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7.7

作者: 斉藤 海音

7月7日。七夕。

織姫と彦星が年に一度だけ会える日だ。

言ってみれば究極の遠距離恋愛。


あたしが織姫ならどうする?


「恭平と別れる」




7月7日。くもり。

大型の強い台風3号が宮古島に上陸。

明日には九州地方へ北上する見込み。


生温い風が窓から教室に吹き込む。

湿って重いその風が制服のブラウスの中の肌を撫でる。けれどうっすらとかいた汗を引かせるほどではない。

じめじめと不快な温度に、もともと不機嫌の美凪はさらに不愉快そうに口元をゆがめた。


金曜の5時間目。市内でも指折りのバカ高校の図書室。純粋に本を読みに来るやつなんていない。格好のサボり場と化したその空間には、今はだらしなく制服を着崩した女子高生が2人。


毛先の痛んだ緩いウエーブの肩甲骨までの髪。黒の割合が高い、好奇心と人懐っこさで出来たような目。舌っ足らずの口を尖らせる表情が似合う、甘え上手な顔の悠。擦れた外見とは裏腹に、どこか幼い印象だ。


悠とは対照的な黒いショートカット。

意図的に不良を演じているような違和感を感じる美凪。

もともと整った甘い顔立ちを、わざと不機嫌顔に歪めているような。

もともと柔らかなソプラノの声を、わざと冷たく響かせたような。


「ナギ」


古典サボる、と言い出したのは美凪。

あたしもー、とくっついてきたのは悠。

秘密主義の美凪がわざわざ「サボる」と宣言した意味を、悠はちゃんと分かっていた。元々不機嫌面が常の美凪が、今日はいつもにも増して不機嫌であることも。

恭平さんとなにかあったの、と聞いた悠に「別れる」と言ったきり、窓の外ばかり見ている。何も見ちゃいないくせに。


「せっかくの七夕なのに、毎年くもるのって、なんでか知ってる?」


窓辺に椅子を移動させて、だらしなく足を投げ出して座ると、悠はカウンターのペン立てから拝借したうちわでパタパタと顔を仰ぎながら問いかける。


窓辺に両腕をついて、そこから見える風景を見るともなしに見ていた美凪は、聞こえないふりで外を見続けた。

その態度に悠はさして気分を害した様子もなく、独り言のように答えを言った。


「神様が気ぃきかせてるんだって」


ばかばかしい。


「年に一回の逢瀬を二人っきりで過ごせるように、雲でかくして人間から見えないようにしてあげてるんだって。そう思うとすんごい粋だよね」

「何が言いたいの」


苛立っていることを隠しもせず、美凪は低く切り返す。

枝毛のできた毛先を蛍光灯に透かしながら、悠は出来るだけさりげなく、本題を切り出した。


「あのさ、恭平さんと、話、しなよ」


恭平。

二つ年上の兄の、友人。付き合った期間は1年。

過去形なのは、もうじき別れるから。


恭平は東京の大学を受験するつもりらしい。


一週間前、初めて本人から聞いた。恭平とのことを何も知らない兄がうっかり漏らしたのを聞いたせいで、ずいぶん前から知っていたのだけれど。

恭平本人に聞きたくてたまらなかったけど、できなかった。

やっと教えてくれた時にはもうそれは決定事項。


ずっと黙っていたという事実。

ようやくそれを言ったというタイミング。

恭平なら、間違いなく合格するという確信。

そしてその先の未来を話してくれない残酷さ。

つまり曖昧な別れ話ってことなんだろう。


俺、W大受けるんだわ。


美凪は出来るだけ無表情のまま、恭平の言葉を聞いた。

そう。

言った言葉はそれだけ。それが精一杯の強がり。

恭平もそれ以上何も言わなかった。

どことなく気まずいまま、今日まで一度も会っていない。


風はどこまでも生温い。


自分が可愛げのない性格であることを、美凪はしっかりと自覚していた。

顔立ちこそ似ているものの、美凪とは正反対、天真爛漫で誰ともすぐに打ち解けてしまう、素直さがウリの兄。

そんな兄とはまた正反対、くちびるの端っこだけ持上げて、何もかも見透かしたようなシニカルな笑みがお決まりの恭平。要領がよくて、しれっと授業をサボっては屋上で昼寝して、なのに成績だけはしれっと上位な奴。こんなバカ高校になぜ入学しているのか、なぜあのバカ兄と中学からずっと親友してるのか、とにかく謎だらけな奴なのだ。


恭平と初めてキスをしたのは中学3年のとき。


からかいの言葉を上手くかわせなくて、ケンカ腰で言い返した。

可愛くねぇとあの笑みを浮かべたまま言われて、なぜかキスされた。

それ以来、兄の眼を盗んではキスしたり、それ以上のこともしたり、デートのようなものもしてみたり、同じ高校に通うようになってからは一緒にサボってみたり、廊下ですれ違うたびに秘密めいた視線の会話をしてみたり。たりたりたり。


大切にされていた、とは思う。それが過剰な自意識が生んだ錯覚だとは思いたくない。

けど、付き合ってるのかと聞かれたら答えられない。


付き合おうと言われたこともなければ言ったこともない。

どこから始まったのか、そもそも始まっていたのかどうかも分からない。

気がつけば隣にいて、気がつけばキスをしていた。

気がつけば離れられなくなっていた。

それがあまりにも自然で、今更確かめられなくなってしまった。


カラダだけ、なんて割り切ってしまうには穏やか過ぎる。かと言って核心にまで届かない。

一定のラインを超えない付き合い。



真冬にぬるい露天風呂につかってるような関係。

自分で例えてみて、なかなかいい表現だと思う。

体の芯まで届かない暖かさはもどかしい。もっと、と思う反面、思いのほかこの温度は居心地が良くて、出られない。


そして、一度つかってしまえば、出るのには勇気がいるのだ。だって外は寒い。


別れるってこと?とも聞けない。

そもそも付き合ってなんかいないだろ、と言われてしまったら、立ち直れない。

いや、恭平は例え思ったとしても絶対に言わないだろう。だからこそ、勘違いしてしまうのが怖い。

曖昧なままでいたほうが、傷が少なくて済む。

自ら墓穴を掘ってみすみす手放すのは嫌なのだ。

兄の親友だから、なんてのは言い訳。兄に未だに恭平とのことを言えないのは、その曖昧さを手放したくないせい。


裏を返せば、それだけ恭平と離れたくないと思う自分がいるわけで。

つまりは、好きの一言につきるわけで。


そう、ずっと好きだった。


3年間片思いして、気まぐれだろうとなんだろうと、あの日キスされて、それこそ泣くほど嬉しかったのだ。

けれど「好き」が募るほど、期待するなと戒める自分がいる。

意識的に「好き」を禁句にしていたのは、つまりその一言が良くも悪くも恭平との関係を暴いてしまうと重々承知しているから。


ぬるま湯から出たくなければ、言ってはいけない言葉。

言いたくなればなるほど、言ってはならない言葉。


「天上天下唯我独尊のミナギサンがさ、恭平さんのことになると臆病になるのはカワイイけどさ、悠はそれが時々うっとーしー」


得意技はバクダン発言、と公表してはばからない悠が、その得意技をくりだした。

「何で悩んでんだか知らないけどさ。そんなに不安ならさ、言えばいいじゃん、恭平さんに」


悠の凄いところは、猛毒を含んだ言葉を、そのふわふわとした声質とリズミカルな口調でくるんでしまうところだ。毒であることに気付くのに時間がかかる。


「なんて」


悠はわざとらしく髪をかきあげると、胸の前で両手を組んで、首を少しかしげて上目遣いで美凪を見つめた。

「『恭平は、あたしのこと好き?』」

冷め切った目で、美凪は悠を見下ろす。


聞けるか、と心の中で吐き捨てた。

それが聞けてりゃ今頃こんなことになってない。


悠はそんな冷ややかな視線をさらりと交わして、ポーズも口調もそのまま、またも得意技を飛ばす。

「カッコばっかつけてたツケが今来てんだよ」

「カッコなんか」

「つけてるよ。いつも内心不安で不安でしょうがないくせに。束縛しあわない関係なんてかっこつけてるけど、結局それってビビってるだけじゃん。言いたいことも言えない、聞きたいことも聞けない、意地張るだけ張って挙句の果てには『別れる』つっときながら未練タラタラ。バカみたい」


ぐ、と美凪が言葉に詰まる。

悠はきゅっと口を結び、美凪を見つめた。


「自分が素直じゃない性格だから、相手にそれを求めるのはワガママだと思う気持ちは分かる。でもそれで自分を追い込むのはバカだし、それで不安になってるのは大バカ。恋愛初心者以下。ただのチキン。話になんないね」

美凪の目が据わる。

悠はにこりと笑ってさらに言った。

「好きなら好きって言やいいじゃん。たかだかスイカの『ス』にキュウリの『キ』じゃん」

「スイカのスなんて言えるわけないでしょ」

「悠は言える」

「あんたはね」

悠は素直だ。自分の欲求にも、感情にも。

開けっぴろげに自分を出す悠が、憎らしいほどうらやましい。


あたしは一体どこでどうネジくれたんだろう、と自己嫌悪に陥る。


「言えるよ。ナギも言える。悠が魔法かけてあげる」

そう言うと、悠はうちわを魔法の杖にでも見立てたつもりか、ぱたぱたと美凪を仰ぐ。

むにゃむにゃと訳の分からない言葉を言ったかと思うと、ぴた、と美凪のくちびるにあてて止めた。


「『恭平さんはナギのことラブラブ愛してる』」

「は?」

「今のが魔法の言葉」


擦れた外見とは裏腹に、意外と堅物な美凪には悠の微妙に古いネタに対してツッコミができないことがしばしばあるが、今回は頑張った。

一瞬嬉しそうに緩んだ口元をあっという間に引き締めて、憎まれ口を叩く。

「そろそろ微妙に古いネタ使うの飽きなよ」

「じゃ、カワイコちゃん?」

「それこそ昭和じゃないの?」

「つか早く行けよこの臆病者」


カッコわるいのが、カワイイ時だってあるんだよ?


壁にかかった時計をちらりと見た美凪に、悠は勿体つけて言った。

「ナギ。今日は、悠、神様ね」

「は?」

「気ぃきかせてあげる。恭平さん、さっき屋上に上がってったよ」





2度目のキスの予感がして目を閉じた時ですら、こんなに緊張しなかった。


これが今まで逃げ続けてきたツケか、と美凪は自分で自分を茶化してみる。

この重い鉄の扉の向こうに、恭平がいる。そう思っただけで胃が重い。回れ右して帰りたいくらいだ。


ふいにスカートのポケットに入れていた携帯が震えた。

大慌てでポケットに手を突っ込んで画面を開けば、悠からのメール。


『逃げんなよ』


悠の憎たらしい顔が浮かんだ。

悠なりの激励だとは分かっているけれど、やっぱりムカツク。

腹をくくれ。もう戻れない。

たかが恋愛、たかが失恋、たかが告白。

たかが、遠距離恋愛。死にゃしない。

リズミカルに胸の中で繰り返す。

腕に力を込めれば、思いがけず、扉は静かに開いた。


そしてその声は、頭上の給水塔の方角から聞こえてきた。語尾がちょっとだけハスキーな低い声。

「朗らか」という声質があるならまさにそれ、な声。

恭平と、兄だ。


悠のアホ。なぜ兄までいる。

気付かなかったのか、それとも確信犯か。


予想外の展開に出鼻をくじかれる。

出直した方がいいのだろうか。


と、二人の会話が途切れて沈黙が訪れる。

気付かれてしまったのだろうか。

身構えていると、少し声を落とした兄の声がした。


「すまん。俺がわるかった」

「なにが」


そして、恭平の声。


「俺のせいで、お前、美凪と上手く行ってないんだろ。ほんとにごめん。俺ほんとにバカだ」


身動きできず、逃げるわけにも行かず、美凪は立ち尽くした。


なんで、なんで、なんで。

なんで。

なんで知ってんの。

なんで。


「大学のこと。俺なんにも考えてなくて」

「ああ」

そのことね、と恭平のそっけない声。



ひと月くらい前。次の日曜は会えないと恭平が言っていたから、てっきり兄と約束があるんだと思っていたら、違っていた。

昼過ぎまで部屋でダラダラと寝ていた兄にそれとなく聞いたら、「オープン?キャンパス、的な?」と相変わらずアホな返事がかえってきた。

そして、あいつW大第一志望だから、と。

ああ、恭平東京に行くんだ、とその時は漠然とそう思っただけだった。

別にそれにショックを受けはしなかった。

たかだか新幹線で数時間の距離。たいした事じゃない。

辛かったのは、恭平がその後ずっと、何も言ってくれなかった事だ。

ジワジワとシミが広がるように不安が全身を侵食しきった頃にはもう、恭平の何もかもが信じられなくなっていた。


「恭平より先に、俺が美凪に言ったらダメなことくらい、考えりゃ分かるのにな」

「そうだよてめぇ、まだはっきり決めてもいないうちにペラペラバカ正直に喋りやがって」

恭平のからかい混じりの声。少しだけ自嘲気味に聞こえるのは自意識過剰だろうか。


「でもさ。何ですぐ美凪にフォロー入れなかったの?」

あいつけっこう悩んでたぞ、と咎める兄に、驚いた。

誰にも、気付かれないようにしていたつもりだったのに。

「凪は、お前に俺と付き合ってること言ってないんだろ」

「あそっか」

「というのが建前」

「あ?」

「本音はかっこ悪いとこ、見せたくなかったから」

「は?」

「さすがの俺も、W大は厳しい。かと言って、ランク落として地元の大学行けば、凪の近くにはいられるけど、俺、どしても一野蔵先生がいるW大で勉強したいんだよ」

「なるほど」

「浪人するかも知れねぇのに、そうそう簡単に言えねぇぞ、そういう事は」

「じゃあ、俺があいつにばらさなかったら、受験まで黙ってるつもりだった?」

「そう」

「お前も人の子なのね」

「うるせーな」



沈黙。

恭平が空を仰いでいるのだろう。まぶしそうに、少し目を細めて。

その横顔を見るたびに、無性に切なくなってた。

こっちを見ない恭平を見るたびに、言いようのない苦しさがあった。

もっと、と口走りそうになる。

もっと。

熱くなって。


そして兄が、でもな、と呟いた。


「あいつは、そんなんで嫌ったりしないと思うぞ」


しない。


不覚にも兄の言葉に泣きそうになった。

昨日、死ねとかバカとか言ってごめん。帰ったら謝るから。


「お前、美凪の前だと妙にかっこつけるよなー」

「うるさい」

子どもっぽくすねたような恭平の声。初めて聞いた。

「素直に言えばいいのに」

「なんて」

「『浪人しても俺のこと好き?』つって」

「言えるかよ」

「俺は言える」

「お前はな」

どこかで聞いた会話だ。

「冗談だよ。にしてもな、ちょっとくらいは弱音を吐いてもいいと思うぞ」

「……」

「かっこ悪いとこ見せたくないって気持ちも、美凪を縛るようなこと言いたくないって気持ちも分かるけどな、それが逆に不安になることだってあるんだからな」

「お前今日は妙にいいこと言うね」

「本気で聞け」

「聞いてる」

「とにかく、あいつとよく話せ。美凪も相当意地っ張りだから、お前がそんなんだったらなし崩しに自然消滅するぞ。それは兄としてちょっと許せん」


いくらあのクソ可愛くない妹と言えども、と最後に兄が付け加える。

前言撤回。

やっぱり謝らない。


「知ってっか、今日はな、世間一般では七夕と呼ばれる日だぞ」

「だから何」

「毎年7月7日が曇るのって、何でか知ってるか」

「さぁ」

「人目を気にせずに織姫と彦星が会えるようにっていう、神様のイキなカハライなんだと」

「カハライじゃなくてハカライな。」

「俺、今日神様な」

「は?」


という言葉と同時に、ごそごそと音がする。

そんなことよりも。

ちょっと。

どういうこと?

既視感というにはあまりにも新しすぎる記憶。


「イキなハカライ?ってやつをしてやるっつってんだよ」

あっという間に兄の声が移動して、気がつけば、目の前にイタズラっぽく笑顔を浮かべた兄が立っていた。

「ちょ、」

「シッ」

口を手でふさがれて、面白そうに笑われる。

通りすがりに小さくささやかれた。


「お互い様」


なにが、なんて聞き返すまでもない。

してやられた。


小さく手を振りながら、兄は屋上の扉を閉じた。


「湊?」


ひょっこりと頭上から現れた恭平の顔は、逆光でよく見えない。

「凪」

「…あいつ」

「あ?」

「湊が悠と付き合ってたの、知ってた?」

「知ってた」

「あたし知らなかった」

「お互い様でしょ」

そう言うと、恭平は、とん、と重力を感じさせない身軽さで給水等から飛び降りた。


お互い、両手をポケットに突っ込んだまま、視線どころか顔さえ合わせられない。

うつむき加減の目の端で、恭平がちらりと動いた。


「どっから聞いてた?」

「…多分全部」

「湊に仕組まれたわけね」

「みたい」

「じゃあ話は早い、お前俺のこと好き?」

「好き」


弾かれたように顔を上げて、するりと口をついて出てきた言葉は、何年間も自ら禁じた言葉とは思えないほど自然だった。

恭平が目を見開いてるのを見て、耳が熱くなった。

ちくしょう。

悠、ありがとう。

「俺も好き。すげぇ好き」

恭平が少しうつむいて、耳の後ろをかいた。

あの恭平が照れてるのか、と思った途端、張り詰めていたものが切れた。


「なんで泣く」

「るさい」

「ごめんな」

「なんで謝る」

「わかんね」

「じゃあ謝るな」

「じゃあ泣くな」


少しかさついた指が目尻から頬へ、涙を撫でた。


あたしは一体、この人のどこを見ていたんだろう。

なんでも余裕ぶった顔でスマートにこなしちゃう人だと思っていたのに。

なんて不器用な指。


何分か後に、今を思い出して憤死したくなるのかもな、とちらりと思ったけれど、止まらなかった。

どうにでもなれ。

思い切り、恭平に抱きついた。

恭平が抱きしめ返してくれたのを感じて、今度はもう、声をあげてわんわん泣いた。

「だから何でそんなに泣く」

「だって、初めて好きっつった」

「お前が?」

「恭平も」

「そうだっけ?」

「最悪」

「ごめんな」

「ちゃんと謝れ」

「ゴメンナサイ」

「謝るな」

「どっちだよ」

恭平のあきれたような笑い声と一緒に、押し当てた胸が震えた。

「俺ら、なんでケンカしてたんだっけ、つか、ケンカしてたっけ」

「知らない」

悠がバカにした理由も良くわかる。

周りから見れば、ケンカも何も、取るに足らないようなことだったわけだ。

自分のことで精一杯だったあたしには、まわりはおろか、恭平のことすら見えていなかった。

「お前、織姫できる?」

「は?」

「年に1回とは言わねぇけどさ。俺が東京行っても平気?」

「…行けばいいじゃん、行けるもんなら」

「可愛くねぇ」

「東京でも浪人でも、すればいいじゃん」

「お前ね」

「平気だから。バカにすんな、遠距離くらい」

「そんなに俺が好きか」


イタズラっぽく聞かれて、反射的にいつもの減らず口を聞いてしまった。


「二浪くらいまでなら」


恭平がいつものシニカルな笑みを浮かべた。

これから、多分恭平は、可愛くねぇな、と言ってキスをする。




<7.7 end>




余談。




「上手く行ったかなぁ?」

「あいつらカッコばっかつけてホントにバカだからなぁ」

「悠みたいに素直が一番なのにね?」


屋上へと続く階段の踊り場で、コソコソと『神様』の役を全うしているのは、悠と湊の二人。

悠の計画通りに事が進み、湊が任務を果たして屋上から出てくると、悠は、初めてのおつかいから帰ってきた子どもを褒めるように、湊を褒めた。

二つも年上の男に頭ナデナデはないだろう、と言いたいが言えばどうなるかよく分かっている湊は、言われるがまま、頭を悠に差し出した。

力関係は明白。


「やっぱさ、人間、ベンキョーばっかできても、恋愛できなきゃダメだよね」

「そうそう、偏差値じゃ世の中渡ってけないもんな」

「でも湊みたいにアホすぎるのも悠はどうかと思う」

あーあ、恭平さんは東京かー、とのんびりした口調で言う悠の少し後ろで、湊は引きつりそうになる笑いを何とか堪えていた。


「悠は遠距離恋愛なんて絶対やだなぁ」

「俺も」

「でも彼氏が三浪ってのはのはもっとやだなぁ」

「…まだ受験してないんですけど」

「だってこの前の模試、E判定だったって上村先生から聞いたよ?」

「…あのクソババァ」

「って言ってたって、センセに伝えとくね」

「…黙っててスミマセンでした」

「浪人の前に、留年の心配しなくちゃいけないよね」

「ハイ」


がっくりと落ち込んだ湊の頭を「ナデナデ」と言いながら撫でる悠に、湊はさらに落ち込んだ。

「でも悠は、湊のアホだけどかわいいとこが好き」

「…俺も悠の可愛いけどキツイところが好き」

「湊マゾだもんね」


ね?とニッコリ微笑まれて、湊はコイツと結婚したら一生尻に敷かれるんだろうな、と想像して背筋を震わせた。



屋上の扉が開く気配は、まだない。





<end>

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