地獄のテーマパークへようこそ!
扉が開いて入ってきたのは、バスガイドのような制服を着る整った美しい容姿をした若い女性だった。
だがその姿を見て真一は両目を大きく開き驚く。
整った美貌にではない……なんと女性の全身が薄く透けていたのだ。
「おはようございます、私は当施設の最高責任者である惑星管理型AIのHAL2680923型と申します。失礼ですが、お名前をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
「え、ああ、えっと……真一、ああ、佐竹真一と言います」
「ありがとうございます。シンイチ・サタケ様……………………シンイチ様を当施設のゲストとして登録を完了致しました」
「あ、あの……ここは……」
「ご質問に答える前に場所を移動したく存じますが、よろしいでしょうか?」
「あっ、はい」
「では、わたくしの後に着いてきて下さいますようお願い申し上げます」
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真一は半透明の女性の後を歩きながら、軽くパニック気味な頭を落ち着かせようと必死に務める。
――――何なんだ、どうなってる?透けてる人間?……いやなんか惑星管理型AIとか言っていたような? 惑星? AI? ここは地球なのか? 本当に着いて行って大丈夫なのか? 質問に答えると言っていたし、とりあえずは従うしかないか……
部屋を出て廊下を真っ直ぐ十メートル程歩いた先の部屋に若い女性は入って行く。
後を追うようにして部屋に入ると、中は真一の居た部屋と同じような作りで、違う所と言えば若干広いことと、ベッドの代わりテーブルと椅子が一組あること位だった。
「どうぞこちらにお掛け下さい」
真一は声に従い椅子に腰を掛けようとして固った。
椅子に足が無いのである……なんと、椅子は宙に浮いていたのだ。
「どうかいたしましたでしょうか?」
声を掛けられて真一は身体をビクリと揺する。
――――下に落ちたりしないだろうな? 大丈夫だよな?
不安になる心を静めて僅かな逡巡の後、意を決して椅子に座る。
心配とは裏腹に椅子はびくともせず、極上の座り心地を提供した。
テーブルを挟んで対面に透けた女性が座ると、音も無くテーブルが割れて透明な水の様なものが満たされたコップが出て来た。
「ご安心下さい。これはパーフェクト・オールインワン・ウォーター、銀河標準水、通称POWで御座います。恐らく長いお話になると思いますのでご用意させて頂きました。お代わりのご所望も遠慮なくお申し付けくださいませ」
「ぱ、ぱーふぇくと? 銀河? 水?」
「はい、水で御座います。ただし様々な惑星出身者が飲めるように調整された水で御座います。古代地球人にも対応しておりますのでご安心下さい」
「古代地球人って……俺のこと?」
「はい、シンイチ様は分類上古代地球人とスキャンの結果判明しております」
真一は目の前の女性が話す事の意味が分からず、話に着いて行けない。
――――古代地球人? 何を言っている? スキャン? 惑星? 訳がわからないぞ。
「心拍数が上昇しております、落ち着かせるためにもお飲みすることをお勧め致します」
言われたとおりに、だが恐る恐るコップを掴むと覚悟を決めて一口飲む。
次の瞬間、飲み込んだ水が一瞬で体に沁みわたるような、透き通るかのごとき清涼感を伴った感覚を覚える。
残りの水を喉を鳴らしながら夢中で飲み、気が付けばあっという間に全て飲み干していた。
コップをテーブルに戻すと、再び音も無くテーブルが割れてコップが回収されると同時に次の水の入ったコップが出て来た。
「美味しかったです、ご馳走様でした」
「お粗末様です、お代わりも御自由ですのでご遠慮なさらずにお申し付け下さい。脈も落ち着いたようですしそろそろシンイチ様の状況等を説明させて頂きます。改めて自己紹介をさせて頂きます、当施設の最高責任者である惑星管理型AIのHAL2680923型と申します。呼びにくければ単にハルとお呼び下さい」
真一は大きく一度深呼吸をしてから質問を開始する。
「佐竹真一です。……早速質問なのですが、ここは何処ですか?……地球ですか?」
「お答えします、ここはレギル星系第五惑星パライソ、フルダイブ型リゾートテーマパーク改良惑星……太陽系第三惑星地球とは銀河の中心を挟んで凡そ六万三千光年程離れた所にあります。さらにここは惑星パライソの中央大陸の地下五百メートルにある中央管理施設です」
「は……い?」
真一は間抜けにも口を大きく開けて固まってしまう。
「驚きになるのも無理はありません、シンイチ様の所持品を勝手ながら調べさせて頂いた所、古代地球歴である西暦2016年より現在は一万一千八百四十九年程時間が経過しております」
「…………」
「古代地球から何故シンイチ様がこちらにいらしたのか調べましたところ、ゲート……わかりやすく申しますと瞬間転移装置の老朽化による暴走に巻き込まれたことより、西暦2016年よりこの惑星パライソへと導かれてしまったようです。
当惑星管理者としてこの度の事故について、深くお詫び申し上げますとともに私どもに出来る事がありますなら全力でサポートさせて頂きますので、何卒ご容赦下さいますよう伏してお願い申し上げます」
「事故?」
「お恥ずかしい話しながら、事故で御座います」
混乱しそうになる頭を深呼吸をして必死に落ち着かせ、情報を整理する。
――――ここは地球じゃない、でもあの怪物達は地球のものだった。嘘をついているのか? 嘘をつくメリットはあるのか? リゾートテーマパーク? 化け物がうようよしているのに?…………転移装置の暴走事故と言っていた。一万年以上の未来だと……確かに科学力は進んでそうだが……今の俺には真偽を確かめる術はないな。よし、もっと情報を引き出そう。
「まだ全て納得していないけどある程度は理解しました。ええっとこの、パ、パ、パラ……」
「レギル星系第五惑星パライソで御座います」
「ああ、パライソ……えっと何だっけ? リゾートとか改良とか……」
「フルダイブ型リゾートテーマパーク改良惑星……わかりやすく説明いたしますとテラフォーミング技術を用いて人類が生存可能にしたものを改良惑星と呼んでおります。リゾートテーマパークとはそのままの意味であります。フルダイブ型とは、アンドロイドやドローンでは無くお客様ご自身の生身の身体でお楽しみ頂く施設の呼称で御座います。当施設は古代地球の定番古典である中世ファンタジーを再現するために改良された惑星で御座います。また、当施設ではこの惑星に生息する人類種と同じボディに生体移行手術を行いお客様の自我と記憶を引き継いだまま当星での人生をお楽しみ頂く、そういう趣旨のもと作られたリゾートテーマパークで御座います」
余りの事に言葉が出ない、スケールの大きさや行ってることの倫理観の違いにある意味で驚き、呆れた。
「生体移行手術とは?」
「生体移行手術とは当星に居ります、人類種のボディと同じ組織組成を培養して製造されたボディ、わかりやすく申しますと抜け殻……これに自我や記憶を転写する一連の手術のことを申し上げます」
そこで真一は今まで驚きの連続で失念していた自分の身体のことを思い出す。
「あっ、もしかして俺の身体もそれで!」
「はい、シンイチ様の場合は想定外の事でした。シンイチ様は当施設に運びこまれた時には意識は無く……正確に申し上げますと死亡寸前の極めて危険な状態でしたので、事前承諾の手続きを遺憾ながら飛ばさざるを得ない状況でした。従って許可を得ずに直ちに生体移行手術を行ったことを、お詫び申し上げます」
「死に掛けの俺を助けてくれたのでしょう、今の状態はどうあれ助けてくれてありがとうございました」
「その事についてですがシンイチ様にお伝えせねばならないことが幾つかございまして…………」
今までにない歯切れに悪い言葉尻に真一はゴクリと唾を飲んで身構えるのであった。