家の魔術師達が大人しくしていてくれない
「む、グレン君、出力をもう少し抑えないと弾が暴発しそうだぞ!」
「え、じゃあこれぐらいでしょうか?」
「駄目だ、もたないっ!」
「うわ、先輩っ!」
「シールド展開っ!」
二人が共に腕に付けている魔道具からシールドを展開したのとほぼ同時に、魔術式を書き込んでいた弾が膨張し終え弾け飛んだ。同時に研究室内にあった他の魔道具や書類も吹き飛び、もうもうと埃が舞い上がる。
「む、いかん、消火!」
弾け飛んだ弾が書類や埃に付着し、火の手が上がり始めたのを認め、慌てて水の術式を書き込んだ弾を取り出し、魔弾銃から発射する。天井に当たった魔弾から水の魔術が流れ出し、燻り始めていた物は全て消火する事が出来てほっと息を吐き出す。
「……グレン君、火は残っていないか?」
「えっと、大丈夫なようです」
「うん、ならいい」
頭から水を滴らせた姿でほっと息を吐き出した時、この研究室の室長がドアを開け部屋の中の惨状を見て目を丸くし、そのままドアを閉めた。
「ちっ、逃げたな」
「今回の研究から室長の名前を消しておきましょう」
「そうだな、そうしよう」
そして、二人が片付けの為に部屋の中を乾燥させ、一気に水分を蒸発させた後、焦げてしまった研究資料や魔道具の修理に取り掛かる。
「研究内容的に、実験用の小部屋が欲しいですね?」
「む、確かにその通りだなグレン君」
「魔道具の知的所有権から発生する収入で、建てられませんかね?」
「その辺りは室長権限だからな。場所やら何やら細かい事が煩わしいだろう」
「あの人、何の為にいるんですかねえ?」
それは勿論、研究の為なら我を忘れ、どんな危険物でさえも作り出してしまうこの二人の監視の為に存在しているのだが、当の二人はそのことには全く気付いていない。
今まで開発、研究したその成果は魔道具として普及してはいるが、当然威力は千分の一程度に抑えられた物であるし、許可が無ければ買えない物だ。庶民用に出回ったのは更に威力を落とした物で、そして壊れやすく作られている。
「魔術に堪えられて何かあった時にすぐに救助を求める事が出来て、か」
「ドラゴンの骨と鱗が必要ですね」
「素材としては最高級だが仕方あるまい。よし、取りに行こう」
「はい」
こんな会話が日常的に繰り広げられるのが、この二人に監視役が必要な所以であるのだが、実を言うとそれを難なく熟してしまう事が危険視されているのである。
魔道具を作り出すその才能は世界一、魔術式の展開やその速さ、研究室に閉じ篭っていると言うのに何故か無駄にある体力と行動力。
研究室に散らばった書類やら魔道具やらを片付けた二人が捕えようとしているドラゴンは、世界最強種。大きさは言わずもがな、その魔力、攻撃力、防御力に長けているからこそ、魔道具の材料として最高の素材とも言えるのだが。
「先輩、ドラゴンって確かこの間発見の報告がありましたよね?」
「うむ。素材として欲しいと願い出た所、国王陛下直々に却下された」
「じゃあこっそり行きましょうか、知られたら面倒ですし」
「そのつもりだ」
「何がそのつもりだこの常識欠落者共がっ!」
研究室のドアを開けた途端、室長の怒鳴り声と共にバシッ、バシッと頭を叩かれた二人が、眉間に盛大に皺を寄せて抗議の眼差しを向ける。
「今僕の脳細胞が大量に死んだ音が聞こえました」
「室長は我々の才能を妬んでいるからな」
「違うわボケがっ!シャノン、てめえ国王陛下直々に却下された意味を理解しやがれ!大体なんだその装備、は……?」
ドアの外で待ち構えていた室長は取り敢えずそう怒鳴り付けたが、二人の格好を見て眉間に皺を寄せた。
「……シャノン、それは何だ」
「魔弾銃の大型バージョンです。火炎球を百連発出来る予定ですがまだ試射した事が無いので丁度良いかなと」
肩から紐で括りつけられた大型の筒を指さしながら問えば、真顔でそう答えられ軽く溜息を吐き出した。無言で二度ほど頷いた室長は、今度はグレンの方へと顔を向ける。
「で、お前のそれは何だ」
「新型のシールドです。ドラゴンブレスを防ぐ事が出来れば、畏れる物は何も無くなると思うので」
室長は無言で二人を研究室内へと押し戻し、パタリとドアを閉めた。
直後、シャノンとグレンは拳骨を頂いて頭を抱えて悶絶する。
「室長は僕の脳細胞の死滅を狙っているのですかっ!?」
「……何故その魔道具の成果報告が上がってないんだ?」
「言ったじゃないですか、まだ試してないからって」
「試す前に出せ、完成したら出せと何度言えばその脳の中に書き加えて貰える?」
地獄の底からの呼び声のような低い声に叱られたシャノンとグレンは、何度も瞬きを繰り返し。
「言われたっけ?」
「聞いてませんが」
同時に言葉を発し、室長の血管が切れた音が聞こえた。
二人の脳細胞の大量虐殺を成し遂げ、先程二人がある程度まで片付けた研究室内は室長の怒りから嵐が吹き荒れ、再び片付けが必要になっていた。
ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返す室長に、シャノンとグレンは展開させていたシールドを消した。
「室長、ちゃんと片付けて下さいね?」
「室長が片付けている間に、僕達もドラゴンを片付けて来ますから」
あれだけドラゴンを刺激するな、刺激すると国が危険に晒されるのだと何度も言い聞かせ、具体的に説明もしたのに結局この二人には通じていなかった。それを理解した時、室長の意識は飛んだ。
ばたりと倒れてしまった室長に、シャノンとグレンは顔を見合わせ「疲れてたんだね」と声を揃え、せめてもの情けとばかりに室長の身体に毛布を掛けてから、意気揚々とドラゴン退治に出発したのであった。
二人が研究所を出ようと出入り口に向かうと、常駐している騎士達がわらわらと近寄って来る。
「待て待て、お前達、何処へいくつもりだ?」
「ドラゴン退治です」
グレンが答えると騎士達が全員目を丸くし、国王陛下から直々に駄目だしされただろうと説得に掛かる事になった。
「退治に行くのは駄目だと言われただろうが」
「でもドラゴンの骨と鱗が欲しいんですよ」
「皮ごと包むようにして使ったら、実験室の強度は増しますかね?」
「グレン君、それはとても魅力的だな!」
「ですよね?やってみましょう!」
「だから駄目だって言ってるだろうっ!?」
「どうしても行きたいのなら、国王陛下の許可を貰ってからにしたらどうだ?」
「隊長っ!」
面白そうに口元を歪めた男にそう言われ、シャノンとグレンは顔を見合わせる。
「国王陛下の許可が無ければ、我々はお前達を殺してでも止めなきゃならん。それはこの国にとって大きな損失になるからやりたくない。だからお前達は国王陛下を説得して見せろ。ドラゴンは一度巣を決めればそこから動かないからな」
隊長と呼ばれた男のその言葉に、シャノンとグレンは再び顔を見合わせ、そして頷き合った。
「なるほど、一理あるな」
「そうですね。国王陛下の許可を貰えば大手を振って色々魔道具を試す事も出来ますし」
「ならあれも試せるか?」
「インフェルノですね!?確かに、あれもまだ試射した事がありませんからね、許可を貰ったら持って行きましょう!」
「じゃあついでにヘルズゲートも持って行こう!」
「あ、アバローナも試してみたいです!」
妙な盛り上がりを見せた二人に、騎士達は微妙な顔をしながらも取り敢えず二人が今すぐドラゴン退治に行かないのならと、国王陛下への謁見許可を求めに走ったのであった。
隊長に連れられた二人が謁見の間に入ると、場が一気に緊張したが二人は全くそれを気にする事は無く、国王陛下の元へと歩いて跪く。挨拶を交わした後、ドラゴン退治の許可を願い出れば、その理由を問われ。
「研究の実験室を建てたいのです」
「どんな魔術も効かない、頑健な素材で作りたいのでドラゴンの骨と鱗が必要だと判断しました」
そしてついでに、今まで作った試作品達を許可の元謁見の間に運び入れた騎士達は、ずらりと並べられたそれに見入る者達へ牽制の眼差しを向けた。だが二人は嬉々として魔道具の説明をして行き、ドラゴン退治のついでに試したいと願い出る。
「……インフェルノ、その魔術の威力は聞いてはいるが」
「この王都ならそれ一発で吹き飛びますね」
王宮魔術師長が国王陛下の言葉に答えれば、謁見の間にどよめきが走る。
「ヘルズゲートとは」
「火炎門です。漆黒の炎で全てを焼き尽くす魔術で、発動させれば世界の四分の一は燃え尽きるでしょう」
解りやすいその答えに国王陛下は右手をこめかみに当てて揉み始める。
「アバローナとは」
「今現在確認されている中で、魔術による最強の盾です。これならばドラゴンブレスさえ余裕で防ぐ事が出来るでしょう」
「それが、こんな小型の魔道具一つで発動すると?」
国王陛下が指を差した先にある物、それは指輪だった。
魔道具と言う物は本来、その魔術が大きければ大きい程魔道具も比例して大きくなるのが常なのだが、シャノンとグレンはそれを小型化する事が得意で、全ての魔道具が小型化されて来た。確かに携帯に便利だし魔術が扱えない者でさえ使えてしまうその魔道具に、この国の軍備ははっきり言って世界を滅ぼせるレベルにまで発達してしまったのだ。しかしこの国はそれを望んではいない。
むしろ平和に過ごしたいとさえ思っていると言うのに、何故そんな国にこんな規格外の魔術師が二人も生まれて来てしまったのか、神々の悪戯としか言いようがない。
「アビウスは?」
この二人の監視役である室長の姿が見えない事に気付いた国王陛下が問うと、騎士達が研究室で気絶していたと小さな声で伝える。国王陛下の顔に憐れみが浮かび、その後二人を見て長い溜息を吐き出した。
「インフェルノとヘルズゲートはこれ以降の研究を禁ずる」
「む、もっと小型化しろと言うご命令でしょうか?」
「違うぞ、シャノン。危険すぎる上えげつなさ過ぎて使用許可を出せないからだ」
「使用法を守ればそれ程危険ではないかと」
「そう言う問題ではないぞ、シャノン。お前達の魔道具を小型化させるその能力は素晴らしい天賦の才だと思っているが、これ以上軍備を増強する訳にも行かないのだ」
「いえ、これは軍備ではなくドラゴン退治用に開発した物で」
「そのドラゴンでさえ一瞬にして炭になりそうだがな」
「ええ?炭になったら骨も鱗も使えませんよ、先輩」
「そうだな、グレン君。しかし、外的要因ではドラゴンを退治するのは難しいと聞くし」
そう言って考え込んでしまった二人に、国王陛下は少し気になった事を問う事にした。
「ちなみに、この武器を使ってどうやって倒そうとしていたんだ?」
「ああ、ええとまずこのアバローナを発動させながら近づいて挑発し、ドラゴンブレスを出す瞬間を狙って、インフェルノかヘルズゲートを打ち込むんです」
「体内で発動すれば、さすがのドラゴンも退治できるかなと」
二人の言葉に謁見の間に沈黙が降りた。
確かにそれが出来ればドラゴンも一瞬で退治できるだろうが、そのまま爆散するに違いない。そしてその爆発がその場だけに留まるとは思えないのである。
「……爆発範囲がどれだけ広範囲に及ぶかは計算したか?」
「それを正確に把握する為に試射したかったのですが」
シャノンとグレンは顔を見合わせ、爆発による影響を考えたがやはり試射してみなければ把握するのは不可能だと判断した。
「シャノン、グレン、お前達の功績は素晴らしい物ばかりだ、それは認める。そして、専用の実験室を建てる事も許可しよう。だが、ドラゴン退治は許可できない」
「でもそれじゃあ実験室が吹き飛んでしまいますよ?」
「吹き飛ばない程度の実験に抑える事は考えられないのか?」
国王陛下の困った顔と声に、シャノンとグレンは目を見開いた。
「そうか、その手がありましたね、先輩!」
「うむ、さすが国王陛下だ、まったく気付かなかったな!」
二人のはしゃぎように、謁見の間は呆れと共にほっと安堵する溜息で埋め尽くされた。
「爆発と同時に縮小させる方向で行こう!」
「ですね!それなら更に上の魔術式も書き込めるかもしれません!」
「よし、行くぞグレン君!」
「はい、先輩!」
そして斜め上へと跳ね上がったその言葉に焦った国王陛下が制止の言葉を掛けたが、残念ながら二人の耳には入らなかったようで、挨拶も無く謁見の間を出て行ってしまった。我に返った騎士が慌てて退室の許可を求めれば、国王陛下は投げやりに手を振って許可を出した。
「……あの二人は何を目指しているんだ」
その呟きに答えられる者は無く、謁見の間はただ疲労した者達が残されたのであった。
ファエラ大陸東端に位置するグラスグレイア王国は、元々好戦的な国ではなく資源に恵まれていた為、国土を広げる必要も無く過ごせる良い国だ。周辺国も穏やかな気質の国が多く、良い友好関係を結んでいると言える。
それなのに、あの二人がこの国に誕生してからと言うもの、次々に開発されて行く魔道具に周辺国は今、グラスグレイア国に対し最大の警戒を抱いている状態だ。そこへ来てドラゴンを一瞬で灰にしたなんて話が出回ったりしたらどうなる事か。
「……ビスカ、インフェルノを発動した場合、周辺国への影響はどれほどだ?」
国王陛下が疲れ切った声で魔術師長に尋ねると、魔術師長は少し考え込んだ後口を開いた。
「今現在周辺国は同盟を結ぶ事に躍起になっております。我が国を包囲する為のその同盟は恐らく、全方向から同時に攻め入る為の物だと考えられますので」
「そうだろうな。ヘルズゲートならどうだ?」
「恐らくこの周辺一帯が何も無い更地になりますので」
「もういい、解った」
最初の問い掛けの時より更に疲れ切った声音で魔術師長の言葉を遮った国王陛下は、長い溜息を吐き出した。
「ビスカ、この大陸を制覇する事は可能か?」
「可能です」
簡潔なその答えに、国王陛下はがっくりと肩を落とした。
そんな面倒な事をしようとは思ってもいないし、出来れば平和に過ごしたい。玉座に着いたその時からずっと同じ事を考え、国を動かして来たのに。
「何故私の代であの二人が誕生したのか」
疲れ切ったその声に答えられる者は無く。
ただ、国王陛下の髪がはらりと抜け落ちただけであった。
「グレン君、最近国王の髪が薄くなったと思わないか?」
「そう言えばそうですね。毛生えの魔術でも考案しましょうか?」
「よし、やるぞグレン君!」
「はい、先輩!」
そして、完成した毛生えの魔術を掛けられた国王陛下は、全身の毛が抜け落ちたと聞く。グラスグレイア国は周辺国にあらゆる恐怖を撒き散らしながら、今日も平和であった。