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帝国の剣  作者: 0343
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スードニア戦役 其の十六


 天幕に諸将が集まると皇帝は近侍の者たちを呼び、天幕の外を見張り誰も近づけないようにせよと命じた。

 近侍の者たちは命を受けると、綱から解き放たれた猟犬のような俊敏さで、天幕の外へと飛び出して行った。


「皆、ご苦労である。此度の戦もいよいよ終わりの時が近付いてきた。これから最後の作戦を実行する。軍務卿、頼む」


「はっ、これより最後の作戦の説明を致します。天幕の外に漏れないように小声で話しますので、皆さまどうか私の周りにお集まりくださいますよう、お願い申し上げます」


 皇帝の傍らに控えていた軍務卿であるシンが、一歩前に出て自分の周りに諸将を集める。


「では作戦を説明致します。と言っても、然したることでは御座いません。今夜、東門が開きますので一気に突入し反乱軍を血祭りに上げる、ただそれだけです」


 諸将の間に小さなどよめきが起こる。


「東門というと確かブナーゲル男爵が守備についておりましたな……」


「あのご老人も何を考えて反旗を翻したのか、陛下の御恩を仇で返すとは!」


 諸将の中には憤りを隠せず顔を真っ赤にして怒り出す者もいた。


「待て、待て、ブナーゲルは味方だ。余がかなりの昔に反乱分子どもの情報を集めるために送り込んだのだ。そのために態々ハーゼと大喧嘩の振りまでさせてな、その後は帝室に対する不満を周囲に漏らすようにして反乱軍の気を引き、中に送り込むことに成功したのだ」


 おお、と声量は低いが熱のこもった感歎の声が天幕内に響く。


「そのブナーゲル男爵が今夜の夜更けに東門を開けてくれます。後は全軍で突入するだけ、簡単な話です。敵は日中の間断無い攻撃により疲弊していますし、先程ブナーゲル男爵からの矢文では今夜は勝利の祝杯を上げさせるとのこと。疲れ、酔いつぶれた将兵に対し、更に不意を突けば勝利は間違いないと思われます。ここでお願いしたいのは突入部隊は敵に情け容赦を掛けず、ブナーゲル男爵の手の者以外は出来る限り殺して頂きたいのです。帝国軍本隊は御存じの通り総数五万、このうち突入に二万を裂いたとすると残り三万。不意を突かれた敵はそれぞれの城門から必死に逃げようとするでしょう。それを完全に捕捉撃滅する兵力は残念ながらありません。ですからある程度逃げ散るのは仕方がないですが、再起を図ることが不可能な打撃を与えたいのです。ですから突入部隊も包囲部隊も敵に手心は加えないようお願いいたします」


「すると先程の攻撃は全て今夜の為の布石だったということですか? おかしいとは思っておりました。フュルステン城はあの程度の兵力の力責めで落ちるような城ではありませんからな。陛下と軍務卿の智謀、恐るべしと言った所ですな」


「しかし、昼の攻撃で味方にかなりの損害が出てしまいましたな」


 その言を聞いた皇帝は聞いた者が心胆を寒からしめるような、冷たく突き放した声で話し始めた。


「あれは罰だ。あの者達は余の要請を断り、ルーアルトと帝国を秤に掛けた。更には戦の趨勢が決してから恩着せがましく参陣し、それを手柄に褒美を強請ねだろうとしたのだ。そのような卑怯卑劣な輩は味方ではない。味方でない者に情けを掛ける必要性はないであろう? のう?」


 普段は陽気で贅を好まず、英邁と言ってよい理想的な君主の心の闇の一部分に触れた諸将は、背筋や額に冷や汗を掻いた。

 諸将の緊張を見てシンは助け舟を出す。


「ということで、諸将は準備を。ただし、部下にも直前までは夜襲の事は知らせず、そうだなぁ……敵が勝利の余勢をかって夜襲を仕掛けてくるかもしれないとかなんとか誤魔化して、戦闘準備を整えといて下さい。もうこの戦は今日で終わりに致しましょう、私もいささか疲れました」


 お道化た調子で締めくくると、所々から笑い声が聞こえて来る。

 作戦会議は終わり、皆準備の為に天幕を後にすると、その場に残るのは皇帝とシンのみとなる。


「すまぬ、シン……助かったぞ……余は未熟だな」


「いいんじゃねぇか? 皆の気も引き締まっただろうよ。それに本当の未熟者は自分が未熟だと気付かないものさ、反省してるってことは改善の余地があるってことだし、それでも至らなければ周囲に助けをもとめればいいだけのことさ」


 お道化た調子を崩さずにシンは皇帝の両肩を両の手で力強く叩いた。

 加減を知らぬ力強さに皇帝は顔を顰めるが、口元には笑みがこぼれていた。



---



「此度の勝利を祝って、乾杯!」


 城の大広間にて、反乱軍の貴族たちは勝利の美酒に酔いしれていた。

 貴族だけではなく、兵達も城のあちらこちらで酒盛りが行い城内に濃い酒精の香りが漂い始める。


「よ、よろしいのですか? 籠城なのに物資を消費して」


 貴族の一人が遠慮がちにオルナップ男爵に問いかける。

 そこをすかさずブナーゲル男爵は割り込み、


「籠城なればこそだ、最初の勝利を派手に祝い士気を高める。ここで出し惜しめば士気は下がり、長き籠城に耐えることは出来ぬ」


 と言葉荒げに言うと、オルナップ男爵もそれに同調した。


「正に、ブナーゲル男爵の仰る通りである。今宵は存分に勝利の美酒を楽しもうではないか!」


 大広間に響き渡るように大声で言うと、あちこちから賛同の声が上がり酒宴は益々の盛り上がりを見せ始めた。


「敵の無様な事よ、数だけは多いがその戦いぶりも然して目を見張るようなものは無し。これならばいくらでも耐える事が出来ようぞ」


「然り、然り、今日の敵軍は五、六万はいたであろう。あれなら倍の十万でも落ちはせぬわ、わっはっは」


 そう言った貴族たちの油断と慢心の声を聞き、ブナーゲルは表面上同調しつつも内心でほくそ笑む。

 ――――これならば今宵の策は上手くいくであろう……しかし、新しい軍務卿とやらはそら恐ろしい御仁のようだな。敵の油断を誘うために味方をいとも簡単に生贄に捧げるとは……じゃが、味方と言っても日和見の、ある意味潜在的な敵なるかも知れん輩ども。これ幸いにと一石二鳥で始末したということか。


 ブナーゲルは会話に夢中になった振りをして酒を殆ど飲まず、夜に備える。

 適当な所で、良く戦ってくれた自分の部下たちを見舞いに行くと告げて祝宴会場を抜け出した。


「首尾はどうなっておるか?」


「はっ、滞りなく。何も問題はありません」


 腹心である甥のケルナールの報告に満足気に頷くと、自身も準備を急いだ。


「今まで長う御座いましたな」


「うむ、お主たちにも苦労を掛けた。だがそれも今日までの事、今宵は一世一代の見せ場と心得よ」


「はっ、では配置に戻ります。叔父上、ご武運を」


 颯爽と踵を返していく甥の足取りは普段の何倍も軽いように見え、ブナーゲルは顔を僅かに綻ばせる。


「さて、では儂も行くとするか……全てが終わったらまたハーゼと一杯やれるようになるか……楽しみなことじゃて」


 甥だけでなく自分の足取りの軽さも感じて苦笑を浮かべながら、予定の時間が来るのを黙して待ち続けた。


---


 日が沈み、夜の帷が訪れると帝国軍本隊は静かに行動を起こし始めた。

 声を立てないように口を噤み、馬の轡には枚を噛ませて鳴き声を立てさせないようにし、慎重に移動を開始する。

 帝国軍本隊五万の内、突入部隊は二万、南門である正門前に皇帝自ら率いる一万、北と西に一万ずつを配し逃げ散る敵を捕捉撃滅するべく陣形を整える。

 城内から微かに匂って来る酒精の香りが、今夜の作戦の成功の予感を確信へと変えていった。

年内になんとか決着をつけることが出来できそうで、ホッとしています。

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