1 魔人族の3人娘
お待たせいたしました。
八章の始まりです。
この章では、カミラとアユムが主人公です。
10/28 誤字の修正 アマヤヌラ×⇒シンヨウ
04/05 八章を全体的に見直しました
魔大陸の南の端に位置する群島。
名を六大群島といい、一ノ島を中心に六つの大島と、中小さまざまな衛星群島でもって形成されている。
六つの島にはそれぞれ別の種族が国を構えて生活しており、一ノ島にはヒト族。二ノ島には獣人族。三ノ島には妖精族。四ノ島には半神族。五ノ島には竜人族。そして六ノ島には魔人族が独自の文化と国家を構築していた。
この世界を創りし神は前世が日本人で俺の弟、良聖。だが、創造時のバランスが悪いのか無茶な創りをしているのか、この世界は崩壊しかかっており、俺はその崩壊を止めるために封印された神への接触と、もしもの時のための最終兵器“勇者”の養育を任されてしまっていた。
俺の本来の使命は「黒い魂を循環させる」ことなのだが、余りにも人外すぎる力を身に付け、神々に目を付けられ、弄ばれている状況。
そんな中、何とか六ノ島までやって来たのだが、この国は派閥争いという名の出来レースを繰り返す政治運営を行っており、上陸してすぐにそのゴタゴタに巻き込まれていた。ヴリトラ派、クー・シー派、テング派の3派に囲まれながらもいろいろと種を撒いてさてどうしようかという初日の夜である。
「さて…何から始めていいのか。語り部サラとしてはこの国はどう映った?」
“語り部サラ”という言葉に反応し、ヒト族の可憐な奴隷少女は返答した。
「魔人族の国と聞いておりましたが、獣人やヒト族が高い身分、職位に就いておられるようです。…まだ一部しか見ておりませんが、昔から移民として他種族を受け入れている歴史があると思われます。そしてそれは様々な問題を抱えていることと想像致します。」
生まれつきの奴隷でありながら、洞察力と俯瞰力、想像力が豊かで、非常に聡いサラは、俺の満足する回答を出してきた。だが、その抱えている問題にどう触れていくかによって俺達のこの先に関わってくると見ている。
「フォン、俺達はこの国でも見張られていると思っていいだろう。≪気配察知≫での周囲警戒は怠るなよ。」
海銀色の髪を持つ銀狼少女が、俺の指示に表情薄く肯くが彼女の尻尾はブンブンと揺れて喜びを表現している。二つの“大玉”を持つ彼女は、護衛、斥候、哨戒、前衛、後衛、夜の相手とオールマイティーに何でもこなす。
「エフィ、この島に妖精族もいるな。警戒した方がいいのか?」
腕を組んでふんぞり返っていた耳長少女が天井を見たまま答えた。
「妾の事は知らないんじゃない?まあ、ハウグスポーリの件があるから、警戒はお願いね。…妾がするのか!?…嫌じゃ。」
兄に命を狙われ、一族を追われ“はぐれエルフ”となった高貴な少女は普段はこんな風に我が儘に堕落している。
「ああ?じゃ、もういい!…ったく。…ウルチ、これからは周辺の会話もその耳で聞きとってくれ。俺達がどのように見られているかを知りたい。」
「はい。既に幾つか聞き取りましたが、ご主人様の事を“カルタ様”と呼ばれる方が幾人も…。」
不安そうに答える小柄な竜人少女は、少し顔色を悪くしていた。
「ベラに替わって少し休め。」
その言葉で紫の髪が黒く変色し表情のない顔に変わる。
「大丈夫です。アタイが朝までこのままでいます。」
そう言って無表情に答えると一歩身を引いた。身を守るために別の人格を創り出し、危うく本人格が消えそうになっていたが、今では二人はうまく共存できている。
「アンナ、今回は戦争に参画するようなことはないから、お前の出番はないかもな。」
長身の美しい肌を持つ半神少女が、俺の言葉に憤慨しいきり立つように返答した。
「何も戦ばかりが私の真骨頂ではございませぬ!御館様の進むところ…例えどんなどころであろうと…ぶへぇ!!」
俺は帽子を投げつけて彼女の口上を止めさせた。ハウグスポーリに利用され汚名を被った少女はハーランディア島、五ノ島で大活躍をしていた。
そしてもう一人の少女を見やる。
ずっと俯き不安そうな表情をしていた青肌の吸精少女は今にも泣きだしそうだった。
「…カミラ。お前はどうしたい?…既に魚面人族の話からして、お前の出生には秘密がありそうだが…知りたいか?」
少女はプルプルと首を振った。
「…わか…りません。ただ、すごく怖いです。」
彼女は魔人族だが、六ノ島での記憶は一切ない。生まれてすぐに母親と共に一族を追い出されており、故郷、と言われてもピンと来ない。その上で、『夢魔族は過去20年間出入りがなかった一族として』表彰されたことを知り、カミラという少女が一体何者なのかがわからなくなっていた。
「カミラ。……前にも言ったが、俺は六ノ島から来たらしい。そして俺もこの国の事を全く知らない。」
カミラは俯いたまま。だが、その目が見開かれており、俺が言わんとすることが容易に想像できたようで、一所懸命何かを考えていた。俺はカミラが何かを言いだすまでじっと待った。
「主~…。ウチ頑張る。夢魔族の村に行ってみる。…でも、手伝って欲しい。」
「もちろんだ。お前は俺の奴隷なんだから。」
「じゃあ今からウチの火照った体をなぐさ…ぴぎゃ!!」
何かエロい系を言おうとしてカミラは後ろから殴られた。倒れ込んだカミラの後ろからは深緑の給仕服を着たエフィが綺麗なお辞儀をして立っていた。
「我が主に不埒な行為を求める不届き物を成敗致しました。どうかご安心を。」
「う、うん…。ごくろう…。」
俺は引きつった表情で返答したが…カミラ、大丈夫かな?
深夜になって、ヘレイナ、マウネンテ、ヨルデの3人が戻ってきた。俺はベラを起してウルチに替わらせ、3人の会話を拾うように指示した。で、俺はここからが本領。≪空間転移≫で見張りのいない屋根へと移動し、超広範囲に≪気配察知≫を発動させた。
まずこの場所がデルハリャル。別名北地区と呼ばれている大きな街で、その南にジャラバの港がある。他に赤い点が集中する場所は…。後は疎らだな。はるか西に赤い点が集まっているが、あれが西地区かな?それとはるか南にも赤い点が集中している。これは南地区か?おお、その更に南に青い点が視える。あれが【獅子獣】様の合す場所か。…ん?東地区はどこだろう?
いやそれよりも、夢魔族の村を探さねば。
俺は、カミラと似た魔力を探してみた。…ダメだ、似たような魔力は感じられない。北の方にはないのかな?それならばこの町の中で似た魔力はないか…………いた。街の外れだな。ちょっと遠いが行ってみるか。
俺は≪気脈使い≫で空中を跳んで、狙いを定めた赤い点に向かって突き進んだ。≪超隠密行動≫で姿も気配も消した俺は誰にも見つかることなく、目的の街の外れに到着した。
この辺りは光彩棒による明かりが全くなく≪夜目≫を使わないとまともに見えない場所だった。俺は慎重に進み、カミラと似た魔力を持つ人間がいる小屋に張り付いた。窓は無く小さな扉が一つあるだけだが、木枠に石を積み上げ、頑丈に組み上げている。俺は屋根に上り、中の様子を探った。屋根には2か所、格子のついた明り取りがあり、ようやくそこから中を覗くことができた。そして見た瞬間に慌てて≪空間転移≫で中へと移動した。
青い肌の少女が息も絶え絶えにベッドに横たわっていた。
横たわる少女を抱き上げ言葉を掛けると、か細い声で水を要求した。俺は≪水魔法≫で水を創り出し、少しずつ彼女の唇に含ませた。水を飲ませながら、サラに≪遠隔念話≫で連絡して受け入れの準備をするよう指示した。
「う…。」
少女のうめき声が聞こえ、俺は胸元を見やる。わずかに開いた目からは血が流れており、ごく最近に怪我をしたことを物語っている。見ると足の骨は折られており、腹も大きく膨らんでいる。先に治療が必要か。
俺は適当な布を丸めて少女の口の中へ突っ込んだ。
「今からお前を治療する!痛いが決して騒がずにこの布を噛みしめて食いしばれ!」
そう言って彼女を叱咤すると、まず膨れてしまった腹の治療に取り掛かった。≪傷治療≫をかけると彼女の腹が蠢く。その度にもだえ苦しむ声が噛みしめた布にかき消された。ある程度腹が凹んだところで、≪心身回復≫を掛けて落ち着かせ、次に足の骨折治療を行った。やはりうめき声が彼女を包む。
「食いしばるんだ!」
俺は彼女に声を掛け続け、足の骨がくっついたことろで治療を中断した。目の治療はまだだが、一先ず危機は脱したと思われる。俺は深呼吸して一息つくとようやく周りの状況に目をやることができた。
まずこの少女は間違いなく夢魔族。カミラに似た肌色で背中に小さな蝙蝠羽もある。
そしてこの小屋には彼女の他にも3人の夢魔族と思われる遺体があった。俺はもう一度瀕死の少女に目をやるが、彼女は意識を失っていたので、ゆっくりと床に寝かす。そして他の夢魔族の遺体に近づいた。
腐乱が始まっている…。死因はなんだ?俺はじっと死体を見つめていたが、臭いに意識が集中してしまい、何もわからなかった。
一旦、彼女を連れて戻ろう。彼女から何かしら聞き出せるはずだ。そう考えた俺は、気絶したままの少女を抱きかかえて≪異空間転移陣≫で檻の宿に戻った。
宿の3階では既にサラが受け入れの準備を済ませており、俺が彼女をベッドに寝かせると、素早く状態を確認していった。
「…御主人様、お腹を激しく損傷しているようですが?」
「ああ、だが≪傷治療≫で最低限の処置はしている。」
「わかりました。後は…ひどく脱水しています。魔力枯渇…でしょうか?」
俺は桶に≪水魔法≫で水を満たしてサラに渡した。サラがそれを受け取って引き続き看病を始めたのを確認してから、ウルチに声を掛けた。
「あの3人はどうだ?」
「今日の出来事について確認し合っているようです。…やはり一番の話題は“カルタ様”についてですが。聞いた事は全部エフィ姉に書き取ってもらっています。」
見るとウルチの横で一所懸命ペンを走らせているエルフがいる。俺は彼女の書いた紙を手に取り、内容を確認した。汚いニ・ホーン語ではあったが、何とか読める。俺はエフィの頭をワシワシと撫でながら内容を読み、ニヤリと笑った。
あの3人はやはり同級生だ。…同級生という言葉が正しいかどうかはあるが、一時同じ屋根の下で暮らしている。恐らく派閥間の均衡を目的に異なる派閥同士で一緒に住んで学校に通ってたかとか、そんな感じだろうが、そのおかげなのか、今でも仲がいい。
そして3人はそれぞれの派閥の末端員ではあるが、今のやり方に不満を抱えている。特に魚面人族のマウネンテは派閥均衡の為に彼氏と別れさせられている。テング族のヨルデは元奴隷だ。
彼女たちは使えそうだ。
多分、俺、今悪い男の顔になってるだろうな。…エフィの顔が引きつってたもん。
俺は一人で1階まで降りると、魔人族の3人がいる部屋の扉を叩いた。中から蝮女族のヘレイナと思しき声で返事が聞こえ、扉が開いた。扉の前に長身の俺が立っていてびっくりしていたが、「話がある」という俺の言葉に、恐る恐る中へと引きいれてくれた。
3人は絨毯にお菓子を広げて雑談するかのように話し込んでいたようで、少し恥ずかしそうにしていたので、俺も絨毯に座り込みお菓子を1つ頬張った。少し甘すぎるがなかなかおいしいクッキーだ。それからさらにいくつかのお菓子を頬張ってその美味しさを3人に伝えると、緊張も少し解けたようで笑顔を見せてくれた。…それにしても、夕方に会った時は頭巾で覆われていたからわからなかったけど、美少女だった。……首輪があったけど。
「エルバード様、話ってなんだい?」
一番緊張とは無縁そうなマウネンテが口火を切る。俺は説明した。
俺には6か月以前の記憶がない。
気がつくと一ノ島に男の従者と二人きりで旅をしていたが、賊に襲われて命からがら逃げた。
一ノ島の有力商人に拾われ、算術士として雇われたが、行く先々で奴隷を抱え込んでしまった。
その後、高名な占い師に六ノ島から来たはずだと言われた。
ここへ来て“カルタ様”と何度も呼ばれている。
ここまで俺の話を聞いて3人の少女は生唾を飲み込んでいた。この後の展開はだいたい想像できているようだ。俺は自分が“カルタ様”である可能性を示唆した。その上でその男の特徴を聞き出す。できればこの身体がその“カルタ様”だという決定的な証拠が欲しかった。
で、彼女たちの話では…
六ノ島国王陛下との取次役官の長男。
派閥均衡の議会運営に異論を唱えていた。
常に上半身裸で、肉体的な強さを主張していた。
【命神の神殿】で産声を上げている。
ひ弱な女が嫌い。
ひ弱な男はもっと嫌い。
派閥に属さない屈強な男達を多く従えていた。
奴隷を毛嫌いして遠ざけていた。
父親と今後の政策について口論となり、宝剣を盗んで家を飛び出した。父親は息子を“退去者”として申請し、次男を自分の後継者に指名した。
「…残念ながら俺は今聞いた話のいずれにも当てはまらないようだ。やはり顔だけが似ているということか。」
独り言のように呟いて見せたが、内心では確信していた。
裸族…命神…宝剣強奪…。もうこの3つだけで確定ですよね。
「確かに外見は凄く似ております。私は一度カルタ様にお会いしたことがありますが…ですが、カルタ様はもっと、こう…荒々しい雰囲気というか…。」
そこまで言ってヘレイナは顔を赤らめた。たぶん、裸族の俺を思い出して変なことを想像したんだろうな。
さて、ここからが本題だ。
「君たちは各派閥からの派遣者として俺達を監視していることは知っている。俺が知っている事はできるだけ話してやるし、今の話を上に報告してもらっても構わない。だから一ノ島周回船交易の寄港地として許可を頂けるよう…協力をしてくれないか。」
俺は3人の顔をじっと見つめた。素顔を晒したヨルデがすぐさま俺の意図を理解して聞き返した。
「それは、貴方様の有利になるよう情報操作をして欲しいということですか?」
ヨルデの言葉で俺が言ってることを理解したマウネンテがびっくりした表情で声を上げた。すぐさまヘレイナがマウネンテの口を塞ぐ。俺はそんなヘレイナの行動を見てニヤリと笑った。コイツは俺に傾いている。
「エルバード様、この二人は喜んで協力しそうですが、私は無理です。」
そう言うと、ヨルデは自分の首にはめられているものに触れた。
この島では、元奴隷であっても首輪が必要。奴隷は社会貢献が認められる場合に限り、地区政庁監視の下解放が許される。この話は今日聞いた。そして彼女は貢献できる能力を持っていて解放されたのだろう。だが、監視目的で首輪はつけられたまま。だから、全身を覆うローブでその姿を隠していたのだろう。
そしてこれについても俺は想定しており、その対処法も考えていた。
「ヨルデ。ちょっと首輪に触れさせてもらう。」
そう言うと、俺は手を伸ばし、彼女の首輪に触れた。≪魔力操作≫でこの魔道具に込められた魔力を複製した。そしてそれを自分の中に取り入れて、≪魔力解析≫を使った。
所有者に対して、対象者の生死の監視と裏切り行為の検知、そして殺害の権限…が与えられていた。俺は舌打ちして、解析した魔力を破壊した。そして、オリジナルである首輪の中の魔力についても弄ってやった。
生死の監視のみにしてやった。これであれば所有者側にも気づかれないし、彼女が殺されることも無い。
彼女は首輪から感じる魔力に変化が起きたことを感じ取り、俺を見上げた。
「ま…まさか!?」
驚いている彼女ににこりと微笑むと俺は床に座り直して話を続けた。協力してほしいともう一度お願いをした。
ヨルデは姿勢を正して俺に頭を下げ、協力というより忠誠を誓った。
ヘレイナは友人の様子を見て同じく姿勢を正し、協力を誓った。
マウネンテは無い胸を反らして協力すると答えた。
なんか、マウネンテが一番頼りなさげなんだが…。
俺は3人を連れて三階の部屋に戻ってきた。ハグーとアンナが警戒の仕草を見せたが俺はそれを手で制す。そしてサラが看病しているベッドまで3人を案内した。
「こ、これは!?」
ヘレイナがベッドで眠る少女を見て声を上げた。慌てて自分で口を押えて、俺を見やる。
「どうやったかは言えんが、ちょっと夜の街を散歩していたら、瀕死の状態で倒れているのを見つけた。場所はここだ。」
俺はヘレイナの手を握り、≪視界共有の眼≫でその位置を教えた。
「こ、ここは…旧奴隷独房。」
俺は説明を求めた。旧奴隷独房とは、奴隷達を寝泊まりさせていた共同宿舎のことで、所有者の異なる奴隷が一緒に住まわされていたそうだ。だが、奴隷間でのトラブルが絶えず、社会問題にもなったため、共同宿舎は全て廃止し、所有者が個別に用意した施設で生活するよう改善されたそうだ。あの小屋はその名残で、今は誰も使われていないはずだった。
「御主人様。」
看病をしていたサラが膝をついて俺に話しかけた。
「この方のお名前は、イェレン。夢魔族だそうです。」
「やはり…。で、何故あんなところにいたかは?」
「一族に迷惑が掛かるから言えない…と。」
ふむ、何かよほどのことがあったようだな。では、話を聞き出すのは暫く遠慮した方がいいな。
「ヘレイナ。この子…」
「わかりました。調べておきます。」
素早い返事に隣にいたマウネンテが凝視した。ヘレイナはマウネンテの視線を無視して俺に一礼する。既にレイナは俺に忠誠を誓っていた。
「ヨルデ。夢魔族はどの派閥なのだ?」
「…中央地区を勢力圏とするヒト派です。派閥構成員は少なく、ヒト族、夢魔族、擬神鳥族族の小派閥なのですが、地の利を活かして政務委員数を獲得しています。」
俺は疑問に思った。派閥構成員の数=政務委員の割合と考えていたが、ヨルデの話ではそうではない。つまり政務委員選出で浮動票が存在するということだ。
「…お考えの通り、派閥に属さない人間、部族はこの国におります。また、構成員が多すぎて、均衡を保つために敢えて他の派閥に投票をしたりもします。」
俺の表情を見て、ヘレイナは欲しい答えを出してきた。こいつ、なかなかできる。
ふと、マウネンテを見ると、全身を震わせて顔を赤くして黙り込んだいた。…わかるぞ。同期が役立っているのに自分だけなにもできないのは悔しいもんだ。しょうがない。彼女にもお願いをするか。
「マウネンテ。」
「ひゃ、ひゃい!」
…なんでそんなにびっくりするんだ?
「お前は魚面人族の長殿のところへ行って、この国の特産物をねだって来い。食べ物、工芸品、芸術…なんでもいい。俺が周回船交易するものを探していると言えばよい。」
マウネンテは唇を震わせ、目を輝かせて嬉々の表情を見せた。
「了解!まかせろ!エルバード様!」
仕事を貰えて喜ぶマウネンテを横目に俺はフォンに彼女を追跡し、その後、長殿の動向を探るよう指示した。その他、ハグーとアンナは宿内での護衛、サラとアリアにはこの子の看病、ウルチとエフィには引き続き、宿周辺の会話を聞き取りを指示した。そして俺とアユムは朝まで寝るからと言うと奥へと引っ込んだ。今日はもう遅いので、各自は明日の朝から行動を開始しようと散会する。俺はアユムとベッドに潜り込み、≪気配察知≫で様子を伺った。もちろん注視している相手はここで何の指示も出さなかったカミラである。それぞれがベッドに向かう中、カミラは周りをキョロキョロして俯き加減にため息をつき、とぼとぼと歩いて絨毯に座り込んでため息をまたついた。
「…ウチ、ホントはどうしたいんだろ?」
ぼうっと天井を見上げて呟いてため息をつき、ゴロンと横になってはため息をつき…その様子はかつての良聖を見ているようだった。
「悩め、カミラ。悩んで悩んで自分で答えを導き出せ。本当に夢魔族の村に行きたいのか?行って何をするんだ?…悩め。でないと後悔するぞ。」
俺はうわ言のように呟くとカミラに意識を向けたまま、眠りについた。
翌日からは俺達は慌ただしかった。引き続きサラとアリアが意識の回復しない少女の看病を続け、アンナは庭でアユムの稽古。ウルチとエフィは宿周辺の声拾いに篭り、3人魔人娘は俺の指示で外に出かけて行った。
俺とカミラとハグーが2階のリビングに残る。ハグーが俺をチラリと見てから鎧を脱ぎだしたので、何をしているのか聞くと、
「う、うむ…せっかくだから、俺の味を知ってもらおうと…」
「間に合ってる。」
「まっ!!」
俺の返事で何を想像したのか、顔を真っ赤にして鎧を脱ぐ手を止めて思考停止していた。いつもならこういう時はカミラが絶対絡んでくるのだが…彼女は俯いたまま、考え事をしていた。そんな様子を見せるカミラに俺は満足し、ソファに座って≪異空間倉庫≫から自家製干し肉を取り出し、一口食べようとすると、ひょいとその干し肉を奪い取られてしまった。驚いて振り返るとエフィがニッと笑って干し肉を手にして立っていた。そして無言のまま干し肉を咥え3階へと駆け上がって行った。
エフィのある特定方向に対する嗅覚は恐るべきものだ…。
そんなことをしているうちにヘレイナからの≪遠隔念話≫が頭に響いた。
(エルバード様、夢魔族の少女の件…政務庁に記録されている関連していそうな事案を調べました。)
俺はヘレイナから事情を聴いた。
先月、ヒト派の代表は派閥構成員を募る勧誘演説の申請を提出している。夢魔族の孤児たちが神隠しにあっている。その中にイェレンの名もある。夢魔族内で無派閥の若者が決起したが、村長を中心としたヒト派によって説得、解散されている。
ヘレイナの情報は断片的で単純に出来事を並べているだけだが、ぼんやりと裏で繋がっていそうな内容に思えた。これ以上の詮索は危険なのでやらないよう指示し、次にヴリトラ派の代表と会談できるよう依頼した。会談内容は六ノ島の観光案内を考えているので協力してほしいというものだ。
既にマウネンテには交易品について、それからヨルデには別の依頼でそれぞれの派閥代表に個別の会談を求めている。
俺は各派閥代表に対し、異なるモノでの利益供与の可能性をちらつかせ、どう動くかを見ている。この国は派閥均衡を第一として全てが動いているようで、当初想定の派閥争いに巻き込まれると言うことができないと考えていた。そこで、敢えて波風を立たせてみてどう動くかを見ようと思ったのだ。下手に動けば余計に警戒される可能性もあるが、そこは3人娘たちの機転に期待しようと思う。……一人心配なのがいるんだが。
ヘレイナとの≪遠隔念話≫を切ると、今度はヨルデが宿に戻ってきた。テング派のシンヨウ殿が俺との面会を求めているそうなので、ハグーを連れてテング派の派閥会館へと足を運んだ。俺は前世では政治に興味もなく、垂れ流されているニュースで得た知識程度のものだが、政治屋というのは外見を気にする生き物なのだと感じた。
案内された建物は、地区政庁の館とそん色ないほどの立派な建物。外壁に掘られた彫刻や、門の荘厳さ。王宮と言われても納得できるつくりである。中も中々重厚なつくりで、俺はこれだけの館の建築費用は何処から捻出しているのだといろいろと想像した。案内された部屋には既に代表のシンヨウ殿が座っており、俺の顔を見てにこやかな表情で挨拶をしてきた。
「お話はヨルデから聞いたぞ。奴隷が必要だとか。」
「はい。周回船交易を維持するには船員が不足しています。これを奴隷で補うことができればと思っております。で、その奴隷をシンヨウ殿より供出頂くことはできないかと…。」
俺の話を聞いて、にこやかなまま考え込む鼻高のテング族。昨日会った時は目つきが鋭い印象を受けたが、今日は穏やかだ。この違いは何を意味するのか。俺は注意深く観察を続けた。
「つまり、この交易運用にテング派として協賛してほしいと?」
「はい。やはり各島から協賛者を募り、利益分配を考えておかないと長続きできないと思っておりまして。」
俺は協賛者は一人ではないぞと匂わせた。その言葉にテングの表情が曇った。これは俺の話に興味を持っている証拠だ。
「…ですが、一つの派閥だけにこういう申し出を行うのは六ノ島にとっては良くないかも知れませぬ。ここは他の派閥の方にもお話を…」
「いや、そう焦る必要はないぞ。儂がうまく立ち回る方法を考えよう。奴隷商人にも伝手はある。」
シンヨウ殿は俺の言葉を制して、提案してきた。…釣れた。呆気ないほどに。こりゃあ、表面上は派閥の均衡とか言っておきながら、裏では悪どく稼いでるかも知れん。意外と派閥の各個撃破は簡単かも知れんな。
俺はシンヨウ殿に六ノ島交易の承認を推進頂くようお願いし、ヨルデと共に派閥会館から退出した。宿に戻る途中、≪念話≫で俺はヨルデに話しかけた。
(シンヨウ殿は、乗り気なようだな。)
俺の満足そうな言葉にヨルデは不満顔だった。
(本当に奴隷を売買するつもりですか?)
ヨルデは自分が元奴隷であることから、今回の会談内容については不満だったようだ。だが俺は安心するように微笑んだ。
(大丈夫だ。俺は奴隷持ちなんだし。彼女らを悲しませるようなことはしないつもりだ。)
俺の言葉に納得したかのようにヨルデはフードの奥で微笑んだ。
(…彼女たちが羨ましいです。)
ヨルデもいろいろと経験しているのだろうな。俺は彼女の過去には敢えて触れず、この後は黙って宿まで戻った。
「一ノ島の一行の件で新たなことがわかりました。」
男の声に豪奢な椅子に座った髭の男が椅子から身を乗り出した。
「例の男が所有する奴隷に、夢魔族がいるようです。」
「…上陸時の検査でわからなかったのか?」
髭の男の低い声は報告に来た若い男を委縮させるのには十分すぎるほどだった。
「お、恐らく何らかの方法で検査を欺いているものと思われます。」
「それでは検査の意味がないではないか。」
「は…。」
若い男は正面から髭の男を見ることができず、下を向いていた。その様子に髭の男は舌打ちした。
「アイバとウメダを使え。奴らの異能であれば、何かわかるかも知れん。」
「は。」
短い返事のあと、すぐさま若い男は部屋を出て行った。その様子を見送って、髭の男はため息をついた。
「我が息子ながら、なんという情けなさじゃ。この国を裏から支配する者として…頼りなきこと。早いことウメダに嫁になることを承諾させねばならぬな。」
髭の男は豪奢な椅子に座り直し、机の上に置かれたコップに手を伸ばした。それを口元まで運び、優雅に一口飲む。
「カルタの出現…場合によっては好機かも知れぬな。事が終われば我が一族の地位をより盤石なものになるよう進めていくか。」
男は笑った。誰も居なくなった部屋でひとり、不敵に笑った。
髭の男が誰なのかはお分かりかと思います。
そして主人公が見つけた少女はいったい何者なのでしょうか。
次話では新しい“この世ならざる者”が登場します。
ご意見、ご感想を頂けると幸いです。