7 救えぬ命
03/05 不評だったため、話の流れが変わらないように書き換えました。
良くなったのか、悪くなったのかご意見を頂ければ幸いです。
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俺の怪我は完全に治っていた。
自動で怪我を治すスキルは≪刹那の治癒≫。『呪い』に分類されている。そして『呪い』に分類されたスキルは外すことができない。しかも俺はそれを2つ所持している。
もう1つは≪魂の真贋≫。神の使命を果たすためにアマトナスから渡された≪アマトナスの僕≫のスキル。このスキルが『魂の色』を識別し、黒い玉を持つ者がいれば、その魂を循環させなければならない。
だが、俺自身はまだ弱い。ガタイはいいけど戦闘訓練なんかやったことない。
ただし、俺の持っているスキルの数は膨大だ。今は使えるものが限られているが、いずれ使えるようになる可能性を持っている。新たに獲得できる可能性も秘めている。
そして、メニューの力は偉大だ。正式名称は≪状態管理≫というみたいだ。『固有スキル』に分類される。まだ『固有スキル』がどういうものかわかっていないのだが、この≪状態管理≫のおかげで数々のスキルをうまく使いこなし、能力以上の成果を出せていると考えている。
俺はこれらの力をフルに使って、盗賊団の塒で頭目を倒した。頭目の真っ黒い魂は俺の中に吸い込まれ、銀色?に変わって上へ昇って行った。
これを『浄化』と呼んでいいのかまだ分からない。ただ、黒い玉を持つ人間を殺す度にその玉を体に吸い込み、あのおぞましい感覚を受けねばならないのかと考えると身震いする。
女神様が“心が壊れる”と言っていた理由の一端かも知れん。
スキルについて自分の考えをまとめながら俺は塒の中を探索していた。
厨房へ続く通路の一番奥に鍵のかかった扉を見つけた。俺は、頭目の死体を調べ鍵を見つけていたので、そいつを使った。いや正確には鍵を見つけたから探索を始めたのだ。
扉は開いた。
中にはたんまりとお宝と思しきものが置かれていた。
壁には装飾の施された武器や防具が並び、部屋の中心には大きな木箱が何段も積み重ねられている。俺は中に入りゆっくりと検分した。武器、防具は金銀宝石が散りばめられ荘厳な装いを見せている。木箱の1つを開けてみたが、中には金貨銀貨が入っていた。枚数、数えられねぇぞ。
たしか、弟の本に出てくる物語では、盗賊の持ち物は盗賊を倒した者の所有物になっているものが多かったな。この世界でもその法が適用されているのであれば…。
俺、大金持ち。ウフッ。
しかも!
俺、『固有スキル』もう1つ持ってんだ。もう名前みた瞬間に、あ!これはあれだ!って思ったもんね。
俺はスキル名を口ずさむ。
「≪異空間倉庫≫」
左肩から手の甲ににかけて長いファスナーが現れた。ドキドキしながらファスナーを下すと中に真っ白い空間が見えた。恐る恐る近くにあった黄金に輝く槍をその中に入れてみる。槍は音もなく白い空間の中に吸い込まれた。
さっそくメニューを開き、固有スキル欄の≪異空間倉庫≫を念じる。すると、予想通りに小さなウィンドウが現れて、
【アルキュオネーの長槍】
と1行だけリストが表示されていた。
これ、サイコー!
物を中に仕舞えるだけでなく、メニューで中身まで見れちゃう便利さ。文句なしナンバー1!えっと、取り出し方は、やっぱ念じるのかな?
「【アルキュオネーの長槍】!」
今度は右肩からファスナーが現れ、そこからさっきの黄金の槍が出てきた。左が入口で右が出口になってるのか。
俺はこの部屋にある者を全て≪異空間倉庫≫に詰め込み始めた。もうルンルン気分で作業に没頭している。さっきまで『浄化』とか『おぞましい気分』とか『心が壊れる』と考えて塞ぎこんでた気分は完全に吹っ飛んでいる。
結局全部格納することができた。後でゆーっくり中身を見よう。
一通り塒の探索を終え、俺は外に出た。日が沈むまではまだ時間がある。俺は塒の入り口が見える場所でナンバー2達が帰ってくるのを待った。
待っている間に≪情報整理≫しよう。
まず、この地域。
ココは島だ。北に2つの港町、その間に宿場町ベルド。ベルドから南下した草原地帯にヤーボの村。さらに南下して山を挟んでマイラクトの港街。この島にある人が住む地域はこれだけらしい。
さて俺はいったいどこから来たのだろう?ヤーボの東にある山にいたんだから、北東の方角に誰にも知られていない村とかがあるのかも知れん。
他にも、ヤグナーン、という名前が出てきている。サラちゃん助けた後で聞いてみよう。
次にヤーボの村のこと。
盗賊団の頭目は倒したが、ナンバー2以下大多数はまだ残っている。俺の作戦通り無抵抗でいれば殺されることはないはずなので、あとは戻ってくる奴らをなんとかすればあの村は助かるはず。
しかし、普通に考えても住人が少なすぎると思う。あのあたりは畑にできそうな土地がたくさんあるのだから積極的に移住勧誘をして人口を増やすべきだ。そうすれば自治もしやすくなる。今度デハイドに提案してみよう。
そしてサラちゃんのこと
彼女は、ヤグナーンからやって来た奴隷だが、どうやら幼いころに奴隷になっているらしい。奴隷商人のもとでどういう教育を受けたのか非常に興味をそそるが、頭もよく、スキル持ちである。盗賊団に献上するためにヤーボの村に購入されたらしいが、盗賊団を倒した後、どうするべきか迷っている。
本音を言うと、『俺の奴隷』にしたい。
だが、奴隷というものを俺は間違って理解しているところがあるので、今一つ踏み込めない。どんな人間がどんな理由で奴隷を買い使役しているのか、一般的なのかそうでないのかその辺の『この世界の常識』を知らない俺では、返って彼女を不幸にしてしまうだろう。
だからこの件に関しては保留だ。あくまで保留。
最後にアルテイト盗賊団。
こいつらは、マイラクトの港街で領主と手を組んで暴れまわっていた海賊たちだ。海賊が陸で活動する理由は限られていて、おそらく『船を無くした』と思われる。
普通、船がなくなっても拠点が無事なら、そこを塒にすると思うのだが、奴らの塒は海から離れた山の中にあった。塒は岩土を掘っただけの空間で長年住んでいる雰囲気はない。とすると、奴らは拠点ごと追われたということになる。
だがそう考えると問題がある。俺の≪異空間倉庫≫に格納されたお宝だ。追われたという割にはしっかり財宝を抱えていて、どちらかというとどっかからお宝を盗んできてこっちに逃げてきたという感じだ。
あの宝はおそらくマイラクトの領主から盗んだのだろう。
普通はこれだけの量を盗まれれば、盗難届的なものを出して徹底的に捜索が行われるはずだが、それも行われている雰囲気はない。ということは俺の中にあるこの金銀財宝は、公にはできないものばかりということかも。
さて、頭目は倒したが残りの奴らはどうしようか。特にあのナンバー2は戦闘力がハンパないと思っている。まともに戦って勝てる相手でもなく、俺のスキルを駆使して勝てる相手でもない。策がないわけではないが、まだ見込みは高くない。情報を仕入れるためにあの男とは会話をする必要がある。だから、ここで奴らの帰りを待っているのだ。
あとは…。『魂の循環』か。取りあえず黒い魂を持った人間は倒したが、あれでいいのかどうかすらわからん。良聖にもう一度会っていろいろ話を聞きたいなぁ。
日が暮れた。
遅いな。確か日が沈むころには戻ってくるって言ってたはずなのに。
何かあったかもしれん。例えばベルドの領兵たちが予想以上に早く村に到着して戦闘になったとか。もしそうなら村は凄惨な状況になっているだろう。俺の苦労は全て無駄になってしまう。
そうでないことを祈りつつ、結局は塒前で待っていた。
やがて俺の≪気配察知≫に赤い点が映った。馬の歩く音と馬車か何かを引く音も聞こえる。俺は目を凝らして明かりの見えるほうを伺った。
盗賊団だ。馬が檻を乗せた台車を引っ張ってる。ということは…サラは無事だ。
俺は安堵の溜息をついた。だがこれからが大変だ。ナンバー2と話をするつもりだが、1つ間違えばあっという間に首が飛ぶかもしれん。
俺は腹を据えて盗賊団のほうへ近づいた。
「…誰だ?」
先頭を歩いていたのはナンバー2。俺が道の真ん中に立っているのを見つけ素早く行進を停止させた。盗賊たちにも緊張が伝わっていく。
言葉を慎重に選ばなくては。
「お前たちの塒から来たんだが…一番前にいるアンタなら、その意味と俺がここでアンタを待っていた意味も含めてわかると思うが?」
俺は敢えてはぐらかした様な言い回しで答えた。ナンバー2ならその意味を理解するはず。俺は黙って次の会話を待った。
「…そうか。なら貴公と話をせねばならぬな。だがその前に…。」
野太い声で抑揚を抑えて言葉を返しながら、ナンバー2の左手が斜め下を指すように動いた。やばい、何かが動く!俺の心臓の鼓動が早くなった。
「用意………。てえぃ!」
ナンバー2の掛け声とともに後ろにいた盗賊のうち何人かが、抜刀して仲間に襲いかかった。突然の仲間割れ発生に、俺も動揺する。まるで事前に示し合わせていたかのように統率のとれた行動だった。暗闇の奥で叫び声が響き渡り、しばらく続いて静かになった。その間ナンバー2は一切後ろを振り向くことなく俺をじっと睨んでいる。俺、蛇に睨まれた蛙状態。
「明かりを灯せ」
ナンバー2の命令が出され、暗闇のあちこちから松明の火が湧き出した。全部で8つ。
「待たせた。こちらの用事は済んだ。さて話をしようか。場合によっては貴公も斬らねばならぬが。」
ナンバー2は脅しとも取れる言葉を投げかけてきた。もう気を失いそう。膝が笑ってるし。
「まずアンタの名前を教えてくれ。俺も名乗ろう。俺の名はエルバードだ。」
ガタン!と檻が揺れた。サラだ。俺の名前に反応したのか?
ナンバー2はちらっと檻を見て視線を俺に戻した。
「ウォーマスという。」
互いに名乗った以上、礼節は守らなければならないはず。このウォーマスという男はおそらく武人系の人間だから、礼儀を欠いた行動を取れば、即『首スポーン!』かも知れない。
「では、ウォーマス殿。松明を持っている者たちは貴殿の部下と認識してよろしいか?」
「…そうだ。武装解除はまださせんがな。」
まだ睨んでる。怖い。ちびりそう。
「…そのままで結構。では首の調子はよろしいか?」
明らかに動揺する反応があった。部下たちの松明が揺れている。だがウォーマスは顔色を変えない。
「頗る調子がいいぞ。ほれ、この通り」
そう言って、首に巻かれた黒い布を引きちぎって見せた。
なんだその怪物じみた笑顔は?ビビッて一歩も動けねぇ…。
「それは重畳。俺もあの塒に入って大変な思いをした甲斐があったよ。」
俺の言葉を聞いたウォーマスがニヤリと笑う。そう、その笑顔。絶対≪麻痺≫の効果があると思う。
「なるほど、頭は死んだか。」
「…俺が殺した。≪隷属≫は全員解除されたのか?」
「今生き残っているのは、解除された俺の部下のみだ。」
そこまで聞いてようやく安堵した。これは交渉の余地が大いにある。
「では、まずその檻にいる子を解放してもらいたい。俺はその子の救助の為にここに来たのだ。」
その声を聞いて、檻がガタガタと音を鳴らす。近くにいたウォーマスの部下がナイフをサラのほうに向けた。「ヒッ!」という声が檻から聞こえる。
サラ、今はちょっとおとなしくしててくれ。俺もちびりそうなくらい怖い思いでこの人たちと対峙してんだから。
「貴殿らを縛るモノはもうないはずだ。武器を捨てて投降して欲しい。事の詳細を明らかにするために、共にベルドの町まで来てもらえぬであろうか」
「…それはできない。」
ウォーマスの回答に緊張が走る。俺は了承してくれると考えていたんだが。武人としては罪の意識のほうが強いってことか?
「貴殿らには罪はないとは言えぬ。だが已むに已まれぬ事情があり、酌量の余地がある。」
ウォーマスが一歩前に出る。ビビって一歩下がる俺。
「酌量など…ない!」
腰の剣を引き抜く。彼の部下も一斉に抜いた。ま、待って!俺をあんまり刺激しないで!頭ン中の複数の俺がパニくる!
「我々は≪隷属≫させられていた、とは言えあまりにも多くの命を奪っている。もはやそこには酌量などない。それは理解しているつもりだ。」
…痛いところを突かれた。散々マイラクトで悪いことをやってきてるんだろう。恐らく俺が考えている以上にその行為に罪の意識を感じている。
「我々がいくら罪を詫びようとも、行った行為が無に帰することはなく、領民の前に晒され首を刎ねられるであろう。我々はそれを良しとしない。願わくばここで命を絶つことを見届けてもらいたい。」
…やだよ。戦国時代とか江戸時代の武士じゃあるまいし。目の前で割腹とか見たくない。夢に出てきちゃう…。
「それはできない。それでは何の解決にもならない。貴殿らはここで命を絶つことで己の犯した罪に終止符を打つことができるが、被害を受けた方々はそれでは何も解決しない!」
俺はできるだけ声を張り上げ、威厳を保つ格好を見せた。そうしないと、俺の心がナンバー2の圧力に屈してしまう。
「罪は罪として罰を受けねばならぬ。ここで命を絶つは自己の満足にしかすぎぬ。事を公にし罪を詫びることで初めて解決へと繋がるものだ!」
「できぬ!」
一際大きな声が辺りにこだまする。
「己を晒すなど、我ら武門の恥!」
やはり、元軍人か。それもそれなりに高い地位の人だったのだろう。それだけに厄介だ。それに威圧感もハンパない。既に5歩ぐらい後ろに下がっちゃってるし。
「…どうしても命を絶つおつもりか。」
「貴公の申すこといちいち理解できる。…理解できるが、それ以上に己の恥を知っている。これ以上上塗りすることはできぬ。」
だめだ…俺も限界だ。
「俺は、救えるのであれば貴殿らの命を救いたい。考え直して貰えぬか。」
「貴公の申し出、感謝いたす。だが無用。」
ウォーマスの圧力が弱まった。恐らく何らかのスキルを使っていたに違いない。それを解除したようだ。俺の≪無意識の後ずさり≫も解除されたよ。…そんなスキルはないけどな。
「もう一度お願いする。我らの最後を見届けてはくれぬか。」
今度は頭を下げてきた。これほどまでに今までの自分たちが屈辱だったのだろう。俺はどうしても彼らを救いたいのだが、納得させる術が見つからない。
俺は黙り込んだ。その間全員が俺に頭を下げたままの状態で待っている。
「このままここで命を絶てば、貴殿らは『盗賊団』の一員としてその生涯と閉じることになるのだぞ!貴殿らはそれが望みなのか?」
盗賊団の一員として悪逆の者として語られることは、名誉回復の余地は一切残せないという意味だ。
「村の者には、我々はこれまでの罪を詫びて自ら命を絶ったと伝えてほしい。」
俺は勇気を振り絞り、一歩前に進んだ。
「そんなこと言えるか!!」
俺はありったけの声を振り絞った。ガタン!を檻が揺れる音がして、一瞬みんながそっちを向く。
サラちゃん、お願いだからおとなしくして。今とてもいいところなんだから。
「貴公らは、『死にたいって言ったので見殺しにしてきました』と俺に言えといっているのだぞ。もう一度言う。そんなこと言えるか!」
「…ならば、貴公の手で殺された。そういう体でよい。」
返答にやや間があったが、ウォーマス達それでも死を選んだ。
俺は…観念した。
「わかり申した。だが、ここでは自決はさせぬ。彼女には見せられぬ行為なのだ。声も聞かせられぬ。俺と共に森の中へ。そこでお願いしたい。」
こんな光景はサラには見せられない。俺は場所の移動を要求した。ウォーマスはそれを受け入れる。それを見てからようやく俺は、檻のもとに駆け付けた。既にサラは涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。
「エルバードしゃま…エルバードしゃま…」
ただただ俺の名前を連呼するだけのサラ。俺は檻の中に手を入れ優しく頭を撫でた。
「…すぐ戻ってくるから。」
そう言って俺は檻から離れる。
「ごじゅじんしゃま…ごじゅしんしゃま…!」
檻の中からは延々とすすり泣く声が聞こえ、ガッタンガッタンと檻を揺らしている。…後ろ髪がひかれる思いだ。
ウォーマスと8人の部下は俺と一緒に森の中に入り、少し開けた場所を探した。5分ほどで程よい場所が見つかり、そこにかたまって座る。そこで俺は全員の名前を聞いた。そしてその名はこの先一切語らぬことを誓った。
全員が落ち着いた表情でいる。これから命を絶つというのに誰も引きつった顔を見せていない。8人は4組に分かれ、向き合って互いの首筋に剣をあてがう。その様子を俺は立って、ウォーマスは座ってじっと見ている。
「…始めよ。」
ウォーマスの、低いが穏やかな声で合図をだし、8人は同時に力いっぱい腕を引いた。8本の血の噴水が上がり、苦しみながらも声を上げることなく倒れていく。俺はその光景を目に焼き付ける。
ウォーマスが座ったままこちらに向きなおった。既に短剣を喉元に突き立てている状態である。
俺は一度目を伏せた。
「…エルバード殿。我らの願いを聞き入れて頂き感謝する。」
俺は何も答えず、じっと見つめ返す。
ウォーマスは目を閉じ、両腕に力を込めた。そしてそれを己に引き寄せた。鈍い音がしてそれは後ろへ突き抜けた。ダラダラと赤い液体が体を伝って流れ落ちていくがウォーマスは倒れることなく、そのままの姿でこと切れた…。
俺はそれを見届けてから、踵を返した。
埋葬はしてやらん!
自らで選んだ最低の選択だ!
野ざらしにしてそのまま朽ち果てるがいい!
生きていればやり直すこともできただろうに!
それほどまでに武門の誇りが大事なのか!?
俺にはわからん!わかりたくもない!
俺は怒りを覚えた。
だが、それ以上に心が痛かった。
救えたかもしれない命を、また見捨てたのだ。
…まずい。涙が止まらない。こんな顔でサラには会うことはできん…。
俺はしばらく立ち止まり、何度も何度も腕を顔に擦り付け涙を拭った。
俺は再び檻の前に戻ってきた。
サラが格子に跳びついて手を伸ばす。俺は優しくその手に触れ握り返す。
「サラ、離れて。今から檻を壊すから。」
そう言って俺はサラを檻の反対側の格子に張り付かせた。俺は塒から持ってきた槌を檻に思いきり振り当てた。ガラガラと音を立てて檻は壊れ、その音に驚いて台車に繋がれた馬が嘶いた。その拍子に台車はバランスを崩し檻ごと横転してサラは檻の外に投げ出された。
「ふぎゃん!!」
可愛らしいとは言い難い悲鳴を上げサラは体を地面に打ち付ける。俺は慌ててサラのもとに駆け寄りサラを抱きかかえた。
「いったぁぁぁあい!」
半べそ声を上げ、左手で右腕を覆う。見ると二の腕から手の甲にかけて地面で擦れて大きな擦り傷を作っていた。
「すまん、ちょっと勢いもあったし、馬の事を忘れてた!今治すから。」
「エルバード様!かなり痛いです!しばらく右手が使えま…せ…ん…へ!?」
サラは自分のひどい傷に文句を言いかけて俺の言った言葉に固まった。
俺はサラの右腕に手を当て、目を閉じる。
「≪傷治療≫」
俺の手はエメラルド色の光を発し、サラの擦り傷に降り注ぐ。傷はみるみる薄れていき、そして完全になくなった。サラはその光景を呆然と見ている。
「よし、これで治った。」
俺はサラに微笑んだ。サラは、信じられないものを見せられ言葉がでないようだ。
「え?…あ…うで……え!?」
…かわいいなぁもう。そこにいるだけで癒されるわ俺。こりゃ完全にノックアウトだわ。
「サラ、立てるか?」
「あ!?は、はい。」
サラは自分の腕の何度か確認しながらも、体を起こして立ち上がった。そしてふらつきそのまま俺に倒れ込む。
「やっぱり無理か…。昨日からずっとあの中に入ってたんだもんな。今日はここでこのまま休もう。」
そう言って俺はサラを『お姫様抱っこ』して塒とは反対側のほうに足を運んだ。サラは俺の腕の中でうつむいて黙り込んでしまっていた。当然、顔はまっかっかである。
木陰にサラを降ろし、檻の破片を薪としてたき火を焚き、サラの横に腰を下ろした。
サラは最初はびっくりしてオドオドしていたが、やがて落着き、そっと体重を俺にあずけた。俺は優しく頭をなでる。サラはなんだかうれしそうだ。
「…エルバード様、サラは信じておりました。きっと助けに来て下さると。」
そう言って頭を傾けて俺のほうに寄せる。
「…そうか?その割には『ごじゅしんしゃま』って泣き叫んで大いに取り乱していたが?」
一瞬、俺の体に触れているサラの体が固くなった。が、すぐに元に戻る。
「…それほど嬉しかったのです。申し訳ありません。」
サラはそう言ってまたコテンと俺のほうに頭を傾けた
謝ってない。全然謝ってるように聞こえないが、どうでもいい。じかんよーとまれ!
「サラ…。さっき見たことは決して、決して口外しないでくれ。」
「それは、ウォーマス様の事ですか?」
「その名前も口にしちゃダメだ。サラと俺だけの秘密だ。」
「サラとごしゅ…エルバード様だけの…」
言い直したな。何度目だ?…もう敢えて無視して会話しよう。
「絶対だぞ。」
俺は真顔でサラに迫る。サラはその顔をまじまじと見つめていたが、少し悲しそうな顔をして返事をした。
「はい。」
なんとなく俺の気持ちを察したんだろうな。
「…苦労を掛けることになるかもしれんよ?」
サラは小さく首を横に振る。
「ごしゅ…エルバード様を信じておりますから」
……またかよ。
サラちゃんはしょっちゅうご主人様を間違えています。奴隷失格ですよね。
でも主人公はサラちゃんに惚れちゃったようです。
今回は、罪の意識をどうとらえるかを書きだしたつもりです。うまく伝わればいいのですが、わかりにくい文章があればご指摘ください。
次回は、主人公が大きな決断を下します。