プロポーズ
「お坊ちゃま、どうかなさいましたか?」
「いや、何でもない。ちょっと考え事してただけだ」
「もうすぐ御夕食のお時間ですが、どういたしますか?」
「そうだな……今日は試合で腹が減ったから二人前用意してくれ」
「二人分ですか? まだ傷の方が痛むと思いますが、そんなに食べてお体のほうは大丈夫です?」
「大丈夫。ワインも二人前用意してくれ。今日は飲みたい気分なんだ」
「解りました。しばらくお待ちください」
ラザレスの指示を頭の中に収めると、メアリーは部屋から出て行った。
もちろんラザレスは一人で食べる気は無い。
メアリーと二人だけの晩餐をするつもりだ。
貴族の息子としての最後の晩餐を……。
窓の外を見ると空が真っ赤に染まり、日が沈もうとしていた。
「まるで僕の人生みたいだな」
そんな言葉を誰も居ない部屋で一人呟くラザレス。
空には夕焼けの中にチラチラと輝く一番星が瞬いていた。
「これから輝こうとする星も有るのに、沈む事から逃れられない夕日も有るんだよな」
ラザレスが窓の外の夕日をぼーっと眺めながら感傷に浸っていた。
しばらくするとメアリーが食事を持って戻って来た。
テーブルの上に配膳が終わると同時にメアリーに向かって言った。
「よし、今日はメアリーと二人で食べるぞ」
「今なんとおっしゃいましたか??」
「今日はメアリーと一緒に夕食を食べる。僕と一緒に食べるのは嫌か?」
「お坊ちゃま……」
頬を赤く染めるメアリー。
メアリーはラザレスの事が好きだった。
普通の貴族達と違い、メイドとしてではなく一人の人間として扱ってくれるラザレスに好意を抱いていた。
食事の時間はいつもラザレスの横に立って世話をしているのが常だったので二人で食事をするのは初めての事だった。
「よろしいのですか? メイドの私にそんなもったい無いことをしてしまって」
「これは僕とメアリーのお別れ会みたいなものだから遠慮しなくていい」
「ありがとうございます」
「さあ、席について食べてくれ」
「はい」
二人で食事をするのは初めてだった。
メイドのメアリーはいつも一歩身を引いた態度をとって、自分の身分をわきまえていたからだ。
メアリーは遠い親戚の貴族が没落して平民落ちしたのがきっかけで、この家にメイドとして引き取られることになった。
まだ幼い頃はラザレスの妹の様に扱われていたものの、六歳の誕生日を境にラザレスの専属メイドとなった。
それ以来、ラザレスとは親戚としてでは無くメイドとして関わるように教育されてきた。
メイドと主人が同じテーブルで食事を取るなど、貴族社会ではありえないことだったのでメアリーは緊張してしまい何も喋れなくなってしまった。
「どうした? ずいぶんと静かだけど体調でも悪いのか?」
「いえいえ、そんな事はありません。ただ同じテーブルで食べるなんて初めてのことなので緊張して頭が真っ白になっています」
「俺たちは兄弟みたいにいつも一緒なんだからそんなに緊張するなよ」
「はい」
「ごめんな、メアリー」
「はい?」
「ごめん……」
「どういたしました?」
急に涙ぐむラザレス。
「僕に実力あって家長を継げたらお前を僕の嫁にしようと思ってただけど、試合に勝って家長継ぐなんてとてもじゃないけど今の僕には出来そうもないな」
「い、いま、なんておっしゃいました?」
「家長を継げないと」
「そこじゃありません」
「えーっと、どこ?」
「私の事です」
「メアリーを嫁にしたかったこと?」
「わたくしをお嫁さんにですか??? うはぁぁぁぁ!!!」
そう言うと恥ずかしさと嬉しさで顔を真っ赤にしたメアリーは頭からケトルのように湯気を出した後、気絶しテーブルの上に突っ伏した。
「お、おい! どうした? だいじょうぶか?」
突然気を失ったメアリーを慌てて揺り起こすラザレス。
メアリーはすぐに気絶から復帰したが、目の前にラザレスの顔が有るのが見えると「はうっ!」と一言発してまたすぐに気絶してしまった。
「メアリー! どうした! だいじょぶか?」
気を失ったメアリーを再び揺り起こすラザレス。
メアリーはすぐに気がついた。
「だいじょぶか?」
「だいじょぶです」
「どうしたんだよ?」
「お坊ちゃまから、そんなありがたい言葉を言ってもらえるとは思ってなかったので……」
「もし僕が試合に勝てたら、結婚してくれないか?」
「はい! もちろんです!」
「よし! これでどうしても勝たないといけない理由が出来たぞ」
「勝ってください! 絶対に!」
これがラザレスのメアリーへのプロポーズの言葉だった。