メイド メアリー
ラザレスが気がつくとそこはいつも見慣れた自室のベッドの上だった。
正午近かったまだ高い位置に有った日はかなり傾き、赤みを帯びて窓からラザレスの顔を照らしている。
傍らには心配そうにラザレスを見つめるメイドのメアリーが立っていた。
兄セムスの剣技を受け、血で赤く染まり穴だらけになったボロ雑巾の様なシャツは新しいものと替えられ、傷も治癒魔法と包帯によって処置されていた。
傷はまだ完全には癒えていないが激しく痛むことは無い。
どうやらラザレスの専属のメイドのメアリーが処置してくれたようだ。
メアリーはラザレスと同い年。
物心ついた時からずっとラザレスの世話係として働いていて、まるで兄妹のようにいつも一緒に居た。
ラザレスはメアリーにねぎらいの言葉を掛けた。
「ありがとう、メアリー」
「どういたしましてお坊ちゃま」
「いつもすまないな。メアリーとこの家に一緒に居られるのもあと少しだと思うと寂しくなるよ」
「私も寂しくなります」
「僕がこの家を追い出されても、元気にやるんだぞ」
「はい。お坊ちゃま」
ラザレスがこの家から追い出されたあとにメアリーがこの家に残ったとしてもラザレスの世話係としての仕事は無い。
出来る仕事といえば兄の慰み者になるぐらいと言うのは知っている。
でも、家を追い出されるラザレスと違って生きていられるだけマシだ。
「まだ追い出されると決まったわけではないですし……今度の日曜日の試合に勝てれば次期御当主としてこの家に残れますよ」
「僕が兄さん達に本当に勝てると思うか?」
ラザレスが勝てない理由は簡単だ。
剣技も魔法も使えないからだ。
秘技書も魔導書も全く読んでいないからだ。
有能な二人の兄達と違ってラザレスには何の取柄も無い。
秘技書を読むだけの戦闘センスも無いし、魔導書を読むだけの魔力も無い。
秘技書や魔導書は取得条件の必須能力さえあれば、魔導書や秘技書の表紙触るだけで一瞬で内容を読み取り習得することが出来る。
逆にセンスや魔力が取得条件に達してなければ普通に読むしかない。
書を普通に読むことで書かれている内容を習得する事が出来ないこともないが、秘技書や魔導書に書かれている文字は呪術的な見た事も無い非常に難解な物の為、読むのには非常に時間が掛かる。
ましてや覚えるとなると、入門書でさえ一年や二年は掛かってしまう。
実際ラザレスは普通に読むことを何度か挑戦したが、あまりの文字種の多さと難解さゆえに何度も挫折して未だに読めていない。
試合までに一つか二つの剣技か魔法を覚えたいラザレスであったが、既に時間的に手遅れであった。
「そう言われましても……」
「だろ?」
「す、すいません!」
「僕が兄さん達に勝てないのは本当だからそれはいいよ。たぶん試合は一番上の兄さんのファルス兄さんが勝って、僕とセムス兄さんがこの家から追い出される」
貴族の家に跡取りを何人も残しておくと必ず跡目相続争いが起こる。
クローライト家の双頭の竜の家紋は互いに威嚇しあう向きで描かれているが、それは兄弟同士の争いを諫める為に描かれたと言われている。
兄弟同士の争いは最悪の場合、死ぬまで相手を潰しあい結果両者共倒れとなり、家まで潰しかねない事態に発展する事も少なくない。
その為、貴族社会の慣わしとして、その家の全ての後継者候補が成人となる十三歳になった時点で決闘をし、次期当主となる勝者以外を家から追放する習わしなっているのであった。
試合に負けて追い出されるのは仕方ない。
弱者には貴族を名乗る資格は無い。
そんな事はラザレスも納得している。
セムス兄さんは腕っ節が強くて勇敢だから、家を追い出されても剣士としてきっと一人やっていけるだろう。
でもこの僕はどうだ?
何の取り得も無い。
この家を追い出されたらあっという間に野盗に捕まって殺されるか、奴隷として売り払われるのがオチだろうな。
まあ、それが僕の人生なんだ。
力の無い者の末路はそんなものだ。
ラザレスはそんな事を漠然と考えていた。