城塞都市防衛戦
「よーし、ここに整列しろ!」
中世の騎士風の男が声を張り上げ、男たちを一カ所に集める。
集められた男たちは年齢はバラバラで老いも若きもおり、装備に至ってはまちまちどころか素手の者さえいる始末であった。
ここはガラント帝国北東の城塞都市でその名はカーンという。
東門前に集められた百名程の男たちは、押し寄せて来た敵に対して急遽集められた傭兵であり、中にはこのカーンに避難してきた近隣の村人も多く含まれていた。
整列させられた男たちの中に、一際大柄な若い青年が一人。
周りより頭一つ飛び抜けている青年は、嫌でも目立ち、その身に好奇の視線が遠慮なく突き刺さる。
顔立ちは整っているが、野獣の如くギラついた目つきが精悍さを引き立たせており、この帝国に珍しい黒髪がそれに一層の影を加えている。
その背に背負うた長大なグレートソードと、腰に履いた僅かに反りの入った剣が、堅気の者でないことを雄弁に現している。
「武器の無い者はこちらに、弓を使える者はいるか?」
幾人かが手を上げ、その者たちは別の場所へと連れて行かれた。
残されたのは最初の半分、凡そ五十人ほどであろうか。人数が減ったことでより目立ってしまう青年に、騎士は声を掛けた。
「お前、遊歴の身か?」
違うと言葉少なげに答えた青年に、騎士は次々と質問を繰り返した。
「戦の経験は? 馬は乗れるか?」
「野戦の経験ならあるが、籠城戦は初めてだ。馬には乗ったことが無い」
つま先から頭の天辺までしげしげと見つめた後、騎士は名を問うた。
「俺の名はシン」
「よし、シン。お前はこの東門の担当だ、よじ登って来た敵をその剣で叩き斬れ!」
騎士が指差す方には城壁の上へと続く石造りの階段があり、シンは言われた通りに黙ってその階段を昇った。
高さ六メートルほどの城壁の上から見渡す景色は広々として開放感に溢れ、地上より少しだけ強めの風が心地良い。
櫓には弓兵が配され、城壁の側面には要所要所に出し狭間と呼ばれる石落としのでっぱりが突き出ている。
遠くに目を凝らして見ると、まるで蟻の群れのように敵が地表を覆いつくし蠢いているのが見える。
シンは敵の様子を注意深く具に観察し、一つおかしな点を発見する。
「なぁ、敵さん城を攻めるってのに攻城兵器の一つも見当たらないんだが……」
シンは手近な者を捕まえて己の抱いた疑問を投げかけた。
そう敵軍には城門や城壁を破る衝車や、攻城櫓、飛び道具のバリスタやカタパルトなどが見当たらない。
この世界にあるか定かではないが、大砲のようなものも見当たらなかった。
「ああ、何だ知らないのか? あそこに居る奴らの大半は隣国、ソシエテ王国からの難民さ。暴徒と化してあちこちを襲ってはいるが、攻城兵器なんぞ持っちゃいねぇのさ」
「なら落ちる事は無いな」
シンが発した安堵の言葉に、男は頭を振った。
「そうでもないぜ、何せ敵は十万とも言われているし飢えている。このカーンを抜いて食にありつくために文字通り死にもの狂いで襲ってくるはずだ。それに比べて、俺たち臨時招集の者を含めてこっちは二千しかいないんだぜ? 城が取り囲まれてなければ俺は逃げ出してるよ」
十万対二千、攻城兵器無し。戦の趨勢を現段階で読むことは難しいが、勝つにしろ何にしろ厳しい戦いの予感にシンは背筋を震わせた。
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翌日の夜明けと共に、敵は雲霞の如く押し寄せて来た。
粗末な作りの梯子を掛け、口に剣を咥えた男たちが死にもの狂いの形相で、城壁に取付かんと登って来る。
櫓からは絶え間なく矢が発せられ、城壁の石落としからは石だけでなく熱湯や熱した油が注がれる。
悲鳴と怒号、時折聞こえる剣戟の音、生半可な声量では隣の者にも聞こえない程の喧騒の中、シンは与えられた任をただただ無機質にこなしていた。
矢の雨に晒されながらも、やっとのことで城壁に手を掛け登ろうとする敵兵の頭に、シンの振りかぶったグレ―トソードの刃がめり込んでいく。
南瓜を叩き割るような手応えと、破裂した頭部から吹き出した返り血を浴びながら、シンは新たな獲物を求めて視線を彷徨わせる。
シンが新たな獲物を見据えて男から大剣を引き抜くと、悲鳴を上げる間もなく黄泉へと旅立った男の身体は、長い血の尾を引きながら真っ逆さまに地上へと落ちて行った。
「ちっとも数が減りやしねぇ」
ベッ、と口の中に入った血を唾と共に吐き出しながら、シンは誰にも聞こえぬ悪態をつく。
日の出と共に始まった敵の攻撃は、太陽が真上に来ても終わりを見せる気配が無かった。
十メートルほど先に登り切った敵兵が数人、長剣を片手に暴れ回っている。
死にもの狂いで振り回される長剣を恐れて、味方の兵は尻込みしながら後退るのを見たシンは、舌打ちを一つすると、猛然と猛り狂う敵兵目掛けて吶喊する。
雄叫びを上げながら突き進んで来るシンを見た敵兵は、一瞬の怯みを見せるものの再び犬歯を剥き出しにして長剣を振り回し始めた。
元農民というのは間違いないだろう。洗練さの欠片も無い、ただ力任せに振り回される長剣を見たシンに恐れの色は微塵も無い。
滅多やたらに振り回される長剣がシンの身に届く前に、恐るべき膂力によって繰り出される大剣の横凪が、敵兵の首をいとも簡単に刎ね飛ばす。
切断面から壊れた蛇口のように鮮血が吹き出し、刎ね飛ばされた首は歯を剥き出しにした表情のまま地面を転がって行く。
間髪を入れずに次の敵へと豹の如き軽い身のこなしで襲い掛かり、次々と敵兵を屠って行くシンの姿に、敵だけでなく味方さえも恐怖や畏怖を感じずにはいられない。
返り血により全身を朱に染め、敵の流した血だまりの中で息を荒げ吼える姿は、鬼神か悪魔か。
人を食い殺す為だけに生まれて来たのではないかと、シンを見た誰もがその身を震わせずにはいられない。
昼下がりになり攻勢は段々と弱まり、やがてようやく敵は引き始める。潮のように敵が引いて行くのを、シンは城壁の上からただ呆然と何をするわけでもなく眺め続けた。
完全に敵が引いたのを確認すると、シンは階段を降りて井戸へと向かう。
つま先から頭の天辺まで、万遍なく返り血を浴びたシンの姿を見た者は、目を見開いて無意識の内に道を譲ってしまう。
井戸へとたどり着くと、先に井戸を使っていた男たちはシンの姿を見ると悲鳴を上げて仰け反り、すぐさま場所を明け渡した。
汲んだ水を頭からそのまま被ると、地面に赤い水たまりが出来上がる。
何度か繰り返した後に、今度は背中の大剣を取り出して、水を掛け布で丁寧に水気と血を拭きとっていく。
――――随分と人殺しが板についてきたじゃないか、なぁ佐竹真一さんよ。
人を斬る度に、何度繰り返したかわからない自問自答。
なぜ人を殺すのか? それは生きるため。
――――他人を殺し、喰らってでも俺はこの無情な世界で生きたいと願った。もう今更後戻りどころか、帰る場所すらない俺にはこの生き方しかないだろう。だが、一体どうしてこんなことになったのか……他の道は無かったのか……
シンは優しく照らす気怠い午後の日差しを受けながら、数ヶ月前の高校生活を思い出していた。
導入部分付け加えました。