11 魔力とは
申し訳ありません、サラ秘密のくだりまで書けませんでした。
次話では必ず書きます
09/26 誤字修正 会話文のインデント修正
俺の頭は混乱していた。
俺は、領代との会見の後、俺の馬を領兵館から連れ出し、【金牛宮】に戻ってきた。 そして、部屋に備え付けの椅子に座り、サラの奴隷契約書とデハイドの委任状、バナーシの第3者証明書、討伐報酬目録の紙を見て、重大なことに気が付いた。
…日本語で書いてある。
うん、どう見ても日本語だ。ひらがなとカタカナしか使われていないが、ちゃんとした日本語だ。
奴隷契約書については、街に来る前にも確認している。委任状と第3者証明書に至っては目の前で書いているところを見ている。
なのに、その時には俺は何も気づかなかった。だが今は違和感だらけの紙にしか見えない。
俺は何をしていただろう?
そうだ!少し前に頭をすっきりさせるためにスキルを全部はずしたな。それがきっかけか?
俺は外していたスキルと付け直し、紙を見た。
…うん、正式文書だ。どこもおかしくない。
スキルを外して紙を見た。
日本語だ。ひらがなだ。なぜ日本語がここにある?俺はおかしいところにしか目がいかなくなった。
「ご主人様、どうされました?」
サラが俺の行動を不信に思い、声を掛けてきた。…日本語で。
俺は、もう一度この世界に来てからを思い出していた。
そういえば、あのおっさんも日本語だったし、盗賊も日本語をしゃべってた。俺はその時違和感を感じてない。
今の俺と、あの時の俺の差異は…。
≪思考並列化≫
俺はこのスキルだけを付けて、紙を見た。
うん、正式文書でおかしいとこはない。
確定。俺に違和感を与えないようにしている犯人はこのスキルだ。
だが、なんでこんな仕様があるんだ?
しばらく考え込んでいたが、俺はあることに気付く。
この手の問題に関しては、スキルは一切関知しない。
複数の俺も騒がないし、途中経過をすっ飛ばして結論を教えてくれない。
逆に「それのどこがおかしい?」という態度までとっている。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
サラが心配そうにしている。
「サラ、ここに書いている言葉は何語だ?」
俺の質問の意図を計りかねたのか聞かれた通りの回答をした。
「え…と、ニ・ホーン語という古くから使われている公用語です。」
ガタガタッ!!
俺は椅子から転げ落ちた。
そういえば、あちこちに日本的な違和感野郎が存在する。
『お辞儀』って日本文化じゃなかったっけ?
物置小屋の入り口は引き戸だった。
サラはそこで正座に土下座してた。
頭目は座布団に座ってたぞ!
自決って武士道の精神じゃない?
野営地での食事はお箸使ったよ、お箸。
領代の部屋にちょうちんあった!
これは、あれだ。この世界の創造主のせいだ。今度会ったら、問い詰めてやる!
おかげで、俺は思考系のスキルは絶対はずせない。はずしたら違和感だらけのこの世界でおぼれ死んでしまう…。
宿名も【金牛宮】だったな。受付嬢に名前の由来聞いとこ。
俺とサラは、宿の一階にある食堂へ行き、そこで夕食を取った。何人かの宿泊客がいたので、俺とサラは目立たない席に座り、そこで肉料理を二人前頼んで二人で食べた。
事前にサラには奴隷らしく振舞わないように理由も添えて説明していたので、特に問題もなく夕食は終えられた。
そして次の問題に差し掛かった。
寝床だ。
ベッド。こっちに来て初めてのベッドになる。それはいい。問題は、
「サラ。」
「はい、なんでしょうかご主人様!」
呼べばちょこちょこ寄ってくるこの子だ。
この子をどう扱ったらいい?
ベッドがひとつ。そこに若い男女が寝る。寝るだけだ。…のはずだ。それをあと9回。簡単なことだ。何を力んでいる?堂々と大きく構えていたらいいんだ。いや、俺のここは大きくならなくていい。
俺、完全にテンパってる……。
「サ、サラ。今日はもう寝ようか。」
「はい。あ、でもサラはどこで寝ればよいのでしょうか?」
サラは部屋の中をきょろきょろと見回して寝る場所を探している。
そうか。普通は奴隷用のスペースがあり、そこで眠るのか。だが、あったとしてもそれはさせられない。
「サラ、俺と一緒にベッドで寝るぞ、来い。」
俺は無意味に強気な態度でサラを寝室に呼んだ。
「で、でもサラは奴隷です。奴隷はベッドでは寝れません。」
自分の身分を鑑み申し訳なさそうに首をふる。
「サラ、俺しかいないときは『奴隷のサラ』になる必要はないよ。俺はサラをそのへんの床に寝かせることができない。だから俺と一緒にここで寝よう。」
そう言って、サラを促す。サラは戸惑いを見せていたが、何かで得心したのか笑顔になった。
「ありがとうございます、ご主人様。お言葉に甘えさせて頂きます。」
そう言って、サラはその場で服を脱ぎだした。
俺はいろんなものを吹き出して慌ててサラを止めた。
「な、なぜ脱ぐ!?」
「服のままだとベッドが汚れてしまいます。脱いだほうがよろしいかと思いまして。」
サラの言ってることは正しい。俺も汚れた服のまま寝るのは良くないと思う。間違ってないが、俺が耐えられない!
周りを見渡して、備え付けのクローゼットを開け、中に掛けてあったネグリジェを取り、サラに渡す。
「こ、これを着て!」
そう言って、自分用のローブも取り出し、慌てて寝室の外に出た。
夜着に着替え、俺たちはベッドの上に横になった。サラはベッドのフカフカな感触が初めてのようでニコニコしてその感触を楽しんでいる。俺はその横でドキドキしてその様子を伺っている。
サラは俺の奴隷になった。だから俺の命令は何でも聞く。命に関わることでなければ絶対に聞く。だからあんなことや、こんなことも聞いてくれるだろう。…いや、違う。思考が間違っている。いくら奴隷だからといって、あんなことやこんなことをさせていいはずがない。奴隷法を読み返したが、『奴隷を合法化』するための内容ではなかった。むしろ『奴隷の尊厳を守る』ための内容に近い。無下に扱うことを禁止することがしっかり含まれている。
ここは俺がしっかりと理性を保っていくことがベストな選択のはず。…でもカラダに触れるくらいならいいんじゃない?
そう思ってチラリとサラのほうを見た。
…寝てる。
疲れてたのかな?まあ、いいや。おかげで今日は理性が保てそうだ。俺も安心して体をサラとは反対の方向に向け、目をつむった。
翌朝、目が覚めると隣にはサラは居なかった。慌てて体を起こすと、ベッドの脇にサラがいた。サラは起き上がった俺に深々と頭を下げて挨拶をする。
「おはようございます、ご主人様。昨日は先に寝てしまい、申し訳ありません。ですが、おかげでぐっすりと眠れました。」
そう言ってニコニコした顔を俺に見せる。
「う、うん……。」
おれはぎこちない返事をする。
サラは既に服を着換え、髪も整え終わっている。紫の剣もちゃんと背負われている。
奴隷とはご主人様より先に起きて、自分の用意を全て済ませておくものなのだろうか。剣は別に背負わなくてもいいんだが。
俺もベッドから降り、ローブを脱いだ。裸族の俺はこれで着換え完了である。
二人で朝食を取るため一階に降りた。そこには受付嬢がおり、俺たちに挨拶をする。
「おはようございます、エルバード様。領兵館からの使いから、こちらを預かっております。」
そう言って、俺に袋を渡す。中身は銀貨と銅貨だった。盗賊団の得物を換金した分か。犯罪者の武具や持ち物は討伐者のものになるらしい。…つまり俺の≪異空間倉庫≫にあるお宝も俺のもの…。お金持ち確定なのだ。
「それから、こちらが領代館の使いから預かったものになります。」
受付嬢はそう言って袋と紙とを出してきた。袋の中身は金貨。これは討伐報酬だな。紙は、地図と手紙…あ、そうか。鍛冶屋の紹介状か。よし、さっそく行こう。
俺は食堂へ向かいながら受付嬢に銀貨を1枚渡した。
「朝食後に外出をする。行先はこの地図に書かれている鍛冶屋だ。それと衣服を調達したい。お勧めできる店を教えてくれ。それからこの町に教会はあるか?」
受け取った銀貨を眺め、少し考え込んでいた受付嬢だが直ぐにポケットにしまった。
「かしこまりました。後程地図をお届けします。それと教会は街の西に太陽神様を奉る建物がございます。こちらも地図をご用意します。」
そう言って深々と頭を下げた。よし、この世界でもチップは通用する。この受付嬢とは仲良くなっておこう。いろいろと便宜を計らってくれそうだ。
朝食後、俺たちは徒歩で鍛冶屋に向かった。だが鍛冶屋での用事はあっけなく終わってしまう。
「…俺にはこの封印は解けん」
一目見て鍛冶屋の親父に言われてしまった。
なんでもかなり複雑な封印を施しているようで、かなり高名な鍛冶職人が制作した武具らしい。ますますそんなものを持っている俺が元々誰だったのかわからなくなった。
だが本土にいる親父の師匠の師匠であれば解けるかもしれないそうだ。その人いったい歳いくつなんだろう?
親父に紹介状をもらい、チップとして銀貨を渡して鍛冶屋を後にした。
次は服屋だ。
俺たちは受付嬢に教えてもらった店に向かった。
店の外観はそこそこ大きい。店名は【ハーランド】。この島の名前の由来となった五穀豊穣の神様の名前だそうだ。店の中に入ると中はいくつかのブースに分かれていた。恐らく用途に応じて売り場が違うといった感じだろう。店員は店に入ってきた俺たちを見て訝しげに睨んでいた。当然だろう。裸族と貫通力の高い薄手布だもん。
俺は迷わずその店員に近づき、金貨を見せながら声を掛けた。
「衣服を買いに来た。大丈夫、俺の身元は領代が保証している。この格好では店に迷惑がかかる故、奥に通してくれぬか。」
奥に通してもらえた。やはりこの格好で店をうろつかれるのは困るらしい。奥の部屋で、俺はしばらく待たされた。サラは、こういうところに来るのは初めてなのだろうか、俯いた状態で完全に沈黙していた。
しばらくして店長と思しき男性が部屋に入ってきた。
「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件で?」
明らかに俺を疑っている雰囲気を漂わせているが、それはしかたない。まず、疑いを晴らすことから始めよう。
「俺の名はエルバード。【金牛宮】にしばらく滞在している。まず、今日ここで買ったものは全て【金牛宮】に届けてもらいたいのだが、できるか?」
俺は、買ったものを今は持ち帰らないことを宣言する。そうすることで少なくとも店側は商品を盗られるということはなくなる。次に全てこの場で支払うから多少割り引いてほしいと依頼する。
店長はどちらも了承した。これで疑いは晴れたであろう。
俺は欲しいものを持ってくるよう依頼する。
・彼女に合う服と靴
・俺に合う服と靴
・遠出用の外套と靴とリュック
・夜着
・下着
・馬に着ける用のチェスト
・野営用の備品一式
・財布
思いつくものを一通り言って揃えさせた。
試着を繰り返し、納得のいくものを見つけ、着換えも含めて数種類を選んだ。さすがにキャンプ用の食器類は手に入らなかったが、その他は満足のいくものだった。
これらを全て【金牛宮】に届けるよう念押しして支払いをする。全部で金貨6枚と銀貨15枚。ふむ、銀貨10枚で金貨1枚ではないのか。そうなると金貨の価値はかなり高いものになるな。それを6枚も使ったということは結構な値段だったのでは?店長は最初と違ってすごく笑顔になってたし。
店長じきじきに見送られて俺たちは店を出た。結局サラは終始無言だった。まあ、仕方がないか。小さい頃から奴隷だった彼女にとっては全く異なる世界だったのだろう。ここは話題を変えて彼女の気持ちを切り替えさせよう。
「サラ、≪鑑定≫って人以外にもできるのか?」
「へ?……あ、はい。植物や物を鑑定して確認することもあるそうです。」
「へえ?じゃこれを鑑定してみて」
そう言って地面に生えている草を指さす。サラは草に向かって≪鑑定≫をし、見えた内容を俺に伝えた。
【ハルペ草】
年中生えている草。冬に白い実をつけるが、その実は酸味と苦みがきつい。
「ふうん、食べられないのか。じゃあこれは?」
そう言って、次は軒に並べられた椅子を指す。サラはまた≪鑑定≫した。
【ダウニーの木の椅子】生産品
ダウニー製の椅子。
「?生産品てのはなに?」
「製造方法が公開されている製品になります。職人は自分の技術で作成したものが『業物』となり製造方法で作成されたものを『生産品』と呼びます。」
「へぇ。あ、じゃあこの剣やってみる?」
俺はサラが背負う紫の剣を指した。サラは背中から剣を降ろし、≪鑑定≫した。
【?】封印
「……見たまんまか。」
「申し訳ありません……。」
「いや、サラのせいではないが、少し残念だったな。多少なりとも何かわかるかと思ったんだが…。」
俺は顎に手を当てて考え込んだが、わかるわけでもないので、考えるのをやめる。
「次行こう。サラ、これは?」
そう言って取り出したのは銅貨、銀貨、金貨である。サラは1つずつ≪鑑定≫した。
【銅貨】生産品
青銅から鋳造された貨幣で一番小さい単位。
【銀貨】生産品
銀から鋳造された貨幣。
銅貨100枚と同等の価値を持つ。
【金貨】生産品
金から鋳造された貨幣。
銀貨100枚と同等の価値を持つ。
なるほど、≪鑑定≫でいろいろわかるな。これは非常に便利なスキルだ。
そう考え、俺は次々といろんなものを≪鑑定≫させて見えた内容を教えてもらった。
俺は地面を歩く蟻を見つけ、座り込んで「これは?」とサラに聞いた。
「……。」
サラから返事がない。どうしたのかと振り向いたら、サラが俺に覆いかぶさるように倒れ込んできた。
「うわっぷっ!!」
俺はサラに押し倒されるように一緒に地面に転がった。
「どうしたんだよ、サラ!!」
そう言って起き上がりサラを怒鳴る。だがサラは倒れ込んだままだった。
「サラ?」
不審に思い、サラに近寄る。抱き起してもサラの反応はなかった。
まずい!顔が真っ白だ!血の気を失っている!
「サラ!サラ!」
俺はサラに呼びかけるが反応はなく、荒く息をしている状態だ。俺は何が起こったのかわからず、サラをゆするが返事もなく、荒い息をし続けている。
俺はサラを抱き上げた。幸い【金牛宮】からほど近い。俺は急いでサラを抱えたまま【金牛宮】へ走った。
宿に入った俺はカウンターにいるいつもの受付嬢に声を掛ける。
「すまぬ!サラが突然倒れた!おしぼりと水桶を用意してくれ!」
俺はそのまま階段を駆け上がり、部屋に飛び込んで寝室へ向かった。サラをベッドに降ろしペチペチと頬を叩いた。
「サラ!聞こえるか!どうしたんだ!?」
サラの反応は鈍く、全身に汗を掻いている。俺はサラに呼びかけるだけで、何もできなかった。
部屋のドアが開けられ、受付嬢がやってきた。手にはおしぼりと桶とを持っている。
「エルバード様、ご要望の品をお持ちしました。」
静かだが急ぎ足で寝室に入ってくる。サラの前に座り込み、様子を伺いながらおしぼりで顔の汗を拭きとった。そして無表情で俺のほうを向く。
「ただの魔力切れです。」
「まっ!?」
「安静にしていれば、回復します。」
落ち着いた態度で答え、立ち上がってクローゼットからガウンを取り出す。
「体温を下げないように着換えさせたいのですが。」
それは俺に出ていけ、という合図であった。俺は「頼む」とだけ答え、部屋を出ていく。
しばらくして受付嬢が寝室から出てきた。
「サ、サラは!?」
「大丈夫です。静かに眠っております。」
俺は安堵の息を大きく吐いた。
「魔力が枯渇するとあのように血色を失います。放っておくと発汗作用で体温が下がり、酷いときにはそのまま命を失ってしまいます。」
受付嬢はキッと俺を睨む。
「いったいどのようなことをされれば、魔力が枯渇する状態にまでなるのでしょう?」
口調は丁寧だが明らかに怒っていた。
たぶん、≪鑑定≫だ。スキルは魔力を消費するのか?俺は盗賊団と戦っていたとき、バンバン使っていたが、全くそんなそぶりはなかった。というより魔力の存在すら知らなった。
「す、すまない……。」
俺は擦り切れるような声でかろうじて答えた。受付嬢はそれを聞いて、何も言わずスッと手のひらを差し出した。
…はい、そうですね。渡しますよ。
俺は袋から銀貨を取り出し、彼女の手のひらに乗せた。
受付嬢はちらっとそれを見たが、そのまま動かない。足りないと態度で示している。
もう1枚乗せた。それでも動かない。更に2枚乗せたところでようやくそれを持って部屋を出て行った。
…俺、カモられてるかも。
サラは目を覚ました。俺がすぐそばにいることにびっくりしたが、飛び上がる元気まではないようだ。
「も、申し訳ございません。」
涙目になって俺に謝る。
「いや、サラは悪くない。俺が魔力のことを知らなかったからだ。すまん。」
俺は正直に謝った。サラは首を振った。
「違うのです。サラは生まれつき魔力が少ないのです。そのためスキルを多用できません。このことをご主人様にお伝えしていなかったサラが悪いのです。」
そう言ってヒンヒン泣いた。俺はやさしく頭を撫でた。
「わかった。俺も気を付けるから。サラもいろいろ俺に教えてくれ。今日はこのまま休もう。夕食は後で持ってきてもらうから、ここで食べよう。」
そう言って俺はサラをやさしくなで続けた。
夕食を受付嬢に持ってきてもらったが、チップを要求されたことは言うまでもない。
意外としたたかな受付嬢です。
主人公は完全にカモられているようです。
次回は本当にサラの秘密に到達します。既にその一端は描かれておりますが…
ご意見、ご感想をいただければ幸いです