15 派閥の均衡の陰に・・・
二話連続の二話目です
六ノ島の北の玄関口、ジャラバ。
単なる漁港なのだが、周辺には国家の重要施設が立ち並び、これを警備する兵士があちこちに配備され、物々しさを感じる。
六ノ島は人の出入りを厳しく取り締まっている為、港でのチェックは厳密に行われており、漁港とは思えない印象を受けた。
俺達はこの港に周回船を停泊し、移民局の監査を受けた。実際には俺達は“移民”ではなく“一時滞在”なのだが、それでも身分確認と『スキル』の検査を受ける。…もちろん俺の≪偽りの仮面≫のお蔭で、スキルチェックは難なくスルー。身分確認については、人見知り過ぎるアユムがまごつき、サラ達奴隷に対しては目に余るほどの蔑みの視線を浴びせながらの作業であったが、何とかクリアした。
だが、やはりというか、移民局の奴らは俺の顔を見て驚いていた。魚面人族の村長が、いろいろと説明してくれたおかげで、別人ということで落ち着きはした。…それにしても、こいつらサラ達に対する扱いが差別的なのが気になる。
そして滞在中の活動だが、常に移民局の人間と行動が必要ということで紹介されたのが、蝮女族のヘレイナという女性だった。彼女の下半身は桃色の肌をした蛇。それをうまくくねらせて俺に近寄ってきた。
「ヴリトラ派の蝮女族、ヘレイナと申します。よろしくお願いします。」
礼儀正しく挨拶する彼女を横目に俺は側で口笛を吹いていたマウネンテに尋ねた。
「六ノ島人は地区政庁派閥を明確にするんだ。彼女はヴリトラ派の地区出身だよ。あ、俺はクー・シー派だから覚えといてね。」
…普通、派閥名って代表者の名前使うんじゃないの?ヴリトラもクー・シーも部族名じゃない?…六ノ島の派閥とは、俺が想っているものとは違うのかもしれん。
そして、デルハリャル地区政庁へ向かうことになるのだが、ここでひと悶着発生した。
マウネンテがついて行きたいと駄々をこねた。監視役のヘレイナは、村長以外はダメって言ったのだが、“移動歩行機”に乗りたいようで子供のように両腕をブンブン振り回して騒ぎまくった。…こんなとこで時間を費やすのはもったいないんだが。しょうがない、手を差し伸べるか。
「ヘレイナ殿、我らは六ノ島の文化についても知識を得たいと思っております。ですが、ヘレイナ殿にあれもこれも御頼み申すのは気が引けます。そこで、現地の案内者を雇いたいと思いますが、よろしいですかな?」
ヘレイナ殿は俺の意図を理解して苦笑した。そして≪念話≫を使って本局と確認をとり、にこりと微笑んだ。
「本局の了承も頂きました。派閥も違うので互いに抑止力となる故許可する、とのことです。…ネンテ。カル…タ…エルバード殿にお礼申し上げるのですよ。」
この国は派閥が全てになってるようだな。それにしても彼女も俺の事をカルタと呼びかけたぞ。この国におけるカルタとはよほどの有名人らしいな。
騒ぎも収まり一行は“移動歩行機”に向かった。そのメンバーは、
俺。
紹介者の老魚面人。
監視人のヘレイナ。
案内者のマウネンテ。
アユム。
サラ。
フォン。
エフィ。
ウルチ。
カミラ(≪偽りの仮面≫で人間化)。
アンナ。
ハグー(≪偽りの仮面≫で髪の毛黒)。
アリア。
総勢13名だが、これだけの大人数で移動できる魔道具が設置されているのだ。これは六ノ島国家が魔道具技術向上を目的として、公共施設に設置しているものだが、マウネンテ曰く「すばらしい!」乗り物だそうだ。設置されている場所に行くと、俺はその魔道具を見て絶句してしまった。
前世にもあった『水平型エスカレーター』が設置されており、ここからずっと奥の草原へとエスカレーターの道が続いている。人が載る部分は魔力を帯びた板が次から次へと湧き上がり道に沿って自動で移動しており、その両側を同じ速度で移動する手すりが続いている。魔道具の名前は“移動歩行機”だったか。俺は魔道具に近づき、まじまじと観察した。
「アンタも気になる?すごいでしょ!会報で見た時はびっくりしたもん!俺も!」
マウネンテが子供の様にはしゃぎながら、地面から次々と出てくる板を見つめ続けた。どうやら数えているようだ。俺は、手すりに軽く触れた。ゴムの感触を受ける。次に板を観察した。
「…磁力か!」
よく見るとわずかに床から浮き上がっている。つまりこれは磁石の反発力を利用して動かしているってことか?
一行はヘレイナ殿の案内で魔道具に乗り込み、地区政庁へと向かった。何もせずに勝手に進む板に怯え、サラがずっと俺の腕にしがみ付いている。可愛いのだが、俺の意識はこのエスカレーターに集中していた。
見れば見るほど前世で見たものに酷似している。
(…アユム、どう思う?)
俺は同じように驚いているアユムに≪念話≫で話しかけた。内気な少年は俺の顔をちらりとだけ見て手すりに視線を合わせた。
(これ、僕たちと同じ転移者が作ったんじゃない?形が似すぎてるよ。)
アユムもそう思うか。これは作ったヤツに会ってみるべきだな。
「…これは、誰が作ったのですか?」
俺はヘレイナ殿に質問した。すると彼女は得意な顔を見せた。
「はい、これは我らヴリトラ派の魔導技師、アイバ様がお作りになられた“魔力増幅機構付”の1つにございます。アイバ様は10年前からウリトラ家の援助で新しい仕組みを取り入れた魔道具を製作されており、この度政府公認の国家技師の栄誉を受けられたお方で…」
蛇らしくくねくねと体を動かしながら勢いよく喋りだしたヘレイナだが、俺はアユムと目を合わせて肯いていた。
アイバ……。この人は間違いなく日本人だ。
エスカレーターの終点に到着し、一行は地区政庁の入り口に降り立った。ヘレイナが門番に書類を渡し、門番は何やら書き込んで、門が開かれた。門を潜ると広い中庭を通って大きな建物に進み、そこでまた検査を受けた。全員検査を受けるとヘレイナ殿を先頭に中へと入る。そして大きな謁見室へと通された。豪奢な椅子が3つ置かれており、その前で控えるよう指示されたので、俺達は膝を付いて待った。
やがて奥の扉が開いて3人分の足音が近づいてきた。椅子に座る音が聞こえ、名を呼ばれた。
「ヒト族の使者、エルバード殿。」
「はっ。」
俺は返事をして顔をあげた。3人の金で縁取られたガウンを着た人間が椅子に座って俺に視線を集めていた。
真ん中の男?は犬の顔をした小柄な体格で、一目で“クー・シー”だとわかる。左には蜥蜴の顔に長い尾を蜷局を巻いて座る目つきの怖い魔人。右には前に長く突き出た鼻に赤い顔、鋭く大きな目を持つ“天狗”の男。
「初めまして。私が北地区の地区政庁長官、クー・シー派のアマヤヌラだ。」
犬顔の男が軽く頭を下げた。
「私が副長官、ヴリトラ派のデレイデ。」
「同じく副長官、テング派のシンヨウだ。」
ひょっとしてこの3人はそれぞれの派閥のトップなのでは?どういうことだ?別々の派閥のトップが同じ政庁内の重要職についている?
「長官、こちらに控えるが今回ヒト族の国から来訪の面々になります。後ろの五人は正使エルバード殿所有の奴隷にございます。」
奴隷という言葉に3人は反応し、サラ達を睨み付けるように見た。…移民局の奴らとは少し違うが、じろじろと食入るように見ていた。
「…ふむ。あの首輪に特殊な魔力が込められているようですね。」
デレイデという名の男が目つきの悪い目を見開き、尻尾の先を小刻みに震わせて声を発した。まるで奴隷を始めてみるかのような口ぶり。何かあるな。
「恐れながら…。」
俺はタイミングを見計らって発言した。
「なんでしょう?」
「移民局でもそうでしたが、私の奴隷を見る目が些か気になります。できればご説明を頂ければ。」
俺の質問に赤い顔のシンヨウと名乗る男が答えた。
「六ノ島国の法では、奴隷は労働用の家畜と同じ扱いだ。人権などない。だが、社会に影響を及ぼさぬよう制御が必要なため、所有者には国家認定の免許の取得が義務付けられておる。」
人権がない。…だから移民局の連中は蔑みの目で見ており、村長は“奴隷ども”という言い方をしていたのか。だが、この3人はたぶん違う目で見ていたぞ。
「くくく…。ヒト族はこの国での奴隷事情はご存じないようですな。確か定期的な交易を行えるよう修好を結びにきたとか。実は我らも他国の事はあまり知らぬ。修好が結べるかどうか互いに説明をし合うの先になりそうですな。」
真ん中に座るクー・シーの男?が本題をさらりとまとめた。すぐには結べるものではないぞと言われたのだが。
「それは我が国についての説明の機会を頂いたと思ってよいでしょうか。」
俺の質問を聞いて、3人は目を見合わせた。そして犬顔の男が言葉を返してきた。
「…実は我らは改革を目論んでいてな。カルタ殿にもこれにご助言を頂けるのであれば、申し出についても前向きに検討したいと思うが…如何かな。」
俺は苦い表情を出した。また“カルタ”と呼ばれた。それは彼らもその人物を知っているという証拠。しかも、言葉使いから同格あるいはそれに近い人物であることまで示唆している。そして早くも派閥争いに巻き込まれるフラグが出現した。俺は3人を見返したまま熟考した。そして3人の表情の変化を確認する。たぶんだが、あれで3人共にこやかな表情をしているのだろうが、ヒト族の俺からすれば睨んでいるようにしか見えないが。
「…移民局の方にも言われましたが、“カルタ”様とはどなたなのですか?それほど私に似ているお方なのでしょうか。」
俺の質問にアマヤヌラ殿が破顔して笑い声をあげた。…ワザとらしい笑いなのだが。
「これは失礼!余りにも似ておられる故、ついカルタ殿とお呼びしましたか。そこにいる監視官からも「激似!」と報告を受けておりましてな。…カルタ殿は中央政務省取次役官、ヒト派のオーヴォールド・バルヴェッタ殿のご長男なのですが…」
日頃から父親とソリが合わず、反目し合っていることで有名だったそうだ。そして半年前に家の財産の一部を持ちだして行方不明になったそうだ。その時に父親のオーヴォールドは政府に報告し、派閥を除名したうえで、次男を後継者としたそうだ。この国で俺は派閥を追い出され、国からも出て行った扱いになっている放蕩息子…らしい。
だが、見識が高かったようで、派閥を超えて彼に意見を求める政治家は多かったようで、ここに居る3人も俺の事をカルタだと見て接触したようだった。間違いはないが、俺が乗り移る以前の記憶は一切ないのだ。俺を取り込んでもなんにも得られないのだがな。
「…では、申し出の件は議会に掛けたうえで回答いたす。それまでは滞在を許可します。但し、行動制限は掛けさせて頂きますし、常に監視官と共にいてもらいますので。」
一通りの話を終え、特に決定事項はなく会談は終了した。俺達は別室に案内されて待機となった。
俺はさっきの会談を振り返る。この国には各地区に3名ずつ計12名の政務庁官(長官1名、副長官2名)と72名の選挙で選出された政務委員がいて、派閥の均衡を保っているようだ。恐らく各派閥からは均等に政務委員を選出してバランスを保ち、表面上は協力し合って国家運営を行っているように見受けられた。
そう、この国は歪だ。派閥間の均衡を保ち、監視し合うことで国家運営のバランスを取っている。一言でいえば“出る杭を打ちあっている”というべきか。今も、ヴリトラ派のヘレイナとクー・シー派のマウネンテが俺に張り付いている状況だし。これは普通の行動で特定の派閥にだけ接触するってことはできないだろうね。…となると便利になるのが≪遠隔念話≫だ。既にトップ3との会話を済ませてる俺はいつでもあの3人とは≪遠隔念話≫で接触が可能だ。…で誰に接触するか…だが、今は保留。だって、わかんないもん。
「ヘレイナ殿、マウネンテ殿。」
俺は少し距離をおいて控室で佇んでいた六ノ島人を呼んだ。
「何でございましょうか。」
監視役のヘレイナが近寄って問いかけてきた。マウネンテは近寄っては来ないが顔はこっちを向いている。
「この島には【十二宮の宿】があると聞いているのだが…。」
「あるよ!南地区に【獅子宮】が!行くの!?」
マウネンテが食いつき、俺に近寄ってきた。そして俺の腕を掴もうとしたが、ハグーが間に入りマウネンテを睨み付けた。思わぬ邪魔が現れ、マウネンテはハグーを睨み付ける。なんかどうでもいいところで火花を散らし始めたが、俺は二人を無視してヘレイナ殿に話しかけた。
「その【獅子宮】に行きたいのだが、可能であろうか?」
「…後程確認いたします。ご用件は何でしょうか?」
うん、事務的な態度だ。
「実は、十二宮支配人、フェルエル殿とは昵懇でな。一度宿泊することを勧められていたので、可能ならば行ってみたいのだが。」
フェルエルの名を聞いてヘレイナ殿は少しだけ表情が硬くなった。
「観光…と考えてよろしいですか?」
質問の意図は見えないが、俺的にはそれ以外は理由は無いので、そうだと答えると渋い表情になった。
「あのお宿はフェルエル様とは無関係の従業員で運営させて頂いております。もちろん、支配人はフェルエル様なのですが、運営は六ノ島人だけで行うことを条件に宿の建設を許可しておりますので…。」
わかった。要は行っても、フェルエル殿の友人としての恩恵はありませんよ、と言いたいのだな。
「レイナ!行ってみようよ!俺も行ったことないし!」
何に対しても興味深々なマウネンテはヘレイナをたきつけた。マウネンテの無邪気さに困った表情見せ、ため息をつく。
「はあ~。明日、上に確認してみます。」
「そっか、今日はこれで終わりか。大叔父様!俺は、この人に雇われてるから暫くこの人といるけど?」
急に話を振られたびっくりした表情を見せた魚面人族の村長だったが、ニコリと笑みを見せた。
「ワシは帰るぞ。マウネンテよ、ヴリトラ派とはうまくやるようにな。」
「わかってるって。ねぇ、レイナ!」
俺の何にもわかっていない頬笑ましい表情を見て村長は安堵のため息をついて、俺に一礼すると部屋から出て行った。どうやらここは何から何まで派閥間の均衡を保つのが大事なようだ。俺がマウネンテの無邪気な会話を何にも気づかないふりしていることに安堵しているようだが、ちゃんと気づいてますよ。
俺はヘレイナとマウネンテを交互に見た。派閥は別々だが、あだ名で呼び合う仲。ヘレイナは「ネンテ」と呼び、マウネンテは「レイナ」と呼んでいる。部族も派閥も異なるのに、この二人の仲は何処から来たのか…?学校?…もう少し様子を見るしかないか?
そして俺が気になるのはこの派閥のバランスが崩れた時、この国は一体どうなるのか?既に村長は俺を危険視しているようだった。だから、マウネンテに念押しをしているし、ヘレイナも同じような指示をうけているだろう。あのトップ3との会談も俺の行動に制限をかけるようなことを言っていたし、ヒト族からの申し出についても、議会に掛ける時点で各派閥との調整をすることが前提だろう。
俺のような全ての枠からはみ出している人間には住みにくい国だと思う。…お、ハグーもそう思ってるようだな。やっぱり、王族として教育は受けているので、この国の違和感は感じているようだな。
やがて、真っ黒なローブに全身を包んだ人間がやって来た。
「ヒト族の使者様。宿の用意ができましたのでご案内いたします。わたくしはテング派の闇烏族、ヨルデと申します。今より使者様の護衛としてお仕えいたしますので、何なりとお申し付けくださいませ。」
声からして女性であることはわかったが、顔まで隠す真っ黒いフードを被ったテング派の女性が派閥均衡のために派遣されてきたことは間違いなかった。
ヨルデの先導で地区政庁を出た俺達は宿へと案内された。…宿というか、ちょっと豪華な一軒家なんですけどね。中に入ってヨルデとヘレイナが説明をする。1階はヘレイナとマウネンテとヨルデの寝室、風呂などの水回り。2階はリビングダイニング的な広いスペースとキッチン。3階は俺達の寝室、となっていた。そして窓には鉄格子。出入りは1階からしかできないようになっていて、厳重に監視されていることが丸わかりのお宿だった。
一通り家の中を案内された後、荷物の整理をハグーとアリアに任せて、俺は2階の広間で六ノ島人3人とこれからについて確認した。
「まず、この国での奴隷について、詳しく教えてくれ。奴隷持ちの俺としては、迷惑が掛からぬよう知っておく必要がある。」
3人は顔を見合わせて確認し合い、代表してヘレイナが答えた。奴隷になる経緯はヒト族とさほど変わらない。犯罪を犯した者や、借金の形、口減らしなどだが、決定的に違うのは、法によって権利は守られていない点だった。一ノ島では、主人が奴隷を意味なく殺すことはできないが、ここではそれは可能で犯罪とならない。また、奴隷専用の施設などはなく、施設内への立ち入りは原則禁止。店など建物の中に入る際には奴隷は外で待たせなくてはならないそうだ。もちろん、俺達が地区政庁の中に案内されたように例外もあるが、サラ達を連れて外出しても、一緒に行ける場所は少ないとのこと。この島での奴隷の使い道は、肉体労働が主で、家事や夜のお勤め的な作業は忌避されている。また、一度奴隷となった者はよほどな理由がない限り、解放されることはない。
「…よほどな理由とは?」
俺の質問に3人はまた顔を見合わせてから今度は黒づくめのヨルデが答えた。
「社会に貢献されると認められた能力がある場合、地区政庁監視下のもと、奴隷解放されます。」
例えば、希少なスキルを保有し、これによる派閥への貢献を制約した場合など。だが、完全に解放されるという訳ではなく地区政庁が監視を行う訳で自由ではないそうだ。となると、俺達は面倒事を起さない様、極力外出は控えた方がよさそうだ。
「奴隷については理解した。次に視察も含めた観光をしたい。これについては地区政庁の都合もあるだろうから、予めお伺いする。」
そう言って俺は行きたい場所をリストアップしてヘレイナに渡した。リストには、物価や品質を調べるために商店街や、十二宮、そして魔導技師との面会も入れた。
「わかりました、確認いたします。ただ、この全てに対して許可が出るかはわかりませんが。」
「かまわない。こちらもダメ元で書いたものもあるのでな。」
一通りの話が済んで俺は肩の力を抜いてソファに座り直すと、好奇の目で見つめるマウネンテが目に移った。
「ねえ、エルバード様は一ノ島で何をしているヒトなの?」
彼女の質問は、一緒にいたヘレイナとヨルデを驚愕させた。恐らく彼女らの目的は俺達の監視であり、俺から直接何らかの情報を聞き出すことはしないように言われてるんじゃないかな?それをマウネンテはいきなり破ったから、大慌てで彼女を制しようとした。俺はそれを笑顔で止めさせ、彼女たちに落ち着く様に言うとマウネンテの質問に答えてやった。
「ふ~ん?じゃ、エルバード様は国家に忠誠を誓う貴族様でも騎士様でも、お抱えの商人様でもないんだ。」
「そうだな。一応、有力商人様の算術士として雇われの身なんだが、見受けのない彼女達を引き取っているうちにいろいろと目立っちゃって…。」
後ろに控える奴隷達を指すと、サラを筆頭に丁寧にお辞儀をする。それを見て彼女達も軽く会釈をしてしまっていた。
「ははは。そう、彼女たちは奴隷だがれっきとした人間だ。豊かな感情があり、好き嫌いがあり、これらを表現できる。この島の奴隷に対する考え方と異なるのであまり大きく主張はできないが、奴隷であっても法の下に生きていける環境を作ることが目標なんだ。…今の法では奴隷は解放できても社会復帰できない。国によっては解放を認めていない国もある。国による制度の違いを極力なくし、努力すればちゃんと社会復帰できる仕組みを作りたい。…そういう想いがいろいろと目立ってしまい、こんなことをやらされてるんだけどね。」
俺は真実と希望と嘘と曖昧さを織り交ぜて彼女たちに説明した。これで彼女たちがどう思い、同上に報告するかは自由だが、少なくとも危険人物ではないことの説明にはなるだろう。話を聞いていたヨルデが少し身を乗り出し俺に迫るように質問した。
「…先日、四ノ島が内紛を収め、ヒト族と国交を正常化させました。また、奴隷法の整備を進めていると聞いております。…ひょっとしてエルバード様はこれに関わったのでは…?」
「ちょ、ヨルデ!」
ヘレイナが声を荒げたが俺はそれを制した。
「あの時、半神族の首脳も大きく変わってね、俺は偶然居合わせただけなんだが…確かに関わっていたのは間違いじゃないよ。だけど俺は利用された方なんだけどね。」
俺の答えにヘレイナが不思議そうな顔を見せ、俺と視線が合うと慌てて表情を隠して俯いた。
「以前から内紛が起こってたんだけど、その解決に向けた争いに強制参加させられてね。…気づけば行く宛の無くなった戦乙女を引き取る羽目にもなった。」
後ろでアンナが恭しく一礼した。ヘレイナはアンナを見てから俺を見つめ、頬を紅潮させた。それは恋慕のものではなく敬意の感情に思えた。
「そ、そのようなことを我らに話したら…。」
「ああ、上への報告は構わない。どのみち俺の事を調べればわかることだし。」
するとヨルデが更に身を乗り出した。
「ひょっとして、一ノ島の三公爵粛清にも…!」
俺は今度はカミラを指して概要を説明した。何も言わずに聞いていたマウネンテがごくりと喉を鳴らした。遠く異国で起こった重大な出来事。その関係者の俺が話す言葉は根拠もなく真実味を帯びた内容として彼女達には伝わっていた。
「エルバード様、我らは一旦失礼してもよろしいですか?…ああ、念のため周辺には警備を付けさせて頂きますが。あの…本当に報告しても?」
俺は「構わぬ」と返事すると眠そうに欠伸をして、サラ達に3階へ行くよう指示した。エフィが「晩御飯は?」と手ぶりで抗議したが俺はキッと睨み返した。
「では、今日は先に失礼する。」
それだけ言うと不満顔のエフィの手を引いて3階へと上がっていった。
俺なりに餌は撒いたつもりだ。これでそれぞれの派閥がどう動くか。共同で動くか、個別に動くか。どちらにせよ、俺を派閥争いに利用しようと動き出すはずだ。明日が楽しみになってきた。
……ん?
何でハグーが俺のベッドに入って来てんだよ!
中央政務省、取次官執務室。
そこの窓から夜の暗闇をじっと見つめる初老の男。やや白髪混じりの青髭をしごきながら、じっと外の様子を見て何かを考えているようだった。
「取次官殿!ご報告いたします。」
若い男の声に視線を室内に戻し、男に向かって敬礼をする姿を見やる。若い男は姿勢を正して抑揚をつけて初老に対して報告した。
「ヒト族の使節団は北地区政庁に入りました。魚面人族の案内でクー・シー派の政庁長官と接触した模様。明日にでも何らかの形で議会に報告があがると思われます。」
「…移民局からの報告は?」
若い男は脇に抱えていた書類を初老の男に手渡して報告を続けた。
「特に怪しい点はありませんでしたが…」
男は後半尻すぼみに回答し、初老の男が書類の入った封筒を開ける手を止めた。
「…似ていたのか?」
初老の男はやや怒気の孕んだ声で聞き返し、若い男は姿勢を正し直した。
「はっ!私も見ましたが、その…ご本人ではないかと思うほど…。」
若い男の返事に初老の男は暫く睨み付けていたが、やがてふっと力を抜いて視線を書類の方に移した。いくつかに目を通すとまた封筒にしまい、自分のデスクの上に放り投げた。
「…引き続き監視せよ。それと、アマヤヌラに伝えよ。…『もし、その男が我が息子“カルタ”であれば……殺せ!』とな。」
初老の男の恐ろしい命令に若い男は全身を震わせながらも敬礼をして返事し、部屋を出て行った。初老の男は暫くその扉を見つめていたが、意味のないことに気づいたのか変なため息をついて、ソファに座った。今度は天井を眺めて考え込んでいたがが、誰に聞かせるわけでもなく独り言を言った。
「…何しに戻ってきた?あ奴は儂を裏切った。取次官たる儂の顔に泥を塗る様な形で出て行った。もう戻って来ることはないと思っておったが、戻ってきたということは…いよいよやる気だということか。」
天井を見上げたまま、初老の男は虚ろな笑いを見せソファに寝転んだ。暫くブツブツ呟いていたが、扉をノックする音に現実世界へと引き戻ってきた。
「取次官様、国王陛下との謁見のお時間です。」
「わかった。」
初老の男は扉の向こうに返事をすると、先ほどの封筒を引き出しにしまい、別の封筒を取り出してニヤリと笑った。
「陛下にご報告する必要はあるまい。あ奴には何もできん。“王政復古”など夢のまた夢じゃ。」
ドス黒い笑みを浮かべた初老の男は次の瞬間、表情を引き締め、衣服を正して執務室を出た。
六ノ島。
エルバードの悪友、ラスアルダス公爵カイトは、この島の派閥争いに巻き込まれるよう指示していたが、既にそれ以上のものに巻き込まれつつあることを、まだ誰も知らない…。
第七章:完
本話の最後は三人称視点にしました。
どうしても、主人公がいない場所でのなぞなぞしい部分を書きたかったので。
次章では本格的に六ノ島での話になります。
そしてアユムが徐々に活躍していきます。
彼は「勇者」として育つのか?そして物語の途中で消えたヨーコは?
ハグーは想いを成就できるのか?
そして主人公の正体とは?
・・・すいません。作者は八章のプロットを見直していて
矛盾に気が付き練り直している最中です。次話はもう少しお待ちください。
ご意見、ご感想、誤字脱字報告を頂けると幸いです。
ここまでお読みくださりありがとうございます。あと二章で完結の予定です。