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クローライト家の血を引く者

初ファンタジー作品です。

宜しくお願いします。

 小さな村ならその中に納まってしまうかもしれない程の大きな屋敷の中庭。

 この地を治める貴族クローライト家の屋敷の中庭である。

 その中庭で青年は明らかに年下の少年に向けて剣技を放った。

 

「喰らえ!! ストームソード!」


 青年は得意技である、風属性を纏った連撃の剣技を少年に向けて放った。

 剣撃は空気を切り裂き衝撃波が少年を襲う。

 少年は飛びのくように避け必死で逃げ廻る。

 それを間一髪避けることに成功した。


「や、やめてよ! セムス兄さん! 僕、また怪我しちゃうよ」

 

 まだあどけなさの残る少年。

 少年は剣も持たずに青年の攻撃を避け続ける。

 そして少年は目に涙を溜めて必死に抗議をした。

 だが、その言葉は青年の耳には届く事は無かった。

 

 少年に向かって、セムスと呼ばれた明らかに年上の青年が剣技を放つ。

 風の魔力を纏った剣技が再び弟のラザレスを襲う。

 その攻撃はあくまでも本気ではなく、ふがいない弟を発奮させるための攻撃だ。

 だが、真剣での攻撃なので当たればただでは済まない。

 少年は猫に襲われたネズミが逃げる様に必死に中庭を逃げ回っていた。

 

 剣技を放った青年セムスは今年で二十歳になったばかりで貴族としての貫禄はまだまだ薄い。

 青年は月に一度弟のラザレスに貴族道を教え込むといって、手合わせするのが習慣となっていた。

 

「何やってるんだ! ラザレス! クローライト家血筋たる者、いついかなる時も敵に背中を見せてはならん! さあ、お前が本当にクローライト家の血を引いているというのならば、逃げ隠れせずに剣を持ち、この俺に立ち向かって来い!」


「そんな事言ったって! 僕剣技なんて使えないし!」


 この世の剣技と言うものは訓練して覚える物ではない。訓練して上達するのはあくまでも技術だけで剣技は容易く覚えられるものではない。先人の知識の詰まった秘伝書を読んで覚えるのが一般的である。魔導士の呪文で書物に剣技習得の経験を封じた物が『秘伝書』である。魔法も剣技と同じく鍛錬して覚える物ではなく、書物に魔法習得の経験を封じた『魔導書』を使って習得するのが一般的である。この世では秘伝書と魔導書は一括りに『書』と呼ばれている。


 秘伝書や魔導書は普通に読んでも一向に構わないが、殆どの人が『書』を読む事は無かった。なぜならば、『書』は古の時に使われていた呪術言語で書かれていたので、現代の文章とは明らかに違い非常に読み難いからだ。魔導書の難易度や読者によっては魔導書を読むのに年単位の時間が掛かる。だが、人々が読み難い『書』を使って剣技や魔法を覚えるのには理由がある。剣技や魔法の習得に十分な才能ステータスさえ有れば『書』の表紙に触れるだけで一瞬で習得出来るからだ。


 ラザレスには魔導書を読み解くだけの才能が無かったので、いまだに一つの剣技や魔法をも使えないでいたのだ。


「それはお前の怠慢だ。文字を読めるようになって今年で何年だ? 少なくとも秘技書や魔導書の二冊や三冊は読めていておかしくない歳の筈だ!」


「僕だって読もうとしたよ。書を読めば、剣技や魔法を使えるようになるんだからね」


「じゃあ、なんで読んでいない! 読んでいれば何かしらの技を使えるようになってるはずだろ!」


「読めないんだよ! 僕には! セムス兄さんは剣の才能に恵まれているから、秘技書の表紙に触れるだけで内容を習得出来るかもしれないけど、僕にはなんの才能も無いんだよ! あの難解な書を必死に解読しながら読んで覚えないと、剣技や魔法が使えないんだよ!」


「それを怠慢と言うのだ! 剣の素振りでも毎日続けていれば才能なんて関係無しに初級の秘伝書ぐらい表紙に触れるだけで読めるようになっていただろう!」


「だから、僕には兄さん達と違って、才能なんてこれっぽっちも無いんだから! 素振り位で、そんなに上手くならないんだよ! 解ってよ兄さん! あんな難しいもの、子供の僕には読めないんだよ!」


「子供だと? バカ言うな! 今年で十三歳、もうりっぱな成人じゃないか! もう甘え事は許されない歳だ! 俺がお前の歳の頃は十冊は秘技書を読んで居たぞ」


「十冊も!?」


 兄との生まれながらの圧倒的な才能の違いを見せ付けられて落ち込む末弟ラザレスであった。

 そこへ、落ち着いた感じの男の声が投げかけられた。


「ほほー、面白い事言ってるな。わが弟セムスよ。お前が十三歳で秘技書を十冊も読んでただと?」

 

 その声の主は二十五歳の長男ファルス、既に貴族としての貫禄さえある青年だった。

 青年はマントを翻して二人の元にやって来た。

 

「あ、兄貴!」

 

 今まで大きく見えていたセムスと呼ばれる青年の背は、兄の前では先ほどより少し萎縮して見える。

 

「セムスよ! 先ほど、成人した時に十冊も書を読んでいると言ったが、俺の記憶ではお前が成人したときはまだ入門秘技書を五冊しか読んでなかった筈だ」


「くっ!」


「俺は成人したときに十五冊の魔導書を読んでいたがな。怠慢はお前もなんじゃないのか? 弟セムスよ!」


「そ、それは過去の話だ。今では兄貴よりも多い数の書を読んでいる。今の兄貴の倍の数の書を読んでいる。だから既に俺の方が兄貴より強い!」


「弟セムスよ。ただ書は数多く読めばいいという訳ではない。重要なのはその質だ! 初級書中級書しか読んでいないお前と違い、俺はほぼ全ての中級魔導書と火の上級魔導書を二冊読んでいる。すぐに結果は見えるだろう。今度の試合が楽しみだな」


「なんだと! 上級魔導書を覚えているのか!?」


 書にはその内容によってランク付けされた等級が有る。

 簡単な順から入門書、初級書、中級書、上級書の順である。


『入門書』は文字通り、これから書を読む為の人に向けた内容で、主に成人前の子供が読む書である。習得出来るのは実践的な内容では無いが読むと才能ステータスが向上し、初級魔導書を覚える上での助けになる。


『初級書』は比較的習得の楽な単純な呪文や剣技を封じた書である。大きな効果を持った技は習得出来ないが、単純故に発動までの速度も速く実践でも重宝できる内容である。


『中級書』は威力も十分な呪文や剣技を封じた書である。これさえ覚えていれば、その道で十分通用するレベルの技術が封じられた書である。一般的に剣士や魔導士はこの中級書を覚えていれば問題無いとされるレベルの内容である。


『上級書』ともなるとその習得難易度は非常に高く、普通に読んだ場合は確実に年単位の習得時間は掛かるが、その分威力は絶大である。前の戦争では、上級魔導書の呪文で山を一つ吹き飛ばしたとの逸話もあるぐらいだ。ただ、発動迄に時間が掛かる為に、スキルや呪文発動速度向上等の補助スキルを持っていないと実践的に使う事は困難である。故に実力のない者が使いこなすのは難しいと言われている。また、威力はステータスに比例するので、ステータスの積み上げも重要である。非常に有用な反面、使いこなすには習得者自身の才能ステータスも必要なのである。


 さらに上には一般的には出回らないが、その道の達人のみが使う事が出来る『達人級書』、神の技を封じた『神級魔導書』と言うものも有る。


 セムスは兄が上級魔導書を覚えていたことで狼狽えていた。

 兄はセムスが考えていたよりも予想以上の実力者であった。

 だが、ここで引くわけにはいかない。

 セムスは虚勢を張り、必死に口撃を続ける。


「技の引き出しが少なければ大技を持っていたとして、先を読むのは簡単で単純な事。兄貴の攻撃を避けるのは容易!」


「それはどうかな? セムスよ。今度の試合で俺の技を本当に避けられるかを楽しみにしているぞ。ぶははははは!」


「ふっ! 今度の試合は末者ラザレスが成人になっての初めての試合。そしてラザレスが成人となったという事は、クローライト家の次期当主選出の試合となる最初で最後の試合だ。俺が兄貴に勝ってこの家の次期当主となってやる!」


「セムスよ。今のお前の実力では俺に敵うとは到底思えない。クローライト家の者は年々堕落の一方だ。とても俺と同じ貴族の血を引いているとは思えない程、年々質が落ちている」

 

「くっ!」と舌打ちするセムス。

 セムスは、その言葉を言い返せない自分が悔しかった。


 確かに、兄貴のファルスよりも俺は劣っているかもしれない。だがそれは貴族家の長男として最上級の英才教育を受け続けた兄ファルスと、普通の教育しか受けられなかった俺との違いである。断じて才能の差ではない! そう思いたかったセムスであるがファルスが上級魔導書の呪文を二つも習得しているという話を聞いて、それも単なる思い込みでしかなかった事を身に染みて思い知らされていた。

 

 落ち込むセムスを見届けたファルスは、視線を物陰に隠れる末っ子のラザレスに向ける。

 

「ところで末弟ラザレスよ。既に成人になったと聞いたが、お前は魔導書の一つでも読める様になったのか?」

 

 突然話を振られてにおろおろする三男のラザレス。

 一冊も魔導書を読んでなかったのでなんと答えればいいのか迷っていた。

 いつまで経っても返事をしない末っ子のラザレスにしびれを切らしたファルスは話を続けた。

 

「まあよい。今度の日曜の試合を楽しみにしているぞ。セムスもファルスも一瞬で試合を終わらる様な事をして俺をガッカリさせるなよ」

 

 そう言うと長男のファルスは白いマントを翻し中庭から立ち去った。

 

 

 * * * * *

 

 

「糞! 糞! 糞ムカつく!」


 石畳に血が滲むほど拳を叩きつける次男セムス。

 それを見て三男のラザレスが心配そうに声を掛けた。

 

「大丈夫? お兄ちゃん」

 

「なにが大丈夫だ! お前がもっとしっかりしていれば俺まで罵られることは無かったんだ。『クローライト家の者は堕落する一方』だの『年々質が落ちている』と言われて何も言い返せなかったじゃないか! お前がしっかりしないのが悪い! 全部お前のせいだ! お前さえ居なければ!」


 明らかな八つ当たりだ。

 ラザレスは甘んじてその言葉を受け止めた。


「さあ、続けるぞ!」


 そう言うと、セムスは末弟ラザレスに向けていきなり剣を振り下ろす。

 豪雨のような連撃剣技を降らせた。

 咄嗟の事で避けることが出来なかったラザレスは、声を出す間も無く体中に連撃を受けた。

 ラザレスは剣撃の巻き起こす衝撃波で、体中穴だらけの血だるまと化した。

お読み頂きありがとうございます。

誤字等有りましたら教えてください。

感想お待ちしています。

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