けていた。

 攻城中の暇を見てはシンから再び祖国、日本の話を聞きだしては帝国に応用しようと思っていたのだ。

 その中の一つに武士の話があり、江戸中期以降の武士道精神の話を聞きこれを帝国騎士に何とか取り入れる事は出来ないか思案していたのである。

 工作員を方々に派遣する際、皇帝はシンを英雄に祭り上げることを思いつき、シンの今回の行動を美化してこれを騎士の規範となるような形に持って行こうとしたのだ。

 内容はこうである。シンは無位無官の身でありながら、義によって帝国を助け敵を退けた。

 皇帝は武勲の巨大さに報いようとしたが、シンは騎士に任じて貰った恩と義によって助太刀したのであり、褒賞目的ではないと固辞したと。

 シンはその話を聞いて、皇帝を面白くなさそうに睨んだ。

 言いたいこととやりたいことは痛いほどわかるのだが、自分を出汁にされるのは御免被りたかったのだ。

 今までの封建社会の恩賞という縄で縛っている所に、更に義と言う目に見えぬ鎖を貴族や騎士の首に掛けようとしているのだ。

 確かに今現在の恩賞と言う縄だけでは、ふとしたはずみで緩んだ時に貴族たちは平気で牙を剥いて来る。

 それはゲルデルン公爵の時と今回で皇帝は嫌というほど身に沁みてわかっている。

 帝国の貴族が減り風通しが良くなった今、武士道精神もとい騎士道精神を新たな世代に植え付けるいい機会と皇帝は捉えていたのだ。


「シン、そう怒るな。良いではないか、別に嘘を言っておるわけではあるまい? 何が不満なのか?」


 皇帝は馬を並べながら、そっぽを向いてむくれているシンに向かって宥めるような口調で話しかける。


「あれだよ、あれ! 劇にするとかなんとか……冗談じゃねぇぞ!」


 シンがむくれている最大の理由は、今回の事を民衆にもわかりやすいように劇にすると皇帝が言った事である。


「良いではないか、そなたの劇は既にもう幾つかあるではないか! しかも血沸き肉躍る戦いの劇、余も観たが正直言って羨ましいわ。知っておるか? 余も劇になっておるが、それはお主のような冒険譚では無くマルガとの恋愛劇だぞ! マルガに連れられて観たのだが、余は恥ずかしくて終始下を向いていたわ。当のマルガは大喜びで母上やヘンリの受けも良かったが……言っておくがな、余は断じてあのような歯の浮くような台詞を言った覚えはないぞ」


「だから嫌なんだよ、俺には弟子がいるだろ? そいつらが劇を観に行ったらしいんだが、帰って来た後で俺の顔を見て大笑いしやがった。勿論頭に瘤が出来るぐらい拳骨を食らわしてやったが……レオナの奴なんか笑うのを我慢して一日中口許がヒクついていやがったんだぜ。そんな劇作ったらまた笑われるじゃねぇか、やってらんねぇよ」


「なればこそだ、シン。 どのみちお主の劇はそのうち民衆が作りだすであろう。だが今回はそれに先んじて余が命じて作らせる……言わんとしたことがわかるか? 内容をこちらで思うがままに作り上げる事が出来るのだ。勝手に劇にされ笑われた気持ちは、余には痛いほどわかる。それにこの劇には余も出て来るであろう。ここでまた歯の浮くような台詞を吐かれでもしたら、余は耐えられぬ。そこで我らが監修することでそれを未然に防ぐのだ。更には余の、皇帝の息が掛かっていると知れれば、下手に改変もされまい」


 そう力説されると最悪よりは幾分かマシかと、シンは大きな諦めの溜息を吐いて劇を作ることを認めた。



---


「大変だ! カイル、師匠が、師匠がまたでかいことやらかしたぞ!」


 買出しに出ていたクラウスが食料を抱えながら、ドアを足で開け飛び込むようにして応接室に入って来た。

 応接室ではカイルとエリーが帝国語をレオナに教わっている最中であり、大声で喚くクラウスの顔に三人の視線が突き刺さる。


「クラウス、シン様がどうなさったのです? 詳しく話しなさい」


 レオナは落ち着いた口調で椅子を引いて座る様に促しながらも、目からはさっさと話せと鋭い眼光が放たれている。

 その様子にたじろぎながらも椅子に座り、市場で聞いた一部始終を三人に語った。


「それが、師匠がルーアルト王国軍の将軍を一騎打ちで倒したんだと。なんでもその将軍は敵国王の義兄で、二つ名があるほどの剣の使い手らしくて近年稀に見る大金星だってみんなが騒いでたんだ」


「凄い! やっぱり師匠は凄いなクラウス!」


 興奮して立ち上がるカイルに、クラウスも釣られて立ち上がる。


「ああ、まぁ俺はわかっていたけどな。師匠がルーアルトなんかに後れを取ることなんてあり得ないだろ、あの師匠に人間で勝てる奴なんかいやしねぇよな!」


 二人はまるで自分が武勲を立てたかのように、はしゃぎまわった。

 シンが無事だとわかり、目を伏せてほっとしているレオナを、エリーは面白そうににやけ顔で見つめていた。


「よかったね、レオナ」


「ええ、戦も終わったことだし、もう少し辛抱すれば外に自由に出られそうね」


「そうじゃなくて……まぁ、いいわ。いつ帰って来るかわかれば色々と用意出来るのにね」


「何でももう帝都まで後数日の所まで来てるらしいぞ、行商のおっちゃんが凱旋の軍が通るからって、東門と南門は使えなくなるって言ってた」


 エリーは勢いよく立ち上がると、手際よく片付けをしてカイルとクラウスに買い物の御伴をするように言う。


「はぁ? 俺、今帰って来たばかりなんだけど。それに買い物ならしてきたぞ、ほら」


 エリーはわかってないわねぇと額を手で押さえながら、買い物の必要性を説く。


「何万って軍隊が一斉に帝都に戻ってくるのよ? 物価が馬鹿みたいに跳ね上がるのが目に見えているわ。今の内に保存がきく物なんかは買いだめしておかないと、さぁさぁ二人とも荷物持ちよろしく!」


 エリーの両手に背を押されるようにしてカイルとクラウスが執務室を出て行く。


「レオナ、シンさんの出迎えの準備はよろしくね。ちゃんとおめかししなさいよ、それじゃ買い物に行ってくるわね」


 エリーが早口でまくしたてるのをキョトンとしながら聞いていたレオナは、窓から空を見上げながらおめかしと言っても何をしたらよいのかと、途方に暮れるのであった。

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